水の文化フォーラム

ミツカン水の文化交流フォーラム2014
水都ルネッサンス「これからの水都像とコミュニティデザイン」を考える

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 かつて暮らしや憩いの場、交通手段として活かされていた都市の水辺は、高度成長期にいったん姿を消し、市民から遠く離れてしまいました。しかし今ふたたび、水辺の復活・再生をめざす人々のネットワークやコミュニティの活動が盛んになり、インフラも整備され、賑わいを取り戻そうとしています。魅力ある「水都」の再生には、どのような取り組みが求められるのでしょうか。
 そこで、ミツカン水の文化フォーラム2014では「水都ルネッサンス――『これからの水都像とコミュニティデザイン』を考える」と題して、建築史家の陣内秀信さん、コミュニティデザイナーの山崎亮さん、地域政策研究者の中庭光彦さんをお招きし、「水都」の再生に向けての方策やヒントを探りました。

実施概要

日時
2014年11月20日(木)13:30~17:00(13:00受付開始)
会場
ワテラスコモンホール(東京都千代田区神田淡路町2-101 ワテラスコモン 3F)
参加者数
120名
主催
ミツカン水の文化センター
陣内 秀信さん

講師

法政大学デザイン工学部建築学科教授
陣内 秀信 (じんない ひでのぶ)さん

1947年福岡県生まれ。1973~1975年イタリア政府給費留学生としてヴェネツィア建築大学に、翌年ユネスコのローマ・センターに留学。帰国後、 1983年東京大学大学院工学系研究課博士課程修了。東京大学工学部助手・法政大学工学部建築学科助教授を経て現職。主な研究領域は、イタリア建築・都市史。



山崎 亮さん

講師

studio-L代表 東北芸術工科大学教授 京都造形芸術大学教授
慶應義塾大学特別招聘教授
山崎 亮 (やまざき りょう)さん

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。「海士町総合振興計画」がグッドデザイン賞に選定されるなど受賞歴多数。著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社/不動産協会賞受賞)など。



中庭 光彦さん

講師

多摩大学経営情報学部経営情報学科准教授
多摩大学総合研究所副所長
中庭 光彦 (なかにわ みつひこ)さん

1962年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士課程退学。専門は地域政策分析・マネジメント。郊外や地方の開発政策史研究を続け、人口減少期における地域経営・サービス産業政策の提案を行っている。主な著書に『オーラルヒストリー・多摩ニュータウン』(中央大学出版部、2010)、『NPOの底力』(水曜社、2004)ほか。並行して1998年よりミツカン水の文化センターの活動にかかわり、2014年よりアドバイザー。

ミツカン水の文化センターの佐伯亜友美が司会進行を務め、まずは主催者を代表して後藤喜晃センター長が登壇。当センターの足跡と今後の方向性について説明したあと、陣内秀信さんの講演に移りました。

【講演1】陣内秀信さん
水辺と元気な都市空間に――歴史、暮らし、文化、経済の視点から

陣内秀信さん 水辺と元気な都市空間に



聖なる場であり食文化も盛ん

 日本で水の空間を元気づけたのは祭りでした。ヨーロッパではギリシャ・ローマ時代以降失われた「水辺は聖なる場」の感覚は、水神社、海中渡御(神輿が海に入る)、花火といった信仰や祝祭の習わしに今も残っています。

 食文化も古来、水の空間と密接に結びついてきました。現在、南イタリアで普及しつつある動きに「ペスカトゥリズモ」があります。漁村の衰退を契機に漁業組合が考え出した、漁船体験をして海の幸を味わう観光振興策で、イタリア田園地帯の起死回生策となったアグリトゥリズモの漁業版です。海岸のテラスや海辺のホテルの屋上など、おいしい料理を素敵な水辺で楽しめるスポットがイタリアでは各地にあり、まるで生き返ったような気分になります。

 振り返れば「水辺と食文化」も日本人のお家芸だったのです。1970年ごろまで東京・柳橋には隅田川べりに23軒もの料亭が栄えていました。カミソリ堤防ができる前は「料亭自前の船着き場」があって、気の利いた客は近くの船宿から船を回し芸者さんを上げて納涼を楽しみ、花火のスポンサーも料亭でした。こうした光景が東京でも近い過去にあったことを忘れてはなりません。

