地下水利用というと、高度経済成長期の過度な汲み上げによる地盤沈下の危険性や、飲用にする場合の安全性が気にかかる。しかし地下水利用は、大口利用者にとってはコスト削減の目玉であり、災害時などの代替え水源としても大きな可能性を秘めている。 地下水を膜濾過し飲用化するシステムを開発し、販売を手がけるウェルシィに地下水ビジネスの今をうかがった。
株式会社ウェルシィ代表取締役社長
福田 章一 (ふくだ しょういち)さん
私は航空自衛隊で電機を勉強し、その後1980年(昭和55)に会社を設立、節電機などを販売していました。
当時、お客さんと契約時に雑談を交わしていたときに「福田さん、節電機で電気代は安くなるけれど、ガス代や水道代は何とかならんかね」と言われました。通産省(当時)からの指示で各社が省エネに取り組み、節電機によるメリットが減少する気配を感じていた時代でしたので、お客さんの声に「これはおもしろい」と感じたのです。
ガスはまったく経験がない。そこで取り敢えず水について調べてみると、上水道の分野は官が主導で、しかも日本は水がきれいだから技術開発が止まっているということがわかりました。それまで私が商売してきた電気の世界は、それこそ日進月歩で技術が進化していましたので、これには驚きました。そして、これなら自分たちでも参入できるかもしれないと思ったのです。
当時出版されていた本を読んだところ、「地下水は表流水の230倍も存在する」とありました。今の学説では改められて70倍程度だということになっているようですが、いずれにしても目には触れない水資源が豊富に存在すると知って地下水をやるしかないと、東村山の工場の裏にまず井戸を掘りました。
ところが、不特定多数の人が利用できる水を供給しようとなると、水道法で定められた水質基準を満たす必要があります。当時は46項目、今は50項目の水質基準がありますが、実際に地下水を分析してみると、クリアできない項目が出てくるわけです。私の子供のころは井戸水を飲んでいましたので、川の水よりも簡単に処理できると思っていたんですね。ところが、どうしてもクリアできない。解決するための開発を始めました。
やっている内にわかったのですが、このとき東村山で汲み上げた水はまだいい水だったんですよ。
新聞紙上に「小さな小さな会社が大きなことを目指しています」という広告も出したりして、まずは水処理技術者を集め、プロジェクトチームをスタートさせました。
私は、このビジネスの成功の鍵を握るのは、上水道以上の安全性だ、と確信していました。そのためには、浄水器と同じように中空糸を使った濾過でなければ新規参入の意味がない、と心に決めていたのです。
プロジェクトチームに参加していたプロの技術者も「それほどコストをかけなくても、開発可能だ」と自信を持っていましたから、安心して任せていたのです。
ところが、事はそれほど簡単には進みませんでした。当時は節電機もそこそこ売れていましたので、節電機部門の営業部長が「社長、水はあまりにも畑違いだし、商品化もできないならあきらめてくださいよ」と言われました。節電機部門で稼いだ利益を地下水部門の開発に注ぎ込んでいたからです。この先、節電機は先細りになることは目に見えていましたが、そんな不安にさせることは従業員には言えません。「何とか我慢してくれ」と言いながら続けていきました。
0.1ミクロン(1万分の1a)の孔が開いた中空糸でつくった膜で濾過するのですが、この孔にミネラル分が付着して詰まってしまうわけです。なぜ膜濾過にこだわったのかといえば、当時問題になっていたO-157と耐塩素性原虫クリプトスポリジウムが3〜5ミクロンだから、この位の膜で濾過すれば充分安全な水をつくることができる、と考えたのです。
この中空糸を製造していたのが三菱レイヨンさんで、相談してみたところ「地下水はウェルシィさんとやりましょう」と言ってくれて、共同開発することになりました。1996年(平成8)4月にはアクア事業部が発足して、実質的なスタートとなりました。
始めてからわかったことは、とにかく地下水の処理は難しいということです。水道水が表流水を使っているのは、そういう意味から正解だったといわざるを得ません。地下水はミネラル分が多いために、膜濾過をすると、すぐに膜が目詰まりしてしまうのです。
結局「逆洗」、つまり水の流れを逆にして付着したものを除去することで解決をみましたが、そのタイミングや自動運転の間隔設定に試行錯誤を繰り返しました。
