機関誌『水の文化』14号
京都の謎

盆地都市と水の文化

米山 俊直さん

大手前大学学長、 京都大学名誉教授、
淀川水系流域委員会猪名川部会長
米山 俊直 (よねやま としなお)さん

1930年生まれ。文化人類学、アフリカ地域研究、都市人類学、比較文明論専攻。 著書に『小盆地宇宙と日本文化』(岩波書店)、『アフリカ農耕民の世界観』(弘文堂)、『都市と祭りの人類学』(河出書房新社)、『私の比較文明論』(世界思想社)等。

京都は、冬は底冷えが厳しく、夏は蒸し暑い、と文学者たちが書いている。それは他所から京見物に訪れる人々の共通の感覚で、江戸時代の滝沢馬琴あたりまでさかのぼることができる。

これは、盆地の典型的な気象である。たしかに京都は山城盆地あるいは京都盆地と呼ばれる盆地であって、平安京は盆地に生まれ、以来、千二百年の都市として現在にいたる。

盆地という言葉を英語でいうとBASINである。それは同時に流域という意味を持っていることに注意しておいてよいだろう。盆地は流域でもある。

京都は、鴨川と桂川の二つの川が集まる盆地である。鴨川は、北山を水源とする賀茂川と高野川という川が御所の東で一つになって南に流れる。また桂川は、西の亀岡盆地から流れてくる大堰川が、保津峡をこえて保津川と呼ばれ、さらに桂川となって、市の南で鴨川と合流する。さらに、明治時代に建設された琵琶湖疏水によって琵琶湖から水が引かれて、市民生活を支えている。流れはすべて淀川に注ぐ。淀川はさらに木津川とも合流して、やがて大阪湾にいたる。

考えてみると、京野菜、すなわち、加茂すぐき、壬生菜(みぶな)、聖護院大根・蕪(かぶ)、加茂茄子(かもなす)、鹿ヶ谷南瓜(ししがたにかぼちゃ)、堀川牛蒡(ほりかわごぼう)、桂瓜(かつらうり)、七条芹(しちじょうせり)、九条葱(くじょうねぎ)など、産地は多少遠くなったが、そのブランド名は残っている。伏見の清酒は、摂津の灘とならぶ日本酒の代表的産地。宇治茶もブランドとして定着している。そして豆腐や湯葉、あるいは麩といった和食のもとにある食材の多くが、水の恩恵を受けている。京都の年中行事のなかの食文化にも、これらの自然が反映している。そしてこの水が、茶道、華道の家元を生み、鴨川の河原が阿国歌舞伎をはじめとする芸能を生み出してきた。

友禅染めの工程にも、染め上げた布から糊を川で流し落とす作業があって、かつては鴨川の風物詩であった。伝統産業である西陣織や京焼(清水焼)にもこの豊かな水が直接間接にかかわっているし、先端産業の繊細なハイテクも、この風土と無関係ではない。

嵯峨の角倉了以(すみのくらりょうい)・素庵(そあん)が開いた高瀬川が、市内の水運を高度化し、川は交通路としても京都の人々に恩恵を与えてきた。疏水も用水の道に加わり、一時は水運を支えた。

京都の人々にとって、その水源は神の住まいであった。奥宮には石座(いわくら)があって、古代の祭祀の跡をうかがわせる。貴船神社のご祭神は、オカミと呼ばれる水の神で、日本書紀にイザナギノミコトが火の神カグツチを斬ったときに生まれた神とされている。オカミとは水の湧き出る所の意味で、闇(くら)オカミと高オカミという別もある。前者は地下水のこと、後者は高い水源を指している。平安時代には、日照りのときは黒馬、大雨の時は白馬か赤馬を、朝廷が奉納して祈願された。鎌倉時代からそれが「絵馬」になったという。今でも毎年三月九日には、雨乞祭が営まれる。

もう一つの源流は、雲ヶ畑の岩屋山志明院である。弘法大師の建立とされ、修験道の行場であったようで、歌舞伎十八番「鳴神」の舞台でもある。鳴神上人が雨を封じ込めて民衆が日照りで困っているのを、雲の絶間姫が色じかけでその法力を解くという物語。急な崖に洞窟があって、修業の場を思わせる。

周囲の山々を集水域とする盆地には、その底に弥生時代以来の広い水田を持つ。そしてその周りの「中山間地域」には、谷をのぼる棚田や薪炭林とともに、茶畑やみかん園などの果樹園、桑畑などがある。さらにその周りには、いわば縄文時代の名残を留めた深山があって、野獣と修験道の世界になる。周囲の山々から集まった水は、一方に流れ出て、これが日本列島に100を数える小盆地宇宙であった。それをつなぐのは、盆地底の城と城下町であった。外来の人、物、情報はそのネットワークでつながり、それぞれの選択があって、それぞれの個性ある地域社会を形成してきた。

今、盆地底の城下町が都市化によって拡大して、各地に盆地都市が誕生しているが、その原形は平安京からの都、発信源である京都に求めることができるだろう。それを千年にわたって持続させたものは、周囲の山々から流れ出る豊かな水だったといえよう。

白河法皇をして、ままならぬものの一つに数えられた鴨川の水も、治水によって今は穏やかに流れている。そして盆地の王都も、千年の歴史を継承して現代を迎えている。



PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 14号,米山 俊直,京都府,大阪府,水と生活,日常生活,盆地,祭り,川,野菜,鴨川,桂川

関連する記事はこちら

ページトップへ