  • ガリーポリの海辺のレストラン

    ガリーポリの海辺のレストラン

  • アマルフィ海岸(陣内さん講演資料より)

    アマルフィ海岸
    (陣内さん講演資料より)

  • ガリーポリの海辺のレストラン
  • アマルフィ海岸(陣内さん講演資料より)


舟運復活が水辺を元気にする

 長期的にみれば、水辺は富を生み出す経済活動の場として使われるのが望ましいでしょう。貨物船による物流機能の減退は世界的な傾向ですが、新たな経済基盤をつくるクリエイティブな文化産業が海外では水辺を舞台に活性化しています。欧州で成功している都市づくりの事例は、その多くがウォーターフロントに集中しているのです。港湾ゾーンの一角にフィヨルドをモチーフにしたオペラハウスを設け、広場を通じて人々がまちとつながるノルウェーのオスロ。質の高い水辺空間を構築し、世界のトップ企業が集積する小さな河川港、イギリスのブリストル。このように水辺を先端文化の発信基地として甦らせた都市は枚挙にいとまがありません。日本でも同様の取り組みが求められます。

 しかしなんといっても水辺は魅力的な生活の場所であってほしい。水辺の暮らしを取り戻す試みも世界の都市では盛んです。運河を利用したアムステルダムのボートハウス。アンティーク船を住居にしたロンドンのフローティングビレッジ。舟運も水辺暮らしを再生します。ニューヨークは社会実験で水上バスを走らせて大成功しました。上海の黄浦江(こうほこう)やアムステルダムではフェリーボートがたくさん運航しています。バンコクでは水上バスが交通渋滞を解消している。東京でも1964年(昭和39)のオリンピック以前の航空写真を見ると、すべての川の河口から中流域まで数多くの船が係留されていたことがわかります。東京の舟運復活が水辺を元気にする立役者の1つになることは間違いありません。

  • 水辺のまちづくりを進めるノルウェーのオスロの現代美術館

    水辺のまちづくりを進めるノルウェーのオスロの現代美術館
    (陣内さん講演資料より)

  • オペラハウス

    オペラハウス
    (陣内さん講演資料より)

  • オランダのアムステルダム

    オランダのアムステルダム
    (陣内さん講演資料より)

  • 水辺のまちづくりを進めるノルウェーのオスロの現代美術館
  • オペラハウス
  • オランダのアムステルダム


猥雑なエネルギーを取り戻す

 日本の都市には欧米にない遊び心の水辺文化がありました。江戸時代の屏風絵や鳥瞰図を見ると、屋形舟、祭礼、芝居小屋、遊郭、茶屋街などが描かれ、舟運や漁業など生産の拠点であると同時に遊興の場として水辺に人々が集まったことがわかります。水辺には庶民の猥雑なエネルギーが渦巻いていました。  現代の東京の水辺は倉庫や工場を潰して高層マンションが建ち並び、どこかよそよそしげで、足元が寒々しく、賑わいも生まれにくいものでした。ところが最近は少しずつ活気が出てきました。東京スカイツリーがそびえる一帯は、歩いていて楽しいエリアです。
 もともと水辺に建つ必然性のあった倉庫や工場をリノベーションしてアートギャラリーにしたニューヨークのような取り組みは東京に根づきませんでしたが、大阪の経営者が隅田川の一角の倉庫をリノベーションして食や文化の複合商業施設にするなど、新しい芽も出はじめています。旧万世橋駅の赤レンガ高架橋下の水際空間を活かし、イベントもできる商業・文化の複合施設として甦らせたJR東日本の「mAAch ecute KANDA MANSEIBASHI」には、船着き場ができるとさらにすばらしいでしょう。

 社会的なルールや人々のつながりを再構築し、豊かだった水辺とのつきあいを取り戻すのが今です。国土交通省も水辺の営利活動を規制緩和する方向に動いています。日本発の水辺の都市づくりを世界にアピールする好機なのです。

旧万世橋駅の赤レンガ高架下を活かし、商業・文化施設として甦らせたJR東日本の「mAAch ecute KANDA MANSEIBASHI」

旧万世橋駅の赤レンガ高架下を活かし、商業・文化施設として甦らせたJR東日本の「mAAch ecute KANDA MANSEIBASHI」
(陣内さん講演資料より)

