機関誌『水の文化』45号
雪の恵み

あるがままの雪利用
雪室と雪だるま財団

〈雪だるま物産館〉。隣接した農畜産物集出荷施設の雪室で貯蔵した農産物を販売している。

〈雪だるま物産館〉。隣接した農畜産物集出荷施設の雪室で貯蔵した農産物を販売している。

豪雪地帯に人が住む、ということを当たり前と思っていましたが、実は日本特有の現象、と伊藤親臣さんは教えてくれました。克雪も重要です。ただ、克雪だけでなく、雪に寄り添う暮らしを育んできたからこそ、雪の持つ資源としての有効性を活用することができます。新潟県上越市安塚を拠点に展開される、先進的な雪利用の取り組みを紹介します。

伊藤 親臣さん

公益財団法人雪だるま財団主任研究員
伊藤 親臣(いとう よしおみ)さん

1971年愛知県名古屋市生まれ。静岡大学工業短期大学部機械工学科卒業後、室蘭工業大学工学部機械システム工学科編入。2008年室蘭工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了。2000年より公益財団法人雪だるま財団に勤務。
主な論文、著書に『建築設備と配管工事Vol.48:雪国らしいsnow-life』(日本工業出版2010)、『ゆきVol.74:天からの贈り物「雪・太陽・雨」を組み合わせた「自然エネルギー循環システム」』(雪センター 2009)ほか

雪だるま財団とは

安塚(新潟県上越市安塚区)は、日本有数の多雪地帯です。雪国らしい文化、経済、生活の在り方を、外部との交流の中で見出そうとする〈雪国文化村構想〉を掲げ、1989年度(平成元)から雪を逆手に取ったまちおこしに取り組んできました。

そのきっかけになったのは、昭和後期に度々起きた豪雪(注)です。

同時に高齢化と過疎化が、加速度的に進んでいました。そんな折、安塚では「高齢化はある程度仕方がない。過疎は我々の心の中の問題。過疎を雪のせいにしがちだが、本当にそうなのか。雪をもっと見直してみよう」と考え、雪をまちづくりの核に据えた活動を行なうようになりました。試行錯誤の末に雪の利用に関する研究、実践を行なう組織として、1990年(平成2)に設立したのが〈財団法人雪だるま財団〉です。

やがて、安塚の町長(当時)は、室蘭工業大学で雪を用いた冷熱エネルギー研究をしておられる媚山政良先生に行き着き、「こういう経緯でこれから雪を有効活用していきたい。そういうことができる人はいませんか」と室蘭に来られました。そこで、雪冷房の研究をしていた私が、推薦されて安塚に来ることになりました。

雪の研究を本業として生きていくのは難しいとわかっていましたから、学生時代のテーマと割り切っていたのですが、次第にはまってしまって。ですから、安塚からオファーがあったときに、単身、飛び込んでみることにしました。13年も前のことです。

(注)
五六豪雪(ごうろくごうせつ)
1980年(昭和55)12月〜1981年(昭和56)3月にかけて、東北地方から北近畿までを襲った記録的豪雪。
五九豪雪(ごうきゅうごうせつ)
1983年(昭和58)12月〜1984年(昭和59)3月にかけて、日本列島全体を襲った記録的豪雪。雪慣れしていない地域を襲ったこともあり、交通機関の乱れなど都市機能が麻痺した地域もあった。

雪を新エネルギーに

私が財団に勤務して最初の大仕事は「雪を新エネルギーとして国に認めてもらう」というプロジェクトの資料づくりでした。町長は「雪を新エネルギーに」と、積極的に国に働きかけていましたから、私も毎月のように、国会に随行しました。衆参の議員会館や省庁の官僚の執務室に赴くなど、安塚の日常では経験できない貴重な体験をさせていただきました。

そして、これまでの関係部局との調整が功を奏し、新エネルギーを審査する国の会議に提出されたデータには「雪だるま財団調べ」と書いてあり、一連の活動が法制化に一役買い、自分もその歴史的な場面に立ち会えたんだなあと感慨深く思いました。その会議を傍聴したのち、帰りのエレベーターの中で媚山先生から「決まったね」と言われ握手したことを覚えています。これから「雪や雪国が表舞台に立つ」と実感した瞬間でした。

