里川文化塾
開催レポート

第15回里川文化塾 拡がる雨水利用

まちを潤し、緑を育む雨は、まさに「空からの贈り物」です。雨水に着目して約30年前からさまざまな取り組みを進めてきた東京都墨田区は「雨水利用の先進都市」といわれています。雨水を貴重な水資源と考えて、暮らしに結びつける墨田区の取り組みを見聞きすることで、雨水利用の可能性について学びました。

実施概要

日時
2013年10月18日(金)10:30〜16:00
会場
すみだ環境ふれあい館〜墨田区内のフィールドワーク〜墨田区役所庁舎
参加者数
19名
山田和伸

ナビゲーター

墨田区区民活動推進部環境担当 環境保全課指導調査担当
山田 和伸 やまだ かずのぶ

1952年鹿児島県名瀬市(現 奄美市)生まれの自称アマミーズ(奄美人)。1979年、墨田区に入職。保健所の環境衛生と環境保全課の環境問題に取り組む。2013年定年退職。現在は環境保全課の非常勤職員。雨水利用の縁で国技館の屋上とスカイツリーの第二展望台屋上に上った経験をもつ。
野鳥や昆虫などの生態写真撮影が趣味で、写真は墨田区のHP「すみだの生きもの写真館」に掲載中。NPO法人雨水市民の会 理事も務める。

伊藤林

ゲスト

NPO法人雨水市民の会 事務局長
伊藤 林 いとう しげる

墨田区でエコ銭湯「御谷(ミコク)湯」を経営。1990年より雨水の活用運動を始める。浴場の屋根に降った雨を9トンのタンクに溜め、トイレや箱庭、空き缶などのリサイクルコーナーで利用。小学生を対象に「雨水探検隊」を結成し、隊長を務める。そのほか墨田区廃棄物減量等推進審議会委員、墨田区地域福祉推進協議会委員、すみだ生涯学習センター理事なども務める。

高野祐子

ゲスト

東京私立中学高等学校地理教育研究会会員
第7期江東内部河川流域連絡会都民委員
高野 祐子 たかの ゆうこ

1960年早稲田大学政経学部大学院修士課程単位取得退学。女子学院中学校・高等学校で2年間教諭を経験。結婚・育児のため退職。1969年結成の「旧中川対策協議会」の事務に従事。2010年より合流下水の旧中川への放流中止を求めて東京都、墨田・江東・江戸川各区の議会に請願陳情を行なう。

雨水利用の先進都市、墨田区に学ぶ

 今回のテーマは「拡がる雨水利用」です。墨田区区民活動推進部環境担当環境保全課の協力のもと、実際に生活のなかで雨水を利用している区民もお招きして、ゲリラ豪雨などの都市型水害を抑制するだけでなく、普段も利用しながら災害時には貴重な水源にもなる「雨水利用」について学びました。

 東京都内に降る1年間の総雨量は約25億トン、都民が1年間に利用する水道水20億トンを上回る量になります。

 しかしながら、水道水として利用されるのは、上流部のダムや河川に依存し、市街地に降る雨は速やかに排除されています。そんななか、墨田区では市街地の建物の屋根に降った雨を水資源として積極的に活用しています。たとえば区の本庁舎の地下には1000トンの雨水貯留タンク(以下、雨水タンク)を備えていて、トイレの洗浄水の32.8%を雨水で賄っています(2012年[平成24]度実績)。

 まちなかには、家屋や駐車場の屋根から雨水を地下タンクに集めて、手押しポンプで水を汲み上げる「路地尊(ろじそん)」、また「天水尊(てんすいそん)」や「ミニダム」などの名がついた200リットル程度の雨水タンクも各所に設置されています。ふだんは緑化などに利用し、災害などで水道が止まった場合は消火活動やトイレの流し水といった生活用水として使うことを想定しているのです。

  • 墨田区まち歩きルートマップ

    墨田区まち歩きルートマップ
    国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル2500)「東京都墨田区、江東区、台東区」よりミツカン水の文化センターで作図
    この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平25情使、 第555号)

    ダウンロード

  • 墨田区まち歩きガイド

    墨田区まち歩きガイド
    山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

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  • 2012年(平成24)年度 墨田区役所庁舎の上水・中水・雨水使用量実績

    山田さん講演資料より抜粋

  • 墨田区まち歩きルートマップ
  • 墨田区まち歩きガイド
  • 2012年(平成24)年度 墨田区役所庁舎の上水・中水・雨水使用量実績

きっかけは「合流式下水道」からの汚水

 参加者は墨田区の旧・文花小学校に設置された「すみだ環境ふれあい館」に集合し、午前中は講義とゲストスピーチを聴き、午後は墨田区内の雨水利用を実際に見て回りました。

 会場となったすみだ環境ふれあい館は、「21世紀の人と環境を考える環境学習の拠点」です。「環境学習室」「雨水資料室」「関野吉晴探検資料室」があり、NPO法人雨水市民の会が墨田区から管理委託を受けて運営しています。

 まず、ミツカン水の文化センターの後藤喜晃センター長から「〈里川〉とは身近な川だけでなく、『使いながら守る水循環』という意味を込めています。本日のテーマである雨水はもちろん、上水道、下水道も水循環の1つです。暮らしにかかわる水はすべて〈里川〉になる可能性があると考えています。講義とフィールドワークを通じて、水という存在を大切に、また身近なものに感じていただける機会になれば幸いです」という挨拶で開会。まず、墨田区区民活動推進部環境担当 環境保全課指導調査担当の山田和伸さんが「墨田区の雨水利用の歴史と展望」と題する講義を行ないました。