陣内秀信さんに続いて、山崎亮さんが登壇。「水辺のコミュニティデザイン」と題した講演を行ないました。

【講演2】山崎亮さん
「水辺のコミュニティデザイン」

山崎亮さん 「水辺のコミュニティデザイン」



水辺に関心のない人たちへ向けて

 僕らの仕事は参加型のまちづくりです。集まってもらった人たちと一緒にまちの未来をどうしたいのか、そのためにどんな活動をしたらいいのか、話し合いのお手伝いをする。それを「コミュニティデザイン」と呼んでいます。活動が共感を呼んで広がるには、美しい、うれしい、楽しい、おしゃれ、おいしい……といった要素が必要です。それまで関心をもたなかった人たちが興味を示し、かかわりたいと思う仕組みやきっかけをつくるところに僕らの役割があります。

 水辺についてもそうです。まったく無関心だった人たちをどう振り向かせるか。そこが肝心。だから「水都大阪2009」では、およそ170組のアーティストが常識にとらわれない水辺の先鋭的な使いこなし方を提案し、600人以上の市民も関わりました。2011年は市民主導で90組の市民団体と多くのサポーターが水都大阪のフェスを開催。この5年間で「水辺であんなことやこんなこともできるのなら行ってみようか」という気づきを、じわじわ広げつつあります。

コミュニティデザインのフィールドと考え方 コミュニティデザインのフィールドと考え方

コミュニティデザインのフィールドと考え方 (山崎さん講演資料より)



「海の道」復元をまちづくりにつなぐ

 2014年(平成26)3月~10月まで「瀬戸内しまのわ2014」のお手伝いをしました。コミュニティデザインの仕事としてはこれまでの最大規模。多島美を巡る横方向の移動を活発にして、瀬戸内海の「海の道」を復元しようと、愛媛県と広島県の両知事が発案したイベントです。僕らは広島県知事から、沿岸部と島嶼(とうしょ)部10市町の地域のキーマンを結びつけ、この人たちの活動をブラッシュアップして東京や大阪からの来訪者にお裾分けしてほしい、との依頼を受けました。

 重要なのは、地域の人たちが企画したイベントを打ち上げ花火にせず、その後のまちづくりにつながるきっかけにすることです。10市町を3つの地域に分け、3カ所にスタッフが1人ずつ拠点をつくって、まずは地元の人たちと仲よくなることから始めました。

 企画の内容をわかりやすく、かっこよく、楽しくする。他の団体とつなげる。訪れた人が居心地よい空間づくりに知恵を貸す。僕らの役割はこのくらいです。これ以上踏み込んでしまえば、僕らがいないとできなくなるから。極力、自力で可能なことしかサポートしないようにしています。

  • 山崎さんが「瀬戸内しまのわ2014」で携わったプロジェクトの1つ「音戸のおかんアート美術館」

    山崎さんが「瀬戸内しまのわ2014」で携わったプロジェクトの1つ「音戸のおかんアート美術館」。音戸の女性たちによる手づくりアート作品が展示された
    (山崎さん講演資料より)

  • 山崎さんが「瀬戸内しまのわ2014」で携わったプロジェクトの1つ「音戸のおかんアート美術館」

  • 山崎さんが「瀬戸内しまのわ2014」で携わったプロジェクトの1つ「音戸のおかんアート美術館」
  • 山崎さんが「瀬戸内しまのわ2014」で携わったプロジェクトの1つ「音戸のおかんアート美術館」


広島発の「平和の狼煙」を世界へ

 「狼煙(のろし)を上げたい」と言うおっちゃんがいました。「なんで?」と聞くと、「しまのわ参加者の熱量がすごいので、山の団体だけど参加したい。狼煙をリレーして山の上から瀬戸内を眺めてもらえば、しまのわに入れるかなと思って」と。絵下山(えげさん)の頂上から上げることになり、消防の許可をとっていよいよ発煙実験をすると宣言すると、向かいの島からも返信の狼煙が上がったのです。ところが実験当日は曇りでお互いに見ることはできませんでした。一方、狼煙をあげない人たちにもFacebookを利用して、狼煙が見えたら「どこどこで見えました」とつぶやいて参加してもらうことにしていたのですが、「見えません」というつぶやきばかり。それでも「心はつながった!」と現場は大盛り上がりでした。

