機関誌『水の文化』44号
しびれる水族館

マザーレイクと歩む琵琶湖博物館

マザーレイクと歩む琵琶湖博物館

生きもの好きの金尾滋史さんを伸ばしてくれたのは、博物館と学芸員、地域の方々でした。大学時代から親しんできた琵琶湖で、今度は金尾さんが次世代を後押しする役割を担っています。生きものを、単に生体として見るのではなく、人の暮らしとのかかわりの中で文化としてとらえてきた琵琶湖博物館。訪れる人が多くの学びを得て、しなやかな感性が育まれるように、努めている博物館です。

金尾 滋史さん

琵琶湖博物館学芸員
金尾 滋史(かなお しげふみ)さん

1980年広島県生まれ。滋賀県立大学環境科学部、滋賀県立大学大学院環境科学研究科、多賀町立博物館学芸員を経て、2011年4月より現職。専門は水族繁殖学、魚類保全生態学。地域の子どもたちに囲まれながら、「学」と「芸」を両立し、「会いに行ける研究者」を目指して日々修行中。主な著書(分担執筆)に、『里山復権 能登からの発信』(中村浩二・嘉田良平編/創森社 2010)、『滋賀県で大切にすべき野生生物』(滋賀県自然環境保全課編/サンライズ出版 2011)ほか

展示のコンセプト

琵琶湖博物館には、「湖と人間」をテーマとしてABC三つの展示室があります。水族展示はC展示室の1階に位置する〈淡水の生き物たち〉にあり、前身となる琵琶湖文化館時代から継続されてきました。博物館と水族館が合体しているところは、全国でも珍しいと思います。

琵琶湖博物館の特徴は、単に魚だけを紹介しているのではなく、人とのかかわりを含めて紹介しているところです。展示の中をよく見ると、桟橋や船、芋洗い水車など人の暮らしの周りにあるものが置いてあるんですよ。

一般的な水族館というのは、屋内に入ると暗くなって、水槽に照明を当てているところが多いのですが、内湖(注1)や河川の水槽は屋外にあって、自然光で見てもらえるようになっています。ここでは、水面を境に陸域も水中も見ることができます。水面下と風景の両方を見せることで「こういう環境の中で魚たちが生きているんだ」ということがわかります。

水槽があるのは屋外ですから、サギなどの水辺の鳥がやってきて魚が捕られたりすることも。まあ、野生の生きものも認める水槽なんです。とは言うものの、こちらとしてはあまり捕られては困りますから、夜間は浅い所に網を張って防いでいます。

(注1)内湖
水路を通じて琵琶湖とつながる内陸の水域を差す。葦原が茂ることで水の浄化が行なわれ、魚の産卵場所となっていた。舟運や漁業など暮らしと強く結びついていたが、第二次大戦前後から農地干拓が行なわれ、多くの内湖が消滅した。現在残る最大の内湖は〈西の湖〉(面積221ha)。

  • 〈川の中流にすむ魚たち〉

    〈川の中流にすむ魚たち〉

  • 〈内湖・ヨシ原にすむ魚たち〉

    〈内湖・ヨシ原にすむ魚たち〉 ともに水槽は屋外にあって自然景観を借景にしている。水面から上と水中の両方を見ることができ、魚がどういう場所に暮らしているかがよくわかる。

  • 〈川の中流にすむ魚たち〉
  • 〈内湖・ヨシ原にすむ魚たち〉

川や内湖と琵琶湖

琵琶湖から流れ出た水は瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えて大阪湾にそそぎます。しかし、現在ではその間に天ヶ瀬ダムという大きなダムがあって、海から遡上するウナギのような魚は上ってくることはできません。天ヶ瀬ダムができる以前は、ウナギだけではなく、琵琶湖にもボラとかチヌ(クロダイ)がやってきたこともあるといわれています。

