機関誌『水の文化』39号
小水力の底力

体系的にみた水利権

体系的にみた水利権

法律ができる以前から、人は水を利用し、また、水を利用するための秩序を形成してきました。歴史的・社会的に生成されてきた水利用の権利は、地域社会の慣習に基づいて成立しているため、慣行水利権と呼ばれています。消費型で受益者が明確である水利権を中心に組み立てられてきた、従来の水利使用許可制度。環境用水や小水力発電用水という〈非消費型〉の水利使用の登場によって、この制度は新たな局面を迎えています。

宮崎 淳さん

創価大学法学部教授
宮﨑 淳(みやざき あつし)さん

1964年生まれ。1993年創価大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。創価大学助教授、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、2007年より現職。専門は、水法、民法。
主な著書に『水資源の保全と利用の法理――水法の基礎理論』(成文堂 2011)、『レクチャー民法学 債権各論』(成文堂 2006)ほか

小水力発電と水利権

小水力発電を行なうときに、必ず言われるのが〈水利権の壁〉です。河川法施行令2条3号は、発電のための水利使用については規模の大小にかかわらず、すべて特定水利使用(注1)とする旨を規定しています。河川に工作物を設置して行なう水力発電は、河川の自由使用の範囲を超える水利使用であるため、河川管理上の支障の有無をチェックする必要があるからです。

したがって、小水力発電についても河川法による許可を受けなければなりません。この許可は、河川法23条に定める「流水占用の許可」であり、いわゆる「許可水利権」といわれるものです。

小規模の水力発電でも「流水占用の許可」が必要であることには変わりなく、大規模なダムを建設して行なう水力発電と同様な手続きを経なければならないことになります。しかしながら、2002年(平成14)に制定された「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」(通称RPS法)により、河川管理者は小水力発電に関する許可水利権について、その手続きを緩和しました。RPS法によって、一定割合以上の新エネルギーを導入することが義務づけられたことを受けて、小水力発電を促進するためです。

そこで、小水力発電用の許可水利権に関する手続きの緩和の背景を探りつつ、近時の水利使用許可制度の動向について考えてみたいと思います。

(注1)特定水利使用
水利使用で河川法施行令2条3号に掲げるものを特定水利使用という。特定水利使用に関する河川法23条、24条、26条1項等に基づく処分にあたっては一級河川においては権限を都道府県知事に委任せずに、国土交通大臣等が自ら処分を行なう等としている。

水利権とは

そもそも水利権とは、どのような権利なのでしょうか。簡単にいえば、特定目的のために必要な水を継続的、排他的に利用することができる権利といえます。したがって、河川法の存在の有無にかかわらず、農業用や飲料用などのような特定目的のために必要な、河川の流水を継続的、排他的に利用している場合には、水利権が成立していると考えられます。

水利権は、河川法のような制定法によって創設された権利ではありません。歴史的・社会的に生成された権利、つまり地域社会の慣習に基づいて成立した権利なのです。これを慣行水利権といっています。水利権という用語には、流水使用権、公水利用権、水利使用権、用水権などさまざまな呼び方があります。このような多様な呼称があることからも、水利権が制定法によって定義、創設された権利ではないということがわかるのではないでしょうか。

水利秩序という視点からみれば、法律ができる以前から、人が水を利用していて、その人たちによって水を利用する秩序が形成されてきたのです。主要な河川の流水については、江戸期以前より農業用水を中心とした水利秩序が網羅されていたといわれています。

旧河川法は、治水に主眼を置いた法律でした。1964年(昭和39)には、利水面を充実させた現行河川法が制定されます(注2)。同法の利水関係の諸規定によって、現在の水利使用許可制度ができあがりました。現行法23条は、河川の流水を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならないと規定し、一級河川については河川管理者である当時の建設省が水利権の許可権者となったのです。

