機関誌『水の文化』50号
雨に寄り添う傘

雨水利用をやってみよう

古賀 邦雄

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄さん こが くにお

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、筑後川水問題研究会に所属。
2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
2014年(平成26)公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。

雨水は貴重な水資源である

 朝、顔を洗う蛇口の水は元をたどれば天の恵み、雨水である。森に雨が降り、川となり、海へ、一部は地下水となり、海へ流れ込む。また森に雨が降る。この水循環のなかであらゆる生物は生かされている。現代人は、雨をうっとうしいものだと考え、雨水の重要性が薄れているようだ。しかしながら、身近な水の1つの形態である雨水を捉え直そうとする考え方がある。それは雨水を溜めれば貴重な水資源、捨てるなんてもったいないという、活動が全国的に拡大していることだ。タンクなど雨水利用施設を設置して、溜めた水を積極的に日常の生活に活かそうとする活動である。いちばん簡単な方法は、雨の日、軒下にバケツを置けば水を集めることは可能だ。雨水利用にかかわる書を見てみたい。

 グループ・レインドロップス編著『やってみよう雨水利用―まちをうるおすみんなの工夫』(北斗出版・1994)には、雨水を集め、溜め、浄化し、給水する独創的なアイディアをあげる。その雨水利用とは①家庭菜園②植木の水③洗車④道路等の打ち水⑤防火水槽⑥トイレの水⑦洗濯に使用される。また、個人住宅、集合住宅、ビル、病院などでは新・増改築においてコンクリートの雨水貯留槽を地下に埋設し、雨樋から水を集め、雨水貯留槽に溜め、それをトイレの洗浄水、散水、洗車に使っている例が図で紹介されている。雨水は中水道の役割を担っている。

 雨水市民の会の辰濃和男・村瀬誠著『雨を活かす ためることから始める』(岩波書店・2004)をめくると、雨を活かす体験、水一滴の大切さ、雨水を捨てるな宣言、わが家の雨水タンク、都市洪水対策、断水対策、マンションで雨と遊ぶなどが述べられている。雨を活かす極意として、初期雨水はカットして、暫く待って溜める。溜める極意は汚れをタンクに入れないこと、沈殿物を撹拌させないことを指摘する。さらに、世界の知恵として、中国の農村における作物の増産と土壌侵食防止に貢献する雨水利用、バングラデシュではヒ素汚染地下水に替えて雨水を、オーストラリア・タスマニアではシートに集めた雨農業を、などその利用を掲げている。

 この書の表紙には、地下タンクに雨水を溜め手押しポンプで水を汲む墨田区向島の「路地尊(ろじそん)」が描かれている(注1)。

 このような雨水利用を本格的に提唱した東京都墨田区環境保全課(当時)の村瀬誠は「ドクトル雨水」と呼ばれている。彼を追った秋山眞芸実著『ムラセ係長、雨水で世直し!』(岩波書店・2005)がある。現在、世界では至るところで紛争や戦争が起こっている。水戦争さえも起こっている。この状況を打開する鍵は雨水利用が握っているという。

 村瀬の雨水利用哲学がこの書に、次のように表現されている。「戦争のためのタンクはいらない、それより平和のための雨水タンクを」"No more Tanks for War, Tanks for Peace!"。雨水の利用が世界の平和に貢献し、水ストレスの国々に安らぎをもたらすことになる。また地球温暖化による気候変動に伴う大水害が起こっているが、雨水を溜め、利用することで減災を図ることになる。

