〈世界冬の都市市長会〉の活動をご存知でしょうか。「冬は資源であり、財産である」というスローガンを掲げ、課題解決や冬の都市ならではの知恵を分かち合ってきました。ひと冬に6mの降雪があるのに多くの人口を抱え、社会インフラが整備された札幌は、冬を資源に変えることで発展し続けている好例です。
札幌市総務局国際部長
今井 啓二(いまい けいじ)さん
1955年生まれ。北海道上川郡新得町出身。小樽商科大学卒業、札幌市役所。財団法人地域創造(企画課長)派遣、財団法人札幌市芸術文化財団(総務課長)派遣、企画課長、教職員人事担当課長、連絡調整担当部長などを経て、2011年より現職。
〈世界冬の都市市長会〉(以下、市長会と表記)は、1981年(昭和56)に〈北方都市会議〉の開催が提唱されたことによって誕生しました。
北方圏に位置する都市は、積雪寒冷の厳しい気象条件を克服しながらまちづくりを行なわなければいけないという、共通した課題を抱えています。
「冬は資源であり、財産である」というスローガンのもと、気候・風土の似ている世界の北方都市が集まり、共通する課題について話し合い、快適な北方都市を創造しようではないか、という札幌市の呼びかけに6カ国9都市が賛同しました。翌年、第1回会議が札幌で開催され、雪でつながる独自のネットワークがアジア、北米、ヨーロッパの北方都市の間に形成されたのです。
また、第3回会議(1988年〈昭和63〉カナダ・エドモントンで開催)からは、企業や団体が冬関連の商品や技術を出展する〈冬の見本市〉や専門家や学術研究者が発表する〈冬の都市フォーラム〉が併催されるようになり、情報に加えて、モノと技術が行き交うコンベンションに発展しました。
第6回の会議(1994年〈平成6〉アメリカ・アンカレッジ開催)ではネットワークのさらなる強化を目指し、会員制の組織として〈北方都市市長会〉が設立され、会議の名称も〈北方都市市長会議〉に変更されました。1997年(平成9)にはそれまでの活動が評価され、国連経済社会理事会にNGOとして登録されています。
冬は南半球にもあります。第7回会議が終ったころでしたか、南半球の複数の都市からも関心が寄せられてきました。こうしたことから、北方だけでなく南方も含めた名称変更の検討を始めました。第11回会議(2004年〈平成16〉アメリカ・アンカレッジ開催)において、会の名称を〈世界冬の都市市長会〉に変更し、今に至っています。来年(2014年〈平成26〉)1月、市長会議は16回目を迎えます。
これまで環境問題、都市交通、除排雪、都市計画、観光促進、冬のライフスタイルなどさまざまな分野について、それぞれの都市の知恵と経験を分かち合うための意見交換が行なわれ、まちづくりへのヒントや厳しい気象条件を克服する手立てを学んできました。
〈北方都市会議〉は、板垣武四(たけし)市長(当時)によって提唱されました。そのきっかけの一つになったのは、フィンランドの首都ヘルシンキの助役が札幌に講演で来られた際、木製の遊具をプレゼントしていただいたことにある、といいます。
木製の遊具というのは、当時、大変珍しいものでした。木製だと温かみもあるし、ほかの素材にはない良さがあって、デザインも優れたものだったようです。それで、そのような北国のノウハウ、生活の知恵をいろいろな場面で交換する場があればと思われたのでしょう。このように、最初の人のつながりは北欧です。
何回目かの会議のときにイギリスのシンクタンクが調べたレポートによると、北方圏地域には10億人くらい住んでいるということで、当時の世界の人口からみても思いのほか多いのです。長い歴史を持つ都市もあり、気候・風土が似ていることから、生活の知恵や工夫、各都市が抱える課題、解決策について、市長が集まって話し合っていこうと着想されたのが会議の出発点です。
北海道には、今から140年余り前に、開拓使が置かれた歴史があります。そのときに、海外からホーレス・ケプロン(1804〜1885年:アメリカ人 道路建設、鉱業、工業、農業、水産業など、開拓のほぼ全領域で活躍)、エドウィン・ダン(1848〜1931年:アメリカ人 近代農法及び獣医学)をはじめ、多くの外国人技師を集中して招き、積極的に農業、工業などの技術を導入し、開拓が進められました。大通公園、碁盤の目の街並みなど身近なところで当時の先駆的な構想に触れることができます。
