機関誌『水の文化』67号
みずからつくるまち

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農業

耕作放棄地のない道内有数の稲作地帯

東川町は稲作が盛んだ。一級河川・石狩川水系の忠別川と倉沼川が流れるなど水利に恵まれ、また泥炭地がない肥沃な土壌でもある。ミネラル豊富な大雪山連峰の雪解け水は冷たいが、要所に設けた遊水地で温めてから水田に引く。東川町農業協同組合のキャッチコピーは「みずとくらす®」。耕作放棄地がないという農業施策を探る。

田植えが始まるまでの短い期間、無風の日にしか見られない東川町の絶景「鏡面水田」 提供:東川町

田植えが始まるまでの短い期間、無風の日にしか見られない東川町の絶景「鏡面水田」(提供:東川町)

水質汚染を防ぐお湯の殺菌消毒

東川町は自然の恵みの地下水で暮らすまちだけに、農業でも水を守る意識が強い。

「ここは石狩川水系の源ですので、『下流で生活している人たちの水を汚してはいけない』という意識が昔から強く、農家は合併浄化槽を必ず備えています」

そう話すのは、東川町農業協同組合(以下、JAひがしかわ)代表理事組合長の樽井功さん。JAひがしかわは、2007年(平成19)、道内でもっとも早く水稲種籾(たねもみ)の温湯(おんとう)殺菌消毒施設を導入した。これは米の種子の全量を、薬剤ではなく60℃の湯で10分間殺菌消毒するもの。

「これで農薬の使用量を大幅に減らせるだけでなく、種子を消毒した後の廃液による水質汚染を防げるようになりました」と樽井さん。この施設には約4000万円かかったが、「先行投資ではありますが、長い間使えるものですからね」と意に介さない。

町外からの移住者たちは「東川のお米を東川の水で炊くとおいしい」と口をそろえて言う。そう伝えると樽井さんは大きくうなずいた。「私も以前、知り合いにお米だけ送ったことがあるんですが、東川の水で炊いた時と味が違う、と言っていました。お酒も『大雪旭岳源水』で割るとまろやかになり、つい飲みすぎちゃいますよ」と笑う。

「大雪旭岳源水」とは、JAひがしかわ、コープさっぽろ、東川町らが連携して2012年(平成24)に設立した株式会社大雪水資源保全センターでボトリングしているもの。大雪旭岳源水は地域団体登録商標で、近年、新しい生産ラインを導入し、念願の黒字転換を果たした。ペットボトルと東川米をセットにした「炊くだけ御膳(ごぜん)」は土産品として好評だ。

  • ペットボトルの「大雪旭岳源水」と「東川米」の無洗米をセットにした「炊くだけ御膳」

    ペットボトルの「大雪旭岳源水」と「東川米」の無洗米をセットにした「炊くだけ御膳」

  • 東川町農業協同組合の代表理事組合長を務める樽井功さん。1895年(明治28)に富山から東川に入植した開拓民の子孫にあたる

    東川町農業協同組合の代表理事組合長を務める樽井功さん。1895年(明治28)に富山から東川に入植した開拓民の子孫にあたる

品質とブランド化で遊休農地ゼロの町

JAひがしかわの米の耕作面積は約2200haで、生産農家は126戸。樽井さんが20代のころに比べて農家数は6分の1以下になったが、耕作放棄地はない。離農によって農地が空いたとしても、すぐに町内から買い手や借り手が現れるからだ。水田の購入や借用を希望する若手の声を集めると、現状で約300ha足りないという。その理由は、品質のよさとブランド化だ。

「かつて北海道の米は、猫も食べずにまたいで通る『猫またぎ米』などと揶揄(やゆ)されていましたが、上川農業試験場で品種改良を重ね、他府県に負けない品質の米となりました」と樽井さんは言う。

ブランド化による付加価値づくりでも先駆けた。独自の厳しい生産基準を設け、年に3回生産者の栽培履歴をチェックするなどの「東川米信頼の証10か条」の制定や東川米GAP基準(農業生産工程管理手法)の導入など、安全と品質を向上する取り組みが評価され、2012年(平成24)、「東川米」として地域団体商標に登録された。公式に「地域ブランド」と認められた北海道米の第一号だ。生協など独自に開拓した販路を通じて、東川ブランド米を産直取引する。清涼な水に育まれた良質な東川米は、北海道を中心に全国で取引されている。

目下、JAひがしかわは国営事業による水田の大区画化を進めている。1枚当たり30a程度だった水田を220aに集約しつつある。

「順調にいけば2030年ごろには最大で約2800haとなるように展開しています。おそらく5~6年の間に生産農家が100戸を切るでしょうが、この基盤整備が終われば十分に農地を守れるはず」と樽井さんは展望する。

設置投資とICTで永続的な稲作を

大区画化だけでなく、JAひがしかわは将来を見据えた投資も行なっている。その一つが、米の乾燥調整施設の建設。刈り取った籾の水分を14.5~15%にする乾燥工程は、今は農家が担うが、収穫時期は日中に稲刈り、夜に乾燥・籾すり作業と過重労働になっている。

「水分を17%程度にした籾を出荷してもらえば、後の工程は農協がします。2024年をめどに、乾燥から精米まで一貫した施設をつくり、海外輸出にも対応できる配備にしたい」と樽井さんは明かす。品質の統一と安定が図れるとともに、農家の省力化とコスト削減になる。大規模化している水田で、収穫適期を逃さず稲刈りに注力できる。

米づくりは土地や設備投資に多額の費用を要するので、新規就農者は野菜などの施設園芸から始める。稲作は既存農家が大規模化でその将来を担うが、田植えと収穫は家族総出で支えてきたので、未婚者が増えているのが気がかりだ。

「未婚の後継者のために、農協が苗づくりや移植などを肩代わりする。そういった人的支援も今後は考えなければなりません」と樽井さんは未来も見据える。

同時にGPSを活用した自動運転による田植えや肥料散布、ドローンを使った防除など、スマート農業による省力化も着々と進めている。東川の水と米のおいしさは色褪せず受け継がれるだろう。

春を迎えた東川町の水田と子どもたち 提供:大塚友記憲さん

春を迎えた東川町の水田と子どもたち(提供:大塚友記憲さん)

(2021年1月12日/リモートインタビュー)

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