機関誌『水の文化』16号
お茶の間力(まりょく)

消費者が緑茶に感じる価値とは 茶葉で飲むか、ドリンクで飲むか?

水野 俊作さん

株式会社伊藤園広報部副部長兼IR室長
水野 俊作 (みずの しゅんさく)さん

缶やペットボトルが浸透すると市場規模が拡大する

私たちが商品開発の視点で活用しているデータの一つに、飲料化比率があります。まず飲料化比率になぜ注目したかをお話しましょう。

緑茶、ウーロン茶、紅茶、コーヒー、この4種類の飲み物がどの程度の量を飲まれているのか調べたところ、一番飲まれているのが緑茶で続いてコーヒー、ウーロン茶、紅茶と続きます。ところが価格で表した市場規模はどうかというと、緑茶よりコーヒーが圧倒的に大きくなっています(下表参照)。この逆転の理由はどこからくるのだろうか。コーヒー豆のほうが緑茶の茶葉より高いかというと実際は逆でして、コーヒーは100グラムで300〜500円ですが、茶葉は600〜1000円ぐらいですから、緑茶のほうがはるかに高いわけです。消費量は緑茶が多く、原料の単価も高いのに、なぜコーヒーのほうが市場規模が大きいのだろうか。

そこで、気がついたのは、コーヒーの1兆4千億円あまりの内、市場規模の3分の2、約9000億円が缶コーヒーだという事実です。つまり、レギュラーコーヒーで飲むのか、缶などの飲料で飲むのかという比率の問題が、茶の付加価値を計る上でも重要であるということに気がついたわけです。緑茶でいえば、消費量の内、茶葉ではなく缶飲料やペットボトル飲料の占める割合、この比率を飲料化比率と呼んでいます。

2002年のウーロン茶の飲料化比率は56・8%で、ここ4年でほぼ一定になりつつあり市場の伸びが止まっています。紅茶もコーヒーも飲料化比率がほぼ30%で、同様の状態。つまりウーロン茶やコーヒーを缶やペットボトルで供給していたら、ある時点で需要が飽和状態になったということです。

それでは、緑茶はどうかといいますと、2003年で飲料化比率は14・9%、市場規模は推定で3092億円です。この指標を使い始めた時点から「飲料化比率が伸びることで市場も大きくなる」と予測し、当時は2〜3%しかなかった飲料化比率が2002年には13・2%で、実際に大きく膨らんでいます。おそらく30〜40%程度まで伸びるだろうと期待しています。つまり、お茶が茶葉ではなく、飲料として缶やペットボトル等で飲まれることで、さらに市場規模が拡大すると見ているわけです。

今の若い人の生活スタイルを観察しますと、緑茶をほとんどペットボトルという形で飲んでいます。ですからこの世代の飲料化比率はもっと高いはずです。生活スタイルは高齢化しても一旦馴染んだものに影響されるでしょうから、現状のように一人当たりの消費量が、コーヒーよりも緑茶が多く飲まれている状況が続き、緑茶の飲料化比率が30%とか40%に達したとき、コーヒーの市場規模と同等かそれ以上の、9000億円規模の市場が出現する可能性があるというわけです。

  • 代表的飲料の市場規模  代表的飲料の1人当りの年間消費量

    代表的飲料の市場規模  代表的飲料の1人当りの年間消費量

  • 代表的飲料の飲料化比率の推移  緑茶の飲料化比率と缶・ボトル市場規模の推移予測

    代表的飲料の飲料化比率の推移  緑茶の飲料化比率と缶・ボトル市場規模の推移予測

  • 代表的飲料の市場規模  代表的飲料の1人当りの年間消費量
  • 代表的飲料の飲料化比率の推移  緑茶の飲料化比率と缶・ボトル市場規模の推移予測

緑茶飲料の価値

一口にお茶と言っても、さまざまな種類があります。その中でもウーロン茶飲料などは緑茶飲料に比べ、のどの渇きを癒す「止渇(しかつ)性」がより強い飲料と言えるかもしれません。

