機関誌『水の文化』42号
都市を養う水

西日本 名水の旅へ

前回に引き続き、日本の水をきれいにする会編『名水百選』(ぎょうせい 1985)を中心に、前号の東日本の名水に続き、西日本の名水を追ってみたい。

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業
水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属
2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設

5 関西の名水

滋賀県彦根市西今の「十王村の水」は湖東三名水の一つ。古来清水として住民の配慮が払われ、水源の近くに地蔵堂があり、湧水量は1日約20m3で十王川に注ぐ。伊吹山の麓伊吹町の「泉神社湧水」は、今でも神の水として大切にされている。京都は周囲を山々に囲まれ、盆地を形成していることから、名水は多い。伏見区の「伏見の御香水」は疲労空腹の猿曳がこれを飲んで、たちまちに元気になったという。現在でも、霊水として、病気平癒、茶道、書道用に持ち帰る。また、宮津市文殊の「磯清水」は天橋立の中にある。

平野圭祐著『京都水物語』(淡交社 2003)は、京都の生活、文化の源は水であり、茶の湯、豆腐、伏見の酒、友禅染の文化を語る。また、駒 敏郎著『京洛名水めぐり』(本阿弥書店 1993)は、1200年の精神文化を育む名水として牛若丸息つぎの水、醍醐水、天之真名井、佐女牛井などに光をあてた。大阪府島本町「離宮の水」、兵庫県西宮市灘の酒を広めた「宮水」、神戸市の「布引渓流」は、六甲山に源を発し、渓谷美が素晴らしい。「布引・市ケ原を美しくする会」が保全活動を行なっている。

波毛康宏著『淡路島の清水』(教育出版センター 1986)には、「閼伽井」、「種井」、「桜井の清水」、「命かえの水」、「はね土の清水」、「恋の清水」を捉える。「命かえの水」は、慶蓮上人が「仏様、私の命と引きかえに、この寺と住民のために水をお恵みください」と祈り、息絶えた。堂の所に水が湧き出たという。「恋の清水」は小さな森の中にあり、恋の森といわれ、恋が成立する泉。和歌山県中辺路町の「野中の清水」、和歌山市の「紀三井寺の三井水」はともに名水百選である。

  • 『京洛名水めぐり』

    『京洛名水めぐり』

  • 『淡路島の清水』

    『淡路島の清水』

  • 『京洛名水めぐり』
  • 『淡路島の清水』


6 中国の名水

島根県淀江町の「天の真名井」は、幅約15m、奥行き約5mほどの清水で、その下流は泉川となり、宇田川に合流する。「アメノマナイ」とは、清浄な水につけられる最大級の敬称。古代から絶えず湧出し、宇田川平野開発の動脈となった。今でも昭和用水、簡易水道の水源である。島根県隠岐の島・島前にある「天川の水」は静水寺境内の一角に湧出し、生活用水、農業用水に利用されている。出雲大社の祭を清める「真名井の清水」、「井戸神社」等を語る川上誠一著『しまね水の旅』(プロジェクト 1994)は、島根の水の文化を追う。

岡山県八束村の「塩釜の冷泉」は、蒜山の裾から湧出し、地元塩釜奉賛会が管理しており、村内約600世帯の生活用水になっている。岡山藩主池田氏の御用水であった岡山市の「雄町の冷泉」は子宝に恵まれるという。上斎原村の「岩井」が百選である。川端定三郎著『岡山の名水』(日本文教出版 1989)は、備前(「岩間の井戸」「報恩産湯の井戸」「八つの功徳水」)、備中(「倉敷代官所井戸」「下津井の井戸群」「吉備公産水井」)、美作(「久世の高清水」「八頭竜王の薬水」「法然上人産湯井」)の各地の名水歴史を詳細に捉える。

広島県府中町の「出会清水」は、湧水のある岩の下は飲み水に、次の囲いは米や野菜の洗い場に、最後の広い囲いは洗濯用に利用されていて、水の使用区分には大変興味を引く。

山口県秋芳町の「別府弁天池湧水」は、カルスト地域に見られる湧水地。湧水量1日約5万5000m3を誇り、簡易水道、農業用水、町営養鱒場用水として利用され、地元住民が構成する別府水上会議が保護管理する。