(注2)旧河川法と現行法
1896年(明治29)旧河川法が制定されたときに、このような慣行水利権は、同法の許可を得たものとみなされる「みなし水利権」と位置づけられ、許可水利権と同じ法的地位が与えられた。また、古田(こでん)優先主義や上流優先主義のような考え方にみられるように、慣習に基づく水利秩序を尊重して制度運用されてきた。
「みなし水利権」としての慣行水利権
旧河川法施行の際に、現に流水を使用していた者で、旧法施行規程11条1項により旧法18条の許可を受けたものとみなされる場合をいう。

環境用水の誕生

河川法改正(注3)によって、環境のための水利用に関する論議は、より現実味を帯びるようになりました。2006年(平成18)3月、国交省は「環境用水に係る水利使用許可の取扱いについて」という通達を発出し、環境用水としての水利使用を許可する制度を創設しました。この通達では、環境用水とは、〈水質〉〈親水空間〉〈修景等生活環境〉または〈自然環境〉の維持、改善等を図ることを目的とした用水と定義されています。

許可水利権として認められる水利使用の基本的な性質には、水を消費すること、権利主体が特定していること、権利者が受益することなどが挙げられます。農業用水を例にとると、土地改良区などの特定の団体が、農業用に水を消費し、受益していると考えられるわけです。

ところが、環境用水は、水を消費しない非消費型の水利用ですから、基本的な性質から外れた水利用の形態に属することになります。今までとはまったく違った水利用の形態が、認められるようになったといえるでしょう。

新しいタイプの水利用については、従前の水利使用許可制度の中で、それをどのように位置づけていくかが問題となります。非消費型の水利用である小水力発電用水についても、同様の課題があるといえます。したがって、小水力発電用の許可水利権を検討するに際しては、小水力発電用水だけをみるのではなく、環境用水も視野に入れながら、水利使用許可制度の運用のあり方を考えていく必要があると思うのです。

(注3)河川法改正
近時では、環境保護意識の高揚に伴い、身近な都市水路や河川などにも清流を取り戻し、水環境を整備・保全していこうという市民の要望が強くなってきた。このような環境保護の潮流を背景にして、1997年(平成9)に河川法が改正され、従来の治水と利水に加え、「河川環境の整備と保全」が同法1条の目的に追加された。この改正は、治水、利水、水環境という河川に関する三つの水秩序について、河川管理者の権限が及ぶことを認めたという意味を持つ。

環境用水の特徴

環境用水の特徴は、第1に「引水プロセスの目的化」にあると考えます。水の消費が目的ではなく、ある空間における水または水流の存在自体が、権利目的となっているのです。今までは、河川から取水した水を消費し、それによって受益している人または団体が水利権の主体となって、水の利用権が許可されていました。つまり、水を引いてくるプロセスは権利の内容とされていなかったのです。

ところが、水を水路などに流すことによって、生活・自然環境の維持、改善を目的とする水利権が認められることになったわけです。これは、水または水流の存在自体を、水利使用の目的としていることにほかなりません。環境用水の概念は、まさしく水循環の一過程を水利権の客体に取り込むことであり、水循環の考え方に適合したものであると思います。

第2の特徴は、水または水流へのアクセスが不特定の者に対してオープンになっている点です。このことは、水利用の受益主体が不特定多数であるということを指します。受益者は、地域住民全員ともいえるし、水辺空間の快適さに価値を見出す旅行者も含むと考えることもできるでしょう。受益者が不特定多数であるということは、「水利権の主体が特定できない」という問題として表われます。そこで、国交省は、地方公共団体が水利権の主体になることを原則としました。

第3として、受益者に水利用に伴う収益が生じない点、第4として、人の生存に不可欠な水利用ではないため、市民生活への影響は間接的であるという特徴があります。このような特殊性を有する環境用水は、水が余っているときに限って水利使用を認める〈豊水水利権〉としても許可できることになっています。