 実は本番2カ月前に絵下山付近の山で10haを焼く山火事が発生し実現が危ぶまれましたが、だからこそ安全をきちんと担保したうえでやるべし、というポジティブな話になり、各方面に納得してもらって7月19日に予定通り実施しました。絵下山発で1分ずつ時差をつけ、愛媛と山口を含む57団体が狼煙リレーに参加。各地で上がる狼煙をNHKがヘリで空撮していました。

「瀬戸内しまのわ2014」は10月26日で終わりましたが、広島発の「平和の狼煙」をリレーで世界につなげ、ノーベル平和賞をねらいたい(!)と、皆さんの活動は拡大中です。広島の沿岸と島嶼部ではおよそ180の市民イベントチームがありましたが、その多くはいろんな人たちとつながって引き続きプロジェクトを進めたり、新しいことに取り組んだりしています。「自分の人生にこんなワクワクすることが起きるとは思わなかった」と、ある人が言ってくれました。

 ハードとしての水辺も大切ですが、そこで誰がどんな気持ちで活動するのか、その人たちがどうつながるのか、ということがとても重要だと思います。

  • 「瀬戸内しまのわ2014」で行なわれた「絵下山発 のろしリレー」

    「瀬戸内しまのわ2014」で行なわれた「絵下山発 のろしリレー」
    (山崎さん講演資料より)

  • 狼煙を見つめる人々の目は真剣そのもの

    狼煙を見つめる人々の目は真剣そのもの
    (山崎さん講演資料より)

  • 「瀬戸内しまのわ2014」で行なわれた「絵下山発 のろしリレー」
  • 狼煙を見つめる人々の目は真剣そのもの

ここで休憩を挟み、コーディネーターの中庭光彦さんがステージに上がりました。ミツカン水の文化センターが2014年の夏に実施した「滞日アジア留学生がもつ日本の水魅力イメージ」(インターネット調査)の速報版を紹介。続いて陣内さん、山崎さんが登壇し、「これからつくるべき・残すべき『水都』という仕組みとは」と題するディスカッションを繰り広げました。

【討論】陣内秀信さん×山崎亮さん
(コーディネーター 中庭光彦さん)
「これからつくるべき・残すべき『水都』という仕組みとは」

コーディネーター 中庭光彦さん 「これからつくるべき・残すべき『水都』という仕組みとは」



日本の水の魅力は意外なところにある?

中庭さん 今後の水都を文化とコミュニティの側面から考えたいのですが、ミツカン水の文化センターからも題材を提供します。2014年、日本滞在のアジア留学生200人に日本の水の魅力についてインターネット調査を実施しました。まだ中間報告の段階ですが、一部をご紹介したいと思います。

 まず日本の水のイメージは「きれい」が94%と断トツ。日本の水道水への満足度が86%なのに対して、自国の水道水への満足度は28%でした。

「水のありがたさを感じるときは?」に対して、自国にいると「久しぶりに雨が降った時」が46%と最多で、日本に来たらそれは19%。雨にありがたみを感じずに済むほど、日本は水が充足していることに改めて気づかされます。

「水に関する日本の観光、生活で推薦するもの」を挙げてもらったところ、温泉、水道水、刺し身や寿司、川の景観などが上位を占めましたが、欧米人観光客に人気が高い木の家や水田にはそれほど魅かれていません。

「後世に残したい水文化」については、衛生的な水道インフラ、豊かな水を蓄える森林や山々、生魚料理などが上位で、日本酒や醤油などの醸造文化、水路が走る東京や大阪の景観、のどかな田園風景などは下位でした。

 滞日アジア人留学生にとってもっとも魅力ある日本の水文化は、きれいで豊かな水を供給するインフラです。景観や歴史資源のみならず、経験することでわかる文化やコミュニティを水都としてデザインする方法が求められていることは、こうした調査からも浮かび上がってきました。

  • 水のありがたさを感じるとき

    水のありがたさを感じるとき(n=200)〈MA〉単位:%
    Q1.あなたが日本で「水のありがたさ」を感じるのはどんなときですか?
    Q2.あなたが出身国で「水のありがたさ」を感じるのはどんなときですか?