(注1)
墨田区の雨水利用の現状は、第15回里川文化塾「拡がる雨水利用」実施報告をご覧ください。

  • 『やってみよう雨水利用―まちをうるおすみんなの工夫』

    『やってみよう雨水利用―まちをうるおすみんなの工夫』

  • 『雨を活かす ためることから始める』

    『雨を活かす ためることから始める』

  • 『ムラセ係長、雨水で世直し!』

    『ムラセ係長、雨水で世直し!』

  • 『やってみよう雨水利用―まちをうるおすみんなの工夫』
  • 『雨を活かす ためることから始める』
  • 『ムラセ係長、雨水で世直し!』

雨と生きる住まい

 長雨、霧雨、村雨という言葉があるように、雨の多い日本では、昔から人々は住まいのなかで雨と共有する知恵を備えていた。安藤邦廣ら著『雨と生きる住まい 環境を調節する日本の知恵』(LIXIL出版・2014)では、大雨、長雨、湿気に備え、日本の住まいはヨーロッパのように、強固な壁をつくり密閉するという考え方はなかった。密閉すると湿気を逃がすことができない。屋根に傾斜があるのは雨が家屋に浸入することなく、流れやすくするためであり、茅葺屋根はより流れやすくするため急な傾斜になっている。雨除けの工夫、庇や縁側、雨戸は雨が形づくってきたといえる。現代の日本建築は、雨を活かし、楽しむ、究めることを追求している。日本建築学会から、建築が雨を育み、雨はかりて、かえすもの、それが雨をつくることになるという『雨の建築学』(北斗出版・2000)、雨を暮らしに活かす、飲める水、遊べる水、育てる水をつくり、また雨水を大地にかえし、空にかえし、生き物たちにかえす考え方の『雨の建築術』(北斗出版・2005)、頻発するゲリラ豪雨などの雨との付き合い方を追求した『雨の建築道』(技報堂出版・2011)の3部作が刊行されている。

 福岡市内は都市化の発展により、大雨が降ると洪水にたびたび見舞われている。2009年(平成21)7月24日に樋井川流域で水害が発生した。この水害以前から減災を図るための、雨水タンクの設置を福岡市などの助成金で行なっているが、なかなか普及が進まないのが現状である。実際に、福岡市城南区の渡辺家は、2012年(平成24)4月地下タンクを設置した「雨水ハウス」を完成させた(注2)。わが国では初めての本格的な「雨水ハウス」ではなかろうか。都市型水害抑制のために設置した地下貯留タンクは、1つめは家の基礎を兼ねたコンクリート製の貯留タンクで、その容積は約17・3m3ほどであり、この貯留した水を庭への散水・トイレの洗浄水、洗濯用の水として利用する。2つめの地下貯留タンクは防災用のタンクで、その容積は約22・5m3であり、家の基礎部分の地下タンクが満水になるとオーバーフローした雨水が流入しはじめ、このタンクの上側半分は地下へ浸透させる構造になっている。3つめのタンクはビオトープ用のタンクで、その容積は約2m3で、環境用水として利用する。今ではお風呂にも使用されており、肌触りも快適だという。この「雨水ハウス」の建築過程について、福岡県建築士会福岡支部編・発行『雨水利用実験住宅プロジェクト報告書』(2012)としてまとめられている。

(注2)
「雨水ハウス」については、水の風土記「人ネットワーク」をご覧ください。

  • 『雨の建築道』

    『雨の建築道』

  • 『雨水利用実験住宅プロジェクト報告書』

    『雨水利用実験住宅プロジェクト報告書』

  • 『雨の建築道』
  • 『雨水利用実験住宅プロジェクト報告書』

雨水利用システム

 都市化の拡大は、都市水害の危険性、都市環境の悪化の問題を発生させる。望ましい都市環境を図るため、雨水を都市における重要な環境要素としてとらえ、適正な雨水の流出・貯留・浸透・利用システムを構築することが大事である。そのことをまとめたのが科学技術庁資源調査会編『都市の雨水を考える―潤いと水循環の回復をめざして』(大蔵省印刷局・1987)である。具体的に取り組んだ書として、角川浩著『天の恵みを活かす はじめての雨水利用』(パワー社・2010)は、拡大型雨水浸透枡、雨水用のマイクロ地下ダム、独立型雨水集水パネル、貯水容器(タンク)等の製作がわかりやすく書かれている。また、湯川清貴著『雨水利用システムの製作』(パワー社・2006)は、トイレの水に雨水システムを取り入れている。総合的に、全国的に雨水利用システムについてまとめた、雨水貯留浸透技術協会編『雨水利用ハンドブック』(山海堂・1998)も出版されている。

