機関誌『水の文化』69号
Z世代の水意識


雪国は明るい

富岡惣一郎『信濃川・卯の木D』(提供:南魚沼市トミオカホワイト美術館)

富岡惣一郎『信濃川・卯の木D』(提供:南魚沼市トミオカホワイト美術館)

小池 俊雄

東京大学名誉教授
小池 俊雄(こいけ としお)

1956年生まれ。国立研究開発法人 土木研究所 水災害・リスクマネジメントセンター国際センター(ICHARM)センター長。東京大学名誉教授。専門は河川工学、水循環の科学、環境心理学。水環境にかかわる現地観測、衛星観測、数値モデリング研究および環境心理学研究に取り組む。

鉛色と表される雪国の空は、暗いと思われがちである。「雪起こし」と呼ばれる雷鳴が夜通しつづき、雪が舞うようになると、たしかに青空が恋しくなる。しかし、しばらくして根雪の季節を迎えると風景は一変する。影がない白の空間に、光を反射しない樹木と水面が墨色に浮かび上がり、遠方の山々の小枝まで見えそうである。

雪国の空の明るさを計測してみると、冬の快晴日の東京の空よりも、全天の平均で1割程度明るい。しかも、太陽の周りがもっとも明るく、その対照的な角度の位置の空が相対的に暗いというムラのある東京の青空とは異なり、雪国の空の明るさはきわめて一様である。上空の寒気のために雲頂が低く抑えられ、雲のなかではもとより、雲底と積雪の表面との間で光が多重に散乱し、質の高い明るい空間が醸し出されるのである。

自ら開発したトミオカホワイトと呼ばれる白の油絵具と、鍛造したパレットナイフ、しっかり織り込んだキャンバスを使って、雪国の白と墨色の風景を描き出したのが故富岡惣一郎画伯である。キャンバス一面に塗った白の一部をパレットナイフで剥がして黒を全体に塗り込んで乾く前に拭きとる手法と、逆にキャンバス一面に黒、白の順で重ね塗りしてパレットナイフで上層の白の一部を剥がす画法で描かれたトミオカホワイトの世界は、雪国の光環境を印象深く伝えている。生前の画伯を赤坂のアトリエにお訪ねした時、計測結果を用いてご説明すると、「そう、雪国は明るいよ」とお話しになったのが印象深い。

芸術家の目にも、科学者の目にも、雪国は明るく感じられる。

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