機関誌『水の文化』72号
温泉の湯悦

温泉の湯悦
温泉とは何か?
──温泉の定義や泉質、効能

私たちはつい親しげに「温泉」と呼んでしまうが、その定義を問われると答えに窮する。知っているようで知らない温泉の泉質や効能などを、『温泉の科学』の著者である佐々木信行さんに解説していただいた。

佐々木 信行さん

インタビュー
香川大学名誉教授 
日本温泉科学会代議員
佐々木 信行(ささき のぶゆき)さん

1952年香川県生まれ。東京大学理学部卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。日本大学講師、香川大学教授などを歴任。著書に『温泉の科学』『資源論入門』などがある。

温泉の定義とは?

温泉は1948年(昭和23)に制定された「温泉法」によって、「地中から湧出する温水、鉱水および水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で、温度または物質を有するもの」と定められています。

まず「温度」ですが、「温泉源から採取されたときの温度が摂氏25度以上」です。戦前は「熱い湯は温泉」との認識で、温度は明確ではありませんでした。なぜ25度にしたのかというと、日本統治時代の台湾の年平均気温が24.9度で、当時の国内では最も気温が高かったからです。24.9度より高い温度の水ならば、それは気温だけでなく地下の熱源の影響を少しでも受けているといえ、それはすなわち温泉水だという論理で、25度以上が基準になりました。

もう一つは「物質(成分)」です。「通常の水よりも特定の成分が高い水」が基準です。ただし、成分はどんなものでもよいわけではなく、医学的に体によいとされる成分で18種類あります。ナトリウムやカリウムなど水にも含まれる一般的な成分は除外します。メタけい酸もありふれた成分ですが、体に重要な成分と見なされ18種類に含まれています。

また、温泉水1kgのなかに「ガスを除く溶存物質が1000mg(1g)以上含まれていること」も条件の一つとなります。

ややこしいのは、温度が25度未満でも成分を含んでいれば温泉であり、これを「冷鉱泉」と呼ぶことです。25度以上なら温泉、25度未満なら冷鉱泉です。

まとめると、地中から湧出したときの温度が25度以上あれば温泉ですし、温度が25度未満でも定められた物質の1つ以上が規定量含まれていれば、それも温泉です。さらに、ある条件を満たせば水蒸気やガスも温泉となります。

泉質について教えてください。

泉質の前に「療養泉」について説明しますね。
療養泉とは「特に療養に役立つ泉質をもつ温泉」を指します。そして、療養泉には泉質を問わない「一般的適応症」と、泉質によって定められた「泉質別適応症」があります。適応症とは、温泉療養を行なうことで効果を現す症状のことです。

一般的適応症には、「筋肉、関節の慢性的な痛み、こわばり」「冷え性、末梢循環障害」「軽い喘息、肺気腫」などがあります。

また、泉質別適応症は、「単純温泉」ならば「自律神経不安症、不眠症、うつ状態」が、「塩化物泉」なら「きりきず、冷え性、末梢循環障害、うつ状態、皮膚乾燥症」がそれぞれ挙げられます。(いずれも浴用)

泉質は、温泉に含まれる成分と量によって10種類に分かれていますし、それぞれの泉質によって特徴も違うので知っておくとよいでしょう。例えば「炭酸水素塩泉」は皮膚の角質を軟化する作用があるため、「美人の湯」と言われることが多いです。また、アトピー性皮膚炎の改善には「酸性泉」と「硫黄泉」がよいとされています。

そして泉質もさることながら、「成分濃度」もかなり重要です。一般的に濃度が高い方が療養効果は得やすいと考えてよいでしょう。ただし、なかには成分が濃すぎる源泉もあるため、そういう温泉では沢水を入れて湯あたりや肌荒れを起こしにくいように濃度を調整しています。

ちなみに2014年(平成26)に温泉禁忌・注意事項が大きく改訂されました。1982年(昭和57)策定のものから病名をわかりやすく記し、また最新の医学的知見を踏まえて修正されています。

  • 療養泉の一般的適応症(浴用)

    出典:環境省「温泉法第18条第1項の規定に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意の掲示等の基準」及び「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」

  • 療養泉の泉質別適応症

    出典:環境省「温泉法第18条第1項の規定に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意の掲示等の基準」及び「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」

  • 温泉の一般的禁忌症(浴用)

    出典:環境省「温泉法第18条第1項の規定に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意の掲示等の基準」及び「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」

天然温泉と人工温泉の違いとは?