山口県錦町の「寂地川」は錦川の支流宇佐川の最上流で、西中国山地国定公園内にある。昔から地元住民の飲料水源。ワサビの栽培にも利用され、地元老人会が清掃管理を行なう。山上の寺「寂林院」にこもり荒行を行なった僧の法力により、恐ろしい大蛇を退治したという「寂地の高僧」の伝説がある。

佐々木 健著『広島・中国路水紀行』(渓水社 1989)は、広島(「あまず名水」「羅漢名水」「宝剣名水」)、呉(「虹村湧水」「銀明水」「いなり水」)、そのほかに「秋吉台の名水」「石見銀山の三百水」、倉敷の「小野小町名水」などを捉える。

  • 『しまね水の旅』

    『しまね水の旅』

  • 『岡山の名水』

    『岡山の名水』

  • 『しまね水の旅』
  • 『岡山の名水』


7 四国の名水

徳島県鴨島町の「江川の湧水」は、吉野川河口から上流25km地点右岸側にその源を発する。夏季が10゚C程度、冬季が20゚C前後という異状水温は、調査によれば、吉野川沿岸の川島付近の厚い川砂利層に停滞した水が相当期間暖められ、あるいは冷やされて、地下の定温層を通過し湧出してくるためと考えられている。名水百選の江川編集委員会編『名水百選の江川』(鴨島町教育委員会 1986)は、昭和29年8月、県指定天然記念物指定の背景を語る。徳島県東祖谷村の「剣山御神水」は、剣山の標高1800mの所に屹立する高さ約50mの御塔石の下から湧き出る。昔から病気を治す若返りの水と言われ、御神水はミネラル分を多く含み長期間腐らない。剣山国定公園内にあり、平家ゆかりの祖谷川の源流である。

香川県小豆郡池田町の「湯船の水」は、毎年水不足に悩まされる小豆島の湯船山の中腹にあり、昔から貴重な水源として、水道水、農業用水、生活用水に使用。湧水量は1日約400m3である。南北朝時代、南朝方として戦った佐々木信胤が、旱魃(かんばつ)による飢饉を救った霊水として仏堂を建立し、この湯船の水を奉り、現世及び後世の冥福を祈ったとされる。

愛媛県西条市の「うちぬき」は、西条市内の至る所にみられる自噴水。その量は1日9万m3で、水の西条と呼ばれる。この自噴水は、石槌山山系に源を発する加茂川により滋養され、西条平野の可採滞水層中にある。

松山市南高井町の「杖の淵」は、四国霊場48番札所、西林寺の南西200mにある。昔、高井の里に来た弘法大師に、老婆が親切に水を飲ませたところ、喜んだ大師が杖を突き立てた地面から水が湧き出したという。愛媛県宇和町の「観音水」は、鍾乳洞からの湧水で、肱川の源流となる。水量は1日1万m3に達する。

高知県越智町の「安徳水」は、県立自然公園横倉山の頂上から湧き出し、山伏修験者の清めの水に使われた。屋島の合戦に敗れた平家がこの山に生き延び、安徳天皇の飲み水としたとの伝承がある。武市伸幸著『土佐の湧水』(南の風社 1996)は、高知県内の名水を探訪する。室戸市の「岩佐の清水」、夜須町の「野中井戸」、高知市の「円行寺の水」、土佐市の「鳴川の湧水」など107カ所の名水と滝が掲載されている。

