機関誌『水の文化』48号
減災力

気象データの進化
―― XバンドMPレーダへの期待

従来にない雨の降り方によって、多くの被害が生じています。温帯の日本が熱帯モンスーン気候になったかのような激しい降雨や、局所的な降雨は、私たちに災害への新たな心構えを促しています。新しい気象レーダの開発は、正確できめ細かい予測を可能にし、避難などの迅速な対応を可能にするかもしれません。気象レーダの最前線、Xバンド・マルチパラメータレーダについてうかがいました。

真木 雅之さん

鹿児島大学地域防災教育研究センター特任教授
前防災科学技術研究所観測・予測研究領域長
理学博士
真木 雅之(まき まさゆき)さん

北海道大学理学部助手を経て1985年に科学技術庁国立防災科学技術研究センターへ入所。入所以来、気象レーダの開発、気象レーダを用いた自然災害の研究に従事。水・土砂防災研究部長、筑波大学連携大学院教授(兼任)、観測・予測研究領域長を経て、現職。MPレーダによる降水量推定手法の開発などにより、つくば賞奨励賞(実用化研究部門)、文部科学大臣賞(科学技術分野)、国土交通大臣賞(産学官連携功労者)を受賞。
主な著書・論文に「マルチパラメータレーダを用いた降水ナウキャスト」(水文水資源学会誌 2009)、「積乱雲とゲリラ豪雨」(JGL 2011)、「Xバンドマルチパラメータレーダネットワークにより観測された台風12号と15号の豪雨と強風」(日本リモートセンシング学会誌 2011)、「XバンドMPレーダネットワークによる雨と風の三次元分布推進手法の開発」(河川 2013)、「これからの防災気象情報研究 : ゲリラ豪雨の直前予測」(日本災害情報学会誌 2014)ほか

豪雨を降らせる積乱雲

局地的大雨をもたらす積乱雲は、上空に寒気があり、下層に湿った空気があるようなときに、地表付近の空気が強い日射により暖められたり、あるいは寒冷前線の通過により強制的に上昇させられることにより発達します。

大気現象をスケールと寿命でみると、両者にはある関係が成り立っていることがわかります。例えば、一番スケールの小さい〈風の乱流〉から地球規模の現象〈大気の大循環〉までは、ほぼ一直線に並んでいます(下の図)。

風の乱流は水平スケールで見ると20mほどで寿命はせいぜい数分です。それよりもスケールが大きな現象にはつむじ風や竜巻などがあり、雨を降らせる積乱雲は水平スケールで2km程度で寿命は1時間程度です。つまり、寿命が長い現象ほど、その空間的な広がりが大きくなるのです。

従来、気象庁などが予報の対象にしていたのは、積乱雲より大きなスケールの大気現象(例えば、低気圧や台風など)でした。積乱雲は寿命がせいぜい1時間ぐらいですから従来の手法では観測するのが難しいのですが、気象レーダを使うと探知することが可能になります。

  • ゲリラ豪雨と積乱雲のしくみ

    ゲリラ豪雨と積乱雲のしくみ

  • スケールによる大気現象の分類

    スケールによる大気現象の分類

  • ゲリラ豪雨と積乱雲のしくみ
  • スケールによる大気現象の分類


気候変動とゲリラ豪雨の発生頻度
 気候変動レポート2012(気象庁)によれば、1時間に50mmを超える雨の回数は、1975年からの統計によると年21.9回/1000地点の割合で増加している。

10年毎の平均値
1980年代 約180回/1000地点
1990年代 約200回/1000地点
2000年代 約220回/1000地点

 また1時間に80mm以上の雨についても、約2回/1000地点の割合で増加している。

1980年代 12回/1000地点
1990年代 14回/1000地点
2000年代 16回/1000地点

 気象庁が解析した10分間雨量についても1980年から増加傾向にあり、平均気温の上昇と対応が見られ、地球温暖化の影響が考えられる。気象庁の気候モデルによる21世紀末の計算結果によれば、1時間降水量が50mm以上の短時間強雨の発生回数は、全国的に増加すると予測されている(出典/「地球温暖化予測情報第8巻」気象庁 2013)。