普段は琵琶湖に生息する魚も琵琶湖だけで暮らしているのではなく、流れ込む川があって、初めて生活史が成り立っています。

川で生まれ、海に下り、再び川に戻ってくる魚は多いのですが、その海と同じ役割を琵琶湖が果たしているのです。

湖で成長した魚は、産卵のときに川をのぼっていきます。厳密に細かく見れば場所が少し違うのですが、どの種も川の下流域で産卵するので、時期をずらすことでうまく折り合いをつけています。4月はウグイ、5月はニゴイ、6月ぐらいからハスが上がってきて、9月になったらアユ、そして10〜11月にはビワマスが遡上します。

そのため、川でウグイが採れ始めたら、「ああ、もう4月やなあ」とか、ニゴイが採れ始めたら「もうじき梅雨入りやねえ」と季節の風物詩にもなっていて、川にはとても季節感があります。

ふれあい体験室にあるトピック水槽では、普段は展示をしていない生きものや当館で保護増殖している魚を紹介しています。以前、展示していたモクズガニは、海で産卵し、成長した個体が大きくなって川に上ってくるんです。ときどき琵琶湖でこのモクズガニが捕れるのですが、海がないのにどこからくるのか謎のままです。天ヶ瀬ダムがあるので直接淀川を上ってくることは考えられませんが、山を迂回してくるとか、川同士が近い所もあるので違う川から渡ってくるとか、日本海から鯖街道を通ってくるとか、諸説ありますが誰もこれを解明できていません。

展示の苦労

アユの寿命は1年で、秋に産卵して短い一生を終える魚です。しかし、展示では秋から春にかけて水槽が空になっても困るので、遮光して人工的に光を当てる時間を調節して季節感をずらし、一年を通じて展示できるように工夫しています。

また、琵琶湖にいるときのビワマスは体の色が銀色なのですが、水槽で飼育していると、稚魚期のパーマークと呼ばれる斑紋が残ったまま。なかなか体の色が琵琶湖で泳いでいるときの状態にならず、苦労しています。我々も銀色に成長しているビワマスを見せたいと思っているのですが、難しいですね。

身体の色のことも、群れで回遊する行動も、人間の思い通りにはなりません。川で生まれた稚魚が下っていって湖で育ち、再び川を上がっていって産卵する。そういうダイナミックな生態を、展示水槽で再現するのは難しく、その生態のごく一部分しか見せることができないのは残念です。

豊富な固有種

日本の他の湖沼ではほとんど見られない固有種が琵琶湖に多く生息するのは、琵琶湖が大きく、多様な生きものが生息できる環境を今なお維持していることと、長い歴史を持つ古代湖であることが関係しているといわれています。魚類や底生動物等を含め、現在、約60種の固有種が確認されています。

当館一番の目玉は、琵琶湖固有種のビワコオオナマズです。普段は琵琶湖の水深10〜40m付近に生息しているといわれ、初夏の雨上がりには沿岸部にやってきて繁殖を行ないます。私は夜間、ビワコオオナマズの産卵調査をしたことがあるのですが、足下に100匹ぐらいが集まってきたのを見て、とても感動したと同時に琵琶湖の持つスケールの大きさに圧倒されました。それでもっといろいろな魚を調べたい、研究したいと思うようになりました。

日本最大級の淡水魚で全長で140cmのものを捕獲したこともありますが、卵はたったの2mm、孵化したときは6mmなんです。それが最初の1年で30cmほどに成長します。

このような琵琶湖固有種の魚は、湖魚料理に代表され、重要な水産物として資源的価値も高いのです。たとえば鮒寿司の材料としてもギンブナよりもニゴロブナのほうがおいしい。同じモロコでもタモロコより、ホンモロコが抜群に美味です。唯一の例外はビワコオオナマズでしょうか。あれはまずいとよく言われます。琵琶湖固有種の存在は、その地域の漁業や食文化などとも深くかかわっており、独特の湖国の文化をつくってきたといえるでしょう。

