水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は読者から情報をご提供いただいた新潟県の「えご」。海藻を煮込み、練り固めてお盆に味わう郷土料理です。
えごは味つけを施さない場合、酢みそやしょうゆで味わう。右奥はくるみを刻んで表面に飾りのように散らしたほんのり甘いえご
新潟県では家族が集まるお盆に「えご」を食べる。えごは海藻である「エゴノリ(えご草)」を煮て溶かし、練り固めて、羊かんのように厚く切ったものに酢みそやしょうゆをつけて味わう郷土料理だ。
えごは、新潟県以外でも日本海側の一部の地域で食されている。地域によって、呼び方や食べ方、食べる時期も異なる。
えご食文化に詳しい新潟県立歴史博物館主任研究員の大楽(だいらく)和正さんによると、えごは江戸時代ごろにはすでに食べられていたようだ。
「1681年(天和元)の史料に、上越地方から長野にえごが運ばれたという記述があります。現時点ではこれがもっとも古い情報です」
新潟県内でえご草漁を行なう地域の一つ、柏崎市笠島を訪ねた。海に面した笠島では、古くから海女が素潜りで海藻を採る。えご草は海底の岩には自生せず、ホンダワラという海藻に付着して成長する。
「笠島でえご草といえば、〈おじえご(エゴノリ)〉と〈おばえご(アミクサ)〉の2種類を指します。おじえごにおばえごを少し混ぜると、プルンとよく固まるんです」と教えてくれたのは、笠島で30年以上素潜り漁を続ける田村さい子さん。えご草は、採ったらすぐに天日干ししてごみ(他の海藻など)を取り除く必要があり、晴れた日にしか漁はできない。
笠島の郷土料理が味わえるカフェ「海辺のキッチン倶楽部 もく」で、えごづくりを見せてもらった。きれいに洗ったえご草を鍋に入れて火にかけ、ひたすら木杓子で練る。この「練り」が重要で、練るほどに弾力と滑らかさが増す。
昔はお盆が近づくとえご草を買ってきて、各家庭で練る習慣があった。笠島のえごは、砂糖やしょうゆ、だしなどで味つけするのが特徴で、くるみなどを加えることもある。
「味つけ方法も家ごとに違ったので、えごはまさに家庭の味。少し甘めの笠島のえごは、甘いものがなかった時代に貴重だったんですよ」と、もくの代表を務める黒﨑朝子さん。えごが「海辺に住む人々のミネラルのとり方の一つだった」とも話してくれた。
初めて食べたえごは、もちっと弾力があり、寒天にも似た食感。海藻特有のくせはなく、ほんのり磯の香りがした。
お盆の食卓の定番だったえごだが、30年ほど前から消費量が落ち、えごを練る家も今は少ない。
「食生活や家族構成の変化に伴い、特に若い人が食べなくなっています。受け継がれてきた食文化なので、なんとかしたいと思った」
こう話すのは、2013年(平成25)に「越後えご保存会」を立ち上げた猪貝(いのかい)克浩さん。大楽さんも保存会のメンバーだ。
保存会では、月に一度の茶話会や広報物の発行、えご練り体験、講習会など、さまざまな活動を行なっている。オリンピックイヤーに合わせて4年に一度、えごの食べ比べや販売、トークイベントなどを行なう祭典「えごリンピック」も保存会が主催する。
会員数は80人ほどで、年齢層は30〜80代と幅広い。メンバーも多彩で、活気がある。ある男性3人組は、えごの歴史や文化をとことん調べようと、青森から鳥取まで現地調査を行なった。「えごづくり名人」と呼ばれる男性は、えごづくりの体験会を年に数回開く。また、料理研究家の女性らが中心となって開発したのは、越後の米飴とえごを組み合わせたお菓子「えごおきな」。若い人にもえご食文化の間口を広げたいと、お菓子の開発に乗り出したという。
「最初はファンクラブのような感じでしたが、今はその枠を超え、各自がプレイヤーとなって活動しています」と猪貝さんは語る。
えごは買うと高いうえ、つくる手間もかかるので、会員が練ってプレゼントするととても喜ばれるそうだ。自慢の食文化の魅力が、次世代にも届いてほしい。
(2022年8月5日取材)