 東の荒川、西の隅田川に挟まれ、旧中川や北十間川、横十間川など水辺に恵まれたデルタ地帯にある墨田区が雨水利用に取り組むようになったきっかけは、山田さんや村瀬誠さん※(現在は株式会社天水研究所代表取締役、東邦大学薬学部客員教授)など墨田区や東京都の職員数人ではじめた自主研究グループの存在がありました。環境問題を考えるために1979年(昭和54)に立ち上げ、2年目から「水」をテーマに据えます。

 というのも、当時の墨田区では大雨のたびに合流式下水道(雨水と生活雑排水を同じ管で流す方式)から汚水があふれ、地下の飲み水タンクが汚染される問題が起きていたからです。下水道は東京都の管轄ですが、当時保健所に勤めていた村瀬さんを中心に区ができることを模索しました。そしてたどり着いたのが「雨水を溜めよう」というものでした。

 当時、国技館を台東区蔵前二丁目から墨田区横網一丁目に移す計画が進んでいましたが、トイレの水を工業用水から賄おうと考えていることを知った山田さんたちの自主研究グループは「トイレの水は雨水を利用してはどうか」と当時の山崎栄次郎区長に提案します。山崎区長は「これはおもしろい!」と理解を示し、区として正式に日本相撲協会へ申し入れた結果、1000トンの雨水タンクが設置されることになったのです。

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村瀬誠
機関誌『水の文化』17号 雨のゆくえ

墨田区の雨水利用の経緯について講義する山田和伸さん

墨田区の雨水利用の経緯について講義する山田和伸さん

雨水は「流せば洪水、溜めれば資源」

 雨水を溜めておくことは、防災面でも役に立ちます。墨田区は過去に大きな惨禍を2度も経験していることから、防災には熱心です。1923年(大正12)9月1日の関東大震災では火災旋風によって、第二次世界大戦でも東京大空襲などの火災によって数多くの尊い命が失われました。大地震が起きると水道管の継手部分が抜けたりゆるんだりして、給水が止まることが想定されますが、雨水を溜めておくことで消火活動やトイレの流し水などにも使えます。

 山田さんは「水道というライフラインが止まっても、雨水があれば当座はしのげます。私たちは『ライフポイント』と呼んでいますが、区内全域に雨水を溜めるしくみが整えばライフポイントが点から面になって非常時の水が確保できるのです」と話します。

 墨田区の申し入れによって両国国技館の雨水利用が決まったのですから、墨田区が何もやらないわけにはいきません。1983年(昭和58)に墨田区初の雨水利用施設、外手(そとで)児童館が完成します。さらに1985年(昭和60)に両国国技館が完成すると、雨水利用に大きな注目が集まりました。

 そして、1988年(昭和63)、地下に雨水タンク(3トン)を備えた防災装置「路地尊(ろじそん)2号基」が誕生します。墨田区には地震・火災時に大きな被害の恐れがある木密地域(市街地において木造住宅が密集して建っている地域)が多いため防災意識が強く、災害時に避難路となる路地の安全を守るシンボルとして「路地尊」が生まれました。その2号基は、付近の民家の屋根から採取した雨水を地下タンクに溜めておいて、使うときには手押しポンプで汲み上げるもの。1990年(平成2)には近所で発生したボヤを、路地尊2号基の水のバケツリレーで消火したそうです。家庭用ミニ菜園を併設した「路地尊3号基 有季園」とともに、午後のフィールドワークで実際に見ることになります。

雨水利用システムの一般家庭モデル

雨水利用システムの一般家庭モデル
山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

既存の建物には外付け、新築は地下に

 自主研究グループの提言からはじまり、両国国技館のオープンで加速した雨水利用は、既存の建物にも広がっていきます。

 山田さんは、区内にある多聞寺(たもんじ)の雨水タンクの画像を見せながら説明しました。多聞寺では建物の横に1トンタンクを11個置いて屋根から雨水を溜め、参拝者がお墓を洗ったり、墓前に添えるお花の水などに利用しているそうです。

 一方、区内で新たに建てる建物にも雨水利用が進みます。1990年(平成2)竣工の墨田区役所は1000トン、1993年(平成5)オープンの東京都江戸東京博物館には2500トンの雨水タンクが設置されました。

 1994年の「雨水利用東京国際会議」の実行委員会が母体となり、1995(平成7)に雨水利用市民の会(後にNPO法人雨水市民の会。以下、雨水市民の会)を立ち上げました。同年に「墨田区雨水利用推進指針」が作成され、雨水タンクの設置助成と開発指導要綱に基づく雨水利用の指導が始まります。区内の雨水タンクの容量のトップ10は別表の通り。第1位は東京スカイツリーですが、2635トンのうち、800トンは雨水を溜めて散水などに使っています。残りの1835トンは、ふだんは空っぽにしておいて、大雨が降ったときに溜めておき、雨がやんで平常時に戻ったら、下水道に排水する、というしくみ。これは前述したように、大雨のときに合流式下水道からあふれる水を少なくしたいという東京都下水道局の指導によるものだそうです。

 都市化によってコンクリートやアスファルトが増え、地下への水の浸透が少なくなるなか、雨を溜めることで河川への流出を抑制する「洪水対策」となり、また生活用水をストックする「震災対策」にもなります。さらに雨水で草木を育て散水することでヒートアイランドを抑制する「環境対策」にもなるのです。

  • 墨田区の要綱・条例による雨水利用の指導

    墨田区の要綱・条例による雨水利用の指導
    山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

  • 墨田区の雨水利用促進助成制度

    墨田区の雨水利用促進助成制度
    山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

  • 墨田区内の雨水タンク容量トップ10

    墨田区内の雨水タンク容量トップ10
    山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

  • 墨田区の要綱・条例による雨水利用の指導
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  • 墨田区内の雨水タンク容量トップ10