  • 水槽には、人気者のビワコオオナマズが悠々と泳ぐ。冬から春にかけては動きが活発だが、夏場などは穴に潜ってじっとしていることも多いそうだ。

    水槽には、人気者のビワコオオナマズが悠々と泳ぐ。冬から春にかけては動きが活発だが、夏場などは穴に潜ってじっとしていることも多いそうだ。実際の生息場所に近い、岩場の環境が、再現されている。

  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

    〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

    〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

    〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

  • 水槽には、人気者のビワコオオナマズが悠々と泳ぐ。冬から春にかけては動きが活発だが、夏場などは穴に潜ってじっとしていることも多いそうだ。
  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉
  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉
  • 〈琵琶湖の主 ビワコオオナマズ〉

田んぼは魚のゆりかご

琵琶湖の魚が減ったことには複数の要因があるんですが、外来魚の増加とともに深刻なのは、魚類の生息場所・産卵場所がなくなったことです。

琵琶湖では〈ボテジャコ〉と呼ばれるタナゴの仲間(現在、琵琶湖とその周りの河川や水路には6種類確認されている。ボテジャコのジャコは雑魚の意)も、昔は釣り糸を垂らしたらボテしか釣れない、と言われるほどだったのですが、今はほとんどの種類が絶滅の危機に瀕しています。

タナゴの仲間には産卵管があって、タテボシガイやドブガイ類などの二枚貝の中に卵を産みつけますから、水底に二枚貝がいないと繁殖できません。水路や川の底がコンクリート化したことで繁殖に必要な貝が減ったことが打撃となりました。また、その卵を産みつける二枚貝はヨシノボリなどに一時期、寄生して成長するという習性があります。ですから、みんなつながっている。どれか一つでも欠けたら、生態系が崩れてしまうんです。

また、かつて琵琶湖周辺の田んぼには、たくさんのフナやナマズがやってきて卵を産んでいました。人の営みの中で育まれてきた生態系というのが、琵琶湖周辺では特徴的なのです。ところが開発や圃場整備が進み、水路と田んぼの間に高低差ができたことで、このような魚が田んぼに入ることができなくなりました。しかし、調査をしてみると田んぼのすぐ下の排水路まで、魚がやってきていたのです。それで、繁殖場所としての田んぼの価値を調べてみようと、田んぼにニゴロブナの親魚を5匹放流し、稚魚がどれくらい増えるのかという実験を行ないました。中干しのときに「稚魚がちょっと捕れればいいや」と思いつつ、田んぼの出口の水を網で受けていたら、一瞬で網の中がフナでいっぱいになりました。捕ったフナを全部数えてみたのですが、多い所ではなんと約4万4000匹の稚魚が出てきました。「田んぼというのは、こんなに魚を育てる力があるのか」と改めてびっくりしました。

現在、琵琶湖博物館や県の農村振興課、水産課などが中心になって、生命のゆりかごとして水田の再評価を行なっています。滋賀県もこの研究成果を政策として位置づけ、〈魚のゆりかご水田プロジェクト〉という名称で、県内各地で取り組みが始まっています。

子どものころ、田んぼで魚つかみをした経験があるのは今の50〜60歳代以上の人たちで、農家の現役世代です。これらの取り組みはその人たちが当時の記憶をよみがえらせたことで、活動が大いに盛り上がっていきました。生きものがいる田んぼでつくった米なら、安心、安全だ、ということもアピールしていこうということになりました。博物館の研究が、県の政策など広い範囲に発展した例です。

  • 〈岩場から沖合にすむ魚たち〉

    〈岩場から沖合にすむ魚たち〉

  • 水槽は、人間がトンネルを抜けて歩きながら通ることができる。

    水槽は、人間がトンネルを抜けて歩きながら通ることができる。

  • まるで、湖底に潜ったような臨場感が味わえて、写真撮影スポットとしても人気がある。

    まるで、湖底に潜ったような臨場感が味わえて、写真撮影スポットとしても人気がある。

  • 〈岩場から沖合にすむ魚たち〉
  • 水槽は、人間がトンネルを抜けて歩きながら通ることができる。
  • まるで、湖底に潜ったような臨場感が味わえて、写真撮影スポットとしても人気がある。