掘削したものも含めて、地下から自然に湧いていて、温度や成分を満たしていれば天然温泉です。それに対して人工温泉とは成分を満たしていないものです。井戸水を沸かしたものは温泉ではないです。銭湯もそうですね。

加温してもいいんです。温泉の条件は25度以上ですから、入浴に適した40度前後にするには温めなくてはなりません。

もともと含んでいる成分とは別の成分を足してもよいです。例えば「湯の花」と呼ばれる温泉特有の沈殿物がありますね。湯の花は温泉の不溶性成分が析出・沈殿したものですが、沈殿物があると浴槽が汚れやすいうえ、配管も詰まりやすくなる。ですから沈殿を起こさないように薬剤を入れるのが一般的です。薬剤の使用を嫌がる人もいますが、大勢が使う温泉だったらしかたないんです。

また、水道水と同じように、温泉にも消毒のために塩素を加えます。細菌が人体に入るとよくないので、塩素や銀イオンを入れるのです。保健所が塩素消毒するように指導していますからね。

これも嫌がる人はいますが、私はさほど気になりません。湯に浸かったとき、「体の芯まで温まったな」と、薬剤などよりも温泉の成分の効きめの方が実感できるからです。

温泉は雨水が浸透したものと考えていい?

水源としては雨水が多いです。ただし地下のマグマからの水もありますから、温泉には地表(雨水)と地下、2つの起源があります。

したがって無秩序に掘削すると生活水にも影響を与えることになる。だから掘り過ぎてはいけません。温泉も限られた資源ですから、こうしたこともあって循環ろ過方式が考案されたのです。

「源泉かけ流し」の温泉がもてはやされる風潮ですが、私はなんでもかんでも新しい湯がいいとは思いません。汲み上げすぎて地下水が足りなくなったり、地下水圧が下がって水不足になることも考えられるからです。

「源泉かけ流し」と言っても、源泉をそのまま湯船に入れている温泉は稀です。入湯客のためにちょうどいい温度、適した成分濃度にするために沢水を入れたりといろいろ調整していますからね。

火山性温泉と非火山性温泉の違いとは?

「火山性温泉」は火山活動や噴気現象などの火山作用に伴ってできた温泉の総称です。マグマによってガスや水が温められて出てきたもので、硫黄泉が多いですね。ご存じのように火山帯には温泉が多く、日本の温泉はかつて火山性温泉が主流でした。

「非火山性温泉」は、平野部や海岸近くに湧くもので、近年の掘削によって出現している温泉は大部分がこれです。塩化物泉が主になります。ただし、比較的最近の海水が起源の場合や、古い地質時代の海水(化石海水)を起源とする場合、あるいは熱水のホットスポットとして高濃度の温泉も存在します。

火山性温泉には噴火のリスクもあります。雲仙・普賢岳の噴火活動による火砕流で1991年(平成3)に大きな被害が出ました。私はその前に現地を訪ねて温泉水を採取したのですが、従来に比べて成分濃度が異常に高かった。「なんだ、これは?」と驚いていたら、半年後に火砕流が起きました。

また、2011年(平成23)に東日本大震災が発生しました。その1週間後に、香川県の美霞洞(みかど)温泉の湯が突然白く濁りました。震源地からは相当離れていますが、断層を通じて影響を受けたようです。源泉の温度が下がり、そのため通常の温度なら溶けて透明なケイ酸分が溶けにくくなり、析出して白濁したのです。

もしも温泉水のこうした変化を事前につかむことができれば、火山噴火や地震の予知につながる可能性もあります。

そもそも地球の活動によって温泉の成分濃度が変わることはよくあることなんです。例えば塩化物泉は、塩化物イオンの濃度が薄まると単純温泉になる。日本の温泉は単純温泉と塩化物泉が非常に多いので、泉質が入れ替わってしまう場合もあるのです。

そう考えると、温泉はまるで生きもののようです。貴重な天然資源である温泉を大事にしていきたいですね。

(2022年9月6日/リモートインタビュー)

PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 72号,佐々木信行,水と自然,地下水,温泉,療養

関連する記事はこちら

ページトップへ