雨水利用はまだまだ広がる

 その後、1996年(平成8)に墨田区が雨水利用を呼びかけたところ、全国の自治体から反響があり「雨水利用自治体担当者連絡会」が結成されます。現在は132の自治体が加盟しています。雨水貯留槽の設置に助成しているのが66自治体、不要となった浄化槽を雨水貯留に転用する場合の助成が28自治体、雨水の地下浸透に助成を行なっているのが38自治体となっています(平成21年時点)。

 2000年(平成12)には墨田区の雨水利用の取り組みが評価され、ICLEI(国際環境自治体協議会)の国際環境賞の「水」部門で優秀賞を受賞しました。この受賞を機に、墨田区の雨水利用を広く発信するための施設「すみだ環境ふれあい館」が2004年(平成16)にオープンします。2005年(平成17)には墨田区で2度目の国際会議となる「雨水東京国際会議」を開催しました。2006年(平成18)には「すみだ環境基本条例」を制定し、雨水利用の促進を規定。2007年(平成19)には「すみだ環境基本計画」が策定され、雨水利用の推進が重点プロジェクトとなります。

 では、雨水利用がどれくらい広がっているのか、数値の面から見てみましょう。

 2013年(平成25)4月時点での墨田区内の雨水利用実績は表の通り。247の施設が雨水利用を実施していて、2万1150トンの雨水を溜められます。これはタンクの容量ですので、年間に5回転したとすると10万トンを軽く超える計算になります。

 東京都全体ではどうなのでしょうか。東京都も雨水利用や循環利用など水の有効利用を促進しています。2012年(平成24)3月末の雨水利用施設は1318件です。その2年前の2010年(平成22)3月末は1198件でしたので、着実に増加しています。ただし、それで万々歳というわけにはいきません。

 国土交通省が2008年(平成20)に発表した「全国の雨水・再生水利用施設数の推移」によると、施設数は3424件と右肩上がりに増えていますが、年間利用量は横ばいです。

「雨水利用の施設数だけを見れば『おお、こんなに!』と思うかもしれません。しかし、年間利用量は700万トンほど。再生水利用が億の単位であることを考えると、700万トンではまだまだ少ないのです」と山田さん。雨水利用を推進することによって水資源の有効な利用を進めることを主眼とした「雨水利用推進法案」は、参議院こそ通過したものの衆議院で廃案となり、制定には至りませんでした(2013年6月)。しかし、山田さんたちはあきらめているわけではありません。前述の「雨水利用自治体担当者連絡会」や自身も理事となっている雨水市民の会、公益社団法人雨水貯留浸透技術協会、社団法人日本建築学会との協働や産官学民のネットワーク「雨水ネットワーク会議」などを通じて、今後も広く雨水利用を呼びかけていく考えです。

内訳 施設数 総貯留槽容量(m³ 集水面積(m²
区施設 29 5,674 38,034
都施設 6 3,015 15,125
23区清掃一部
事務組合
1 530 7,353
民間施設 190 11,675 113,919
路地尊 21 283  
総計 247 21,150 174,431

墨田区内の雨水利用実績 2013年(平成25)4月時点
山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

墨田区の雨水利用の広がり

山田さんの講演資料をもとにミツカン水の文化センターが作成

リサイクル活動のために雨水を導入

 実際に雨水を利用している市民の代表として、墨田区でエコ銭湯「御谷湯(みこくゆ)」を経営する伊藤林さんから「区民の雨水利用の実際」と題してお話がありました。伊藤さんは雨水市民の会の事務局長も務めています。

 きっかけはゴミのリサイクル問題でした。銭湯を営んでいる伊藤さんは生活廃材を燃料として使うことができないかと考えていて村瀬さんと知り合い、そこから雨水利用にかかわるようになったのです。出会いは1990年(平成2)まで遡ります。

 PTA活動などを通じて地域とかかわるなか、「銭湯(浴場)も地域と一緒に活動しなければ」と伊藤さんはゴミ問題や熱利用の面から地域貢献を考えるようになりました。まずは銭湯の正面玄関横に市民が回収した空き缶などを置いていくための、ちょっとしたスペースをつくろうと思いつきます。そして、洗うことで「リサイクル運動にかかわる満足感」を得てもらおうと考えたのです。ゴミを洗うための水場として雨水を利用した「路地尊」と廃品置き場の「里彩来」(りさいくる)を設けました。路地尊2号基とほぼ同じ時期です。

 敷地内に3トンの雨水タンクを設置して屋根から雨を溜め、手押しポンプに直結して使えるようにしました。ところが、目の前の道路で工事を行なっていた際、作業員たちにトイレを貸したところ、3トンの雨水ではあっという間になくなってしまいます。さらに6トンのタンクを追加で設置したのです。

「新築の風呂屋が、しかも玄関脇にゴミ置き場をつくるのはありえない」と建設会社からは疑問視されたそうですが、ユニークな取り組みとしてテレビなどに取り上げられ、次第に評判になっていきました。

御谷湯の外観 玄関脇に設けた路地尊と廃品置き場の「里彩来」

(左)御谷湯の外観
(右)玄関脇に設けた路地尊と廃品置き場の「里彩来」
伊藤さんの講演資料より

最初に設置した3トンの雨水タンク 増設した6トンの雨水タンク

(左)最初に設置した3トンの雨水タンク
(右)増設した6トンの雨水タンク
伊藤さんの講演資料より

雨水を使うと下水道料金が二重に

 伊藤さんは実際敷地内で、そして浴場でどのように雨水を使っているのか写真を投影しながら説明してくれました。当初は緊急用として雨水タンクから管をひいていたのですが、あるときトイレに通じる上水道で漏水していることがわかりました。