国内外来魚問題

ワタカという魚は、かつては日本のほかの地域にも分布していたと考えられていますが、長い歴史の中で琵琶湖以外では絶滅し、琵琶湖のみに残った遺存固有種です。

現在ワタカは琵琶湖で激減し、滋賀県のレッドデータブックでは絶滅危惧種に位置づけられています。ところが逆に、もともと生息していなかった国内の他地域で急増しているのです。琵琶湖で捕れたアユの稚魚を他の地域に放流した際に、ワタカなどの魚が混入していたためと考えられます。ほかの地域で増えたワタカは、場合によっては害魚になっています。外来魚問題というのは、単に外国からきた魚だけではなく、国内でもともと分布をしていなかった地域に移入されて引き起こされる面もあるのです。

悲しいことに、国内外来魚問題の多くは、琵琶湖由来のものが多いのです。皮肉なことに原産地の琵琶湖では激減しているのに、九州やほかの地域で増えて困っています。茨城県にある霞ヶ浦で投網を投げたら、ワタカとハスとニゴイとビワヒガイが捕れたことがある、と現地の人から聞きました。

また、捕食だけでなく、食べ物や生息場所をめぐる競争、寄生虫や病気を持ち込む可能性という問題も抱えています。さらに、中国や韓国からやってきた種ですと、遺伝子が近い近縁種もいますのでそれらと交雑する恐れもあります。滋賀県にはかつてニッポンバラタナゴという種がいたのですが、中国大陸からきたタイリクバラタナゴと交雑して県内では絶滅してしまいました。

京都の賀茂川では、在来のオオサンショウウオとチュウゴクオオサンショウウオが交雑していて、問題になっています。交雑してしまうと素人目にはほとんど見分けがつきませんし、手の施しようがありません。知らぬ間に交雑していたり、種が入れ替わっていた、ということが遺伝子などを調べて初めてわかるのです。

生態系への影響が大きいことが予想される種によっては、外来魚として定着する前からマークして侵入や拡大を防ぐようにしている場合もあります。

保護増殖センター

琵琶湖博物館には、全国の希少淡水魚を系統保存している〈保護増殖センター〉があります。現在、保護増殖センターでは40種ぐらいを系統保存しています。繁殖と保護の活動自体は、琵琶湖文化館時代から続いており、活動をみなさんに知っていただくために、施設自体も展示の一部として紹介しています。

ただ、もとは少ない親から系統保存をはかっているため、遺伝的多様性が低くなっているという課題も抱えています。また、最終的な〈ノアの方舟〉としての意味合いもあるのですが、環境が変わって生息地自体がなくなってしまった例もあり、帰すに帰せない種もいます。万が一の停電や地震などに備えて、危機分散のために、他の水族館にも分けて保護するなどの工夫もしています。

  • 動物園・水族館における動物の繁殖に特に功績のあった業績を称え、展示動物の増殖と種の保存に資することを目的とした〈古賀賞〉。

    動物園・水族館における動物の繁殖に特に功績のあった業績を称え、展示動物の増殖と種の保存に資することを目的とした〈古賀賞〉。
    日本で最初に種の繁殖に成功した証しの〈繁殖賞〉は多数受賞している。

  • バックヤードでは展示を待つ控えの魚も飼育中。

    バックヤードでは展示を待つ控えの魚も飼育中。

  • 全国の希少淡水魚を系統保存している〈保護増殖センター〉の水槽。

    全国の希少淡水魚を系統保存している〈保護増殖センター〉の水槽。ここでは、現在、40種 ぐらいを系統保存している。

  • 孵化したばかりのタナゴ類の稚魚。

    孵化したばかりのタナゴ類の稚魚。

  • カエル類や鳥類の餌としてミールワームも飼育している。

    カエル類や鳥類の餌としてミールワームも飼育している。冷凍の赤虫を解凍したり、魚を細かく切ったりする餌の準備も、大事な仕事だ。

  • 動物園・水族館における動物の繁殖に特に功績のあった業績を称え、展示動物の増殖と種の保存に資することを目的とした〈古賀賞〉。
  • バックヤードでは展示を待つ控えの魚も飼育中。
  • 全国の希少淡水魚を系統保存している〈保護増殖センター〉の水槽。
  • 孵化したばかりのタナゴ類の稚魚。
  • カエル類や鳥類の餌としてミールワームも飼育している。