雪室(ゆきむろ)を産業に

有史以来、人間は雪を利用してきたはずです。雪国の人は収穫した白菜を玄関脇の雪の中に埋めて保存するなど、ごく普通に生活の中に雪利用を取り入れていました。

保存のためにしていたことですが、雪の中に保存すると野菜が甘くなったりおいしくなったりします。しかし他所と比べていないから、その味は安塚の人にとっては当たり前。おいしくなることに気づいたのは、ごく最近のことです。

岩の原葡萄園(上越市大字北方)では、1898年(明治31)から世界に先駆けて雪で発酵熱を抑える醸造法を採用してきました。このように伝統的に雪の利用が行なわれてきたのです。

現在、雪を利用している施設は、安塚では大小あわせて12施設。上越市内には15施設。全国では、冷蔵、冷房に利用している施設は150カ所ほどあります。

その先駆け的な施設は、30年ぐらい前に、新潟県湯之谷村(現・魚沼市)で農産物、山菜類の加工販売をしている株式会社大沢加工さんが始めたものです。

大沢加工さんは、雪国で昔から行なわれていた貯蔵庫を、電気を使わず雪で年中0゚Cに冷やす〈現代版の雪室〉として進化させました。それは、かまくらの周囲をコンクリートの壁ですっぽり覆った外観で、上に屋根をかけた形です。安塚では大沢加工さんと古くからおつき合いがあったことからお手本とさせてもらいました。

1992年(平成4)に農畜産物集出荷施設として、安塚で第1号の雪室ができました。1995年(平成7)からは隣の〈雪だるま物産館〉で雪室貯蔵の製品や野菜を販売しています。また〈雪だるま物産館〉では、雪室の雪融け水を冷房に利用しています。

こうした安塚の雪室は、単なるハードウェアとしてではなく、ソフトウェアを掘り起こすツールの延長線上にあったのだと思います。


  • 雪のまちみらい館の外観。

  • 2階に上がる緩やかなスロープには、雪だるまの形をした滑り止めが。

    2階に上がる緩やかなスロープには、雪だるまの形をした滑り止めが。

  • 住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。

    住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。

  • 住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。

    住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。

  • 雪のまちみらい館の1階は雪室になっていて、夏の冷房に使われている。

    雪のまちみらい館の1階は雪室になっていて、夏の冷房に使われている。伊藤さんのニックネームは、スノーマン!

  • 2階に上がる緩やかなスロープには、雪だるまの形をした滑り止めが。
  • 住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。
  • 住民が一つひとつに表情を描き込んだ1点ものだそうだ。
  • 雪のまちみらい館の1階は雪室になっていて、夏の冷房に使われている。

雪室効果の見える化への取り組み

おいしさは曖昧なものですから、雪室貯蔵がおいしさに与える影響を科学的に証明することで、雪室活用の成果を実証しようと研究会を立ち上げました。高野克己先生(東京農業大学 応用生物科学部教授)を中心に評価基準をつくっているところです。高野先生は研究会の度に各分野の一流の研究者を招聘してくださるので驚きました。しかし、どなたも「雪の貯蔵と冷蔵庫の貯蔵とどう違うのだろう?」と雪中貯蔵に対して半信半疑意な印象でしたが、回を重ねるうちに雪の隠れた可能性に引き込まれ興味を持ってくださったようで、研究の幅が広がっています。

雪の市民会議開催に

雪を新しいエネルギーとして認めてもらうためには、雪の有効性を広く知ってもらう必要があります。そこで、第1回の〈雪サミット〉を北海道の沼田町で開催しました。第2回は安塚で開催されています。私はどちらにも参加していて、第1回のときに安塚町長が鼻息荒く講演するのを聞いていますが、まさか、そのあと自分がその人の町に来ることになるなんて、夢にも思っていませんでした。

〈雪サミット〉は第8回を愛・地球博(2005年日本国際博覧会 通称:愛・地球博、愛知万博)で開催し、発展的に解散しました。

終わったことは終わったんですが、「違う形でも続けたいね」という人がたくさんいて、市民レベルでやろうということになりました。〈雪の市民会議〉と形を変えて、安塚を第1回の開催地にして再スタートしました。