開発当初は、「水道料金単価が1立方メートルあたり300円以上の地域で、年間3万立方メートル以上使っていること」が、導入メリットを享受できる損益分岐点でした。水道料金算出方法では、たくさん使うほど単価が高くなるので、大口利用者のほうが当社のシステムを導入するメリットが高くなるのです。したがって初期の納入先は病院、スーパーマーケット、ホテル、学校、駅、スポーツクラブなど大口利用者が主でした。
しかし、技術開発が進んだことでコストが抑えられていますので、現在はもっと小口の利用者にもメリットを感じていただけるようになりました。
もう一つのメリットは、災害時のライフラインの確保です。我々は、ライフラインの提供という意味から「二元給水」といっています。そのことは顧客にも理解されており、納入先の約3分の1が病院だということにも表れています。
震災時には、水道の復旧に時間がかかります。阪神のときは、全国の水道局の職員が延べ4万人応援に来たにもかかわらず、水道の完全復旧まで3ヶ月かかりました。自前の地下水があれば、水道以外のオプションを持っている安心を実感していただけるはずです。
私たちは「二元給水」の安心感を大口利用者だけでなく、一般家庭を視野に入れて、現在開発を進めているところです。
上水道料金の節約、二元給水に加え、エネルギー消費量の低減も大きなメリットです。一年を通じて温度がほぼ一定の地下水は、冷暖房エネルギーの削減にも寄与しています。
もっと広い視野で考えれば、大規模なダムや浄水・給水システムが必要とされる上水道より、小規模な設備でできる地下水利用は、設備コストも節約することができ、環境負荷が小さくてすみます。
では、実際に私たちがどんなシステムを販売しているのか、簡単にご説明しましょう。
まず最初に、地下水が出るかどうかと水質の安全性について調査を行ないます。ここで見込みがないときは、こちらからお断りする場合もあります。逆に、調査の末に掘削して、万が一水量が得られない場合はそれまでにかかった費用を当社が負担いたします。
このことは井戸業者からヒントを得たのですが、普通は水が出なくても発生した費用は払わなくてはならないのです。「井戸を掘って、水が出なくても掘削費用はかかる。地下のことだから水が出るかどうかわからないから、掘ってはみたいけれど決心がつかない」というお客さんは意外と多いそうです。それならば、リスクは私たちが持てばよい。そこで水量と水質を保証するというビジネスモデルをつくりました。
もちろん、そのようなことができるには、裏付けがあってのことです。地下水が出るかどうかは、蓄積したデータでだいたいわかるのです。最初のうちは、井戸を掘る土地の周囲を回って、井戸情報を集めました。今では、これまでのデータの積み重ねによって検討がつきます。
地下水は5〜10mも掘ればたいがい出ますが、浅井戸は水涸れや細菌混入などの危険性があるため、不圧帯水層(21ページ下図参照)を何層か通過させて、被圧帯水層まで到達する深井戸を掘ります。平均すると100メートルぐらいの所まで掘ります。
井戸を掘ったら、次は揚水テストをします。地盤沈下しない揚水量の範囲を決めるためです。高度経済成長期、1970年代前半の地盤沈下騒ぎを知っている者にとっては、過剰揚水の心配が常にあるからです。昔のように、とてつもない量を工業用水として汲み上げるのとは違いますが、万が一にもそんなことがないようにテストをするのです。
揚水テストをする際には、通常の2、3倍汲み上げられる能力を持った試験用ポンプを仮設して地下水を汲み上げます。するとある量を越えたときに急に揚水量が下降する時点があります。このポイントが限界揚水量で、この範囲以内なら地盤沈下には影響せずに汲み上げられるということがわかっています。当社では、地下水量の変動を監視するセンサーを設置しています。
この範囲内で水量を保証して、プラント設計に入ります。プラント設計には、水質の調査結果に応じて、濾過器の本数や種類を決めていきます。
実は地方自治体によって汲み上げてもいい地下水量が条例で決められ、揚水規制は一様ではありません。当社では、各自治体の定める揚水規制に対応しながら、システムの導入を計っています。
設備そのものの金額は、約3千万円〜3千5百万円で、それをリースで使用していただいています。
このほかに、1ヶ月に1回のメンテナンスに保守管理費がかかります。水道法では0.1ppmの残留塩素が義務づけられているので、地下水に投入するための塩素を月に1回補充します。
