世の中には「やればやるほど転げ落ちていくシステム」と 「やればやるほど良くなっていくシステム」がある、と谷口信雄さんは言います。中間の場合も皆無ではないけれど、 マイナスのスパイラルとプラスのスパイラルを合わせると 9割ぐらいになるのでは、というのが実感のようです。東京都が持つ消費者としてのポテンシャルを、プラスのスパイラルにいかに活かせるか。再生可能エネルギーの政策課題をうかがいました。
東京都環境局 都市地球環境部 計画調整課
再生可能エネルギー推進係主任
谷口 信雄(たにぐち のぶお)さん
2001年から環境局に在籍。これまでに、大都市初の大型風力発電所立上げ、都庁から始まり国の制度となった「家電の省エネラベリング制度」などにかかわる。現在は、再生可能エネルギー拡大に向け、エネルギーのグリーン購入、再生可能エネルギー地域間連携、環境金融、低炭素建築、企業・NPO・自治体等との連携などに取り組む。総務省、環境省などの委員、他自治体、民間企業等の各種委員、アドバイザーなどを歴任。
〈地産都消〉は、そもそも東京都の気候変動対策として始まりました。東京都が排出するCO2というのは世界でも群を抜いて多い。CO2を出さない再生可能エネルギーを使えば、今の生活をエンジョイしながらCO2を出さないでやっていかれます。しかし、最もCO2を出している我々の地域には、利用できる再生可能エネルギーがほとんどないんですよ。
太陽光発電は東京都でもできますが、使う量が多いから、おそらく数%しかまかなえないでしょう。
ゴミは都市における唯一の資源かもしれません。しかし食べ残しなどの資源は、最も有用性の高い物質です。物質をエネルギーに変えるには段階があり、有用性の高い物質をいきなり燃やして熱に変えて利用するのは、ものすごくもったいないことなんです。燃やすよりも動物の飼料にしたり、堆肥に使うほうが、原理的には、エネルギーとして効率がいいのです。したがって、段階を踏みながら利用するのが効率の良い利用法で、最後に熱利用がある。今はまだそういう仕組みにはなっておらず、手をかけて処分していますから、大いに検討の余地があります。燃やすよりも堆肥に変えるほうがエネルギーとして効率がいいかもしれません。
生ゴミの埋め立て地から出ているメタンガスを、海外ではうまく利用している例があります。最初からメタンガスを利用することを想定して埋めているから取り出しやすい。調べてみたのですが、東京都では回収するのにコストとエネルギーがかかり過ぎて、利用するには難しいことがわかりました。
それで、都市の中では調達できない、残りの九十数%の調達先を、食料同様、外に求めたらどうか、と考えました。
これを〈地産都消〉と呼んだのですが、実は都市がエネルギーを確保する方法は、これしかないんです。〈地産都消〉を積極的に行なうことで、地域にお金を落として潤ってもらおう、というのが、この企画の趣旨です。既に一般化している〈地産都消〉をもう一歩進めようと思ったのは、〈地産地消〉があまりにも期待されていることへの警鐘の意味もあるかもしれません。
〈地産地消〉は、従来、地域で消費されずに外に売られていた産品を、地域で消費することで豊かさを取り戻そう、という意味でポジティブに評価されていますが、見方を変えれば、外に向けて開いていた市場をクローズにすることでもあります。
現在、経済的に閉塞状況にある地域が多い中で、求められているのは、本当にクローズにすることなんでしょうか。逆に、経済の活性化と雇用拡大のためには、地域外に向けたビジネスが求められているのではないでしょうか。
今までの地域経済の活性化は、実際には地域の役に立っていない。それには説明なんかいりません。だって、現実に地域が寂れているんですから。
では、現状で地域が豊かに暮らしていかれて、若者の雇用も生まれるようなところになっていない原因は何でしょうか。
地域が活性化するために、必ず行なわれるのは企業誘致ですが、誘致される企業はほとんどの場合、どこに行ってもいい。企業側に選択権があって「一番、好条件を出したところに行ってやろう」と考えるから、地域の立場が弱くなって、良い関係性が保てません。