また、札幌の国際化が進んだ背景としては、1972年(昭和47)の冬季オリンピックの開催が大きいです。インフラ整備などは10年から15年早まったと言われていますが、それ以上に世界中の注目が集まり、海外から大勢の方が訪れました。当時「YOKOSO(ようこそ)」を合言葉に、市民が外国からのお客さんをおもてなしするという感覚も生まれたと思います。
あるビール会社の「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー」というコマーシャルを聞いた記憶がありませんか?このコマーシャルでも札幌は名前を知られるようになりましたし、ビールでも札幌は世界とつながっているんだということを知った気がします。3都市とも北緯45度付近にあって優秀なホップを栽培できる気候にあり、世界三大ビール名産地といわれていますが、実は札幌は、日本人によるビールづくり発祥の地でもあります。歴史的にも深いかかわりがあるビールを活用した文化の創出を目指して「ビールのまち さっぽろ」の取り組みを進めています。
1年を通じてポジティブに暮らす、自然と共生しながら生きるという知恵が、北方圏にはある気がします。そういう暮らし方が、戦後間もない1950年(昭和25)に、さっぽろ雪まつり(以下、雪まつりと表記)を生んだのではないでしょうか。雪まつりは、「冬を楽しむ」というところが出発点となっていますが、市長会議の考え方にも通じるところがあります。札幌のまちが世界の人々に知られ、雪まつりが国際的になり世界各地から大勢の観光客が訪れるようになったのは、先ほどの冬季オリンピック大会開催の影響が大きいと聞いています(「札幌市と歩んだ〈さっぽろ雪まつり〉」参照)。これまで市長会でも幹事会や実務者会議などを札幌で何回かやっていますが、ちょうど雪まつりの時期に開催した会議の参加者は皆、大雪像を目の前にして「アメージング」と、とても感激してくださったことを覚えています。
その市長会議ですが、2016年(平成28)第17回会議は、札幌で開催することが決定しています。札幌での本会議は実は1回目以降初めてなのです。世界から多くの都市に来ていただき、札幌のいろいろな魅力に直接触れたり、市民との交流を深めたりする機会にしたいと考えています。
カナダの都市はエドモントンをはじめ冬の取り組みに積極的で関心が高い都市が多く、そうした点でつながりのある都市が集まってスタートしたという印象を受けています。今はインターネットでいろいろな都市の情報が容易に得られますが、インターネットが普及する前からお互いの情報を共有しようと、第4回ノルウェー・トロムソ会議では、時代を先取りするような情報交換の提案もエドモントンからありました。
市長会議を通して、ナトリウム灯の導入、スノーホッケーや歩くスキーの普及なども取り入れてきましたが、これまで市長会議を通してかかわった都市は世界150都市を超え、30年も続けているとネットワークそれ自体が大変な財産です。
海外諸都市とのネットワークというと、姉妹友好都市交流も重要なつながりです。札幌市の姉妹都市は五つあって、その一つがミュンヘンです。ミュンヘンのクリスマス市は、イルミネーションの暖かい灯りに照らされてキラキラと輝く夢の世界のようで、市民にも観光客にとっても大変人気があるイベントです。その温かい雰囲気をまちづくりに生かそうと札幌でミュンヘン・クリスマス市を行なうようになって、今年で12回目になります。大勢の市民や観光客が楽しみにしている冬のイベントになってきています。このように姉妹友好都市との相互の交流を通しても互いのまちづくりの施策を学び合い、互いのまちについて理解を深めていきたいと考えています。
いざ何かあったときに、「じゃあ、あの都市あの人に聞けばこういうネットワークがあるかもしれない」とか「確かこの都市ならそういう施策・情報を持っていたはず」と頭に思い浮かぶ、まさに知恵のストックです。そのようなネットワークを大切にしていきたいと思っています。