気象レーダとは

電波を対象物に向けて発射し跳ね返ってくる反射波を測定することにより、対象物までの距離や方向を探知する装置をレーダ(Radar)といいます。

レーダは、遠くにある航空機や船舶の位置を把握したり、物体の速度を測ったり、障害物を検知することに役立つことから、第二次世界大戦のときに軍事用に開発されました。

戦争が終わってからは特にアメリカを中心に平和利用が進み、降水現象を観測する気象レーダが誕生しました。

日本も戦時中からアンテナの開発やマグネトロン(発振用真空管の一種)という発信器の開発を進めており、レーダの科学的素地があったため、1954年(昭和29)には早くも気象レーダの実用化に成功しています。

気象レーダ発展の歴史を見てみますと、飛躍的に技術が発展する時期があります。例えば、在来型レーダからドップラーレーダへの移行が、その最初の例です。

在来型レーダは、雨滴などに当たって返ってくる電波の強さから降水量を推定するレーダで、戦後、半世紀近くにわたって世界各国で利用されてきました。これに対してドップラーレーダ電波は、ドップラー効果(音波の発生源と観測者との距離が近づくと波の振動が詰められて周波数が高くなり高音に聞こえ、逆に遠ざかると振動が伸ばされて低音に聞こえるように、波の周波数が異なって観測される現象)を利用して風を計測できるレーダです。このレーダの観測情報は、現在では、数値予報モデルの初期値として利用され、予報の精度向上に役立てられています。また、突風やダウンバースト(強い下降気流)を検出できるようになり、その情報は航空機の安全な離着陸に利用されています。

次のステップは、マルチパラメータレーダ(または偏波レーダとも呼ぶ。詳細は後述)です。国土交通省で現在展開しているXRAIN(Xバンド・マルチパラメータレーダ・ネットワーク)がこのタイプのレーダで、オペレーショナルに使われているレーダでは最先端のものになります。

雨観測に不適だったXバンド

マイクロ波(電波の周波数による分類の一つ)の周波数には、いくつかの帯域(バンド)があり3cmの波長をXバンドと呼んでいます。名前の由来はいくつかありますが、戦時中に帯域を知られたくないためにXとしたという説もあり、それが今でも使われています。

戦後、各国でXバンドのレーダ(当時は在来型レーダ)を降雨観測に利用するための研究が始められました。特に、水文分野での利用に期待されましたが、降雨による減衰が激しいことがわかり、その期待は失望へと変わり、MP(マルチパラメータ)レーダが開発されるまでXバンドは降雨の探知に使われることはありませんでした。

雨による減衰

電波の減衰は、波長が短くなるほど大きくなります。Xバンドのレーダは、Cバンド(5cmの波長)やSバンド(10cmの波長)のレーダと比較して減衰の影響を大きく受けるため、返ってくる電波の強さから雨量を推定する従来の方法には不向きとされてきました。

Cバンドも減衰の影響を受けますが、Xバンドよりもはるかにましということから、我が国やヨーロッパではCバンドが採用されました。ちなみに、広大な国土を有するアメリカでは、降雨減衰が最も少なく遠くまで観測できるSバンドが利用されています。

気象庁はCバンドでも生じる降雨減衰などによる誤差を、地上の雨量計で実測された雨量によりレーダの測定値を補正するという方法を採用して精度の良い雨量情報(解析雨量)を作成し、天気予報や災害の監視に利用しています。

観測システム〈アメダス〉(AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System)の名前を聞いたことがあると思いますが、およそ17kmごとに雨量計が設置されています。気象庁ではアメダス雨量計に加えて、国土交通省や県が河川管理や道路管理に使っている地上雨量計の情報も使って在来型レーダの精度を向上させています。

しかしながら、ゲリラ豪雨のような局地的に降る雨の場合、地上雨量計で捉えられないこともあり、その場合には、レーダで捉えていた雨量が過少に評価されてしまうことがあります。これを解決しようとすると、地上の雨量計の数を増やすことが必要になってきますが、費用という現実的な問題や、雨量計による補正のために速報性に欠けるといった課題が出てきます。在来型レーダの雨量情報の精度を上げるために地上の雨量計を使うという方法は、限界に近いというのが現状でしょう。

