「水のノーベル賞ジュニア版」とも呼ばれる「ストックホルム青少年水大賞」。2020年、青森県立名久井農業高等学校在学中に応募し、見事グランプリに輝いた若者たちがいる。彼らは、日本古来の土壌固化技術「三和土(たたき)」を用いて土壌の流出を制御する技術を編み出した。食糧生産の増加と世界各地で使える汎用性を併せもつこの技術を、いかにして生み出したのか。
高校生たちが西アフリカの集水工法を改良して編み出した「多機能水収集システム」の圃場実験
写真提供:青森県立名久井農業高等学校
降水量の少ない乾燥地では、異常気象による旱魃(かんばつ)で砂漠化が進む一方、作物を育てるための水が足りず、常に食糧難の危機にさらされている。こうした地域には、作物が育つのに必要な水を雨から集めるための集水工法がある。西アフリカでいうと、土に穴を掘って小さな土手を築き、そこに雨水を誘導する「Zai(ザイ)」がそうだ。
ザイとは、斜面の畑に直径30cm、深さ25cmほどの穴を掘り、その周囲に小さな土手をつくって雨水を受けとめるものだが、万能とは言い難い。昨今の極端な降雨によって土壌とともにザイも壊れて流されてしまうからだ。それらの土が川や池に流れて堆積して水深が浅くなった結果、少しの雨でも洪水に見舞われるという悪循環に陥ってもいる。
2021年(令和3)3月まで青森県立名久井農業高等学校環境システム科に在籍していた宮木琢愛(みやきたくま)さんと松橋大希(まつはしひろき)さんは、1年生時の授業で地理や世界の農業を学ぶなか、乾燥地にこうした問題が起きていることを知った。
同校の2年生と3年生には、週4時間、自分の好きな研究が行なえる「課題研究」がある。目標を定めて計画し、実施したあとに反省・評価する手順で、課題を解決する能力を養うものだが、2年生になった宮木さんと松橋さんは木村亨先生率いる「環境研究班」を選び、「乾燥地の農業の改善に、自分たちも貢献できることがあるのではないか」と研究を始めた。
ザイは盛り土の構造物なので雨が強く降れば次第に崩れるが、2人が調べていくと農地荒廃の原因はそれだけではないとわかった。
「自分たちで実際にザイをつくって水を流すと、問題は表土ではなかった。ザイの水を受けとめるための壁が壊れると、そこから表土の下の粘土層がえぐられる。豪雨ならばどんどん削られて土石流なども引き起こします。だったら崩れないように固めたらいいのではと考えました」と宮木さんは言う。
ザイを固めるにはどうしたらいいか―これが難問だった。
「最初はコンクリートを考えたのですが、木村先生から金銭面や資材の調達で難しいだろうと……たしかに農作業の邪魔になりそうだし、メンテナンスもしづらいはず。そこで日本の技術に目を向けたのです」と宮木さんは振り返る。
漆喰(しっくい)も候補に挙がったが、海外では材料がそろわないので却下。松橋さんと宮木さんは苦悩する。
しかし、土を固める技術は意外な、そして身近な場所にあった。
宮木さんの祖母の家は、昔ながらの伝統家屋。ある日、祖母に会いに行った宮木さんは土間の存在に気づく。
「これって土を固めたものだよね?と思ったんです。調べてみたら日本古来の『三和土(たたき)』という技術でした」
三和土とは、古くは「赤土や砂利」に「石灰」と「にがり」を加えたものを叩き固めてつくるもの。3つの材料を混ぜるので「三和土」の字をあてたともいわれる。
インターネットではたどり着けなかった土を固める技術は、慣れ親しんだ祖母の家にあった。2人はさっそく木村先生に相談し、「三和土でやってみよう」となった。
ザイに三和土を応用し、より強固な集水工法を編み出す過程での次なる難題は、異なる土質に適応するための「配合」だった。
地球の土壌は地域によってさまざまだ。どんな土壌でも適切に固められるようにしなくてはならない。そこで花崗岩が風化してできた砂質土壌「真砂土(まさど)」と、モンモリロナイトを主成分とする粘質土壌「ベントナイト」の2種類を用いて、消石灰(しょうせっかい)と水との適切な配合を探ることになった。
「真砂土とベントナイトは砂と粘土で、両極端なんですね。これらを固められれば応用できるだろうと助言しました」と木村先生。
これがことのほか難しかった。
松橋さんは「試験体をつくって水槽に沈め、強度が保てるか実験しましたが、すべて割れてしまう時期もありました」と語る。
逆に固まりすぎて水が浸透しないことで悩んだのは宮木さんだ。
「作物を育てて収穫量をより増やすため、三和土には栄養分も混ぜていたんですね。水がしみとおるときに栄養分も一緒に流れるようにしたいのに、ベントナイトはガチガチになってしまう。そこで消石灰と水の配合を少しずつ変えて、適切なバランスを見出しました」
大学教授に指導してもらうなどの試行錯誤によって、ようやく配合が定まったのは数カ月後だった。
三和土の硬度、水を集めやすい形状、設置レイアウトなど数えきれないほどの実験と評価を繰り返し、「多機能水収集システム」は完成した。サンプルは100個以上つくった。普通のザイは風雨で盛り土がなくなってしまったが、三和土によるザイは屋外に13週間設置しても崩れないという。
2020年(令和2)8月、15歳から20歳の学生が水に関する問題解決策を提案する国際コンクール「ストックホルム青少年水大賞」のグランプリを宮木さんと松橋さんが受賞した。高額な機械も化学的な素材も不要で、現地の土や草木灰(そうもくばい)(消石灰の代用)でつくることができ、牛糞堆肥を用いて土壌に栄養分も供給するうえ、不要になったら土に戻せる。土壌流出を抑えつつ、収量アップも期待できるローカル完結の循環型工法が高く評価されたからだ。
また、この研究から派生したこともある。三和土を応用した簡易堤防だ。宮木さんは言う。
「ベントナイトがガチガチに固まってしまう失敗から、別の用途があるんじゃないかと考えたのです。日本は勾配がきついので、雨が降ると畑の土が流されますし土砂崩れの危険もある。消石灰を多めに使うと水を通さないほど固まるので、簡易堤防に取り組みました」
簡易堤防の開発は、宮木さんや松橋さんなど3年生が後輩に教えるかたちで進んだ。後輩たちは今、三和土でつくったブロックを水に浸けて強アルカリ性になった液体を洗剤や除菌用として使えるか研究している。
卒業した宮木さんは電気工事関連企業に就職。「1年目なので覚えることが多くて大変」と笑う。松橋さんは工業関係の専門学校へ進んだ。「いずれはアフリカなどで農業機械の整備をしたい」と夢を明かす。2人とも時間をつくっては後輩たちの研究を見に行く。
宮木さんはこう語る。
「僕らは飲み水には困らないし、お腹いっぱい食べられますが、今この瞬間もあちらは食べるものがあまりないんだろうなとよく考えます。『日本に生まれてよかった』で終わるのではなく、他の国の人たちも苦しまずに生活できるようにすることが必要ですよね。この研究でそうしたことも学びました」
(2021年8月4日、6日/電話取材)