ミツカン水の文化センター アドバイザー
法政大学教授
陣内 秀信(じんない ひでのぶ)さん
日本の都市を調べれば調べるほど、川と密接な関係をもってつくられてきたことがわかる。長年、東京の調査・研究を続けているが、この巨大都市のどの地域にも、重要な役割をもち、人々の暮らしを育んできた素敵な水辺があったことに驚かされる。
川が急流で、しかも集中豪雨、台風も多い自然条件のもと、我が国では、洪水からいかに身を守りつつ、水を活用するかに知恵と技術を発達させてきた。水が怖いからこそ、畏敬の念も生まれ、水の神を祀ることも広がった。東京の東の低地、江戸川区に広範に分布する「水の神」の研究をしている博士の学生が我が研究室にいる。
こうして物理的にも精神的にも水の脅威から身を守りながら、おおいに水の恵みを享受したのが日本の文化なのだ。自分達でも川を維持管理しながら、最大限活用しようとするスピリットが育まれてきた。東京人にとって、最大の里川は隅田川だろう。水質がよくなり、人々が水辺に戻り、関心が高まったのが、1970年代中盤。屋形船の復活、花火、レガッタの復活にはじまり、近年は、浅草寺の舟渡御が復活し、東京スカイツリーの足下の隅田川でLEDの電球をホタルに見立てて放流する「東京ホタル」のイベントが人気を集めた。この母なる川が里川として、人々の心に蘇りつつある。
川が汚染され、そっぽを向かれた時代も戦後の高度成長期にあった。時代が変わり、自分たちの手に水辺を取り戻そうという気運の高まりのある今、「里川」という言葉に思いを込めて、自分達の身近な水辺のもつ多様な意味をもう一度、考えてみたい。
東京の都心にも「里川」にふさわしい魅力ある水辺がいくつも存在する。都心の貴重な水辺として案外忘れられてきたのが、外濠である。江戸城を囲む史跡で、貴重な水と緑をもつ都会のオアシス。その一角の牛込堀に、1918年(大正7)にボートハウス「東京水上倶楽部」として設立された歴史を誇るカナルカフェがある。
かつては、そのボートでデートする学生が沢山いた。外濠は本来、防御機能をもったが、近代に市民に開かれ、桜の木も植えられ、花見の名所となった。だが、もっとこの水辺が注目されていい。
陣内研究室では、このカナルカフェと組んで、水上コンサートを毎年7月に実施している。夏の夜、ボートの上から、そして水上のデッキから演奏を楽しみつつ、この貴重な外濠の水辺空間の豊かさを多くの方々に体感していただいている。「使いながら守る健全な水循環」の思想をさらに広げていきたい。