  • 水に関する日本の文化

    水に関する日本の文化(n=200)〈MA〉単位:%
    Q3.あなたが知っている、水に関連する日本の文化はどれですか?
    Q4.そのなかであなたが後世に残したいと思うものはどれですか?
    出典:ミツカン水の文化センター「滞日アジア留学生※がもつ日本の水魅力イメージ」速報版
    ※東アジア・東南アジア圏からの留学生

  • 水のありがたさを感じるとき
  • 水に関する日本の文化


趣味や興味でつながるコミュニティ

中庭さん ここからは、どうしたら魅力ある水都を生む仕組みができるのかを議論できればと思います。

陣内さん 山崎さんの話で興味深かったのは、狼煙を上げることが、点在していた各地域の市民の有志をつなぎ、瀬戸内海の「海の道」を再現したことです。大昔、地中海で敵の来襲を知らせたり、沖縄で大陸からの使者を歓迎した海辺の狼煙が、こんなかたちで現代的に復活するとは思いもよりませんでした。

山崎さん かつては地縁型のコミュニティが祭礼などを司り、仕組み化してそれが水辺のかたちをつくってきましたが、町内会の力も薄れた今は難しい。だとすれば、地縁ではなく趣味や興味でつながるテーマ型のコミュニティをどう仕組み化し、かたちにしていくのか長いスパンで考えなければいけません。



都市と田園がセットで残る仕組み

中庭さん では具体的に東京と大阪を題材にして、これからつくるべき・残すべき「水都」の仕組みについて、ご指摘いただけますか。

陣内さん 先ほどの「滞日アジア留学生が木の家や水田に関心が低い」というアンケート結果は、それぞれの自国ではあたりまえの風景だからでしょう。数十年前の日本人も同じように答えたはずです。失われつつあることを知って初めて価値観が変わり、魅力や愛着を感じるようになる。

 すばらしい水辺空間が東京郊外にはまだ残されています。例えば日野市では、用水路が縦横に巡る豊かな武蔵野の田園風景と都市空間が共存していて、行政も市民も、その価値にようやく気づきはじめました。それが水都の発見であり、水辺の使い方や役割は時代とともに変わっていい。

 1980年代初頭、東京の水はきれいになりはじめ、1960年代には貯木場だったお台場にウインドサーファーが集まりました。これがイメージアップにつながった。お台場の石垣の風景は、ぎすぎすした都会のオアシスのような役割を果たし、デートスポットになりました。今ではビーチバレー、ハワイアンコンテスト、レガッタなど多彩なイベントにお台場の水辺は使われています。

 法政大学地域エコデザイン研究所では飯田橋駅近くの外濠で水上コンサートを主催しています。観客はボートを浮かべて鑑賞する。リピーターが多く、アーティストもこんなすばらしいステージはないと感激しています。これは山崎さんがおっしゃった、地縁ではなく興味でつながるテーマ型のコミュニティが水辺を使いこなす取り組みにほかなりません。そんな可能性を秘めた水辺が、実は東京には無尽蔵にあるのです。

 都心のそばなのにうっそうとした世田谷区の等々力渓谷、モダンな学園都市の奥に湧水が点在する斜面緑地の原風景を残す国立市……。市民農園による地産地消の試みなどを通じて、こうした都市と田園のセットの景観が後世に残る仕組みを定着させたいものです。

  • 外濠で開く「水上ジャズコンサート」


水辺でやりそうもないことを

中庭さん 場所だけが水都資産ではなく、「場所」と「思いもよらない使い方」の掛け合わせによっておもしろい価値が生まれてくるわけですね。山崎さん、大阪ではどんなふうに水辺を「使いたおして」いますか。

山崎さん 例えば中之島の対岸に位置する北浜テラス。昔のように川から船で乗りつけたいと思ったビルオーナーが、空調室外機メンテナンスの名目で仮設構造物申請をして、その間だけ川床で飲食することを何年間か続けていたところ、水都2009のイベントで河川敷の包括的占用者となり、常設が可能になりました。それをきっかけに川床を設ける飲食店が増え、北浜テラスと呼ばれるようになったのです。ゆくゆくは念願の船付き場も設置したいとのこと。

