水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は自然豊かな只見町(ただみまち)で古くから食されてきた煮物「お平(おひら)」です。
奥会津の風土が生んだ伝統料理「お平」
福島県の西端、新潟県との県境に位置する只見町は、標高1000m級の山々に囲まれた豪雪地帯だ。町の9割以上を山林が占め、広大なブナの天然林が残る只見の自然は、ユネスコエコパーク(注1)に登録されている。また、会津圏内にありながら、明治・大正頃まで距離的に近い越後との交易が盛んだったことも特色といえる。
また、例年11月末頃から4月頃まで雪が積もり、場所によっては5月初旬まで雪が残る特別豪雪地帯でもある。平均積雪深2~3mという厳しい冬を乗り越えるために水分を抜き、長期保存できる食材を用意しており、「お平」という郷土料理にもそれを用いている。お平は海、山、川の恵みをバランスよく取り入れた栄養たっぷりの煮物で、平たいお椀に盛り付けて供されたことからこの名がついた。只見町では結婚式や大みそかなど、ハレの日に欠かせないごちそうだ。
食を通じた健康づくりをサポートする只見町食生活改善推進員会のメンバーである横山郁子(いくこ)さんは、今も毎年お平をつくる。
「大みそかには必ずつくって、まず歳徳神(としとくじん)様(注2)にお供えしてから、お正月にかけて食べます。年配の方には特に馴染み深い料理です」
七福神にあやかり、つくる分量は7人分。お平に使う具材も、地域によって多少の違いはあるがおおよそ決まっている。海の幸である昆布、山の幸である舞茸、大地の幸である長芋・ごぼう・にんじん・油揚げ(厚揚げ)、そして川の幸であるウグイの7つ。なかでも主役となるのが、川魚のウグイだ。
春から初夏の産卵期に腹の色が赤くなった「アカハラ」と呼ばれるウグイを焼き干しした保存食材「串魚(くしいお)」を使う。串魚は、水分がなくなるまで囲炉裏でウグイを焼いたもので、だしも串魚からとる。
お平の盛り付け方も興味深い。一番下には基本的に長芋など大地のもの、その上に山と海のもの、最後にアカハラをのせる。アカハラは「海腹川背(うみはらかわせ)」(注3)にならい、正面から見て頭を左側に、背を手前にするのが決まりだ。
この日は横山さんがお平をつくってくれた。調味料は酢、みりん、しょうゆのみだが、素材のうまみがだしにしっかり利いて深い味だ。
(注1)ユネスコエコパーク
豊かな自然と人間活動の持続可能な共生を実現する国際モデル地域。日本には10地域あり、只見町は2014年に登録された。
(注2)歳徳神様
大みそかから正月にかけて一年の幸福をもたらすために家々にやってくる神様。「年神様」とも。
(注3)海腹川背
魚の盛り付け法の一つ。海の魚は腹を正面に、川の魚は背を正面に向けること。
かつてはお正月の祝膳にのったお平を家族で食べたが、今はつくる家は少なく、お平を知らない世代も増えた。調理の手間がかかること、串魚が手に入りづらくなったことなどが理由だ。
ウグイ漁は只見川や支流の伊南川(いながわ)で行なわれ、産卵期に一カ所に集まったところを投網で狙って漁獲する。時にはウグイが産卵しやすいように、小石を敷いた「ませ場」と呼ばれる人工の産卵床をつくることもある。しかし、捕ったウグイを上手に焼き干しして串魚とするにも技術が必要で、後継者がなかなか育たない。
「ホタテのだしで試した話も聞きましたが、うまくいかなかったそうです。お平のあの味は、やっぱりウグイでしか出せません」と話すのは、只見町ブナセンターに勤務する新国万寿美(にっくに ますみ)さんだ。実家が民宿を営む新国さんは、子どもの頃から冠婚葬祭のたびにお平に親しんできた。
「お平はみんなで食べるものです。ところがコロナ禍で、ますますつくる機会が減りました」と新国さんは語る。
それでも何とかしたいと、付属施設「ただみ・ブナと川のミュージアム」でお平を常設展示するほか企画展も行ない、周知に努める。横山さんたちも地元の小学校に出向き、郷土料理を教える特別授業などを行なう。民宿や飲食店では、事前予約すればお平を提供してくれるところもあるそうだ。
只見の自然と文化が生んだお平を、ぜひ後世につないでほしい。
(2024年1月16日取材)