機関誌『水の文化』20号
消防力の志(こころざし)

独立行政法人消防研究所の役目 火を消す水も使い方しだい

佐宗 祐子さん

独立行政法人消防研究所
基盤研究部主幹研究官
佐宗 祐子 (さそう ゆうこ)さん

1987年筑波大学大学院修士課程理工学研究科(化学専攻)修了。消防研究所入所。以後、プリンストン大学機械・航空宇宙工学科客員研究員などを経て、2002年より現職。

消防研究所は何をするのか

消防研究所の大きな役目は、自治体消防の技術支援です。社会的影響の大きいケースや、今までにないタイプの火災の場合に、我々が自治体消防と一緒になって原因調査をします。

最近、心を砕いているのは、RDF(廃棄物固形化燃料:Refuse Derived Fuel)対応です。いわゆる「ゴミ固形燃料」と呼ばれているものです。枯渇資源である化石燃料ではなく、ゴミを燃やせばよいというリサイクル社会の考え方の下、ゴミを原料に発電の燃料に使うもので、それなりのエネルギーを持っています。それを、サイロのような閉空間に閉じこめて大量に貯蔵するため、内部で発熱・発火するのです。

2003年(平成15)8月に起きた三重RDF発電所火災では、RDF貯蔵サイロが爆発し、桑名市消防本部の職員2名が殉職されています。これは、外からはなかなかわかりにくい閉鎖空間に大量の熱が蓄熱積され、熱分解等により可燃性気体が大量に発生し、水をかけているときに爆発したケースです。サイロ火災への放水中に消防隊員が死傷する事故は、海外でも起きています。注水による冷却が、外部の空気をサイロ内に送り込み、爆発を誘発する危険性が指摘されています。こういうケースではいきなり水をかけずに、できれば酸素濃度を下げて爆発しない状態にしてから、他の消火手段をとることが必要です。消防職員にとって怖いのは、まず爆発ですから。爆発を防ぐ手だてをとってから、従来の消火方法をとるという2段階構えにしていかないと、消防職員に危険が及ぶことになってしまいます。

同じような配慮が必要とされるケースに、高気密住宅などで起きるバックドラフトがあります。これも非常に危険です。気密性が高いと保温性もよいことが多く、可燃性ガスがかなり出ます。空気流入量が少ないので、酸素濃度が低くなってくると、ある程度の段階で燃焼はストップします。ただ、蓄熱されて火災室内は非常に熱くなっていて、可燃性ガスもたくさんある。その状況でドアを開けたり、窓が破れたりすると、空気が入った瞬間に、一気に酸素と可燃性ガスが混ざり着火して火が吹き出すのです。バックドラフトの場合でも、酸素濃度をさらに下げてやるために、不活性のガスの注入は有効だと思います。

「水をかけている最中に爆発が起きることは想像もしなかった」と、災害に遭われた消防本部の方がおっしゃっていました。従来の経験では想像できないタイプの火災を検証することで、被害者を出さないための研究をすることも、我々の大切な仕事です。

消防研究所では、安全に対する研究成果を一般公開している。 左上:地下鉄駅のホーム周辺での火災で、煙の移動の様子を模型で実験。避難経路の開発に役立てる。 左下:防火貯水槽のコンクリート壁面の劣化。つくられた年代で使用したセメントが違うので、その強度もおのずと違ってくる。 右上:災害時の駅構内からの避難をゲームのようにシミュレーション。 右下:山火事のほとんどは人が原因のようだ。人が行き来しないところでの火災発生は少ない。湿度の高い日本では落雷などによる自然発火はとても少ないという。

消防研究所では、安全に対する研究成果を一般公開している。 左上:地下鉄駅のホーム周辺での火災で、煙の移動の様子を模型で実験。避難経路の開発に役立てる。 左下:防火貯水槽のコンクリート壁面の劣化。つくられた年代で使用したセメントが違うので、その強度もおのずと違ってくる。 右上:災害時の駅構内からの避難をゲームのようにシミュレーション。 右下:山火事のほとんどは人が原因のようだ。人が行き来しないところでの火災発生は少ない。湿度の高い日本では落雷などによる自然発火はとても少ないという。

消火剤としての水の効き目

この病気には、どんな薬が効きますか? とは訊くのに、この火事にどんな消火剤が効くかを訊く人はほとんどいません。何が、どういう状況で燃えているのかという場面に応じて、適切な消火剤は異なってきます。先ほどの例のように水が爆発の誘因になり得ることがわかった上で、敢えて誤解を恐れずに言えば、一番優れた消火剤は水です。

なぜかというと、水はモノを「冷やす」という働きが抜群に大きいからです。一時期、ハロン(今はオゾン層破壊物質として生産禁止になっています)というガスが高性能の消火剤として多用された時期がありました。ハロンは炎を消す力は強いのですが、物体を冷やすという働きはあまり期待できません。可燃性ガスが燃えて炎が上がるのですが、ハロンですと炎を消すことはできても、可燃性ガスを出している元を断つことができないのです。天ぷら油が身近な例です。発火点(種火がなくとも自然に火がつく温度)を超えて燃えている場合、いったんハロンで炎を消しても、ハロンが油の表面から拡散してしまえばまた炎が上がる。水系の消火剤は、油自身の温度を発火点以下に下げることができるので、効果があるのです。