 一般家庭ならどこから漏れているか調べればすぐにわかりますが、伊藤さんの場合は浴場の下をおよそ20mものパイプをつないで水道をひいていたので、どこが漏れているのか調べるのはたいへんです。浴場のタイルをすべて剥がさなければなりませんし、漏水の場所が特定できない可能性もありました。そこで、緊急用だったはずの雨水の管をメインとして使うことにします。

 ところがここで問題が生じます。雨水を使う場合、使用量に応じて下水道料金を支払わなければならないため、水量計を取り付ける必要があります。水量は管路で測定するため、給水管の径が小さく(つまり細く)ならざるをえません。すると雨水がトイレのタンクに溜まるまで時間がかかり、1人がトイレを使い終わるとすぐに次の人が使うことができないのです。

 下水道料金の二重取りの問題もあります。雨水をメインにしていても給水が間に合わないときや雨がつづいてタンクが空になったときなどは、水道水を補給しますが、これも雨水用の水量計で量られてしまうので下水道料金を二重に請求されてしまうのです。還付する方法はあるそうですが、2カ月ごとに申告しなければならないし、水量計も自己資金で取り付けなければなりません。

 伊藤さんは「雨水利用をほんとうに普及させたいなら、還付のしくみをもっと簡素化すべきでしょう」と指摘します。

トイレの洗浄水は雨水を利用。上水道は漏水を機に外したまま 浴場内の装飾にも雨水を利用

(左)トイレの洗浄水は雨水を利用。上水道は漏水を機に外したまま
(右)浴場内の装飾にも雨水を利用
伊藤さんの講演資料より

駐車場の屋根からも雨を集めている 駐車場に置いてある雨水タンク「ミニダム」

(左)駐車場の屋根からも雨を集めている
(右)駐車場に置いてある雨水タンク「ミニダム」
伊藤さんの講演資料より

雨を活かして世界に平和を

 伊藤さんは、つづいて雨水市民の会の活動について説明しました。雨水市民の会は、理事・監事16名、正会員は個人77名、団体4、賛助会員は個人43名、団体2、顧問5名の構成です。主な活動内容は表の通りです。

 水は命を保つために欠かせないものです。水汲みという役目を果たすために学校へ行けない子どもたちも海外にはいます。そうした状況や水の大切さを知ってもらおうと、「雨水探検隊」や「出前授業」を通じて日本の子どもたちに教えています。ホームページやニュースレター『あまみず』を通じて雨水の情報発信にも取り組んでいます。

 さらに飲み水が不足しているバングラデシュなど海外でも活動しています。雨水を安全な飲み水として活用してもらおうと、現地のNGOと連携して雨水タンクを安価で開発、設置しているほか、バングラデシュの人たちに技術指導も行なっています。村瀬さんは1年の1/3は現地で活動しているそうです。

 ふだんあまり意識することはありませんが、雨をもたらす空はたしかに世界中つながっています。伊藤さんは「世界では11億人が安全な飲み水を確保できていません。私たちは、雨を活かすことによって人類が直面する水危機を解決していきたいと考えています」と語りました。

 雨を活かして世界に平和をもたらせたいとの思いを込めた雨水市民の会のメッセージ「戦争のタンク(戦車=Tanks)より平和のタンクを!」が心に残りました。

NPO法人雨水市民の会ホームページ
http://www.skywater.jp/

NPO法人雨水市民の会の活動内容

NPO法人雨水市民の会の活動内容

江東デルタ地帯の地盤沈下と河川整備

 つづいて高野祐子さんが「合流下水による河川汚濁の防止活動」についてお話ししました。2010年から旧中川への合流下水の放流中止を求めて、東京都、墨田・江東・江戸川の各議会に請願陳情を行なっている高野さんのお話は、「空から降る雨水のゆくえまできちんと考えることが、真の雨水利用につながる」ということを示唆する内容でした。

 旧中川は、東京都江戸川区と墨田区、江東区の境界を流れる全長6.68kmの河川で、1924年(大正13)に荒川放水路(荒川)へ通水を開始したことで分断された中川の下流部分にあたります。荒川、隅田川などに囲まれた墨田区、江東区、江戸川区は「江東デルタ地帯」と呼ばれていますが、地下水を工業用水や天然ガス採取の目的で汲み上げたため、戦後は「地盤沈下」が発生しました。江東デルタ地帯を流れる旧中川や北十間川、横十間川などは、地盤が沈んだことで相対的に水位が上昇し、氾濫の危険性が高まりました。それを防ぐために護岸をかさ上げしたところ、大地震に対して危険な状態になったのです。

 そこで東京都は、1971年(昭和46)度から「江東内部河川整備事業」をスタートしました。平常時の水位を下げるために水門を閉め切り、排水機場からポンプで水を排出し、それと同時に親水性の高い緩傾斜堤防を整備するという工事は長期間行なわれていますが、旧中川については2010年(平成22)度に完了しました。緑化した堤防と遊歩道、親水公園が整備され、美しい姿に生まれ変わったのです。

 1969年(昭和44)結成の「旧中川対策協議会」の活動に携わり、40年にわたり旧中川の環境を少しでも改善したいと取り組んできた高野さんは「ようやくきれいになった、と喜んでいました」と振り返ります。

 ところが、その喜びもつかの間、高野さんは旧中川の新たな問題に気づきます。

  • 低地帯の地盤高

    低地帯の地盤高
    出典:東京の低地河川事業(東京都建設局)

