ハーグ郊外の国営砂丘水道
編集部
日本の上水道は、表流水が取水源となっている場合が多い。近代水道では、当初、原水を緩速濾過で処理し給水したが、現在はその多くが急速濾過処理となっている。原水の悪化と供給の効率化のためだが、原水の質が悪い所では、オゾン等を使用した高度処理が行なわれている。
では、かつてナポレオンに 「アムステルダムの水だけは飲みたくない」と言わしめたオランダは、どのような処理をしているのだろうか。何しろ、ポルダーではいくら井戸を掘っても海水が浸潤しており、塩水しか取れないからだ。
この悩みを解決する大変ユニークな仕組みが「砂丘水道」だ。
北海に面したオランダの政治の中心都市、ハーグ近郊に砂丘水の水道会社がある。マース川の中流から原水をパイプラインでわざわざハーグ郊外の砂丘地帯まで運び、砂丘で濾過し、汲み上げ、給水している。いわば川の表流水を地下水化して飲むわけで、手が込んだやり方だ。これを砂丘水(dune water)と呼ぶ。会社組織ではあるが、持ち株は100%国家の国有会社だ。オランダには国有の水道会社が12ある。
なぜ砂丘水なのか。この水道会社が謳っている理由はこうだ。
「砂丘の濾過は自然による浄化方法で、人間の手が入ることで生じるかもしれない過失が起きる可能性が排除され、化学薬品もほとんど不要。この方法は世界的にもユニークなもので誇れるものだ。砂丘は淡水を貯水してくれる」
この方式だと、砂丘周辺は水源地であり、濾過地でもある。このため、砂丘水を製造している一帯は、自然保全地域として守られているのである。
オランダ人の地下水への敏感さは前に書いたが、もう一つ思い入れが強いキーワードがある。それは「砂丘」だ。
オランダで一番高い土地は、海岸に広がる砂丘地帯である。砂丘は海に対して自然堤防になっている。オランダ人にとって、砂丘地帯は単なる海岸ではない。ポルダーを守る、まさに砦なのである。
また同時に、泥炭質でないため、淡水が得やすい場所でもある。このため、水管理委員会は砂丘の保全を大きな目的の一つに掲げるし、水道会社にとっては濾過をする格好の土地となっている。
砂丘水道会社にとって、現在悩みの種は後方、つまり取水するマース川の上流国だ。オランダ国内の重金属規制は非常に厳しいが、ベルギーやフランスなどで汚染物質が川に流されることを、オランダが防ぐことは現状ではできない。特に問題なのは、上流で農家が使う肥料や堆肥、自治体などが使う除草剤だという。このため、オランダではベルギー、フランスと国際マース川委員会をつくり、河川の水質管理を共同で行なっている。また、農家が雨水をできるだけ外に排出しないように、あるいは肥料や堆肥をあまり使わないように指導し、それにかかる設備購入コストを水道会社が負担していることもある。
砂丘水道会社のアドバイザー、コルトレーヴさんは、
「水は健康の基礎であり、国の基礎です。ですから国内で水をつくっているのです。例えば、蛇口にフィルターを入れる人もいますが、入れっぱなしにしてかえって水質が悪くなることも多い。そういうことが起こらないためにも、水を最初からきれいなものにするほうが社会的なコストも安い。水道料金はEU各国並みですが、もし私企業化されれば値段は上がり、必要以上にサービスは良くなるが、水質はなおざりにされるかもしれない。このよう選択肢はオランダではありえないことです。
砂丘は非常に大切です。ここには砂丘協会のようなNGOが集まり自然保全活動をしています。昔はNGOと水道会社は喧嘩ばかりしていましたが、今は一緒に水と砂丘を守るパートナーになっています。そのようなパートナーがいないと、活動の可能性が生まれませんね」
パートナーがたくさんいる。これも、オランダ社会のキーワードのようだ。