『天の恵みを活かす はじめての雨水利用』

『天の恵みを活かす はじめての雨水利用』

雨と日本人

 日本人の暮らしと雨は密接な関係を持っているといえる。倉嶋厚監修『雨のことば辞典』(講談社・2000)をめくると、春の雨に育花雨・甘雨・桜雨・藤の雨、暖雨とあり、夏の雨に青時雨・一陣の雨・青葉雨・脅し雨・白雨・涼雨のことばがあり、秋の雨に秋驟雨・御山洗い・七夕流し・豆花の雨・冷雨と並び、冬の雨に雨雪・雨氷・鬼洗い・寒九の雨・北山時雨・富下りなどのことばが119-語集められており、雨についての言葉がこんなに多くあることに改めて驚く。同様に高橋順子・文、佐藤秀明・写真『雨の名前』(小学館・2001)には、422語の雨が表現されている。

 レインドロップス編著『雨の事典』(北斗出版・2001)には、空と海と大地をつなぐ雨のことが述べられている。その内容は、雨と日本人、暮らしに生きる雨、地球をめぐる雨、生命はぐくむ雨、雨を活かすと5章で構成されている。この一冊を手元に置いておけば、雨の事がすぐに理解でき、雨博士になれる。宮尾孝著『雨と日本人』(丸善・1997)では雨は癒しの心をもたせ、小林享著『雨の景観への招待 名雨のすすめ』(彰国社・1996)では、雨とは、春夏秋冬そして梅雨と秋霖、毎年繰り返される季節の循環、そのめぐる季節の情趣を一段と鮮やかにしてくれるものの1つであるという。情趣を綴った随筆には中村汀女編『雨』(作品社・1986)、吉沢深雪著『雨がくれる50のしあわせ』(大和書房・2002)がある。

『雨の辞典』

『雨の辞典』

雨と子どもたち

 終わりに、雨の童話をあげてみる。子どもたちは雨が大好きである。松野正子さく・原田治え『かさ』(福音館書店・1985)は、あかいかさ、きいろいかさ、あおいかさと子どもたちの傘がそれぞれ描かれていて楽しい。こいでやすこさく『かさかしてあげる』(福音館書店・1996)は、蛙、兎、狸、熊さんたちが植物の葉っぱの傘を女の子に貸してあげる話である。あまんきみこさく・垂石眞子え『わたしのかさはそらのいろ』(福音館書店・2006)は、可愛い女の子が青い傘をお母さんから買ってもらい、雨のなかを原っぱに出かけると、子ネズミたちが傘に入れてと寄ってくる。木陰から、子ウサギや子ぎつね、子鹿も入れて、入れてと傘に入ってくる。虫やスズメや鳩たちも入ってくる。大きな虹が出て雨がやみ、女の子は青い傘をたたみ、そのとき傘は笑っていました。ピーター・スピアーさく『雨、あめ』(評論社・1984)、U・シェフラー作『あめの日のおさんぽ』(文化出版局・1986)もまた、ほのぼのとした、微笑みが浮かんでくる作品である。

 以上いくつかの雨にかかわる書をあげてきた。雨水利用の効用は、水害や渇水に役立ち、水ストレスの国々にとっては水資源となり、さらに、水戦争をくい止め、戦車というタンクでなく、雨水タンクの普及が世界の平和に貢献する。これからは、人類が雨水をもっと大切にそして、もっと雨水を活かす社会の構築が求められている時代だ。

〈なみなみと 路地尊雨と 情を貯め〉
 (吉岡 裕)

『わたしのかさはそらのいろ』

『わたしのかさはそらのいろ』



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