2003年の夏は冷夏で、ウーロン茶などの消費量は減少しました。特に、例年ですと消費が伸びる7〜8月に落ち込みが激しかった。ところが、緑茶飲料やコーヒー飲料、紅茶飲料の消費量は順調でした。この差がどこにあるかということを考えた結果、ウーロン茶などにはのどの渇きを癒す「止渇性」がより求められていると言うことができるかもしれません。

当然、緑茶飲料にも「止渇性」という要素もありますが、そのほかに「食中飲料」「健康性」「嗜好性」という要素も認められ、緑茶飲料はより幅広い飲料と言えます。「健康性」と言うことでは、カテキンのガン抑制の研究など、今後、次々と驚くべき成果がでてくるものと期待されています。

消費者がその製品にどんな価値を求めているかがわかれば、それに応える製品づくりにも役立ちますし、それを越え、さらに付加価値のある提案をすることも可能になるはずです。

緑茶に大きな可能性が感じられるのも、消費者が求める価値に多様性があるからです。

無糖飲料の普及

緑茶を、缶やペットボトルでドリンクとして飲むことへの抵抗感は、当社が1985年に初の缶入り緑茶「おーいお茶」(発売時は「煎茶」)を発売した当初には、根強く存在しました。ひとつは、「このような飲料にお金を払うのはもったいない」という思い。第2は、「緑茶というのは急須に入れて飲むもので、ドリンク化したものは文化になじまない」という反発です。

しかし、水道水への不信感からミネラルウォーターが売れるようになる時代背景も重なり、ドリンクにお金を払うことへの抵抗感は薄れていきました。また、生活スタイルの変化も緑茶飲料の普及を後押しします。それに茶葉を使って本当においしくお茶を淹れるのは、実はとても難しい。私たちは商品として売れるものを開発しているわけですから、いつどこで飲んでいただいても均質なおいしさを提供できるように努力しています。一般家庭がそれと同等の味を実現するのは、結構大変なことなのです。ですからコストへの抵抗感、文化的抵抗感を払拭したことだけではなく、やはり「おいしさ」という味への納得がなければ、ここまで支持されることはなかったと思っています。

清涼飲料という名称からもわかるように、日本のドリンク類は炭酸飲料から始まっています。それが炭酸飲料やジュースを抑えて、飲料としての緑茶やミネラルウォーター、コーヒー、紅茶が伸びてきた背景には、日本の生活水準が豊かになったことが挙げられるでしょう。つまり、同じ値段ならコストパフォーマンスが高いドリンクを選んでいた時代から、味(嗜好性)や健康志向でドリンクを選ぶ時代にステップアップしたと思います。

地域に根差したご当地茶

伊藤園では地域限定の緑茶商品を提供しています。日本茶は地域に根付いた食文化ですので、地域によって嗜好が違い、茶葉では、すでに地域ごとのマーケティングを展開していたのですが、その味の特徴を、ドリンクでも表現しています。

西日本では、比較的昔からお茶に親しんでいたので、お茶文化が成熟しており、それぞれの好みのお茶を買う傾向があり、煎茶のほか、ほうじ茶、玄米茶も多く飲まれます。一方、東日本では、ある程度完成されてからお茶が浸透していったためか、煎茶が多く飲まれます。緑茶の産地も地域によってさまざまな歴史や特色があります。有名な宇治茶は茶祖と言われる栄西が、宗より持ち帰った茶の種子により始まったとも言われ、室町時代から盛んになりました。

また、戦前は絹と緑茶は有力な外貨獲得手段でした。お茶は1917年にはアメリカに3万トンも輸出されていたのです。ボストンを中心とした北米で、おそらく砂糖を入れて飲まれていたのではないでしょうか。今、日本の消費量が10万トンですから、ずいぶん大量の緑茶がアメリカで飲まれていたことになります。米国への緑茶の輸出は戦争の時に一旦途絶え、現在は500トンくらいで、戦前に比べ激減しています。この輸出の生産地として盛んになったのが、静岡であり、その重要な輸出港が清水港だったのです。そのほか現在では、九州が有力な産地となっており、地元では飲み慣れたご当地茶が好まれています。地域に根差した食文化の提案も、大切なテーマの一つと考えています。

