機関誌『水の文化』48号
減災力

戦後水害の変遷を辿る

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業
水資源開発公団 (現・独立行政法人水資源機構)に入社
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属
2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞

水害は人生を狂わす

昭和20年8月15日、我が国は日中、太平洋戦争に敗れ漸く戦争を終結した。来年(平成27年)戦後70年を迎えるが、毎年のように日本列島は梅雨前線、台風の襲来で、水害に遭遇してきた。

水害によって人生は大きく変わることがある。昭和34年9月伊勢湾台風で両親も兄弟も亡くしたある少年は叔父に引き取られたが、その家庭になじめずに家出、その後行方不明になったという。水害は常に人的、経済的に被害を及ぼし、人生を狂わす。戦後水害の要因を、国土の荒廃、都市の開発、異常豪雨の三つ挙げながら、宮澤清治編『台風・気象災害全史』(日外アソシエーツ 2008)、森野美徳監修・日経コンストラクション編『水害の世紀−日本列島で何が起こっているのか』(日経BP社 2005)をもとに、水害を追ってみたい。

昭和22年9月カスリーン台風

急峻な地形を擁し水害の起こりやすい国土に、米軍の空襲と戦争遂行のために森林を伐採したことによる荒廃した日本列島に、大型台風(枕崎台風、カスリーン台風、アイオン台風、デラ台風)が次々と襲った。安藝皎一(あき こういち)著『水害の日本』(岩波新書 1952)、小出博編著『日本の水害』(東洋経済新報社 1954)、大谷東平著『台風の話』(岩波新書 1955)では、水害現象を分析する。

昭和20年8月6日広島市に原爆が投下され、その大混乱の中に9月17日枕崎台風が襲った。西日本では3756人の死者・行方不明者が出た。広島県土木部編・発行『昭和20年9月17日における呉市の水害について』(1951)、広島の核と水害の悲惨さを追求した柳田邦男著『空白の天気図』(文春文庫 2011)は、共に貴重な書である。

昭和22年9月14日〜15日カスリーン台風は、赤城山など至る所に山津波、土石流を起こし、利根川、荒川などを破堤させ、東京都などが被災する。関東以北に1930人の死者・不明者を出し、都内の復旧には1ヵ月を要した。この被害については、日本学術振興会編『カスリン颱風の研究』(群馬県 1950)、茨城新聞社他編・発行『報道写真集カスリーン台風』(1997)、東京都編・発行『昭和二十二年東京都水災誌』(1951)、足立区役所編・発行『昭和二十二年足立区水害記録』(1948)がある。また、高崎哲郎著『洪水、天二漫ツ』(講談社 1997)は、あらゆる資料を駆使して、カスリーン台風の惨状を描く。カスリーン台風は風が弱く、足の遅い雨台風であった。東京都を含めた埼玉、栃木県の復興にはGHQ軍政部・ライアン司令官たちの協力的な指導も描いている。カスリーン台風は岩手県一関市にも大被害をもたらした。

カスリーン台風の1年後、昭和23年9月にアイオン台風が来襲した。一関市等北上川支川磐井川が氾濫し、関東、奥羽に838人の死者・不明者を出した。建設省関東地方建設局編・発行『アイオン台風洪水報告書』(1948)、鈴木軍之進著・発行『一関市水害復興物語』(1958)、小野寺光男著『日形水害誌』(春林舎 1994)、高崎哲郎著『枕深、牛の如し』(ダイヤモンド社 1995)、同著『修羅の涙は土に降る』(自湧社 1998)がある。

昭和22年10月災害救助法、23年7月消防法、24年6月水防法、26年6月森林法がそれぞれ公布される。

  • 『空白の天気図』

    『空白の天気図』

  • 『洪水、天二漫ツ』

    『洪水、天二漫ツ』

  • 『空白の天気図』
  • 『洪水、天二漫ツ』

昭和28年6月九州北部豪雨

昭和28年6月梅雨前線による九州北部豪雨は、遠賀川、筑後川、白川等を破堤させ、死者748人、不明者265人を出した。これから戦後の復興に向けて動き出したところに水害が襲い、人々は大打撃を受けた。この被害については、土木学会西部支部編・発行『昭和28年西日本水害調査報告書』(1957)、日本国有鉄道編・発行『西日本水害記録 昭和28年』(1954)、福岡縣編・発行『昭和二十八年六月福岡縣水害誌』(1954)、北九州市編・発行『昭和28年北九州大水害写真集』(1984)、八幡市編・発行『昭和二十八年八幡水害誌』(1955)、八女郡町村長会編・発行『昭和二十八年八女郡水害誌』(1954)、池田範六編『日田水害誌』(日田時報社 1955)が刊行されている。筑後川の水害を機に、建設省は上流に松原ダムと下筌(しもうけ)ダムを昭和48年に完成させ、水害の減災を図った。一方、白川については熊本日日新聞社編・発行『熊本県大水害写真集』(1953)、同編・発行『6・26白川水害50年』(2003)、建設省熊本工事事務所編・発行『濁流の中から 昭和28年6月26日白川大水害体験記』(1995)がある。