私が担当した第7回会議はカナダ・ウィニペグで開催されました。当時ここにはDPI(Disabled Peoples' International:障がい者インターナショナル)の世界本部が置かれおり、そうしたこともあってDPI議長による「冬の都市における交通とアクセシビリティ」に関する基調報告などがありました。ウィニペグ会議では、アクセシビリティを考慮したまちづくりに努めることを参加都市が決議しました。
今では低床バスを当たり前に見かけますが、既に当時からウィニペグでは低床バスが走っていました。また、スカイウォークといってダウンタウンのビルの2階を屋内通路でつなぐまちづくりをしていました。そうすると冬の寒さや道路の雪を気にすることなく車椅子で街中を歩くことができます。
札幌でも、2011年(平成23)3月に札幌駅前通地下歩行空間が開通し、お年寄りや車イスの方など誰もが安全・快適に移動できるバリアフリーの歩行空間ができました。冬でも安心して行き来ができます。また市役所ロビーには、〈元気カフェ〉があります。この〈元気カフェ〉は障がいのある方が接客などを通じてさまざまな人と交流することや、民間企業などにおける障がい者雇用の促進を図るために設けられているものです。現在、市役所ロビーのほか、社会福祉総合センター、それに中央図書館にあります。
姉妹友好都市の中で一番最近提携したのが韓国の大田広域市ですが、大田市長は札幌訪問時に〈元気カフェ〉のことを知って、すぐに自分のまちに取り入れたということです。
札幌は、都市がつくられた経緯も関係ありますが、オープンマインドで非常に親しみやすいといわれています。自分たちもよそから来た人間だから、外から来る人に温かく親切なのかもしれません。国際的に開かれた風土は、そんな歴史に培われたように思います。
これから力を入れていく取り組みとして留学生に関するものがあります。取り組みの例を一つ挙げますと、一昨年、市長と留学生のランチミーティングを初めて行ないました。留学生が留学先の市長と会って、自分のまちのこと、留学生活のことについて話すというのは、なかなか経験できないことでしょう。留学を終え帰国したときに、友人や両親兄弟に「札幌って良いよ。また行きたい」と言っていただきたいですね。このような取り組みに、より一層力を入れていきたいと思います。
札幌市内の大学には、海外にいくつか事務所を置いて、留学生の誘致に力を入れている大学もあります。ここで学んだ留学生の人たちには、札幌のまちを好きになってもらい、できれば札幌で、経済や観光などの分野で海外との交流にかかわる仕事に就いて、その能力を生かしてほしいと思います。
また、海外との交流を進めていく上では、アクセス面の利便性も大切です。現在、新千歳空港と結ばれている海外の都市は10都市です。今後さらに多くの都市とつながり、利便性が高まることにより、海外からの来札者がますます増加していくと思います。
現在、市長会では8カ国、20都市がつながっています。インターネットの普及で世界の情報が容易に収集できるようになってきている中、市長会の活動を会員都市にとってより魅力のあるもの、まちづくりにおいてメリットがあるものにしていかなくてはならない、という課題を抱えています。
またアジアの会員都市が多いことから、市長会の活動を積極的にPRして、北米やヨーロッパの都市の入会に取り組んでいく必要があると考えています。
最近の会議テーマは、温暖化など地球環境の問題が大きくなってきていることから、環境問題に焦点を当てたものが多くなっています。冬の都市だからこそ自然環境に敏感だということもあるでしょうし、そういう地球規模の問題や課題に対しても各都市ができることをそれぞれのまちづくりの中に取り入れて積極的に行動していこうということなのだと思います。
次回韓国・華川での第16回市長会議は、自然環境の保全とそれを生かした観光という切り口をテーマに据えて会議を開催する予定です。
(取材:2013年8月20日)