岩肌をまるで滑るように水が流れ落ちる、落差38mの天狗滝。お弁当を広げ、のんびりくつろいでいるグループもいる
滝マニアとしてこれまでに400カ所以上の滝を巡り、滝の魅力を伝えるサイトの運営や、滝ツアーも主催する坂﨑絢子さん。滝マニアならぬ「滝ガール」の坂﨑さんは「滝は安らぎだけでなく、明日へのパワーも与えてくれる存在」と言う。編集部も滝のエネルギーを体感すべく、坂﨑さんの指導のもと滝巡りに出かけた。
滝ガール
坂﨑 絢子(さかざき あやこ)さん
東京都生まれ。大学生のころから10年以上、日本全国の滝巡りを続ける。卒業後は出版社でライター・編集者として働く傍ら、週末は「滝ガール」として活動。ウェブサイトや雑誌で情報発信するほか、都会で暮らす女子向けに、滝ツアーや滝yogaイベントなども開催。2015年8月末で出版社を退社。新たなフィールドを求めて活動をスタートした。
連日30℃超えの夏まっただなか、「滝ガール」こと坂﨑絢子さんの案内で、「神戸岩(かのといわ)」「天狗滝」「払沢(ほっさわ)の滝」という、東京・檜原村の三つの滝を巡った。滝のそばは別世界の涼しさで、靴を脱いで水に入ると全身がクールダウンし、暑さも吹き飛んだ。
この日案内してくれた坂﨑さんは、10年以上前から滝がもつ「安らぎ」のポテンシャルに注目し、今では滝の魅力を広める活動をする数少ない滝マニアだ。東京で生まれ育った坂﨑さんは、それまで自然とふれあう機会が少なかった。学生時代、青森県の奥入瀬で滝の神秘に魅了されたことが、滝を意識した最初のきっかけ。その後、旅先の長崎県で立ち寄った滝で、うっかり足を滑らせ滝壺に転落するハプニングが坂﨑さんの「滝愛」を完成させた。
「想像以上にいい滝で、興奮して足を滑らせて腰まで水に浸かってしまったんです。でも、怖いというより気持ちよくて、笑いが止まらなくなりました。水の温度を肌で感じたことで滝をより深く知ることができた気がして、それ以来、滝にハマってしまいました」
以来、全国の滝を巡っているが、滝マニアのなかでも坂﨑さんがユニークなのは滝での過ごし方だ。滝のそばでコーヒーを淹れて飲んだり、誰もいなければ昼寝をしたり、大声で歌ったり、と主にリラックスのための「滝時間」を過ごすという。
しばらくは個人的に訪れるだけだったが、一人で楽しむだけでなく、滝の魅力を多くの人に知ってほしいと考え、2013年(平成25)に滝の情報サイト「Takigirl -Waterfall& Peace-」を立ち上げた。
現在、坂﨑さんは「滝ガール会」なるツアーを主催している。東京や近郊エリアでタイプの異なるおすすめの滝をいくつか案内しながら、滝を深く味わうための鑑賞方法もアドバイスする(下)。参加者は20〜40代のインドア派の女性が中心で、リピーターも多い。
「アクティブな女性はトレッキングやキャンプを求めますが、滝巡りならば重装備は不要です。自然のなかでリフレッシュしたいと思ったときに〈これなら私でも行けるかも〉と思える手軽さが、比較的インドアな女性の興味を引くのでしょう」
実際に駐車場から少し森のなかを歩けば、迫力ある滝に出合えた。
さらに、このツアーには女性のアンテナを刺激するポイントがもう一つある。地元のレストランでのランチや滝前でのヨガ、温泉に立ち寄るなど、滝を見るだけでは終わらない「滝+○○」の要素が必ず用意されている。この日、坂﨑さんが昼食場所として選んだのは、檜原村の地野菜を使ったイタリア家庭料理が味わえる「ヴィッラ・デルピーノ」。山々のパノラマを見渡しながら味わう本格的なイタリアンが、滝巡りをいっそう楽しいものにしてくれた。
