温泉に浸かると心身にどのような影響があるのだろうか。「温泉による心と体への効果」について、風呂・温泉と健康の関係を医学的に研究している早坂信哉さんに解説していただいた。
インタビュー
東京都市大学 人間科学部 学部長・教授/医師
早坂 信哉(はやさか しんや)さん
1968年生まれ。宮城県出身。自治医科大学医学部卒業、自治医科大学大学院医学研究科修了後、浜松医科大学准教授、大東文化大学教授などを経て現職。風呂・温泉と健康の関係を医学的に研究。一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長。博士(医学)。温泉療法専門医。著書に『最高の入浴法』などがある。
温泉が健康に及ぼす効能について考えるには、まず、ふだんの入浴の健康効果を踏まえるとよいでしょう。今の医学では、湯船に浸かる入浴に次のような作用があることが明らかになっています。
❶温熱作用 体が温まると血管が拡張し心臓の動きが強まり、血流が増え新陳代謝が促されます。温熱は神経の過敏性を抑えるため、神経痛などの慢性的な痛みや肩こりなどをほぐす効果もあります。
❷静水圧作用 湯の水圧で全身が締めつけられ、マッサージされたような状態になり、温熱作用と同じく血流の改善効果があります。
❸浮力作用 水中では体重が10分の1程度になるので重力から解放され、関節や筋肉の緊張がゆるみリラックス状態になります。
❹清浄作用 湯にしっかり浸かると毛穴が開き汚れや皮脂が流れ出ます。シャワーより全身すみずみまでの洗浄効果が高いです。
❺蒸気作用 鼻やのどの粘膜は乾燥すると免疫力の低下を招きやすいので、浴槽に浸かり湯気で湿り気を与えることが大切です。
❻粘性・抵抗性作用 水中で体を動かしたときの負荷は陸上の約3〜4倍。入浴中に体操やストレッチなどで筋肉に刺激を与えれば手軽に運動療法効果を得られます。
❼開放・密室作用 自分だけの時空を体感できる入浴で日常から解放されリラックスできます。
さらに温泉では、これらに「転地効果」が加わるのです。温泉の効果は決して湯に浸かることだけではありません。周辺の美しい自然、すがすがしい空気、湯の街の佇まい、おいしい山海の幸……。ストレスの多い日常から切り離され温泉地の環境全体に癒される。これを医学的には温泉の「総合的生体調整作用」と呼び、さまざまな健康増進効果があるとされています。
環境省では2018年(平成30)から全国の温泉地の協力を得て「全国『新・湯治』効果測定調査プロジェクト」を実施しました。
湯治とは長期間滞在する温泉療養のことですが、多忙な現代人に現実的ではありません。そこで、今のライフスタイルに合った温泉地での過ごし方を環境省は「新・湯治」として提案しています。
3年分、アンケート件数1万1830件の調査結果によると、おおむね温泉地滞在後は、心身によい変化が見られました。とりわけ注目したいのは次の2点です。
第1に、温泉でただ湯に浸かるだけでなく、ゴルフや登山などの運動、周辺の観光や食べ歩き、マッサージやエステなどのアクティビティをした人ほど、よりよい心身の変化を自覚したこと。
第2に、長期間の温泉地滞在ではなくても、日帰りや1泊2日でも心身へのよい影響が見られ、年間を通して高頻度で温泉を訪れる人ほど、その傾向が強いこと。
これらの調査結果から、転地効果による総合的生体調整作用が働いていることがわかり、必ずしも昔ながらの長期間の湯治でなくても、温泉地滞在は心身へよい影響を及ぼすことが示唆されます。
ちなみに、これは温泉そのものの効果にかかわる研究ですが、静岡県熱海市で、介護保険のデータに紐づけて3年ほど遡った私たちの調査では「自宅に温泉を引いている人ほど介護状態が悪くなりにくい」という結果を得たことがあります。
温泉地滞在の効果を最大に高める方法は「積極的ぼんやり」です。意識的にぼんやりして余計な外部刺激を脳に与えない。温泉地に来たときぐらい、スマートフォンなどに触れず、急き立てられるような情報過多のふだんの生活から自由になることをお勧めします。
(2022年8月26日/リモートインタビュー)