小水力発電用の水利使用

小水力発電用の水利使用については、2005年(平成17)と2006年(平成18)に国交省が通達を出しました。すなわち、「他の水利使用に従属する水利使用に係る添付図書の省略等について」と「他の水利使用に従属する水利使用に係る許可処分の対象範囲について」です。

これらをみると、環境用水の制度創設と並行して、小水力発電用水の許可手続きが緩和されてきたことがわかります。

前述したように、河川の水を使用して小水力発電を行なう場合は、原則として水利使用許可が必要ですが、2002年のRPS法により、一定割合以上の新エネルギー(注4)を導入することが義務づけられたため、小水力発電用水についても許可手続きが簡素化されました。

しかし、これは他の水利使用に従属した水利使用の許可手続きに限られています。例えば、農業用水として既に水利権を取得している場合において、田んぼに水を引いてくる途中で小水力発電を行なうときには、許可のための手続きを簡便にするということです。

そしてこの1年後には、もう一段階進めて、許可を受けた他の目的を完全に果たしたあとの水を使う場合には、許可も必要ないとしました。たとえば、排水路のみの機能を有している水路において小水力発電をする場合には、許可は不要となります。

前者の通達では、他の水利使用に従属した水利使用であったとしても、当初の水利使用の目的がまだ達成されていない以上、目的外取水を防止し、水利使用の秩序を保持する必要があることから、別途の許可処分を要するが、その許可の申請手続きは簡略化できるとしています。

その一方で、後者の通達では、既に許可を受けた他の水利使用の目的を完全に達成したあとで、その水を利用する場合には、他の水利使用に支障をきたさないため、別途の許可処分を要しないと捉えています。

私は、後者の場合には、結果的に河川への還元水の増加にもつながるので、河川管理者にとっても河川の流量を確保できるメリットがあるという、実利的な側面も見逃せないと考えています。このような場合には、他の水利使用の目的を達成させる段階で、できるだけ節水して無駄を削って効率的に目的を達成させ、より多くの水を小水力発電のために送ろうと努力するでしょう。そのような努力は、結果的に河川への還元水の増加をもたらし、河川環境を改善することにつながるという現実的な効果にも着目していると思うのです。

(注4)新エネルギー
風力・太陽光・地熱・水力〈水路式の1000kW以下〉・バイオマス・石油を熱源とする熱以外のエネルギー

  • エネルギー供給構成比の推移

    エネルギー供給構成比の推移
    大規模水力発電も、その割合を減らしていることがよくわかる。温暖化効果ガスの発生を減らすためにも、水力や新エネルギーを増やすことが求められている。

  • 新エネ再生可能エネルギーの分類

    新エネ再生可能エネルギーの分類
    2008年(平成20)4月に改正された新エネ法(新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法)により、新エネルギーの概念は供給サイド(太陽光・風力・中小水力発電など)と需要サイド(クリーンエネルギー自動車、天然ガスコージェネレーションなど)に分けて整理された。その結果、再生可能エネルギーという大きなくくりの中で、「普及のために支援を必要とするもの」が新エネルギーとして位置づけられた。

  • エネルギー供給構成比の推移
  • 新エネ再生可能エネルギーの分類

体系的な水法の必要性

水利権制度の理解が難しいのは、歴史的・社会的に生成されてきた慣行水利権を中心とした水利秩序と、人為的に作出された水利権について整合を図る必要があるからです。つまり、ダムや河口堰を建設する水資源開発によって創出された水利権について、慣行によって生成されてきた水利秩序の中に位置づけることが求められるからであると思います。

水に関する慣習法、判例法、制定法などを一つの法秩序として体系的に捕捉することが、水資源の保全と利用を調和させるためには不可欠であると考えています。

水に関する法の体系化、つまり体系的な水法の構築のためにも、水に関する法秩序を体系的にとらえる眼とバランス感覚を、常に持ち続けていきたいと願っています。

(取材:2011年9月1日 )

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