機関誌『水の文化』20号
消防力の志(こころざし)

ハザードマップをつくろう
<東京都>神田川ワークショップ

編集部

「生き残りをかけて防災センスを磨くには」において、小村隆史さんにDIG(災害図上演習)を説明していただきました。

古い地図を手がかりに、現在の危険・防災情報といった要素を重ねていくと、「暮らしのリスク発見マップ」と呼べるような地図ができ上がります。

そこでDIGに触発されて、消防の視点から「自分たちでもマップをつくってみよう」と、東京・高田馬場周辺の神田川を編集部で歩いてみました。

たくさんのリスクが、私たちを取り巻いていること、それぞれのリスクが複雑に絡み合っていることが浮き彫りになりました。

何とか水辺に近づくようにと、階段がつくられているが、現状の水位ではバケツで水を汲むのは不可能だ。

何とか水辺に近づくようにと、階段がつくられているが、現状の水位ではバケツで水を汲むのは不可能だ。

地図を手に川を歩く

DIGを参考に、現代の地図にいろいろな要素を重ねて、オリジナル「暮らしのリスク発見マップ」をつくってみることにした。どんな要素を盛り込むかによって、マップの性格が変わってくる。

現代の地図に、実際の消火栓・貯水槽・自然水利・消防署など、消防力にかかわる設備がどこに分布しているかなどを書き込めば、火災の危険に対しての「ハザードマップ」をつくることができる。これを見れば、自分の調べた地域に消防力が足りているかどうかが一目瞭然だ。

次に、この地図に別のハザード図を重ねてみた。今は、過去の災害記録や研究、実地調査などによって、避難経路や危険区域などを地図上にプロットしたハザードマップが、さまざまな公私機関によってウェブで公開されている。これは火災、水害、地震などいくつかの災害の種類ごとにつくられており、水害のハザードマップなら市・区役所に行けば手に入れることができる。昔の地図も、かつての地形や土地利用を知る上で役に立つので、是非加えたい一つだが、これも国土地理院で手に入れることができる。

こうした準備を整えて、いざフィールドへと繰り出した。

神田川をリスクと見るか、消防水利の資源と見るか

神田川は、三鷹市井の頭池を水源とする延長25.48km、流域面積102.3平方キロメートルの一級河川で、東京の中小河川では最大の流域面積を持つ。

上水道の完備によって、1901年(明治34)にその役目を終えるまで、上水として江戸の人々の生活を支えていた。

現在、井の頭池の水源湧水は水脈を切られ、井戸からの揚水が入れられている。

1909年(明治42)の地図を見ると、高田馬場から早稲田にかけての神田川周辺は田んぼばかり。その後20年ほどの間で急速に都市化する。とは言うものの、ちょっとの雨で神田川が溢れる都市型洪水の典型といわれるようになるのは、昭和30年代から。1958年(昭和33)の狩野川(かのがわ)台風が大きな水害の最初で、以来水害の常襲地域として、全国的にも有名になってしまった。

新しい建物は基礎を高くし、古い建物は開口部を防御する板がはめ込めるようにしてあったりと、集中豪雨の災害に備えていることが実感される。区で配布される洪水ハザードマップにも、このことが反映されている。

1959年(昭和34)から始まった改修工事や道路下に暗渠を設置する「分水路方式」によって、少しずつ水害は減る傾向にあるが、では火災対策はどうなっているのだろう。

阪神淡路大震災で問題となった、同時多発火災が起きたときの消防水利。開渠となっている神田川は、同時多発火災の際には命綱となる尽きない水「巨大水利」の源として意識されている。

ところが消防ポンプ車が汲み上げられる高低差は、約8mが限界だ。水面までの距離は7〜8mはありそうなので、負荷がかかりすぎる。しかも、水量の少ない平時には水深がないため、汲み上げるのに苦労をするだろう。関東大震災では、神田川からバケツで汲んだ水のお蔭で焼け残った書店の記録も残っていて、消防水利として立派に機能していたが、現在は水に近づくことさえ難しい。

実際に、歩いてわかったのは、「溢れる水を防ごう」とした結果、「バケツで汲める尽きない水」を遠ざけてしまったということ。神田川の水は、リスク要因でもあり、防災資源でもあるという相反する存在なのだ。

洪水被害は、神田川にとって今までのところ一番の脅威だった。しかしヒートアイランドを抑制する水辺としての機能、憩いの場、大地震のときの生活用水、火災時の消防水利、など川にはもっと多くの役割を担ってもらわなくてはならない。しかも川に限らず、もっと視野を広げれば、雨水を溜めることで、洪水のリスクが軽減されるかもしれない。リスク要素の在り方は、「人と土地と防災資源」のかかわりの数だけあるということだ。一つの災害に特化したハザードマップだけを見て、一喜一憂しても仕方がないのである。

ハザードマップは単なる地図情報ではない。リスク要素が複雑に絡み合っていることに気づき、その解決を考える道具として、一人ひとりが利用してこそ意味がある。

そして個人の自衛のレベルをはるかに超えているリスクには、やはり近所の仲間の連帯感で立ち向かわなければならない。助け合いだけではどうにもならないことは公共に要求する。このようにして住環境そのものを自分たちで利用できるように修正していくことが、地域防災力を高める秘訣なのかもしれない。

  • 上段:神田川沿いを歩くと、建物が密集する中、水害に自衛で立ち向かう住宅に出会うことができる。 下段、左・中:左は6月29日、中は7月5日。梅雨模様の天気が続く中、神田川の水位に変化が見られるかと思い、同じ場所に立ってみた。 下段、右:増水による水位の上昇を知らせるための、警報サイレン。

    上段:神田川沿いを歩くと、建物が密集する中、水害に自衛で立ち向かう住宅に出会うことができる。開口部を防御する板を発見。この建物は、四方の開口部すべてに、板をはめ込む溝をつけた桟が立っていた。さらには1階の床の高さがグラウンドレベルではなく、1mほど上げて建てられた建物も多い。 新しい建物は計画当時からそうなっているが、洪水被害に遭ってから、開口部を高い位置につけ替えた例も見受けられた。そんな中でも、新しい建物で何の配慮も見られないものも…。洪水が減ったのが理由、と喜ぶべきなのかどうかは不明。 下段、左・中:左は6月29日、中は7月5日。梅雨模様の天気が続く中、神田川の水位に変化が見られるかと思い、同じ場所に立ってみた。連日の雨にも水位の変化があまり見られず、地域住民の水害に対する恐怖心から測ると良い兆候であり、もし今大地震と同時多発火災が起こったら、と考えると悪い兆候であるともいえる。 下段、右:増水による水位の上昇を知らせるための、警報サイレン。川岸に書かれた白いラインが警戒水位のレベルで、ここを超えるとサイレンが鳴り響く。

  • 上段:神田川沿いを歩くと、建物が密集する中、水害に自衛で立ち向かう住宅に出会うことができる。 下段、左・中:左は6月29日、中は7月5日。梅雨模様の天気が続く中、神田川の水位に変化が見られるかと思い、同じ場所に立ってみた。 下段、右:増水による水位の上昇を知らせるための、警報サイレン。


PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 20号,編集部,東京都,災害,川,都市,治水,神田川,水利用,洪水,ハザードマップ

関連する記事はこちら

ページトップへ