マルチパラメータで再評価

雨による減衰の影響が大きい在来型のXバンドレーダは、せいぜい雪の観測に使う程度だったのですが、2000年(平成12)MPレーダの実用化により、降雨減衰の影響や地上雨量計による補正の問題点は一気に解決されることになり、今や、国内のみならずヨーロッパやアメリカでも雨量観測に利用され始めています。

在来型レーダやドップラーレーダは一種類の電波を発射するのに対し、MPレーダは水平・垂直の2種類の電波を発射して、複数の偏波パラメータを観測します。そして、その組み合わせによって降水量を求めます。

測定できるパラメータのうち、偏波間位相差と呼ばれるパラメータが降雨観測に特に重要です。偏波間位相差とは、同時に発射された水平偏波と垂直偏波の電波の伝わる速度の違いのことです。これは、雨粒が偏平な形をしているために生じます。

1km当たりの偏波間位相差のことを比偏波間位相差と呼び、KDPと表わされます。KDPは雨の量と正の相関があることが、理論と観測から証明されています。

減衰の影響を受けない比偏波間位相差(KDP)を測定できるようになり、地上の雨量計による補正なしで降雨の強さを正確に得ることが可能になったのです。

このことが証明されたのは、2008年(平成20)8月5日に東京の豊島区雑司が谷で起こった、ゲリラ豪雨(局地的大雨)(注)による水難事故です。ゲリラ豪雨のために下水道内の水位が急上昇し、マンホール内で5名の作業員が流されて亡くなりました。在来型レーダの雨量情報では捉えられなかった1時間に90mmに達する雨を降らしたゲリラ豪雨を、防災科学技術研究所が神奈川県海老名市に設置した研究用のXバンドMPレーダが見事に捉えていたのです。

2008年は政府や研究機関にゲリラ豪雨の監視・予測や、ゲリラ豪雨によってもたらされる都市型水害への対策が求められた年でした。

豊島区雑司が谷の水難事故の1週間前、7月28日にもゲリラ豪雨により神戸市の都賀川の水位が10分間で約1.3mも上昇しました。河川敷で遊んでいた児童が流されて亡くなったこともあり、ゲリラ豪雨という用語が強いインパクトを持って認識されるきっかけとなりました。

(注)局地的大雨
気象庁によれば、急に強く降り、数十分の短時間に狭い範囲に数十mm程度の雨量をもたらす雨を〈局地的大雨〉と呼び、狭い範囲に数時間にわたり強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨を〈集中豪雨〉と呼んでいる。局地的大雨は単独の積乱雲が発達することによって起きるのに対して、集中豪雨は積乱雲が同じ場所で次々と発生・発達を繰り返すことにより起きるものを指す。

局地的大雨予測の重要性

このような背景があり、XバンドMPレーダの配備が2009年(平成21)に国土交通省により開始されることになります。

都市型洪水の監視を目的として配備されたこのレーダネットワークはXRAINと名づけられて、雨量情報や高解像度降水ナウキャスト情報がウェブ上で閲覧できるようになっています。

(XRAIN雨量情報)
http://www.river.go.jp/xbandradar/

(XRAIN情報を利用した高解像度降水ナウキャスト情報)
http://www.jma.go.jp/jp/highresorad/

2013年(平成25)にはKDPを利用したXRAIN雨量情報(1分間隔で150mメッシュの雨量情報)の配信が開始されました。現在では、全国の主要な都市域を対象に、計38台のMPレーダが設置されており、ゲリラ豪雨の監視や都市型洪水の予測などに利用されています。都市域を対象とした雨量情報としては、世界で最も進んだものといえます。

また、気象庁は今年から、降水ナウキャストにXRAINの情報を利用して精度の良い雨量情報の配信を開始しています。

災害の原因には素因と誘因があることを見ていかなくてはなりません。都市型水害の素因としては、アスファルトやコンクリートによる都市地盤の被覆率が高くなっていることが挙げられます。このため都市域では保水能力や地下浸透能力が低くなっており、降った雨が一気に下水道や中小河川に流れ込み、増水・浸水が起こります。