  • 改修によって生まれ変わった旧中川

    改修によって生まれ変わった旧中川(高野さんの講演資料より)

  • 低地帯の地盤高
  • 改修によって生まれ変わった旧中川

雨水のゆくえにも注目を

 2010年9月上旬に東海・関東地方に大雨をもたらした台風9号のあと、高野さんは旧中川の水を採取して検査所に持ち込みました。糞便性大腸菌群数を調べたところ、100mlあたり8万4000個が検出されたのです。

 糞便性大腸菌が検出された場合、糞便によって汚染を受けた可能性が高く、O157などの病原性大腸菌だけでなく赤痢菌・サルモネラ菌などの病原性細菌による汚染が疑われます。ちなみに、環境省の水浴場(遊泳場として利用できる水辺)の基準では、糞便性大腸菌群数が100個/100ml 以下が「適」、100〜1000個/100mlが「可」、1000個/100ml 以上は「不適」と判断されます。

 この背景には合流式下水道の問題があります。合流式下水道とは雨水と生活雑排水(下水)を同じ管で流す方式です。汚水管と雨水管、2本の下水道管を整備する分流式下水道よりも低コストかつスピーディーに導入できるため、東京23区のおよそ80%は合流式下水道が採用されています。

 弱い雨のときは下水道管に集めて水再生センターで処理できますが、処理能力を超える大雨の際は市街地への浸水を食い止めるため、下水を途中で放流する必要があります。旧中川を含む江東デルタ地帯は、砂町水再生センターで浄化されて砂町運河に放流されています。しかし、高野さんによると旧中川の場合、1時間20mm以上の降雨があると砂町水再生センターでは処理しきれないため、ポンプ所から浄化されない「生の下水」が年間20回ほど放流されてしまうそうです。

 40年もの間、旧中川の環境改善に取り組んできた高野さんにとって、たいへんショックな出来事でした。「トイレの水が混ざっているので、私はあえて『うんこ水』と呼んでいます。雨が降ったことで河川の水が汚れるこの状況を改善したいのです」と言いました。それ以来、請願陳情活動をはじめた高野さん。墨田区の山崎区長宛に手紙を出したところ、対応してくれたのが山田さんとの出会いだったそうです。

 2013年9月8日(日本時間)に2020年のオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決まりましたが、高野さんはその翌日に東京都へ陳情書を提出しました。オリンピック・パラリンピックの一部の競技は東京湾で行なわれる計画ですので、それまでには改善を進めるべきとの意見です。高野さんの陳情は、東京都議会の公営企業委員会と環境・建設委員会、2つの委員会で審査されることになっています。「合流式下水道の改善が進むように期待しています」と高野さんは締め括りました。

 雨水をほんとうに有効利用するためには、溜めること、実際に使うことはもちろんのこと、そのゆくえにも関心をもたなければならないことを気づかせてくれました。

講義・ゲストスピーチ後の質疑応答

雨水タンクの放射能汚染

Q「3.11以降、雨水利用と放射能汚染について問い合わせはありましたか」

山田さん 「残念なことに、東京23区も福島第一原子力発電所の事故と無関係ではありません。ただし、雨水タンク内の雨水については、ほとんどの試料で不検出となっています。ただし、タンクの底に溜まった泥からは原発事故由来の放射性物質が検出されています。もちろん、放射性物質の新しい基準値を超えるものではありませんが、詳しいことは雨水市民の会が発行している『あまみず58号』で報告しています。HPからもご覧いただけます」

ニュースレター『あまみず』web版
http://www.skywater.jp/

雨水利用の起爆剤

Q「雨水利用に弾みがついたのは両国国技館の取り組みが大きいとおっしゃっていましたが、墨田区としてはどのような後押しをしたのですか」

山田さん 「両国国技館の雨水利用がメディアに取り上げられたことで、墨田区民はもちろんのこと、近隣の住民も含めてたくさんの人たちが関心をもつようになりました。そうした人たちの協力もあって、1994年(平成6)に雨水利用東京国際会議を開くことができたのです。これは準備段階から一般の方々が参加していました。そして、区内で雨水タンクの設置が進むにつれ『私も購入しよう』と徐々に広がっていきました」

伊藤さん 「区民の立場から見ると、区はマスコミに弱いと思いました。住民が主張してもあまり聞いてくれません(笑)。マスコミに取り上げられたことは効果があったはずです。また、山田さんがおっしゃったように、雨水利用東京国際会議の準備段階には小学生から大人までさまざまな人が参加したのです。それらの相乗効果が雨水利用の拡大に役立ったはずです」

Q「では、雨水利用のターニングポイントは雨水利用東京国際会議なのですね」

伊藤さん 「国際会議を開く場合、行政が企画して、市民はボランティアとして参加するケースが多いようですが、墨田区の場合は違います。1年以上前から区の庁舎の一室を用意して、私のようなリサイクル問題にかかわっていた人、またPTA活動に熱心だった人など区民がどんどん入ってきて、協働しながら準備しました。1994年(平成6)の雨水利用東京国際会議が終わったあと、そのメンバーで雨水市民の会が発足したのです」

合流式下水道とポンプ所の関係

Q「合流式下水道の問題について、国はどのように動いているのでしょうか」

高野さん 「両国国技館の隣には東京都江戸東京博物館と合築された両国ポンプ所がありますが、『雨の日 両国ポンプ所はがんばります』という看板が設置されています。つまり、雨の日は合流式下水道から浄化しない水を放流するよ、という意味なのです。旧中川だけでなく、隅田川やそのほかの川にも『うんこ水』は流されているのです。実は、この問題については国も困惑しているようです」