人と湖との距離

私は広島県福山市(旧・神辺町)出身で大学に進学するため15年前に滋賀県にやってきました。地元を流れる芦田川は中国地方で一番水質が汚い川だと言われているぐらいで、浅いのに川底が見えなかったり、ヘドロが多く溜まっていました。そこでフナを釣ったり、魚をつかんだりしていたのですが、それを食べようという感覚はまったくありませんでした。それが、滋賀県に来てから、川で釣った魚を食べるということを皆さんが当たり前にやっていてびっくりしました。

滋賀県はちょっとした川や水路にもアユがいたり、みんなが魚の生態を経験的によく知っています。雨が降ると魚が上ってくるとわかっているから、みんな川へ捕りに行くなど、本当に人と水や魚との距離が近いのです。何気ない暮らしの折々に、琵琶湖の存在がある。今は多少弱くなったというものの、流域連携もしっかりあるのです。滋賀県庁には、琵琶湖環境部というセクションがあるほど、琵琶湖は大きな存在です。琵琶湖があったから、成り立ってきた人の暮らし、そして人の暮らしがあったから成り立ってきた生態系が、琵琶湖とその周りにはあります。川那部浩哉さん(元・琵琶湖博物館館長)が「琵琶湖は生命文化複合体である」とおっしゃっていましたが、まさにその通りの存在なんですね。

  • たくさんのビワマスが円柱形の水槽を群れをなして回りながら泳ぐ姿が圧巻。

    たくさんのビワマスが円柱形の水槽を群れをなして回りながら泳ぐ姿が圧巻。縄張り意識の強い個体がいると、群れ全体の動きが止まってしまうのだとか。

  • 1匹、1匹、じっくり見ると違いがわかる。同じ時期に生まれても、強い個体は大きく成長し、差が生じる。

    1匹、1匹、じっくり見ると違いがわかる。同じ時期に生まれても、強い個体は大きく成長し、差が生じる。

  • たくさんのビワマスが円柱形の水槽を群れをなして回りながら泳ぐ姿が圧巻。
  • 1匹、1匹、じっくり見ると違いがわかる。同じ時期に生まれても、強い個体は大きく成長し、差が生じる。

地域とコミットする意味

小学校のころに環境問題や野生生物の減少が注目されたことから、ただ生きものの研究をするだけではなく野生生物を研究して守っていけるような仕事をしたい、と思うようになりました。たまたま中学校のときに行った自然史系の博物館で学芸員という職業を知り、研究だけでなく、展示や観察会を通じて多くの人にその楽しさや重要さを伝えることのできる学芸員になりたいと思ったのです。

日本初の環境科学部が開設された滋賀県立大学の初代学長に日髙敏隆さん(注2)が着任されて、この大学に行きたいと思うようになり、なんとか入学することができました。

滋賀県立大学は彦根市の琵琶湖に程近い環境にあり、大学時代にはよく琵琶湖や近くの川に出かけていました。学生時代から地域のさまざまな行事や自然観察会グループの活動などに参加させていただいていたのですが、そこでできた人のつながりは、今でも貴重な財産となっています。

大学院の途中で、彦根市の隣にある多賀町の多賀町立博物館に学芸員として採用され、6年間お世話になりました。町民の皆さんからすると、博物館はどうしても敷居が高い施設のように感じてしまいます。そこで、博物館と町民との距離を近づけるよう自分なりに努力してきました。