『名水百選の江川』

『名水百選の江川』



8 九州・沖縄の名水

福岡県浮羽町の「清水湧水」は、耳納山麓の標高約60mの所にある。1日の湧水量約1000m3。この西側には、臨済宗妙心寺派に属する清水寺の本堂が山門を構える。福岡市東区の「不老水」は、仲哀天皇、神功皇后を祀る香椎宮そばの井戸。側近くに仕えた武内宿祢(たけのうちすくね)が、この湧水・聖水を朝夕汲み、天皇皇后に献上し、自らも炊飯造酒に用いたので三百余歳の長命を保ったという。福岡県編『福岡県文化百選7水編』(西日本新聞社 1994)、歌野敬ほか著『福岡周辺のおいしい水』(不知火書房 1993)。

佐賀県有田町の「竜門の清水」は、黒髪山系よりの湧水であり、鎮西八郎為朝の大蛇退治の伝説がある。佐賀県小城町の「清水川」は、肥前の小京都といわれる小城町に流れ、蛍の里で知られる祇園川に合流する。

長崎県島原市の「島原湧水群」は、雲仙山系に滋養された水が、1日約22万m3湧出。浜の川の共同洗い場は、住民たちが管理・保全する。高木町の「轟渓流」は、境川上流部の轟の滝をはじめ多くの滝や奇岩が連なる。

熊本県宇土市の「轟水源」は、江戸期に造られた上水道の水源で、水源は簡易水道組合が管理、肥後三名水の一つ。熊本は阿蘇山の伏流水が至る所で湧き出る。熊本日日新聞社編・発行『熊本の名水』(1998)、熊本の湧泉研究会編・発行『熊本の湧泉』(2004)がある。

大分県竹田市の「竹田湧水群」は、大野川上流域に位置し、上水道、淡水魚の養殖や農産物の栽培に利用されている。庄内町の「男池湧水群」、三重町の大野川上流白山川も名水百選に選ばれている。大分県薬剤師会編・発行『調べてわかったおおいたの水の顔』(2006)。

宮崎県小林市の「出の山湧水」は、霧島山麓から湧水量が1日8万m3。綾町の「綾川湧水群」は九州中央山地国定公園綾照葉樹林地帯からの湧水。坂口孝司著『宮崎の名水環境』(鉱脈社 2006)は、県内7つの河川から89の名水を網羅する。鹿児島県屋久町・上屋久町の「屋久島宮之浦岳流水」は、屋久島の年間5000mmの豊富な降雨が、渓谷美を造り出す。栗野町の「霧島山麓丸池湧水」は、我が国最初の国立公園の霧島の山麓から湧出する。かくのぶえ著『鹿児島のおいしい湧き水』(南方新社 1996)がある。

沖縄県玉城村の「垣花樋川(かきのはなひーじゃー)」は、太平洋が一望できる斜面にあり、女の泉、男の泉の二つからなる。簡易水道水源、農業用水に利用されている。長嶺 操著『琉球の水の文化誌』(沖縄村落史研究所 1998)、同著『沖縄の水の文化誌 井戸再発見』(ボーダーインク 1992)は、琉球石灰岩地質から湧水する井戸について、詳細に調査されている。

  • 『熊本の湧泉』

    『熊本の湧泉』

  • 『沖縄の水の文化誌 井戸再発見』

    『沖縄の水の文化誌 井戸再発見』

  • 『熊本の湧泉』
  • 『沖縄の水の文化誌 井戸再発見』


おわりに

以上、名水に共通することは、地域ごとに歴史があること。生活用水などに利用され、大事に守られている。そして水文化が継承され、里川として生きていることである。

最後に、名水とともに放浪の旅人 種田山頭火に関する佐々木 健著『名水紀行 山頭火と旅するおいしい水物語』(春陽堂 1992)、今津良一文『山頭火と歩く名水』(小学館 2000)から、山頭火の名水五句を掲げる。

貧しさは水を飲んだり花を眺めたり
(昭和7年 山口県小郡町)
風かをる信濃の国の水のよろしさ
(昭和11年 長野県佐久市)
水音のたえずして御仏とあり
(昭和11年 福井県永平寺町)
あの水この水の天竜となる水音
(昭和14年 長野県伊那市)
落葉するこれから水がうまくなる
(昭和15年 愛媛県松山市)

『山頭火と歩く名水』

『山頭火と歩く名水』



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