山田さん 「雨水利用もテーマとした特別区職員研修所の自主研究グループでまとめた『地域社会の水思想』でこの問題を取り上げたところ、マスコミで『職員による内部告発』と書かれました。そういう時代だったのですね。両国ポンプ所について補足しますと、1981年〜1983年(昭和56〜58)にこの地域で浸水被害が多発したため、水害を防ぐ施設としてつくられました。豪雨時に、墨田区と江東区の一部422haに降った雨を隅田川に排水することで浸水を阻止しています。25mプールの水(およそ300トン)を数秒で排水できる能力をもっていますが、それでも1時間あたり50mm以上の雨が降ると処理しきれず、洪水につながる危険性があります。ですから雨が降ったら雨水タンクに溜めておくことは水害防止の面からも有効なのです」

雨水利用の費用対効果

Q「一般市民レベルでの雨水利用の費用対効果はどう考えればよいのですか」

山田さん 「発生するコストは、雨水タンクの購入費とメンテナンス費用です。『雨の日が待ち遠しい』といった心理的な効果はあると思いますが、費用対効果だけでは説得力が弱いかもしれません。しかし、先ほどお話しした通り、さまざまな備えになるので、その点をどう考えるかがカギになると思います」

伊藤さん 「雨水市民の会では、福井工業大学准教授の笠井利浩先生を中心に『雨水利用は地球環境にどのような影響を及ぼすのか』をCO2の抑制効果を含めて検討中です。また、費用対効果についても点検しているところです。じきに発表できると思います」

休憩時間にすみだ環境ふれあい館を見学する参加者

休憩時間にすみだ環境ふれあい館を見学する参加者。中庭にはさまざまなタイプの雨水タンクが展示されている

雨水関連施設のフィールドワーク

 昼食のあと、墨田区内の雨水に関連するスポットを山田さんに案内していただきました。すみだ環境ふれあい館を出発し、北十間川に沿って東京スカイツリー方面に向かいます。北十間川は墨田区の中央部を旧中川から隅田川まで横断している川です。

 スカイツリーのそばにある「押上駅前自転車駐輪場」に到着。雨水利用の施設で、地下に230トンの雨水タンクがあります。ウッドデッキに降った雨を溜め、トイレの洗浄水や屋上緑化の植栽の散水に利用しているのですが、ヒートアイランドを抑制する装置としての役割ももっています。多孔質の砕石を用いているのは、石の隙間(空隙)に水を溜め徐々に蒸発させることで雨水の流出と気温の上昇を抑制するため。緑化部分も蒸散作用などによって気温上昇を抑えます。環境に配慮した雨水循環屋根システムです。

 東京スカイツリーの地下には区内トップの容量を誇る雨水タンク(2635トン)が設置されています。展望台2か所と複合施設の屋根に降る雨を溜め、殺菌・浄化してトイレの洗浄水、防火用水、非常用水源、屋上緑化内にある植栽への散水などに使っています。また、太陽光発電のパネルの冷却にも用いているそうです。

 東京スカイツリーから京成線の線路沿いを歩くと、「天水尊」がありました。雨水市民の会の前理事長、徳永暢男さんが設計したオリジナルの雨水タンクです。天の水=雨を大切にしようという思いが込められたネーミングです。以前、NHKの番組で紹介されたとき、「天水樽の間違いではないのか?」という問い合わせがあったそうです。山田さんは「天の水を尊ぶという意味で使っていますから間違いではないのです」と笑いながら話してくれました。

 京成線の踏切を渡り、住宅街に入って間もなく「飛木(とびき)稲荷神社」に到着しました。変わった名称ですが、500年ほど前の暴風雨でイチョウの枝が飛んできて地面に刺さったことが由来です。戦災で焼けたこともありますが、今も元気に屹立しています。

 境内には天水桶が置かれていました。つづいて訪れた「高木神社」にもありました。江戸は火災が多かったため、天水桶は江戸時代から都市部の防火用水として利用されてきたのです。

 さらに北上して国道6号線を渡り、細い路地の一角に「路地尊2号基」がありました。1988年(昭和63)に設置されたもので、隣の屋根から集めた水を地下の雨水タンク(3トン)に溜めています。山田さんは手押しポンプで水を汲んで私たちに見せてくれました。透明度の高い、そのまま飲めるように見えるきれいな水でした。

 管理は墨田区ですが、清掃など日ごろの手入れは住民が行なっているそうです。伊藤さんは「向島地区は戦災で焼けなかったので、昔ながらの近所付き合いが残っていて、みんなで路地尊を使いながら路地を守っているのです」とのこと。山田さんも「住民と行政が一体となってまちづくりに取り組んでいる実例です」と胸を張りました。

「路地尊3号基・有季園」は路地尊2号基のすぐそばにあります。ワンルームマンションの建設予定地を区が買い上げ、1989年(平成元)に防災菜園として設置したものです。4階建ての隣の家から集めた雨を地下の雨水タンク(9トン)に溜めて、野菜などの栽培に利用されています。緑地の少ない都内で潤いを与える貴重な場所です。

 墨田区独特の趣のある路地を抜け、元プロ野球選手・監督の王貞治さんが子どものころ練習していたという「隅田公園少年野球場」を通り過ぎると隅田川の左岸に出ました。Xの形をした橋が対岸の台東区に架かっています。隅田川唯一の歩行者専用橋「桜橋」です。カミソリ堤防のころは水辺に降りられませんでしたが、親水性に配慮した整備が進み、今では入れるようになりました。