エネルギー関係でいえば、歓迎されないような発電所が企業誘致されても、仕方がないと我慢することになる。今までは、風力にしても水力にしても、大型の発電所は外から民間企業が来て、やっていた。言ってみれば、〈誘致型自然エネルギー〉です。
これでは従来の発電所と同じで、地域にはお金は落ちません。せいぜい固定資産税が入りますが、それも減価償却したら減額するし、売り上げは都市にいってしまう。
再生可能エネルギーは分散型という特徴を持つものが多いために、地域の人がかかわることができる。そうすれば、売り上げが地域に落ちるし、事業主体を地元の人間にすることもできます。経営の判断も地元でできます。そうであれば、事業所が簡単に地域から出ていくこともありません。それは、地域の疲弊した経済を立て直すことにもつながります。
小さいエネルギーをたくさんつくる、しかも今までの電力事業者ではないところがつくるためには、まだ超えなければいけないハードルがいくつかあって、世の中がそれを想定した仕組みにならないといけません。仕組みを良い方向に変えていく際に、大都市のポテンシャルを使うのは有効な手段です。例えば「東京都は来年から、2割を自然エネルギーでまかないます」と決めただけで、とても大きな自然エネルギー需要を生むからです。
電気という商品は、見た目は一緒。どこから買おうと同じです。そうであれば、できるまでの過程でCO2排出量が少ない電気とか、海外から原料を輸入しないで済む電気とか、地方経済を活性化できる電気とかを積極的に買っていく、というモチベーションを誘導するのは政策の役割です。
地方経済を活性化できる電気を推進する政策はまだありませんが、これから数年間は東日本大震災の被災地から電気を買おう、という政策をつくったっていい。
社会的ルールを決めないで、市場原理だけに任せていたのでは、物事は動いていきません。しかし、国に働きかけて動くのを待っていたのでは、遅くなる。それなら東京都が先に動いて、結果を出せばいい、と思います。結果が出れば、同調する自治体も増えていくはずですから。
過去にもそのような例はたくさんあります。例えば、全国に先駆けて〈公害防止条例〉(注)をつくったのは東京都で、それが国の制度にまでなりました。それは、東京都の空気や水が一番汚れていたから、必要に迫られていたんですね。
CO2排出削減もエネルギー問題も、同じです。東京は、必要に迫られ、責任が重いだけにトップランナーにならざるを得ないんです。
(注)工場公害防止条例
1949年(昭和24)東京都により制定される。以降、国による公害規制の法律が整備される前に、地方公共団体によって問題の著しい地域で対策を進めるために〈公害防止条例〉が定められていった。国の法律としては、1967年(昭和42)〈公害対策基本法〉が、1970年(昭和45)〈公害対策関連法〉が制定。
現在、一般家庭で使えるのは、さまざまな発電方法をミックスしてつくられた電力です。風力発電だけで発電されたクリーンな電気を使いたい、と思っても、それはかないません。
しかし、高圧受電(大口需要)契約者は、どこから電気を買うか選べるようになりました。従来は、電力会社が完全地域独占という形で電気を供給していましたが、2000年(平成12)春からの電力自由化の一環で、電力会社以外の企業でも発電したり、消費者に電気を販売したりすることが可能になっています。
最近話題になった新丸ビルの例でいうと、青森の六ヶ所村の風力発電所と北海道のニセコの水力発電所が発電した電気で、館内の電力を100%まかなうことを選びました。供給しているのは出光興産で、東北電力と東京電力の送配電網を使う〈託送〉によって電気が供給されています。
わざわざ〈生(なま)グリーン電力〉と断っているのは、自然エネルギー由来の電力から環境価値だけを切り離した〈グリーン電力証書〉と区別するためです。生グリーン電力を取り扱う事業者から購入すれば、CO2排出量をゼロとして報告できます。