 2009年(平成21)8月にクルーズを開始した「御舟かもめ」は水上タクシー。3人の若い船長が運営していて、この人たちのおかげで水上からまちを眺める視点ができました。リーズナブルな値段で気軽におしゃれなクルーズを楽しめます。

 大事なのは、まさに「思いもよらない使いこなし」。水辺でそんなことをしてもいいんだ、という発見のある使い方です。たとえば、生活ヨガ研究所が主催している「リバーサイドヨガ」。べつに水辺でヨガをやらなくてもいいし、水辺だからより健康になるわけでもない。でも「水辺でヨガ」の意外性から興味をもつ人もいます。本来、水辺でやりそうもないことをやったほうがいいんですね。水辺でパソコン教室とか。パソコンを習いに来て、水辺の気持ちよさに気づく。もっと水辺に行こう、と思う。いかにも水辺でやりそうなことだと、そもそも水辺に興味・関心のある人しか来ません。

  • 熊本・天草の海で真珠の養殖作業に使われていた小舟を都市河川クルーズ用にコンバージョンし、大阪の川を気持ちよく巡る「御舟かもめ」

    熊本・天草の海で真珠の養殖作業に使われていた小舟を都市河川クルーズ用にコンバージョンし、大阪の川を気持ちよく巡る「御舟かもめ」
    (提供:御舟かもめ/撮影:小倉優司)

  • 大阪・大川沿いの「八軒屋浜」と「中ノ島公園」で一年通して開催中の「リバーサイドヨガ」。

    大阪・大川沿いの「八軒屋浜」と「中ノ島公園」で一年通して開催中の「リバーサイドヨガ」。子どもから大人まで、誰でも参加できる
    (提供:生活ヨガ研究所)

  • 熊本・天草の海で真珠の養殖作業に使われていた小舟を都市河川クルーズ用にコンバージョンし、大阪の川を気持ちよく巡る「御舟かもめ」
  • 大阪・大川沿いの「八軒屋浜」と「中ノ島公園」で一年通して開催中の「リバーサイドヨガ」。


景観は人々の営みによって変わる

山崎さん ランドスケープデザインに携わっていたとき、景観をデザインするのはつくづく難しいと思いました。何をすれば景観デザインになるのか。景観ができ上がるのは、そこで長年人々が続けてきたなんらかの営みの結果です。だから景観を変えようと思えば人々の営みを変えなければいけない。今まで水辺でやってきたことをいくら積み重ねても水辺の景観は変わりません。水辺では活動しそうもない人たちにも集まってもらい、新たな営みを始める必要があります。

 営みを変えるようにしむけるのがまさにコミュニティデザインです。水辺でやったらどうだろう、もっとこうすればおもしろくなる、と話し合いながら、どんどん調子に乗ってもらう。調子に乗って賛同する仲間が増えると、1回限りではなくしつこく繰り返すことになり、行動が変わっていくわけです。

 営みが変わるには価値観や意識が変わらなければならないので、人々へのインプットが重要になります。どんな情報を発信して「そうか、こんなことができるんだ!」と意識を変えてもらうか。そうして初めて行動が変わり、生活が、人生が、営みが変わり、やがては景観も変わるのだと思います。

中庭さん 水辺に対する人々の価値観や意識が変わりそうな予感はひしひしと感じられます。さらに推し進めて営みを変えるには、すでにあるコミュニティのなかに入り込んで、働きかける必要があるわけですが、それを実践しておられる山崎さんにぜひお聞きしたいのは、どうしたら地域の人たちと仲よくなれるのか、ということです。「瀬戸内しまのわ2014」のプロジェクトでも、スタッフが1人ずつ3つの地域に拠点をつくった、とおっしゃっていましたね。

山崎さん はい。それについてはよい例があります。福島県の猪苗代町で「はじまりの美術館」というプロジェクトにかかわったときのことをお話ししますね。「会津の三泣き」というのがあるんです。会津の人たちは、よそ者が入ってきても親しくしない。なので、最初に入った人は皆のそっけない態度に「一泣き」する。ところが、いったん仲よくなったらとても親切で、涙が出るほどいい関係になる。これが「二泣き」です。最後の「三泣き」は別れ難くて泣く。とてもいい話ですが「一泣き」はとても困ってしまいます。