「三囲(みめぐり)神社」には区の登録文化財として「ゆふたちや」の句碑(雨乞いの碑)があります。1693年(元禄6)はひどい干ばつで人々が雨乞いをしていたところ、三囲神社に詣でた俳人・宝井其角(たからい きかく)が「遊(ゆ)ふた地や 田を見めくりの 神ならは」と詠んで奉納したところ、翌日大雨が降り、人々を救ったと伝えられています。

 自分の体の悪い部分と同じ場所をなでると病気が治るといわれる「撫牛(なでうし)」が有名な牛嶋神社を通り、隅田公園に入りました。園内の池にはカワセミが時々姿を現すとのこと。かつて電車に乗っていても臭ったという隅田川ですが、現在はハゼ釣りに興じる人もいます。10月には枕橋にモクズガニの群れも現れます。2012年の大雨のあと、ハゼやテナガエビに混ざって大きなウナギが何十匹も浮上する事故がありました。これまで隅田川水系の自治体の生きもの調査ではウナギの報告はなかったのですが、この事故でウナギなども生息しているのがわかりました。

 墨田区役所本庁舎の横には、雨水利用による壁面緑化に取り組んでいる「区役所分室」があります。江東治水事務所の屋根の雨水を散水に利用しています。「面積の少ない墨田区で緑を増やすにはどうしたらいいかと考えてつくりました」と山田さん。このあとはいよいよフィールドワークの最終ポイント「墨田区役所庁舎」です。

  • 東京スカイツリーを見ながら歩いていく

    東京スカイツリーを見ながら歩いていく

  • 横十間川から北十間川に入ってきた遊覧ボートと遭遇

    横十間川から北十間川に入ってきた遊覧ボートと遭遇。北十間川などの内河川は水門で閉め切られ、水位は東京湾の平均満潮面より3m低い状態になっている

  • 押上駅前自転車駐輪場のウッドデッキから見た東京スカイツリー

    押上駅前自転車駐輪場のウッドデッキから見た東京スカイツリー

  • ウッドデッキや屋上緑化、ソーラーパネルなどを備えている

    ウッドデッキや屋上緑化、ソーラーパネルなどを備えている。手前に見えるのは保水性のある多孔質の砕石

  • 京成線の線路沿いにある天水尊

    京成線の線路沿いにある天水尊

  • こちらは別の天水尊。住宅街のあちらこちらに設置される

    こちらは別の天水尊。住宅街のあちらこちらに設置される

  • 飛木稲荷神社とイチョウ

    飛木稲荷神社とイチョウ

  • 江戸時代から残るイチョウは区内で4本しかないが、そのなかでも最古の木といわれている

    江戸時代から残るイチョウは区内で4本しかないが、そのなかでも最古の木といわれている

  • 1925年(大正14)寄贈と記されている飛木稲荷神社の境内にある天水桶

    1925年(大正14)寄贈と記されている飛木稲荷神社の境内にある天水桶

  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基

    初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基。
    隣家の屋根から雨水を集めている。用地は所有者が無償で貸与。
    背後の植栽は住民が路地尊の水で育てている

  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基

    初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基

  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基

    初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基

  • 親水化が進む隅田川のほとり

    親水化が進む隅田川のほとり

  • 三囲神社境内にある「ゆふたちや」の句碑。其角は芭蕉門下第一の高弟として知られる

    三囲神社境内にある「ゆふたちや」の句碑。其角は芭蕉門下第一の高弟として知られる

  • 雨水を用いた墨田区役所分室の壁面緑化

    雨水を用いた墨田区役所分室の壁面緑化

  • 東京スカイツリーを見ながら歩いていく
  • 横十間川から北十間川に入ってきた遊覧ボートと遭遇
  • 押上駅前自転車駐輪場のウッドデッキから見た東京スカイツリー
  • ウッドデッキや屋上緑化、ソーラーパネルなどを備えている
  • 京成線の線路沿いにある天水尊
  • こちらは別の天水尊。住宅街のあちらこちらに設置される
  • 飛木稲荷神社とイチョウ
  • 江戸時代から残るイチョウは区内で4本しかないが、そのなかでも最古の木といわれている
  • 1925年(大正14)寄贈と記されている飛木稲荷神社の境内にある天水桶
  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基
  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基
  • 初期消火で活躍した実績もある路地尊2号基
  • 親水化が進む隅田川のほとり
  • 三囲神社境内にある「ゆふたちや」の句碑。其角は芭蕉門下第一の高弟として知られる
  • 雨水を用いた墨田区役所分室の壁面緑化


区役所庁舎の地下を見学

 敷地面積8,796m²、地上19階・地下2階の墨田区役所庁舎は1990年(平成2)に竣工しました。地下1階は駐車場になっていて、その下に1000トンの雨水タンクが設置されています。マンホールの蓋を開けて、コップに汲んだ水は、透明度も高く無臭でした。

 ビル管理衛生法に基づき水質検査を実施しています。タンク内すべてを清掃することはありませんが、雨水をタンクに入れる前の沈殿槽(水中の浮遊物を分離し、沈殿物と上澄み液に分ける水槽)は定期的に清掃しているそうです。

 つづいてさらに地下へ。中水道の浄化処理システムを見学しました。山田さんによると、小型の下水処理場のような本格的な設備だそうです。庁舎内の手洗い水や厨房の排水をここで再生して別の管で送り込み、雨水と混ぜてトイレの洗浄水として利用しています。2012年(平成24)度の庁舎内のトイレ洗浄水使用量1万5426トンの内訳は、雨水5067トン(構成比32.8%)、中水5780トン(同37.5%)、雨水と中水で足りないときに使う上水の補給量は4579トン(同29.7%)となっています。いかに雨水の比重が高いかがわかります。