核家族も変化している

緑茶の飲まれ方も日本の生活スタイルに応じて変化し、食事の取り方に大きく左右されていることがわかりました。その背景にあるのが、1世帯当たりの家族人数の減少です。

人口動態推計を見ると人口は戦後増加し、2006年にピークを迎えた後は、横ばいを続けると予測されます。世帯数も変化するのですが、人口がピークを打った後も世帯数だけは伸び続けます。これは、1世帯当たりの人数が減ることを表わしています。

核家族化は1960年代に始まりましたが、このときの核家族と現在の核家族とは違います。60年代は、子ども夫婦と親夫婦が世帯分化し3〜4人家族が増えましたが、現在では単身者や夫婦のみの1〜2人家族が増えているのです。つまり、60年代の「家族中心」の核家族から、現在は「夫婦中心」の核家族になっています。

家族の人数が3〜4人であれば食事をきちんと作り、一緒に食事をします。しかし1人か2人での食事となると、作る側の手間が先に立ちます。そこで出てくるのが、ミールソリューション型と呼ばれる出来合い型の食事スタイルです。コンビニや総菜屋で弁当やおにぎりを買って済ませるようになるのです。おそらく今の人口動態から推測すると、それらの生活スタイルは今後も増えることはあっても、減ることはないでしょう。「何人で住むか」は、食文化にとっては非常に重要なポイントなのです。

「若い人は外食する」と思われていますが、実際には最近の外食産業の売り上げは落ちています。今の若い人は、コンビニ等で弁当を買い、アパートやマンションで1人で食事し、テレビゲームかパソコンか、真面目な人は仕事の残業を家でやるというのが現状なんです。この傾向は今後も続くものと思われ、それを否定することはできないと思います。一方、日本食は、平均寿命からみても世界的に非常に健康的な食文化であり、これからも大切にしていかねばなりません。そこに、緑茶飲料の価値がありますし、飲料化比率が高まる背景があると思います。

用途に合わせる容器 容器に合わせる中身

ドリンクを考えるとき、容器も重要なポイントになります。容器を変えた結果、いろいろな喫茶シーンを作りだすことにつながりました。同じ銘柄のブランドでも、缶入り190gと245g、ペットボトルの500mlでは、それぞれ微妙に味わいを変えてあります。これはどういう場合に飲むか、というシーンを想定しているからです。

小さい缶は会議などのお弁当と一緒についてくることも多く、食事に負けないしっかりした味になっています。中くらいの缶は、自動販売機で温めて飲む場合が多いので温めると香り立ちが良い風味に、ペットボトルはゴクゴク飲むことを想定してすっきりさっぱり清涼感を感じるようにしています。飲む時に一番美味しい味わいを提案しているのです。

おそらく、現在のオフィスというのは職場の人間関係も変化して、昔のように給茶してくれる女性などいなくなっています。各自が小さいペットボトルをデスクの脇に置いていて、直接そこから飲んでいる。会議のときには大きなペットボトルから紙コップに注ぎ分けて飲む。このように同じオフィスのシーンでも、ペットボトルに使い分けがあります。

またペットボトルの登場で、喫茶が屋外に出ていくようになりました。このことは、生活スタイルの変化と相呼応して、新しい喫茶シーンの創造に影響を与えたと思います。

コーヒーは、珍しくペットボトルではなく缶が主流です。おそらく、缶を開けるときの「プシュッ」という音も、消費者が飲む場面の価値として感じている可能性がありますね。というのは、コーヒーをいつ飲むかを想定すると、一仕事した後、次の仕事に取りかかる前の区切りのときなど局面を変える場合が多い。当社は社員が約4000人いるのですが、全員が常に消費者の不満足を探して、市場をリサーチしています。その結果、消費者のニーズに対して即座に対応することが可能になっています。

最近はオレンジ色のキャップのホットペットボトルが出回っています。これも世界初。これはフランスの容器メーカーの技術で、もとは「酸素の透過率が低いこのペットボトルで賞味期限を長く延ばせる」という提案でした。しかし、いくら賞味期限が伸ばせるからといって、1年も2年も前に製造されたものを日本人が飲むはずがない。そのときに「酸素の透過率が低いのであれば、ホットにできないか」と用途を転換したのが当社なのです。それは飲まれる場面をさらに広げました。今では釣り人の必需品ですし、屋外のスポーツ観戦にももってこいです。