下水料金に関しては、地下水も上水道使用の場合と同様に、排水量に応じて支払っていただいています。
私たちは、厚生労働大臣指定の水質検査機関として2003年(平成15)に認定を受けました。また、翌年に制度が変更した折には、厚生労働省登録の水質分析機関としても登録を受けています。当社の特色は飲料水の水質検査に特化していることで、現在の水質検査依頼は1カ月に200検体を超えています。最新の設備の導入で、高度な自動化処理がなされているために、検査期間の大幅な短縮にも成功しています。2007年度には中央研究所を新設する計画で、水の基礎研究のほか、水の循環利用システム、水資源の有効利用などに役立つ研究開発を進めていきます。
水の技術開発はまだまだわからないことがたくさんある分野で、研究のしがいがあります。地球そのものを巨大な濾過器と考えたら、地下水はものすごいエネルギーがあるのではないか、と思うのです。
私が「技術」の重要性を知ったのは、航空自衛隊で得た経験によります。最先端技術を知って、未熟な自分との距離をいかに縮めていくか、それが私が取り組んできたビジネスの基本姿勢です。
水のことでいえば、アメリカでは大変浄水技術が進んでいましたが、過去に通常に起る何倍もの感染症が引き起こされたことがありました。調べてみると、RO膜(逆浸透膜)処理による超純水を飲み続けていたことで免疫力が低下したことが一因ではないか、とわかったのです。シンガポールではこうした過去の経験を生かして、RO膜処理した水にミネラル分を添加しています。
これからは、このようなハイブリット化、地域ごと、ユーザーごとのカスタムメイド化が、一層求められていくことでしょう。私たちは、水を扱う企業として、今のやり方に安住せず、常に研究、開発を行なっていかなくてはなりません。
現在、当社では災害などで既存の通信網が機能しなくなる自体を想定して、通信衛星経由で情報を送信する監視システムも構築中です。このシステムは、地下水の水質などを自動的に測定し、災害時でも通信が途切れにくい衛星回線を使って24時間体制で情報を集め、監視センターで分析して、ユーザーに提供するものです。利用可能な水量の井戸をすぐに確認できるため、災害時にも役立ちます。
このように、さまざまな分野で開発されていく技術の中から、安全な水の供給のために利用できるものを取り出してつないでいくのが、我々の役目だと考えています。
社内機関である日本エコロジィ研究所では、飲料水の水質検査に特化した技術で水質分析を行なっている。
現行民法では、地下の財産権は、地上の土地保有者に帰属することになっています。とはいっても、地下水は水脈として流れているし、涵養もしなくてはならない。そこで、自治体によっては地下水利用に、ある種の税金を負荷しようという動きがあります。私は、早くそうなってほしいと思っています。というのは、現行の法体系では、地下水の帰属がうやむやなために、地下水利用が公に認められていないことだという感覚を、完全には払拭できていないからです。
そのためか「上水道を安くするために、誰のものだかわからない地下水を汲み上げて、我がもの顔をして使っている」と思われたくないために、表立って言うことを躊躇する雰囲気があるように思います。
地下水を公水にすることで、その後ろめたさはなくなります。きちんと税金を払えば、胸を張って地下水利用ができる。たとえコストがかかっても、ビジネスとしてはよほどプラスになると考えています。ヨーロッパではすでにそのようになっています。日本でも秦野市は地下水を公水と認識し、地下水涵養を目的に利用協力金を徴収していますね。
近年になって同業者が出てきたのは、うれしいことです。私は、それらの企業を単なる競合とはとらえていません。複数の企業体が誕生するということは、この事業が新しい産業として世の中に認められつつあるということだからです。
現在、当社の導入実績は517件です(2006年5月現在)。この実績は、さまざまな技術開発につながってきました。こうした膜濾過システムの技術力を、例えば砂漠緑化などに役立てないかと思っています。
地球上には、塩分濃度の高い地下水やヒ素などの混入で安全性に問題がある地下水しか手に入れられなくて困っている地域が、まだまだたくさん存在します。当社の技術がそうした地域の役に立つことができるように、支援プロジェクトにも取り組んでいます。
私たちはこれらの夢に向かって、やらなくてはならないことが、まだまだたくさんあるのです。