一方、誘因となっているのは局地的大雨です。急速に、局所的に発生するため注意報・警報が間に合わず、重大な事故につながることがあります。

XRAIN情報や高解像度降水ナウキャストは、誘因となっている局地的大雨を迅速に予知することを目指したもので、早目に避難喚起することができれば水害の軽減に役立つとして期待されます。

  • XRAINの整備状況

    XRAINの整備状況

  • XRAINとCバンドレーダの比較

    XRAINとCバンドレーダの比較
    XRAINは、従来のレーダ(Cバンドレーダ)と比べて、高頻度(5倍)、高分解能(16倍)での観測が可能。これまで5〜10分程度かかっていた配信に要する時間を、 1〜2分程度に短縮。
    ※Cバンドレーダ(定量観測半径 120km)は広域的な降雨観測に適するのに対し、XRAIN( 定量観測半径 60km)は観測可能エリアは小さいものの局地的な大雨についても詳細かつリアルタイムでの観測が可能。
    国土交通省の資料をもとに編集部で作図 (資料提供/国土交通省)

  • 2種類の偏波を送信するMPレーダ

    2種類の偏波を送信するMPレーダ
    2種類の偏波(水平・垂直)を送信することで雨粒の形状等を把握し、雨滴の扁平度等から雨量を推定。地上雨量計による補正を行わずに高精度な雨量データをほぼリアルタイムで配信することが可能。
    国土交通省の資料をもとに編集部で作図

  • XRAINの整備状況
  • XRAINとCバンドレーダの比較
  • 2種類の偏波を送信するMPレーダ

さらに新たな技術の開発

XRAINのほかにも、新たな技術が開発され実用化されています。例えば、今年打ち上げられる気象庁の〈静止気象衛星ひまわり〉にはラピッドスキャン機能が付加され2.5分間毎の可視雲画像を見ることができるようになります。さらに、国土地理院や研究機関が展開しているGPSネットワークから得られる水蒸気の情報は、ゲリラ豪雨の予測に役に立つという研究成果も出ています。

次世代の気象レーダとして注目されているレーダの一つに、大阪大学や総務省の情報通信総合研究機構で開発が進められているフェイズド・アレイ・レーダ(Phased Array Radar)があります。軍事用としては自衛隊のイージス艦などでミサイル探知に利用されていますが、気象用に実用化されるのは10年後くらいではないでしょうか。

フェイズド・アレイ・レーダは、従来の気象レーダが機械的にパラボラアンテナを回転させて電波を出すのに対して、パネルに組み込まれたアンテナ素子により、電子的に電波を出すことによって数十秒程度で3次元的な大気現象の構造を観測します。将来的には、急発達する積乱雲や発達した積乱雲に伴って発生する竜巻などを検出できるようになるかもしれません。

XRAINを含め、これらの新たな技術を実際に活用するには、膨大な量のデータを処理するアルゴリズムや、それを実行する計算機や高速のデータ通信ネットワークの構築なども重要です。

私は1990年代に津軽平野で吹雪のドップラーレーダ観測をしていたことがありますが、当時はネットワークがありませんでしたから、電話で「もうじき吹雪がそちらにいきます」とやっていました。今は画像データやレーダデータそのものを送ることができますから、隔世の感があります。

研究成果の社会への実装

しかし、いくら警報を早く出せるようになっても、判断して行動するのは自分自身です。それは社会科学の領域です。

私は理学・工学の立場から〈極端気象に伴う水災害の発生機構の研究〉をテーマに取り組んできましたが、社会科学の研究者とは使う用語も考え方のベースも違っていることを経験しました。そのことから異なる領域の人たちが協力していくことの大切さとともに、その難しさもわかりました。

近年、研究のための研究ではなく、研究成果を社会に実装することが求められるようになっています。自然科学と社会科学がうまくコミュニケーションを取ることが、その実現に役立つのだと思います。

(取材日:2014年7月25日)

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