『6・26白川水害50年』

『6・26白川水害50年』

昭和28年7月南紀豪雨

昭和28年7月18日南紀豪雨では、死者・不明者730人となった。熊野川、有田川、日高川などが氾濫した。その被害状況については、藤田崇・諏訪浩編『昭和二八年有田川水害』(古今書院 2006)、和歌山県編・発行『7・18水害写真集(有田川上流域)』(1992)、和歌山県花園村編・発行『水害記録誌 よみがえった郷土』(1982)がある。

昭和29年9月北海道渡島地方を襲った洞爺丸台風では、死者1361人、不明者400人にものぼった。この日9月26日青函連絡船洞爺丸は、函館港を出港したが強風のため函館湾七重浜近くで座礁、沈没、乗客の9割の1139人が亡くなった。上前淳一郎著『洞爺丸はなぜ沈んだか』(文藝春秋 1980)、田中正吾著『青函連絡船 洞爺丸転覆の謎』(成山堂書店 1997)の2書は、洞爺丸の出港から沈没までの記録を詳細に追っている。

『昭和二八年有田川水害』

『昭和二八年有田川水害』

昭和28年8月南山城の豪雨

昭和28年8月14日夜から15日朝にかけて、京都府南部、滋賀県南部、三重県、奈良県では雷を伴う豪雨となった。特に京都府和束町湯船で400mm以上の大雨が降り、木津川などが氾濫した(死者・不明者合わせて429人)。この南山城の大雨の報道で、朝日新聞8月15日の夕刊が「集中豪雨、木津川上流」の見出しをつけたのが、「集中豪雨」の表現の始まりである。

昭和28年は梅雨前線の発達、大型台風の襲来ともに大きく、洪水被害の多い年となった。なお、昭和28年の台風13号の三重・愛知両県の高潮被害の教訓から、昭和31年5月に「海岸法」が制定され、堤防、護岸などの海岸等の海岸保全施設の整備が進められた。

昭和34年9月伊勢湾台風

昭和34年9月26日〜27日伊勢湾台風は、東海地方に時間雨量40mm〜70mmの豪雨をもたらし、木曽川などの増水に高潮も重なり、河口、海岸付近の堤防が決壊した。死者不明者5098人、負傷者3万8921人、全壊家屋4万838戸などの戦後未曾有の大災害となった。中京病院の医師三輪和雄著『海吠える 伊勢湾台風が襲った日』(文藝春秋 1982)は、同僚の医師が遭遇した台風の恐怖を次のように描いている。「誰もが生死の水際をさまよい、親や子の手を放し、兄や妹を巨大なラワン材の下敷にしたのだ。いま、ここにいる自分だけが生き残っていた。人々は水にのまれていく肉親にも、人工呼吸どころか、なにひとつしてやれなかったが、いま遠い目で眺めている人は、山下夫婦と同じように有無をいわさず、肉親と生と死に引き裂かれてきたのかも知れぬ。山下の必死の努力にもかかわらず、真弓は次第に冷たくなった」。著者はそのあとがきに、「避難命令を適切に出せば」と憤り、そしてこの災害原因は「都市化によって干拓地(低地)に工場ができ、人が住みついたことにある」と述べている。

高橋裕著『国土の変貌と水害』(岩波新書 1971)に、1960年池田内閣の「所得倍増計画」を契機として、高度経済成長期に入り、今まで保水能力を持っていた水田が宅地化され、人口と資産が増加し、都市化が急速に進んだ。集中豪雨が中小河川まで氾濫を起こすようになり、都市水害を引き起こすようになったと、水害の原因を分析する。もし、10年前に伊勢湾台風のような大型台風が来襲しても、被害はもっと少なかっただろうと、推測する。なお、子どもたちが伊勢湾台風の体験を綴った神吉晴夫編『台風の子』(光文社 1960)、児童書に神山征二郎著『伊勢湾台風物語』(学習研究社 1989)の書がある。

  • 『海吠える 伊勢湾台風が襲った日』

    『海吠える 伊勢湾台風が襲った日』

  • 『国土の変貌と水害』

    『国土の変貌と水害』

  • 『海吠える 伊勢湾台風が襲った日』
  • 『国土の変貌と水害』

昭和57年7月長崎豪雨

昭和32年7月25日諫早(いさはや)市の本明川(ほんみょうがわ)が梅雨前線で大氾濫を起こし、722人の犠牲者が出ている。諫早市編・発行『諫早水害誌』(1963)。