雪と共生してきた日本

人間が住んでいる所にこれほどの冷熱がある場所というのは、世界的に見て極めて珍しいのです。普通はそういう所には人は住まないからです。

カナダで発表したときには「なんでそんな所に人が住んでいるのか」という質問がありました。それほど雪が降る所はリゾートであって、住宅冷房に利用することを理解できないようなのです。上越市は人口約20万人ですし、十日町は人口密度と積雪の割合が世界一だそうです。雪だけあっても人がいないと冷熱エネルギーは利用できないので、日本にはそれだけポテンシャルがあるということです。

日本では有史以来、雪国に住んできました。つまり、雪と共生しながら暮らしてきたのです。日本人は、そこに雪がたくさん降ることがわかっていて住む。それは、そこにメリットがあるからです。

雪融け水が田畑を潤すとか湿度が下がった冬場に森の木を伐採すると良材が取れるとか、メリットがあるから住む。狩猟をするときにも、雪があれば獲物の足跡がわかって都合が良い。寒ければ暖を取ればいい。食べものも蓄えればいい。食べものを確実に確保できて、暮らしていかれたから住んできたのです。

ところが今になって「こんなに雪深い所では暮らしていかれない」と言うのは、雪が悪いのではなく、私たちの暮らし方が変わったということです。

あるがままの価値

学生時代から雪冷房にかかわってきて、つくづく思うのは「雪は悪さをしない」ということ。融けるだけですし、融けたものはただの水です。

自然に降ってくるものを待って、邪魔だよといわれたものをよけて集めて、集めたものを冷熱エネルギーとして取っておいて利用できるようにしてあげる。融ける速度を我々が上手にコントロールしてあげれば、有効に使えます。そのように自然に寄り添う仕組みだから、汎用性は高くありません。「農産物の輸入量が増えたからもっとたくさん冷やしたい」といっても、キャパシティを越えたものには対応できません。

エネルギーというと何でも電気に変換して、自由に使うことを考えがちですが、雪はそのまま使える形で利用することに価値があります。ありのままの雪の良いところに、私たちのほうが合わせていけばいいのです。

しかし雪は、雪国の人にとって、あまりにも身近過ぎて価値を見出せていない、というのが現状です。

私はそのことに常々もどかしさを感じてきましたが、雪でお金儲けができることを見せれば、雪を見直すことにつながるのではないか、と考えました。その活用例が、雪国で採れるものを雪でうまく貯蔵すること、雪室の活用なのです。

雪室貯蔵の利点

今までは米、そば、野菜を貯蔵していましたが、もう少し範囲を広げてコーヒー、肉、魚、酒、醤油の貯蔵方法を研究しています。

肉を0゚Cで貯蔵するとき、電気冷蔵庫はコンプレッサーをONとOFFで繰り返すから必ずプラスマイナスの幅があります。ところが雪は0゚C以下にはなりませんから、0゚C付近で安定しています。凍ったり融けたりを繰り返すと食品にストレスがかかりますが、雪で低温環境を安定的に維持すれば温度差によるストレスを与えないため、鮮度よく貯蔵できるという仕組みです。

しかも食品は低温貯蔵下においても、熟成することがわかってきました。低温熟成がうまくいくようにコントロールできたら、省エネに加えて、おいしいという付加価値のついた食材に生まれ変わらせることができます。

今後TPPも含めて考えたとき、農業の付加価値を高め、強い産業として育てなくてはいけません。雪国における冷熱産業はその付加値を高める力になると思います。

雪国文化の復活を

実は東日本大震災(2011年〈平成23〉)のあと群馬県の漬物屋さんから「そちらに雪室があるのですね」と問い合わせがありました。東京電力管内に計画停電があった時期で、雪室を使わせてもらいたいという話でした。新潟県外の方からそういう申し出を受けたのは、私が財団に勤務して以来初めてのことでした。

経済の中心はいつの間にか太平洋側に移ってしまいましたが、歴史を振り返ると、北前船の時代には日本海側の経済には勢いがありました。雪を使った産業が興れば、再び日本海側の経済圏が復活するのではないか、という感触を持ち始めています。