また、当然ながら商品ですから味は均一にしなくてはなりません。しかし、茶葉は農産物ですから原料にばらつきがあり、これが非常にむずかしいのです。しかも、原料となる日本茶は、手間暇がかかるだけに高価でありコスト高になります。そこで多くのメーカーは競争に打ち勝とうと、コスト削減と均一な工業品としての緑茶飲料を作るため、香料や安い海外産の原料に頼らざるをえなくなります。しかし当社は、お茶の会社の強みを生かして、大量仕入れと原料製造のコストダウン、およびブレンド技術により品質を落とさず、急須で入れたお茶本来の自然な味わいを飲料に表現しています。

緑茶の大衆化の中で食の伝統を守るとは?

一時代流行したニアウォーターなどは、止渇性飲料として脚光を浴びながら短期間で廃れてしまった。その理由は、やはり日本人の食生活には緑茶が合っている、と消費者の味覚が感じているところにあると思います。

「茶葉を急須で淹れて飲む」というわれわれが伝統と思っている文化がどのように変化しているかは、茶葉の消費量の推移を見ればある程度わかります。

戦前のお茶は嗜好品でそれなりに高かったのですが、日本人の生活が戦後豊かになるにしたがって、茶の生産面積、一人当たり消費量ともに増加、1975年にピークに達します。

伊藤園ではそれまでお茶屋さんが量り売りしていたお茶を、真空パック商品へと形を変えることによって、スーパーで買えるようにしました。伊藤園はドリンクという印象が強いのですが、実は会社の成り立ちとしては茶葉商品のほうがずっと先なのです。

お茶には時間を楽しむ要素がある

私たちは、緑茶の消費量が75年にピークとなった後減少したのは、食事の洋風化に原因があると考えました。そこで油の強い洋風料理にはウーロン茶が合うだろうと、ウーロン茶の茶葉の輸入を始めました。そのことが81年の缶入りウーロン茶の発売につながります。さらに、長年研究していた緑茶のドリンク化にも成功し、85年に発売しました。

そのことより、ドリンクを含めた緑茶の一人当たり消費量は89年ころいったん底を打ち、また増え始めました。つまり、「茶葉」消費が減少しているのですが、「ドリンク」が緑茶消費の増加に貢献しているのです。さらに若い人でも緑茶飲料により、あらためて緑茶の魅力に気づかれる人が出てきています。これまでのように茶葉から飲むだけではなく、もっと自分の生活にあったスタイルで喫茶を楽しむ人が増えてくるものと思います。そういう意味では、女性のほうが柔軟ですね。女性も20歳〜25歳の世代は缶、ペットドリンクで緑茶を飲むのですが、30〜35歳になると、急に茶葉に戻るという現象が見られます。結婚して家庭に入るということもあるのでしょうが、やはり「時間を大切にする」とか、「生活を大切にする」という価値を求めるようになるからでしょう。当社はそうした愛飲家に向けて世界中のお茶を10gから購入できる茶葉専門店も経営しています。その店は幸い好評でそれだけでリーフ(茶葉)回帰と呼ぶのは早計かもしれませんが、お茶が嗜好性のある飲み物、TPOを演出する優れた媒体として新たな価値を見出していると思います。

伝統の意味

これは私個人の感想ですが、伝統というのは常に革新がないと伝統にならないと思うのです。その時代時代に生き残れなければ廃れてしまい、次の時代には受け継がれませんから伝統になりません。古いものを常に革新的に展開することで、伝統として残っていく。伝統というのは、ただ古いものが残っていったのではなく、常に磨いていくことで、飛躍したものになるのだと思います。そこで大事なことは、本来的な価値や魅力を維持すること。本質的なものがブレると、それは違ったものになってしまいますし、進歩には繋がらないと思います。

もし緑茶のドリンク化がなされていなければ、緑茶は廃れる可能性があったし、その意味で緑茶飲料の価値があるのではないかという気がします。



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