 僕らが地域に入って「寄り合いやりましょう、集まってください」と言ったら全員「私は遠慮しときます」と。それでも「いやいや、話し合いましょうよ、だって新しい美術館ができるのだから」と説得してなんとか集まってもらいました。「新しい美術館でどんなことやりたいですか!?」と、ありとあらゆる明るさの限りを尽くして僕は話をするわけですが、貝のように押し黙ったまま。時々意見は出してくれるけど、アクションが起こらない。



思いもよらないやりかたで豊かに

山崎さん どうしたらこの人たちと仲よくなれるのか、作戦を練りました。地域の意思決定権者であるおじいちゃんたちと仲よくなろう、と。そのためには、まずおばあちゃんたちと仲よくならねば、と思いました。単純ですけどね。おばあちゃんたちと仲よくなるために、とっておきの若い男性スタッフ3人で美術館の横の空き家に拠点をつくりました。

 そして、台所ではなく生活道路に面したベランダのようなところで毎日料理をするように、と僕は彼らに言いました。彼らはカセットコンロで、道路側から家のなかに向かって料理をする。それで道路に机と椅子を並べて食事する。ところが彼らは料理が異常に下手なわけですね。そこにおばあちゃんが通りかかると「あんた何食べてるの?」。これを1週間続けると、いよいよおばあちゃんは見るに見かねて野菜を持って来てくれる。これが仲よくなる第一段階です。おばあちゃんたちから野菜を貰えるようになること。

 そうやって「ありがとうございます!」とお礼を言っていると、2週間目くらいから、生野菜でなく料理を差し入れてくれます。お総菜が貰えるようになると第二段階。

 1カ月すると第三段階で、ご主人が昔着ていた服などをもらえるようになります。ここまで来たらもう大丈夫。おばあちゃんたちを誘ってワークショップをすると、皆がいろんな意見を出して、アクションにつながります。

 だから仲よくなるには、まず野菜を貰えるようになることですね。

中庭さん まさに思いもよらないお話をありがとうございました。陣内先生から最後にひと言お願いいたします。

陣内さん 山崎さんが各地のコミュニティで活動していると、そこにはさまざまなアイディアを持っている人たちがいるわけですね。東京にもたくさんいるはずなので、そういう人たちと出会って一緒に活動すれば、いろんな可能性が開けるにちがいないと思いました。例えば隅田川一つとっても、使いこなし方を変えればまったく違った景色に見えてきます。東京は皇居周辺が有名なジョギングコースですが、今は隅田川べりに可能性が出てきました。8kmも断続して走れて、カフェやシャワールームも登場しつつあります。隅田川というと屋形舟でお酒を飲むくらいしか考えられなかったのが、健康志向の人たちや外国からの旅行者にもアピールできる。そうしたアイディアがますます必要になってきます。

中庭さん 思いもよらない使い方をすることによって新たな関心と人のつながりが生まれ、水辺が豊かになっていく――これが両先生からの共通するメッセージでした。 東京、大阪に限らず、日本中いや世界中で、そうした観点からの水都づくりが望まれます。本日はどうもありがとうございました。

閉会後、ご来場いただいた皆さまに印象に残ったプログラムや感想をアンケートでお尋ねしました。ここでは紹介しきれないほどたくさんのご意見をいただきましたが、「思いもよらない使い方」と「そこから生まれる関係性」という新たな視点に対する驚きと共感が多く寄せられました。また、陣内さんと山崎さんという分野も世代も異なる研究・実践者をお招きしたことで、「いい意味で期待を裏切られた」という声もありました。 陣内さんからは海外の事例を踏まえた幅広い視点による「水都」の可能性を、山崎さんからは「水都」をつくっていくために必要な人のつながりや仕組みをデザインするためのヒントを、それぞれ示していただきました。コーディネーターを引き受けてくださった中庭さん、そして平日の午後にもかかわらずご来場いただいた皆さまに感謝いたします。

(文責:ミツカン水の文化センター)

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