 山田さんは「水の循環、有効利用を考えるうえで中水道は大切ですが、雨水の方がもっと構造がシンプルですし、運用コストもかかりません」と話しました。

 フィールドワークはここで終了。庁舎2階で参加者と二度目の質疑応答を行ないました。

  • 墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る

    墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る

  • 墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る

    墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る

  • 澄んだ雨水を見つめる参加者

    澄んだ雨水を見つめる参加者

  • マンホールを覗くと雨水が見える

    マンホールを覗くと雨水が見える

  • 地下2階で中水道の浄化処理システムの説明を聞く

    地下2階で中水道の浄化処理システムの説明を聞く

  • 手洗い水や厨房排水を中水として再生する装置

    手洗い水や厨房排水を中水として再生する装置

  • 墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る
  • 墨田区役所地下1階の駐車場のマンホールを空けて雨水を汲み取る
  • 澄んだ雨水を見つめる参加者
  • マンホールを覗くと雨水が見える
  • 地下2階で中水道の浄化処理システムの説明を聞く
  • 手洗い水や厨房排水を中水として再生する装置

フィールドワークを終えての質疑応答

環境への負荷が少ない雨水利用

Q「雨水だけでなく、隅田川の水も使わないのですか」

山田さん 「隅田川の水は塩分が高いですし、川の水を運ぶにはたくさんのエネルギーを使わなければなりません。それに対して雨水は屋根から集めてくるだけなのでシンプルですし、エネルギーはさほど使いません。環境への負荷を地球規模で考えるならば雨水利用が理にかなっていると思います」

雨水タンクで河川への排出を抑える

Q「雨水の流出抑制に関する取り組みについて」

山田さん 「雨水の流出抑制については、墨田区より先進的な取り組みを行なっている自治体もあります。洪水の多い地域でしたので、今も大雨のときはポンプ所から無理やり排出して洪水を食い止めているというのが現実です。高野さんが『うんこ水』とおっしゃる下水の排出を少しでも少なくするために、区庁舎や東京スカイツリーでは晴天時にタンクの一定量をカラにして大雨に備え、いざ降ったらタンクに蓄えて排出を抑制するという取り組みを進めているのです」

雨水利用のトップランナーとして

Q「墨田区のように雨水利用の促進を条例で定めた自治体はほかにありますか?」

山田さん 「雨水浸透ますの設置や不要になった浄化槽の雨水タンクへの切り替えなどに助成制度を設けている自治体はありますが、条例まで定めたのは墨田区だけです。雨水利用のトップランナーだという気概をもって活動しています」

参加者の声から

「墨田区と同じように川のそばのまちに住んでいますが、雨水利用の温度差を感じました。災害とのかかわりのせいでしょうか。今日のお話から、個人と団体の長年の努力で世の中が変わっていく姿を垣間見ることができました」(60代女性)

「人口・規模が私の住んでいるまちとあまり差のない墨田区が、これほど雨水利用にしっかり取り組んでいることに感銘を受けました。地方都市もがんばらなければいけません」(70代男性)

「両国国技館が雨水利用を採用したことで普及が進んだそうですが、そこに至るまでの区と区民の取り組みが大事なのだと感じました」(60代)

「墨田区本庁舎の地下にある1000トンの雨水タンクが印象的でした。また、参加者に若者が多かったので、これから大いに期待しています」(70代男性)

「雨水利用と下水道料金の話が興味深かったです。また、『雨水は、流せば洪水、溜めれば資源』というキャッチフレーズに心惹かれました」(30代)

「合流式下水道の話を本格的に聞いたのは今日が初めてでした。次回以降、テーマを合流下水に絞って開催されることを望みます」(70代男性)

「雨水の利用は有効だと思いました。ただし、墨田区ほど規模が大きくなければメリットも限られてしまうのではないでしょうか」(60代男性)

雨水利用の大いなる可能性

 山田さんは最近あることで悩んでいるそうです。それは「うちのマンションは温水洗浄便座なので、全面的に雨水利用に切り替えるわけにはいかないんです」と言われるケースが増えたこと。ビル管理法では雑用水の利用は「肌に触れないこと」とうたっているので「お尻を洗う」利用はできません。

「『ようやく雨水の時代がきた』と思うと、こうした別の問題が出てくるので悩ましいです」と苦笑します。

 トイレの洗浄には、飲料水と同じ水でなく雨水で十分との考えが浸透してきたのは水利用にとって大きな進歩です。水資源は石油などと違って、使えばなくなるものではなく質が変わるだけですから、質を回復させたり、質に応じた利用をすることが求められます。そういう意味でも、山田さんは「水循環」や「雨水利用」に関する法整備を期待しています。

 講義、ゲストスピーチ、そしてフィールドワークを通じて、雨水利用が自主研究グループの活動から広がっていった経緯、区民として雨水を利用している問題点、さらには雨水のゆくえにも注視する必要性など、雨水利用に関する実態について多くを学ぶことができました。伊藤さんが指摘した下水道料金の問題、高野さんが示した合流式下水道の問題など、雨水を資源として日常的に使うには、解決しなければならないことがたくさんあることもわかりました。

 大きな可能性を秘める雨水利用は、いつの日かきっとこの社会にシステムとして組み込まれるはずです。しかし、1日でも早くその日を迎えるためには、もっと多くの人が雨や水に興味をもち、自身の生活スタイルを振り返ることが必要なのだと感じました。

  • 路地尊の水を汲み上げる山田和伸さん

    路地尊の水を汲み上げる山田和伸さん

  • 路地に貯まった水

    路地に貯まった水

  • 路地尊の水を汲み上げる山田和伸さん
  • 路地に貯まった水


(文責:ミツカン水の文化センター)



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