機関誌『水の文化』34号
森林の流域

多摩川源流研究所
源流を極めると森林再生に行き着く



中村 文明さん

多摩川源流研究所所長
NPO法人全国源流ネットワーク代表
東京農業大学非常勤講師
中村 文明 (なかむら ぶんめい)さん

1947年宮崎県生まれ。1983年から多摩川源流に通い始め、1994年から多摩川源流域の淵や滝、尾根や沢などの名称と由来の調査を開始する。10年間に多摩川源流絵図塩山・丹波版、小菅版、奥多摩版を完成させる。引き続き2006年に吉野川(紀ノ川)源流絵図、2009年に熊野川源流絵図天之川版を作成。山梨県甲州市塩山在住。

拡大造林によって、日本の4割強の森林は人工林につくり替えられました。ところが木材価格の低迷で、管理されない厳しい状態に陥っています。

今後の森林整備の基盤として、森林作業道をつくることは不可欠です。しかし今まで国は、林道中心でやってきたんです。林道はコンクリートで固めますが、私たちのやっている大橋式路網はコンクリートで固めないんです。コンクリートで固めなくても壊れない。小菅村では、格段に安価につくれて壊れない路網を2007年(平成19)から導入しています。

指導してくださる大橋慶三郎先生の説によると、山の一番強い所は尾根なんだそうです。それで、この路網は一気に稜線尾根まで上る道筋をとります。尾根にも急な傾斜と緩やかな傾斜があるため、緩やかなほうを選んで道をつけます。

「だいたいにおいて、人間と水は集まるとろくなことをせん」というのが大橋先生の持論です。ですから、「台風のときに山を見に行きなさい。大雨のときに水がどう流れるか見定めなさい。水が流れることで大地が掘られて、山を崩落させるんだから」と言うんです。だから道も谷側を低くします。そうすることで水を一カ所に集めないで、バラバラバラッと拡散させながら流していくと、道は削られないし壊れないのです。先生はそれを「拡水工法」と呼んでいます。

システムとしては、幹線道は丸くて平らで厚みのある安定した尾根につくり、ヘアピンカーブをつくって、いっきに尾根まで到達する経路をつくります。支線は、そのヘアピンカーブを基点として、等高線に沿って水平につくります。その場合も、タナと呼ぶ強い箇所を通るようにします。タナは、地図上でも等高線の間隔が若干広くなっている所です。

大橋先生が所有する100haの大橋山は、大阪府の南東部、南河内郡千早赤阪村大字水分篠峰山にあります。ここで長年にわたり、ありのままの自然を真摯に観察しながら実践してきた成果が、この大橋式路網なのです。

急峻な山地での作業は辛く、危険も伴うものです。こうした条件が、森林の荒廃に拍車をかけていました。多摩川源流研究所がある小菅村でも、急傾斜地に道をつけることは山を壊すことになると、多くの山主は諦めていました。

ところが大橋先生は1haに200mの密度で、2tトラックが入れる開発費が安い道を可能にしました。これは、一人でも木を伐って出すことができ、結果として、労働年齢を引き伸せることを意味します。村の95%が森林という小菅村にとって、大橋式路網の導入は、森林再生を促す光明でした。

大橋式路網は、道幅2.5m、切取法高(のりだか)1.4m(人間の肩の高さ)を基準としています。急傾斜地に幅の狭い道をつけるので、路肩を堅固にする必要があります。基礎丸太を敷き、横木を1m間隔で置き釘で固定してから、土留め丸太を重ねて止め、土砂をかけて固めます。一般的な林道をつくるのに、小菅村の場合は1mで25万円ほどかかっていました。大橋式路網なら1m7000円でつくれます。

道をつけたことで光が差し込みますから、路網の法面(のりめん)にはすぐに草が生えて、やがて灌木も生えてきます。乏しい生態系だった人工林が、豊かに生まれ変わるんです。

大橋先生は、「内部の状態は、必ず外部に現われる。自然をありのままに見ること。山を見て、円やか、穏やか、厚みのある相は、内部も安定している。険しい、削げた、曲がりくねった、尖った、薄い、乱れたなどの相は、不安定でよくない」と言います。実際に小菅村に来ていただき、路網をどこにつくるか決めたときにも、何回も何回も現地を上り下りして確かめておられました。その姿勢には、本当に感銘を受けました。

林野庁は林道規定で林道しか認めていないんです。しかし、大橋式路網が実現する林業の将来を考えたら、森林作業道規定という法的整備をして、補助金を出し、作業道づくりをもっと推進してもらいたいと思います。現状では造林補助金として1mあたり2000円の補助があるだけです。

木を使えば、源流の村が活性化できます。でも、今までは使ってもらおうにも伐り出しにくかった。それを大橋式路網は可能にしてくれました。

同じような条件で林業再生を諦めている山地にも、これを広めて、全国規模の運動にしていきたいと思います。

  • 国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「山梨、東京、埼玉、神奈川」および国土交通省国土数値情報「河川データ(平成20年)、鉄道データ(平成20年)、道路データ(平成7年)」より編集部で作図



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