昭和57年7月23日集中豪雨は、坂道の多い同じ長崎県の都市 長崎市を襲う。23日19時〜20時の1時間の雨量187mm、19時〜22時の3時間の雨量315mmにも達し、その夜の長崎市内は低地で浸水が始まり、浜町一帯の冠水、崖崩れが相次ぎ、中島川の氾濫で一帯は泥湖、八郎川の氾濫、奥山地区の山地崩壊発生、川平地区の土石流発生と被害が拡がった。死者・不明者299人、全・半壊家屋538戸等の被害が生じた。河口栄二著『濁流−雨に消えた299人』(講談社 1985)は、この水害にかかわる長崎県、長崎市、気象台、消防局、警察署などの当局がどのように対応し、さらに市民の行動について克明に捉えたドキュメントである。

現代は車社会である。水害で突発的にドライバーが引き起こした事故を調査研究し、その対処方法を著した高橋和雄・高橋裕著『クルマ社会と水害−長崎豪雨災害は訴える』(九州大学出版会 1987)、高橋和雄著『豪雨と斜面都市−1982長崎豪雨災害』(古今書院 2009)、国道34号線復旧奮戦を捉えた針貝武紀著『精霊船が駆け抜けた!』(長崎文献社 2002)の書がある。

  • 『濁流−雨に消えた299人』

    『濁流−雨に消えた299人』

  • 『クルマ社会と水害−長崎豪雨災害は訴える』

    『クルマ社会と水害−長崎豪雨災害は訴える』

  • 『濁流−雨に消えた299人』
  • 『クルマ社会と水害−長崎豪雨災害は訴える』

平成の水害

水害・土砂災害が生じる要因は、梅雨前線と台風が大雨を降らすことにある。地形はもともと急峻であり、地質は崩れやすい花崗岩で多く形成されており、戦前、森林の無秩序な伐採、そして戦後高度成長期を通じて、山林・農地の開発による都市化で、土地の保水力が極めて脆弱となったことが被害を大きくしている。さらに拍車をかけるかのように、地球温暖化の影響であろうか、異常気象によるピンポイントで降る集中豪雨が頻繁に起こるようになった。1時間あたり50mm以上の豪雨も増えている。

平成11年6月福岡市・広島市・呉市に梅雨前線豪雨による水害・土砂災害が起こった。このとき博多駅では地下街への浸水被害が生じた。これらの災害を教訓として、平成12年5月に「土砂災害防止法」が公布された。

土砂災害については、池谷浩著『土石流災害』(岩波新書 1999)、西本晴男著『「土石流」のはなし』(全国治水砂防協会 2008)、全国治水砂防協会編・発行『あの日、あの時 89人の体験者が語る土砂災害の記録』(2007)、砂防広報センター編・発行『碑文が語る土砂災害との闘いの歴史』(1998)がある。

今年(平成26)8月20日広島市安佐北区・南区等で梅雨前線により大規模な土砂災害が起こり、74人が犠牲となった。被災地は広島市の北部、太田川の右岸にあたり、国道と可部線が走っており、高度経済成長期以降、新興住宅地として開発された地域である。ここに20日未明大量の雨が降り、真砂土(まさど)を形成する裏山が崩れ大惨事となった。山本晴彦著『平成の風水害』(農林統計出版 2014)は、平成における水害を分析する。

終わりに、三上岳彦著『都市型集中豪雨はなぜ起こるか?』(技術評論社 2008)、宮村忠著『水害』(関東学院大学出版会 2010)、土屋十圀(みつくに)『激化する水災害から学ぶ』(鹿島出版会 2014)、牛山素行著『豪雨の災害情報学』(古今書院 2012)、末次忠司著『河川の減災マニュアル』(山海堂 2004)、同著『これからの都市水害対応ハンドブック』(山海堂 2007)、同著『水害に役立つ減災術』(技報堂 2011)、水害サミット実行委員会事務局編『水害現場でできたこと、できなかったこと 被災地からおくる防災・減災・復旧ノウハウ』(ぎょうせい 2007)、辻本哲郎編著『豪雨・洪水災害の減災に向けて』(技報堂 2006)の書を掲げる。

戦後70年を迎えるが、どうも現代の水害・土砂災害の要因は、山林の保水力の脆弱さ、都市開発による平地から山側までの農地と宅地の開発、それに地球温暖化による異常豪雨による三つの要因が重なっているように思えてならない。

日本列島では今後、あらゆる地域で、いつでも、水害・土砂災害が起こる可能性が高くなってきた。災害を完全に防ぐことは、絶対にできない。これらの災害に対処するには、まずは森林の整備を行ない、都市計画を点検し、ハードの面からインフラ整備を施行し、同時にソフトの面からも減災を図っていく重要な時期になってきている。

  • 『土石流災害』

    『土石流災害』

  • 『平成の風水害』

    『平成の風水害』

  • 『豪雨の災害情報学』

    『豪雨の災害情報学』

  • 『豪雨・洪水災害の減災に向けて』

    『豪雨・洪水災害の減災に向けて』

  • 『土石流災害』
  • 『平成の風水害』
  • 『豪雨の災害情報学』
  • 『豪雨・洪水災害の減災に向けて』


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