機関誌『水の文化』45号
雪の恵み

日本の雪道とスタッドレスタイヤ

昼間の気温が上がることで、融けた雪が氷やシャーベット状になる日本。雪道だったり、凍っていたり、除雪道だったり。日本の路面はさまざまな状態が同時期に交錯しています。このような特殊性に鍛えられ、日本のスタッドレスタイヤは世界トップレベルになっています。

土橋 健介さん

株式会社ブリヂストン
ウィンタータイヤ開発部ユニットリーダー
土橋 健介(どばし けんすけ)さん

1968年千葉市生まれ。東京理科大学卒業後、入社。3年間製造部門を経験し、1995年より補修用乗用車向けタイヤの開発の業務に携わる。

課題は雪よりも氷

1991年(平成3)にスパイクタイヤが禁止になったことが、スタッドレスタイヤ開発にとって大きな転機となりました。

日本の路面は、気候や気温の影響で雪というより氷になる路面が非常に多いのです。昼間、0゚C以上に気温が上がって夜になると再び下がる、ということを繰り返すからです。海外の場合は、気温が低いままで雪の状態が維持されるとか、除雪がしっかり行なわれるので氷にならないところがほとんどです。

例えば北米の場合は乾燥路と雪道、ということになり、北欧やロシアの例でいえば、冬中、雪道の状態が保たれます。ですから、北欧やロシアでは今でもスパイクタイヤが使われています。

雪より氷のほうが格段に滑ります。実はスパイクタイヤのスパイクは雪というよりは氷に効いていたのです。氷に刺さって効いていたスパイクを抜いて、ゴムだけでその性能をどう実現するか、というのがスタッドレスタイヤ開発の要でした。

氷やいったん融けてシャーベット状になった路面を克服するべく開発されたスタッドレスタイヤというのは、日本で育った、と言っていいと思います。

ゴムの中の気泡

ちょうど四半世紀前の1988年(昭和63)に発表した発泡ゴムは、当社独自の技術であり、スタッドレスタイヤの歴史そのものを物語ります。

滑る原因になるのは、氷の上に浮いている水です。その水をいかに吸い取るかという発想で、最初はゴムの中に小さな気泡をつくりました。スポンジが水を吸い上げる要領です。ゴムの中に吸収された水は、走行中に遠心力で抜けていきます。

これを発展させて、ゴムの中に気泡で水路をつくったり、水路の中に親水性のコーティングを施したものもあります。

発泡ゴムの発想のきっかけは、低温になると硬くなるゴムをどうやって軟らかくするか、ということにありました。発想を転換してスポンジだったらどうなるんだろう、ということになってゴムの中に泡をつくってみました。すると、軟らかくする効果だけでなく吸水性も高まることがわかりました。またゴムの配合ではなく気泡で軟らかさを実現しているので、ゴム自体の劣化が進みにくい、というメリットもあります。

ただし、気泡をたくさん入れてしまうと普通の路面での走行性能が落ちるので、一定の割合を超えないように気泡を入れながら、いかに効果を上げるかが開発のポイントといっていいと思います。


  • 1988年(昭和63)発泡ゴムを初めて採用したスタッドレスタイヤ。

    1988年(昭和63)発泡ゴムを初めて採用したスタッドレスタイヤ。

  • ゴムの中に同じぐらいの大きさの気泡が入っている

    ゴムの中に同じぐらいの大きさの気泡が入っている

  • 2003年(平成15)の製品。

    2003年(平成15)の製品。

  • 太い水路を採用したことが特徴だ

    太い水路を採用したことが特徴だ

  • 2009年(平成21)の製品。

    2009年(平成21)の製品。

  • 気泡と水路が、摩耗時に連結して氷上の水膜を効果的に取り除く。

    気泡と水路が、摩耗時に連結して氷上の水膜を効果的に取り除く。

  • 1988年(昭和63)発泡ゴムを初めて採用したスタッドレスタイヤ。
  • ゴムの中に同じぐらいの大きさの気泡が入っている
  • 2003年(平成15)の製品。
  • 太い水路を採用したことが特徴だ
  • 2009年(平成21)の製品。
  • 気泡と水路が、摩耗時に連結して氷上の水膜を効果的に取り除く。

さまざまなニーズに対応

日本の都市の住宅事情を考えて、販売店では季節タイヤの保管サービスを行なっています。

東京や福岡など、数年に1度雪が降るか降らないかという地域ですと、なかなかスタッドレスタイヤを買う気になれませんね。しかし雪に慣れていない地域では、たった3cmの積雪でも交通マヒが起こる状況に陥りますから、都市部の微量な積雪に対応したタイヤ(非降雪地区限定タイヤ)も、今年(2013年〈平成25〉)販売開始しました。

非降雪地区限定タイヤは、氷は苦手なんですが雪には強く、オールシーズン対応タイヤとして海外にも需要があります。特に北米では非常に人気があります。

北海道などの雪国ではやはり安全第一で高性能タイヤがよく売れています。販売数でいうと自動車保有台数の差もあって、雪国よりも東京や名古屋のほうが多いのですが、本州の都市部ではもう一段階リーズナブルなタイヤが売れます。そこに非降雪地区限定タイヤを加えて、ユーザーのニーズに適応した性能のタイヤをメーカーとして開発してきました。

開発に当たっては、登坂路はもちろん、ありとあらゆる状況の道を走ってテストします。スケートリンクでもテストしています。またプロのドライバーだけでなく、普通の人に運転してもらう走行テストも行なっていますから、運転に自信がない方も安心していただけます。

要求事項が多いのが、日本の道路状況です。雪が融けて氷やシャーベット状になるように、日本の路面はさまざまな状態が同時期に交錯しています。雪道だったり、凍っていたり、除雪道だったり。それぞれの状態に対応できないといけない、という日本の特殊性に私たちは鍛えられてきました。

高速道路での安定走行や燃費も、昔に比べて格段に向上しています。

スパイクタイヤを履いていた経験のある方から、「昔のスパイクタイヤはよく効いたなあ。もうつくらないの」と言われることがあるのですが、実は既にあのころの性能を越えているんです。

つまりスパイクなしのゴムだけで、スパイクタイヤの性能をクリアできているのが今の日本のスタッドレスタイヤです。

(取材:2013年7月3日)

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