今は宅配便が発達していますから、雪室倉庫をこちらに置いてもらって必要な分を送ればいいのです。新潟は関西、中部、関東の扇の要に位置しますから、北海道とは違う形で、新潟が雪利用で経済を興せるのではないかと期待しています。

また、北海道の雪を東京のホテルなどに運んで雪冷房に利用するプロジェクトも進んでいます。企業としてはCSRにも役立ちます。

では、なぜ東京のホテルでできるのに札幌や新潟のホテルではできないのでしょうか。技術面では既に可能になっているのですが、誰かが口火を切る必要があります。雪国以外に住んでいる絶対数の多い人たちの賛同は、その追い風になれるはずです。

豪雪地帯のエリート

安塚の子どもは、雪の英才教育を小さいうちから受けています。雪が降るころ、どこが危なくて、何をしたらいけないか。また、万が一のときのために、何をどう備えるか。日頃から訓練されているし食料の備蓄も充分ありますから、大雪が降った緊急時でもそれほど困ることはありません。昔、雪で外界から閉ざされていたから育まれた、雪国の知恵があるのです。

雪国とそうでない地域との人口比率は、日本では8対2になります。降った雪(積雪深)をどんどん足していき、冬季間の積雪深の合計が50m以上の所が〈豪雪地帯〉、さらに生活苦を伴うほど降る地域が〈特別豪雪地帯〉です。〈豪雪地帯〉に住んでいるのは全人口の20%、〈特別豪雪地帯〉はわずか3%です。

私は市内の学校に出向き、雪の出前授業をすることがあります。中学生に対しては「安塚は〈特別豪雪地帯〉で、君たちは選ばれた3%なんだから雪国エリートとしての自覚を持ってほしい」と言っています。私たちが経験していることは、97%の人には体験できない特別なこと。雪国だからマイノリティーで雪が降って不便だというのではなく、雪国だからこんなこともできる、と身をもって体感してほしいと願っているからです。

その一例が雪冷房です。安塚小学校では、2001年(平成13)雪冷房を導入しました。安塚は山に囲まれた盆地特有の気候で夏は結構暑くなるのですが、当初は「学校は暑いのが当たり前。贅沢だ」という意見もありました。しかし、雪冷房だったら環境教育にもなるということで、厨房とランチルーム(食堂)に導入しました。そして、次の段階で、中学校は全館雪冷房になりました。

ですから安塚の子どもたちは、物心ついたときから雪冷房があるのが当たり前になっています。ところが県立高校に上がったら冷房がありません。それで安塚には雪冷房があってすごい、しかも雪を使ったエコな冷房だ、とみんなからうらやましがられたそうです。感受性が強い時期の子どもたちにとって、大きな意味がある経験だったと思います。

雪を資源に

二酸化炭素を地中に埋めたり、石油の代わりにシェールガスに期待するというのは、方向性が間違っている気がします。捨ててしまっている雪を有効利用すれば、別の方法でつくっているエネルギーを節約できるのですから。

私が住んでいる町営住宅では、高齢化が進んで雪掘り(屋根の雪下ろし)が難しくなっています。友人に声をかけて雪掘りをしたところ、帰宅した玄関先に野菜や心づくしの総菜が置かれるようになりました。雪国の暮らしは、持ちつ持たれつ。そういう暮らしの中に雪室が活かせたらいいと思います。

つらい雪掘りだって、夏に使う雪を集めている、と考えれば気持ちが違ってきます。誰にでも降ってくる雪ですから使い方次第。うまい仕組みを考えて、雪国に住みたいと思う人を増やしたいですね。

雪には名前なんて書いていないし、ちょっと風向きが変わったら落ちる所も変わります。今は厄介もの扱いされている雪ですが、有効利用できる資源になったら、「うちの雪だ」と雪利権を主張し合うようになるかもしれません。毎年みんなが「早く冬にならないかな」と雪が降るのを首を長くして待つようになるかもしれません。

私は「そうなればいいなあ」と思います。マグロのトロだって昔は捨てていたのですから、うまく利用する方法さえ見出せば、雪だって第二のトロになれる可能性はあるのです。

(取材:2013年2月8日)

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