しかし、青森の六ヶ所村の風力発電所は、東京の風力開発会社のものですし、北海道のニセコの水力発電所は、東京の製紙会社のものです。だから、これらの売り上げは全部、東京にきてしまう。もしこれが、青森県民風力発電所とか、ニセコ町民水力発電所というのがあって、そこから買えれば売り上げが地元に落ちる。設立時の資金調達をサポートしてあげれば、実現可能なプロジェクトだと思うんです。
自然エネルギーには、それぞれ個性があります。エネルギー密度とか、発電できる時間帯とか、季節による変動とか。それらの個性があるために「扱いにくい電気」であるといわれます。それに対して化石燃料とか原子力は、エネルギーがコンパクトに閉じ込められていますから、取り出して使うには、使いやすい。
自然エネルギーは、バラバラに使うのではなく、最適に取り出すためにいかに組み合わせるか、というところに高度なテクニックが必要とされます。
現在、自然エネルギーの導入が進んでいるのはスペインなんですが、スペインでは蓄電池は使っていません。とにかく集めるんですよ。集めれば集めるほど、変動が少なくなっていくんです。個性たっぷりだった電気が、集まることで無個性になるんです。
日本では蓄電池を開発して、扱いにくい自然エネルギーを扱いやすくしようとしています。問題なのは、自然エネルギーは蓄電池がないとダメ、というような間違った情報が流れることです。
エネルギーをなるべく使わない暮らしを追求するには、エネルギーの性質を、アクティブエネルギー(機械装置を使って集めたり、変換したりして得るエネルギー)とパッシブエネルギー(自然のエネルギーをそのまま取り込んだり、排除したりして得るエネルギー)に分けてとらえると理解しやすい。
照明器具からくる光やエアコンの冷風はアクティブエネルギーで、窓から入ってくる光や涼しい風はパッシブエネルギー。窓際の席では、外光を利用し、冷房を使うよりも、風の道をうまくつくる。樹木を適切に配置すれば、夏の日射しを遮り、涼風をもたらすこともできる。パッシブエネルギーを優先すべきなんです。暮らしを窮屈にしてしまう節電を強いる前に、そういうことに取り組むべきだと思います。
東京都庁舎は、外気を取り入れられない構造になっていますが、春と秋には、窓を開けることで快適に過ごせる季節があるんですから、それは非常にもったいないことです。今までは、電気をふんだんに利用するアクティブエネルギーを使うことが近代化だという風潮があり、都庁舎ができたのもそんな時代だったかもしれません。
しかし、これからはパッシブエネルギーを優先的に使っていく時代です。そして、パッシブエネルギーを使うことには副次的なメリットが含まれています。気分が良いのは確実で、健康にも良い。したがって生産性も上がるといえます。
私たちは昨年人間の生理や心理を考え、パッシブエネルギーを踏まえたオフィス設計の検討会を開きました。エネルギー問題と快適性を考え、都市計画や住宅建築など、総合的に考えることで「暮らしやすい都市」をつくろうとしています。
日本でいう小水力発電というのは、ほとんどの場合、数十kW以下のマイクロ水力発電なんです。しかし、それでは生産性も低く、雇用も何も生まれません。ですから、小水力発電といっても、数百から数千kW程度のものをたくさんつくることですね。水力発電はポテンシャルが高いので、ちゃんと地域にお金が落ちる規模でやってほしい。
イノシシ除けの電柵や納屋に電灯が1個灯ればいい、というレベルと、地域活性に役立つ小水力発電とは、考え方も取り組み方も違う。少なくとも自治体の首長は、地域活性に役立つ小水力発電を目指さなくては。農業も林業も、今はとても悪い状況にある。だから半農半エネでやったらいい。エネルギーは、地域の特産品なんですから。
水力発電で私が今注目しているのは、富山県です。〈地産都消〉で東京都と連携しないかと持ちかけているところです。富山に提案しているのは、個別の川や発電所ではありません。県全体で、今の時代のニーズに合った、水を使ったエネルギー発信基地になりませんか、という提案です。
