デスクに癒しの水槽を
水族館は、貴族階級がガラスケースに魚を飼って鑑賞したのがルーツの一つだといわれています。日本でも、かつてのホームアクアリウムはお金のかかる大人の趣味でした。今は家でアクアリウムを楽しむ人が増え、気軽にリーズナブルに水槽を持つことができるようになっています。生物とのかかわりを学びながら、実際に魚を飼っている日本大学生物資源科学部の学生さんたちに、魚を飼うことの魅力についてうかがいました。
私は日本大学生物資源科学部海洋生物資源科学科の化学専攻で、海洋生物に含まれている成分を資源として有効活用するという研究をしています。
1年生のときは、東京の自宅から頑張って通っていたのですが、一人暮らしも経験したかったので大学のそばに引っ越してきました。一人暮らしは、やはり寂しくてベタ(注1)を飼い始めました。最初は魚にあまり興味はなかったのですが、飼っているうちに個体識別ができるようになって、だんだん可愛いなと思うようになりました。
私が飼っている魚は、基本的に強い魚です。ベタは強い上になついてくれますし、1週間ぐらい留守にしても平気。飼いやすくて、初心者にもお勧めです。
東南アジアの田んぼにいる魚で、水質浄化のために、スーパーマーケットで買ってきたシジミを入れているのですが、空気呼吸ができるのでエアーなしでも飼うことができます。維持費が安く済むから助かります。
文明が進んだ現在、未知のフィールドは宇宙と海。特に海の分野は身近な存在にもかかわらず、まだまだわからないことだらけで、これからの分野だと思って飛び込みました。
ナマコの成分から水虫薬がつくられたり、放っておくと溶けてしまうクラゲから赤潮を抑える薬を開発しようとしていたり。新しい分野なだけに、新たな発見のチャンスがあるし、魚は種類が多いので一つひとつの種について知らないことがたくさん残っていて可能性を秘めた分野です。
アクアリウム専門店に行くと、サラリーマンの人がいっぱい来ていて、やはり癒しを求めているのかな、と思います。水槽に水草を入れると、癒し効果が倍増します。水槽を一つ持つと、ホームアクアリウムの楽しさがわかってきて、もっと欲しいと思うようになりますよ。
(注1)ベタの空気呼吸
エラブタの中に空気呼吸をするための器官を持ち、口を水面に出して空気を口に入れ、器官から酸素を得ることができる。このため水中の溶存酸素が少なくても生きられるので、コップなどの容器に入れて飼育することもできる。
(取材:2013年3月27日)
幼稚園のときの病気見舞に、おじいちゃんがフグを買ってきてくれたのが、魚を飼い始めた最初。病気見舞に魚というのも不思議なんですが、お菓子を買ってもらうよりも魚のほうが好き。実はおじいちゃんも大の魚好きで、その影響かもしれません。
まだヨチヨチ歩きのとき、生簀に顔を近づけてずっと見ていたそうです。母が「どんな風に見えているんだろう」と同じように見てみたら、本当に水の中にいるみたいな気分だったそうです。
魚屋さんでドジョウやアサリを買うときも、真剣に選びます。食べるためじゃなく、飼うためだからです。夏に海に行くのも、海水浴ではなく磯の生物採集。家族はずっと見守ってくれていました。
大学は海洋生物資源科学科に進みました。高校時代は魚の話をしても誰も乗ってきてくれなかったけれど、大学に入って共通の話題で盛り上がれる友人が増えました。ただ、うちの学部でも実際にホームアクアリウムをやっている人は少ないです。
オープンキャンパスに繁殖記録と自分が掲載された専門誌を持って行ったのですが、それを見た先生がまだ高校生のときに水産学会に誘ってくれました。4年生になって、その先生の生理学研究室に入りました。ホルモンについての研究が専門の先生ですが、私は繁殖をやらせてもらっていて、得られた数種のクマノミ稚魚の体色や模様の発現などを調べています。
海洋資源は減少傾向にあるので、今まで繁殖させられなかった種類の魚の繁殖を可能にして流通できるようにすれば、個体数減少に歯止めがかけられるのでは、と思っています。来年は卒業。夢を諦めてあとから後悔したくないから、水族館一本に絞って就職活動中です。
見ることだけでなく、飼うことの魅力にも目覚めてほしいですね。
初心者に飼いやすいのは、実は自分で捕った魚です。潮溜まりにいる魚なら、高水温にも強いですし。ボラとかハゼとかは、べらぼうに丈夫です。安全な薬で採られた魚やブリード(繁殖させた個体)、ハンドコート(手捕り)はまったく問題ありませんが、稀に毒性の強い薬で捕られているものがあり、薬の影響で弱っているので死んでしまうことがあります。
飼っているうちになついてくれたり、長生きしてくれることが一番楽しい。丈夫で飼いやすい魚だったら、その楽しさが味わえます。
(取材:2013年4月7日)
子どものときはまず昆虫が好きになって、次に蝶が好きになって。
海洋が専門ではなく、生命化学科の微生物系の研究室で、硝化細菌(注2)といわれる微生物が窒素循環にどのような影響を及ぼすかについて学んでいます。
自宅が荒川の汽水域に近いのと、母の実家が長崎の佐世保で、家のすぐ裏の川も汽水域。そのせいか、汽水域が好きで、一つは汽水の水槽です。今はスケールダウンしましたが、中学生のころは水槽の中に干潟と潮の満ち引きもつくっていました。環境が不安定な汽水域では、特殊な進化をするから個性的で丈夫な生きものが多いんです。
お金がないから、大きな水槽環境はつくれない貧乏アクアリウム。魚が過密に入っていますが、水中の表層、中層、底層に棲む生態系を考えて入れると、バランスを保つことができます。また群れをなす魚は、小さい水槽に同じ種類をたくさん入れるとケンカしますが、大きいけれど大人しい種類を一緒にしておくと、程よく牽制されてケンカになりにくい。こういうことも、飼って経験することでわかってきました。
水の濾過は、物理的なフィルターだけ。好気性微生物(酸素がある所で活発に活動する微生物)を利用した生物濾過という仕組みを採用しています。
最近は、水槽中の生物(魚・貝・砂利に棲む微生物・水草)のバランスと濾過機の微生物環境がうまくいっているので、水の状態が安定していて苔もあまり生えません。
小さい水槽でバランスを取るのは難しいんですが、工夫することで調和がとれた小さな宇宙をつくることができます。砂利は好気性微生物の棲み処になりますし、水草や貝も水の浄化に役立ちます。ただ砂利を厚めに敷くと中まで酸素が行かず微生物が働かなくなるので、定期的に掃除する必要がありますが、泥をかき混ぜてくれるカワニナは天然の掃除屋さん。最大で5種類の貝を入れていた時期もあります。
工夫するのも楽しいけれど、癒されてもいます。水槽って、ずっと見ていたくなりますよね。
(注2)硝化細菌
土壌や海水中で無機物だけを栄養源として生息する細菌で、アンモニアや亜硝酸といった窒素化合物を分解する。窒素化合物ができる過程で生成する酸化二窒素の温室効果は二酸化炭素の250倍。合成された窒素化合物の増加は環境に負荷を与えており、窒素は環境にとって重要なファクターである。
(取材:2013年3月22日)