地域とコミットするというのは、さまざまな意味があります。例えば、ある希少生物の保全が必要となったときに、科学的には守らなくてはいけないけれど、地域としては必ずしもそれが最重要でない場合も多いのです。そんなものを守るよりも、防災や獣害への対策、高齢化対策のほうが大事だ、といわれることもしばしばあります。地域の人の意見がそうであったら、行政もその方向で進むしかない。河川改修も住民の安全が第一の目的であれば、生態系を守ることより優先されることもあるのです。

折り合いのつけどころがどこにあるのかを調整するのは、両方の立場を理解していないとできません。そういうときに、保全に向けて地域の研究者が間に立つことは非常に大きな意味を持ちます。

また、私は地域知と呼んでいるのですが、地域の方が経験的に知っておられる知識が科学の世界に大きなヒントを与えてくれることもあります。ですので、博物館の学芸員として、地域と科学を結ぶ存在になっていきたいと思います。

(注2)日髙敏隆(1930〜2009年)
動物行動学者。京都大学名誉教授。我が国の動物行動学の草分け。幼いときから興味を持っていた昆虫を研究材料とした生理学的研究から、興って間もない動物行動学の要素を取り入れた研究に発展させていった。東京大学理学部動物学科を卒業後、東京農工大学、京都大学を経て、1982年に創設された日本動物行動学会の初代会長を務める。滋賀県立大学初代学長、総合地球環境学研究所初代所長。一般向けの著作を数多く著すほか、洋書の翻訳によって動物行動学の普及に貢献した。

〈琵琶湖の岸辺の生き物〉水槽は、種別に仕切られているが、一体感のある展示。

〈琵琶湖の岸辺の生き物〉水槽は、種別に仕切られているが、一体感のある展示。

琵琶湖博物館育ちの人材を

琵琶湖博物館の図書コーナーには、学芸員に自由に質問できる「質問コーナー」があります。学芸員は30人ぐらいいるので、その当番が月に1回ペースで回ってきます。専門外のことを聞かれてしまったときは、専門の学芸員を呼んできて答えてもらうこともあります。普通の水族館には、このように直接質問できる場所は少ないので、ここに来る子どもたちにとって恵まれている環境だと思います。また、メールでの質問も受けつけています。夏休みの最後のほうになると、駆け込みで自由研究の相談も増えてきますね。

自分でどんどん調べて、わからないことを聞いてくる子どもの中には、すごいテーマに取り組んで頑張っている子どももいます。

ただ、中学、高校に進むと、受験勉強とか部活とかが忙しくて、なかなか博物館まで来る時間が取れない子が多いのです。これからは、博物館の利用者としてユース世代をどのように増やし、受け入れていくのかも課題の一つです。

2016年(平成28)には開館20周年になりますので、新しい要素を加えて博物館のリニューアルを計画しています。若い世代をはじめ、さまざまな方々に活用してもらえるよう、スタッフ一丸となって、プロジェクトを進めています。

滋賀県内には、残念ながらプロ野球チームやJリーグのチームはありませんが、そのようなプロのチームでプレーすることは子どもたちの夢ですよね。

プロ野球選手やJリーガーに憧れるように、「将来、琵琶湖博物館の学芸員になるのが夢」と子どもたちに思ってもらえるような存在になりたいと思います。

  • カイツブリのいる水槽

    カイツブリのいる水槽

  • タッチプール

    タッチプール

  • 水族展示を抜け、C展示室の最後となる〈世界の湖沼と琵琶湖〉では、世界各国の湖の環境と人々の暮らしについて紹介している。

    水族展示を抜け、C展示室の最後となる〈世界の湖沼と琵琶湖〉では、世界各国の湖の環境と人々の暮らしについて紹介している。

  • カイツブリのいる水槽
  • タッチプール
  • 水族展示を抜け、C展示室の最後となる〈世界の湖沼と琵琶湖〉では、世界各国の湖の環境と人々の暮らしについて紹介している。


(取材:2013年3月26日)

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