機関誌『水の文化』76号
そばと水

そばと水
【水で味わう】

飯豊山の湧き水が生んだシンプルな「水そば」

なかなか食べられないため「幻のそば」と称されたそばのある集落が福島県にある。しかも、一風変わった「水そば」も提供していると聞き、喜多方市を訪ねた。

喜多方市山都町で振る舞われる「水そば」 撮影協力:宮古そば 権三郎

喜多方市山都町で振る舞われる「水そば」 撮影協力:宮古そば 権三郎

地域ならではのそばでまちおこし

福島県喜多方市山都町(やまとまち)(注1)には、つゆなどはつけず、冷水に泳がせたそばをそのまま食す「水そば」というものがあるらしい。

さっそく山都町へ向かい、自家製粉のそば店に入った。刺身こんにゃくなどが付いた豪華な天ざる膳とともに、お椀に入った水そばが提供された。この水そばを最初に味わうことで、そば本来の風味が楽しめる。

山都町は、鎌倉時代より信仰の山として多くの参拝客が訪れていた飯豊山(いいでさん)の麓にある。標高400mの冷涼な気候と飯豊山からの伏流水がソバづくりに適し、特色のあるそば文化が生まれた。

「山都では、自宅で打ったそばをハレの日に来客にもてなすのが風習でした。なかでも、標高がさらに高い宮古地区は、特にソバづくりに適した粘土質の土壌で、今でも良質のソバがつくられています。水そばを含めた山都のそば文化は、宮古が始まりだといわれています」と、喜多方市山都総合支所産業建設課の五十嵐雅俊さんは話す。つなぎを使わず、そば粉100%で手打ちするこの地のそばは、さわやかな香りとのどごしが特徴だ。

こうした伝統のそばを地域資源として盛り上げるため、山都町では1985年(昭和60)に宮古そばを軸にまちおこしをスタート。1年を通してそばのおいしさをPRするイベント「山都三大そばまつり」には、約12万人(コロナ禍前)が訪れるという。

同イベントは、10月に「新そばまつり」、3月に「寒ざらしそばまつり」が開かれる。寒ざらしそばとは、厳冬期に玄ソバ(注2)を10日間ほど清流に浸し、その後寒風にさらして乾燥させるもの。冷水に浸すことでソバのうまみや甘みが増すとされる。山都町を流れる一ノ戸川(いちのとがわ)にわらじを履いた人びとが入り、1.4トンのソバを浸す。五十嵐さんも毎年川に入るそうだ。そして、7月に行なわれるのが「雪室熟成そばまつり」。山都に積もった雪を利用した冷蔵室「雪室」で玄ソバを熟成させ、夏に十割そばで味わう。

コロナ禍での試行錯誤はあったものの、イベントの様式を少しずつ変えて今も継続している。

(注1)山都町
旧福島県耶麻郡山都町。2006年(平成18)の市町村合併により喜多方市となった。

(注2)玄ソバ
収穫されたままの状態の、黒い殻をかぶったソバの実。

  • 厳しい寒さのなか、「寒ざらしそば」のために一ノ戸川に入って玄ソバを浸す人びと 提供:喜多方市山都総合支所

    厳しい寒さのなか、「寒ざらしそば」のために一ノ戸川に入って玄ソバを浸す人びと 
    提供:喜多方市山都総合支所

  • 「雪室」に雪を投げ入れる除雪車。ここで玄ソバを熟成させる 提供:喜多方市山都総合支所

    「雪室」に雪を投げ入れる除雪車。ここで玄ソバを熟成させる 提供:喜多方市山都総合支所

  • 喜多方市山都総合支所産業建設課の五十嵐雅俊さん

    喜多方市山都総合支所産業建設課の五十嵐雅俊さん

  • 福島県喜多方市山都町

そばの味見が発端に湧き水を使った「水そば」

翌日は、宮古地区へ。標高450~500mの山深い地域に、5つのそば店が軒を連ねる。そのうちの1軒、ソバ農家も営む「宮古そば 権三郎」を訪ね、店を切り盛りする関口久美さんにそば打ちの様子を見せてもらった。つなぎを使わず、湯と水を併用して手際よくそばを打つ様子に見入ってしまう。

良質な米の収穫が少なく、米の代わりに栽培された宮古のそばは、昭和時代中期に地元農家が工事関係者に振る舞ったことで、そのおいしさが口コミで広がる。しかし、当時は常設店がなかったことから「幻のそば」といわれていた。まちおこし最盛期の2000年(平成12)頃は、小さな集落ながら13軒ものそば店があった。

また、「水そば」は宮古で始まった食べ方で、その昔、各家庭で打ったそばのゆで具合を確かめるために水で洗って味見したことに由来するようだ。権三郎では、希望すれば注文したそばを少量水そばにして出してくれる。「つゆなしでは抵抗がある人もいるかもしれませんので、うちでは水そばは注文制にしています」と関口さんは言う。

水そばの水には、飯豊山からの伏流水である「夢見乃水(ゆめみのみず)」という軟水の湧き水がかつて使われていた。「大雨が降っても濁らず、この水を汲んでそば打ちに使う人もいました。私も通学途中によく飲んだ思い出があり、子どもの頃から親しんできた水です」と関口さんは笑う。

昔から冷たいそばで育ってきたのかと思いきや、「家では昔から、山鳥の出汁でとった温かいかけそばを食べていました。今も自宅では温かいそばを食べます」と言うのは、少し意外だった。

とはいえ、ここを訪れる人はそばそのものの風味を楽しみたいと、水そばだけで味わう方もいるそうだ。湧き水という恵みがあるからこそ、究極のシンプルが成立する。それが宮古の「水そば」だ。

飯豊山の恩恵と寒冷な気候ゆえに花咲いたこの地のそば文化は、2022年度(令和4)、文化庁の「100年フード」(伝統部門)に「山都そば」として認定された。

  • 「宮古そば 権三郎」が提供するそば。注文時に頼むと「水そば」を少量用意してくれる

    「宮古そば 権三郎」が提供するそば。注文時に頼むと「水そば」を少量用意してくれる

  • 喜多方市山都町の宮古集落。そば店は今、5軒となった

    喜多方市山都町の宮古集落。そば店は今、5軒となった

  • 宮古そばの歴史について語る関口久美さん。自宅では温かいそばを食べると言う

    宮古そばの歴史について語る関口久美さん。自宅では温かいそばを食べると言う

  • そば打ちを見せてくれた関口さん。宮古そばはつなぎを使わず湯と水で打つ十割そばだ

    そば打ちを見せてくれた関口さん。宮古そばはつなぎを使わず湯と水で打つ十割そばだ

  • 飯豊山の伏流水が湧く「夢見乃水」。かつて宮古集落ではこの水を「水そば」に用いた

    飯豊山の伏流水が湧く「夢見乃水」。かつて宮古集落ではこの水を「水そば」に用いた

(2023年12月11〜12日取材)

PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 76号,福島県,喜多方市,山都町,水と生活,食,水と生活,歴史,そば,湧き水,雪,まちづくり

関連する記事はこちら

ページトップへ