こうした二本立ての楽しみもまた、リピーターが多い理由なのだろう。
ツアーで実際に滝を見て「心が休まった」などの感想をもつ女性は多いそうだが、その効果を十分に受け取るにはどうすればいいのか。「安らぎ」に適した滝の条件を聞いた。
「まず日当たりがよく、滝の前にゆったりくつろげるスペースがあることです。私は観光地化されすぎていない滝の方が好みですね。さらに落差が20m以上あると感動が大きいですし、水量の多い滝ならしぶきを浴びることもできます」
また、滝を鑑賞する際に重視するのが、「滞在時間」と「自分なりの感動ポイントを見つけること」。滝には、最低でも30分は滞在してほしいと坂﨑さんは言う。
「写真を撮って終わりではなく、せっかくなら滝のもつ個性を感じてほしいです。苔や岩の感じや滝の音、流れのなかで好きな部分を探すなど、自分なりの感動ポイントを探してください。思いを巡らせるうちにアンテナが立ちはじめ、滝の細かな変化がわかったり、自分の感覚が研ぎ澄まされることに気づくはずです」
これを「五感が開かれる感覚」と坂﨑さんは表現する。さっそく両耳に手をあてて滝の音に耳を澄ませるという、坂﨑さんおすすめの楽しみ方を実践してみる。すると、それまで聞こえていた鳥のさえずりやセミの声が一瞬にして遠のき、滝の音だけがくっきりと聞こえた。
「滝の発するマイナスイオンが浄化作用を促すなどとよくいわれますが、少しざっくりしていますよね。目で見て感動ポイントを探す、滝の音に耳を傾ける、足で冷たさを感じてみるなど、能動的に自分の感性に働きかけることで、安らぎを実感してほしいと私は思っています」
しばらく耳に手をあてて滝の音を聞いていると、心と体が自然のリズムに溶け込んでいくような、心地よくも不思議な感覚になった。
坂﨑さんは、滝ガール会の参加者から印象的な感想を聞いたことがある。普段の旅行では「明日から会社か…」と憂鬱になるのに、滝を見た後はやる気に満ちていて、「早く仕事がしたい!」と言っていたそうだ。
「滝の前では、ゆったりと心安らぐ感覚はもちろんありますが、エネルギーをもらい活力がみなぎる感覚もたしかにあります。例えば、ドドドドと勢いよく流れる滝の前では、喝を入れてもらっているような」
滝の何がそのような感覚を呼び起こすのだろう。
水には、雨が降って川になり、途中に滝や湖があり、海に流れて雲になるという一連の物語(サイクル)がある。そのなかでも、水が落下する滝は、水自身がもっともエネルギーを発する瞬間だ。歌でいう「サビ」の部分だと坂﨑さんは考えている。
「滝に近づくほどに元気になる感覚はあります。人間の体の7割が水と考えると、もっともエネルギッシュな状態の水に触れるので、そのパワーをもらえるのかもしれませんね」
動きや音があり、水の個性が際立つ滝は芸術的ともいえる。「滝の前では不思議と一人で過ごす方が多く、皆さんそれぞれに目のつけどころが違って本当に興味深いです。滝を深く知ることで、自然や歴史のことを考えるきっかけになったり、自分自身がすっきりすることで悩みが和らいだり、滝をツールに、何か新しい発見につなげてもらえるとうれしいです」と坂﨑さんは話してくれた。
最後に訪れた「払沢の滝」では、ゴーゴーと水音をあげる滝の前に30分ほど滞在したが、何時間でもいられる気がした。心と体をリセットしたい、最近自然に触れていないと思う人は、ぜひ滝のパワーを感じに出かけてみてほしい。「滝時間」が思わぬ発見をもたらすかもしれない。
(2015年8月4日取材)