実は水力発電というのは、ほかの発電と組み合わせるとすごくいいんですよ。不安定な電力のデコボコを調整するには、水力発電はとても有効なんです。また、水力発電はベース電源(一時的な増減のない一定量の使用量)にも適しています。
ですから水力発電は、風力発電や太陽光発電をサポートすることができる性質を持っています。そして自然エネルギー全体の質を上げることに貢献するので、是非やっていきたいと思っています。
地方には適地がたくさんある。県が持っている公営電気事業では電気を電力会社だけに売っている。あれを電力会社に売らないで、地域の他の自然エネルギーをサポートすることに使えば、一層地域のためになるんです。
公営電力の電気代の決め方というのは、総括原価主義といって、そんなに儲からなくてもいいけれど損をしないように決める。ですから古い発電所は、減価償却が終わると、すごく安い価格で買い叩かれているものが少なくない。だから役目は果たした、として民間に売られてしまった公営電気事業体も多いんです。地域の金融機関だって、地域に良い投資先がなくて、お金が余っているんですよ。だから、公営電気事業体はすごく優良な投資先。もったいないですね。
しかし、今の時代こそ、公営電気事業体が地域の自然エネルギーを拡大するために、貢献しなくてはならないんです。電力会社が、あてにならなくなってきた現在、これは自治体の責任とも言えます。市民が基本的な生活を営むための、水とか電気とかは、自治体が責任を持って維持しなくてはならないからです。
ただ地方で注意しなければならないのは、地域の大学の研究者が開発したものが、検証なしに採用されるところです。それで失敗する例が後を絶ちません。そんなことを繰り返していたら、「やはり自然エネルギーって、ダメなんだ」と刷り込まれてしまう。
地域で自然エネルギーを産業にしようと計画する場合、地域をどこまで広げて考えるか、というところが大事。サポート役の金融機関があるぐらいのゾーンまで、地域の概念を広げなければダメです。そういう枠じゃないと、経済は回らない。経済圏として自立できる規模にならないと雇用も生まれません。
今、ニセコで稼働しているのは、大正時代につくられた水力発電所で、とっくに減価償却している。それが地域のものであれば、長い期間、地域にお金を落としてくれる。事業リスクもものすごく低い。特に、将来の自分のためにする年金基金なら、本来、自分たちのリスクが少なくなるようなものに投資すべきなんです。その社会的投資を最初にやったのが、アメリカのカリフォルニア州職員退職年金基金(The California Public Employees' Retirement System:略称CalPERS カルパース)です。日本で最初にやったのは、東京都教職員組合年金基金です。
従来の日本のエネルギー政策は、地域に破滅的状況をつくり出してしまった。そして、みんなの関心が自然エネルギーに向いている今だからこそ、その良心を有効なことに用いたいですよね。そのために、やはり専門家がちゃんと説明する責任がある。
私は個別技術に関しては専門家ではありませんが、政策を担う者として、個別技術を複合的に使う専門家である、と自負しています。だって、小水力発電の専門家は、再生可能エネルギーの中でどういう位置づけなのかとか、地域にどう貢献できるかとか、年金基金とどうつなぐかなんていうことは、考えつかないでしょう。
デンマークは国土計画から入っているんです。それに〈世代間責任法〉みたいに、次の世代に負の遺産を残しちゃいけないと、本気で考えている。それを法律にまでしている。日本のようにCO2をいっぱい出しておいて「電気代が上がるのは嫌だ」みたいなことは言わないんです。
お金がかかっても自分たちの時代に自分たちの出してきたCO2を減らそう、というのが責任のある生き方のはずです。
(取材:2011年7月20日 )