このような「モノを冷やす働き」は、水の蒸発、つまり気化熱によるものです。水が水蒸気になるときには、ものすごい量のエネルギーが必要で、そのときに熱を奪うので、モノを冷やす効果があります。また、水は比熱も大きいのでモノを冷やす力がさらに強く、しかも天然にたくさん存在し、環境にも優しい。だから消火剤として優れているのです。

しかし水も使い方を誤ると

2003年(平成15)、東京の京浜島ゴミ処分場の火事で、消防隊員が消火準備中に、煙がすごい勢いで降りてきて、1名が殉職、4名が負傷という事故がありました。その後、どうして煙層が突然動くのかが問題となりました。このメカニズムについてはまだ十分に解明されていません。

大量の熱を持った物質に水をかけると、発生した水蒸気は天井付近に溜まっている煙にどのような影響を与えるのでしょうか。先ほど「水がもっともよい消火剤」と言いましたが、使い方を誤ると、人命を奪う原因にもなり得る現象が確認されています。蓄熱された固体に、ちょっと水をかけると、ものすごい水蒸気が発生し、2次災害が引き起こされるようなケースです。水蒸気は急激に上昇し、周囲の空気と混合しながら凝縮熱を放出します。この熱がさらに上昇気流を形成することにより天井の煙が下に下がってくる現象に私たちは着目しています。この現象が消防活動現場で起きると、消防隊員にとっては大変危険な状態となります。

このような事故を起こさないために、こんな方法を考えています。

ゴミというのは、上から水をかけてもなかなか消火できません。燃焼している部分が障害物で遮蔽されているので、なかなか消せないのです。しかし、窒素ガスは閉鎖空間で効き目があります。ただ、窒素は酸素よりも軽いので、上に逃げていってしまいますが、ウォーターミスト(10数ミクロンの微粒子状にした水)を入れると、窒素を重くすることができます。この方法を使って、ゴミが積層したような半開放空間でも、窒素ガスを使って燃焼を抑制し、発熱を抑えることができるようになります。

このように、酸素濃度を下げると確かに爆発や火災拡大の危険は減るのですが、一方で住宅のように木質系の可燃物がたくさんある場所で酸素濃度を下げると、場合によっては一酸化炭素生成量が大きくなるということもわかってきています。ですから、一概に「酸素濃度を下げなさい」とも言えないのです。

実際の現場で消防隊員は、中に取り残された人の有無など、いろいろな要素を背負いながら活動しているわけです。現場が千差万別という意味では、オールマイティの消火戦術というのは、残念ながら無いといってよいでしょう。

  • 実験設備の閉鎖空間に、蚊取り線香で煙を溜め、熱した鉄板に放水した。瞬時に水蒸気が発生し上昇するとともに、天井近くに溜まっていた煙が下降するのが目視できた。実際の火災現場には、この何倍もの熱と煙が充満していると思うと、大変恐ろしくなる。

    実験設備の閉鎖空間に、蚊取り線香で煙を溜め、熱した鉄板に放水した。瞬時に水蒸気が発生し上昇するとともに、天井近くに溜まっていた煙が下降するのが目視できた。実際の火災現場には、この何倍もの熱と煙が充満していると思うと、大変恐ろしくなる。

  • 上面開放区画における、窒素ガス消火の実験。アルミホイルとプラスチックを堆積したゴミに見立て、下で燃えるロウソクを火災の炎と想定し、ジョウロで散水する。これだけでは炎は消えないが、ウォーターミストを加えた窒素をホースから注ぐと、ロウソクの炎を消すことができた。

    上面開放区画における、窒素ガス消火の実験。アルミホイルとプラスチックを堆積したゴミに見立て、下で燃えるロウソクを火災の炎と想定し、ジョウロで散水する。これだけでは炎は消えないが、ウォーターミストを加えた窒素をホースから注ぐと、ロウソクの炎を消すことができた。

  • 実験設備の閉鎖空間に、蚊取り線香で煙を溜め、熱した鉄板に放水した。瞬時に水蒸気が発生し上昇するとともに、天井近くに溜まっていた煙が下降するのが目視できた。実際の火災現場には、この何倍もの熱と煙が充満していると思うと、大変恐ろしくなる。
  • 上面開放区画における、窒素ガス消火の実験。アルミホイルとプラスチックを堆積したゴミに見立て、下で燃えるロウソクを火災の炎と想定し、ジョウロで散水する。これだけでは炎は消えないが、ウォーターミストを加えた窒素をホースから注ぐと、ロウソクの炎を消すことができた。

【燃焼とは何ですか】

燃焼とは「高温・高速の発熱を伴う酸化還元反応」です。高速でない酸化反応には「錆び」などがあります。

炎というのは、可燃性のガスが燃えている姿で、液体でも、固体でも、最終的にはこのガスが燃えます。これを気相燃焼といいます。

燃焼の3要素は「可燃物」「支燃物(酸化剤)」「エネルギー」です。私がいる部屋には、可燃物も空気中の酸素という酸化剤もありますが燃えていません。エネルギーが供給されていないから、燃えていないのです。ここに燃焼に必要なエネルギーを供給すれば燃えるわけです。天ぷら油が発火したときに、泡消火剤や密閉フタで油を包み込んで酸化剤である酸素を遮蔽する方法や、エネルギーとなっている高温状態の油を冷やす方法といった消火方法が考えられますし、可燃物である鍋の油が延焼前にすべて燃え尽きれば、当然のことながら自然に鎮火します。

このように消火を考える際、燃焼を止めるために燃焼している部分だけに着目しがちですが、3要素のうち排除しやすい要素を確実に絶つにはどのような消火方法がよいのかを考えることが、重要です。

また一般的な火災は「空気中の酸素を酸化剤とする酸化反応」ですが、酸素がなくても起きる火事があります。たとえば塩素ガスなどの産業火災で、これは酸素以外の酸化剤が酸化反応を起こす燃焼です。消火剤を使うときには、これらをよく見極めねばなりません。

安全面で気をつけなければならないのは、燃焼の速度で、可燃性ガスの種類によって違います。燃焼速度は安全の指標にもなります。たとえば、メタン、エタン、プロパンなど炭化水素類だと最大40cm/秒前後ですが、水素は最大291cm/秒で、それだけ炎が走る速さが違うのです。燃焼速度が速い程、爆発時の破壊力も大きくなります。

水素ガスは、燃焼速度が速い代表的なものです。燃焼すると水ができるという性質が環境に優しいとして、今後環境対応技術の普及に伴って、身近に使われる頻度が多くなるでしょう。環境に優しいという特長が、安全に利用されるように、一層の研究が必要とされます。

  • オレンジ色の揺らめく炎は拡散燃焼。一般住宅の火災で見る炎。ロウソクの場合は固体のロウが溶解して芯に染み込み、蒸発して可燃性気体となる。周りの空気と接して燃焼する。

    オレンジ色の揺らめく炎は拡散燃焼。一般住宅の火災で見る炎。ロウソクの場合は固体のロウが溶解して芯に染み込み、蒸発して可燃性気体となる。周りの空気と接して燃焼する。

  • プロパンや都市ガスは常温で可燃性気体。コンロ機具の中で予め空気と混合させるから、青い整った炎の予混合燃焼。試しに空気調整弁を絞ると、拡散燃焼となりオレンジ色の揺らめく炎になる。

    プロパンや都市ガスは常温で可燃性気体。コンロ機具の中で予め空気と混合させるから、青い整った炎の予混合燃焼。試しに空気調整弁を絞ると、拡散燃焼となりオレンジ色の揺らめく炎になる。

  • 可燃性固体の燃焼の経過(空気が酸化剤の場合)

    可燃性固体の燃焼の経過(空気が酸化剤の場合)

  • オレンジ色の揺らめく炎は拡散燃焼。一般住宅の火災で見る炎。ロウソクの場合は固体のロウが溶解して芯に染み込み、蒸発して可燃性気体となる。周りの空気と接して燃焼する。
  • プロパンや都市ガスは常温で可燃性気体。コンロ機具の中で予め空気と混合させるから、青い整った炎の予混合燃焼。試しに空気調整弁を絞ると、拡散燃焼となりオレンジ色の揺らめく炎になる。
  • 可燃性固体の燃焼の経過(空気が酸化剤の場合)

【安全とは何ですか】

安全にもいろいろな安全があり、一概には言えません。一般的に、RDF火災を防止するという点では、ゴミ分散処理が望ましいのでしょうが、分散処理がなぜ否定されたかというと、ダイオキシンの問題があるからです。このことで、小さな焼却炉はやめましょうということになり、一気にRDF発電所の流れが進みました。ですから、ダイオキシンを一番心配されている人にとっては、世の中は良くなっている、ということができます。「火事とダイオキシンのどちらが心配か」とアンケートをとったら、おそらくダイオキシンという答えが返ってくるでしょう。ですから、安全にもいろいろな安全があって、火災だけに着目するわけにはいかないのです。

ハロンだってオゾン層破壊物質として禁止されましたが、われわれ消防の人間にとってみれば禁止してもらいたくなかったぐらい、消火にとっては有効な物質でした。ですから、安全の問題は単純には語れません。

特に、近年見られる新たな火災の要因は、「環境を守る」という方向性からくる技術がもたらした部分があります。新しい技術を導入する過渡期には、必ず事故が多発します。そういう意味で今という時代は、環境対応技術を安全に使っていくレベルに達するまでの過渡期ということでしょう。最初からそのレベルで使い始められればいいのでしょうが、どんな技術もスタート時には事故が発生します。

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    機関誌 『水の文化』 20号,佐宗 祐子,水と生活,災害,火災,安全,消火,防災

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