機関誌『水の文化』23号
水商売の理(ことわり)

《水の商品化》

古賀 邦雄さん

水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄 (こが くにお)さん

1967(昭和42)年西南学院大学卒業、水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川開発調査会、筑後川水問題研究会に所属。

今春、九州古代史の会のメンバーと遠賀川流域の竹原、王塚古墳などを見て回った。いずれの古墳も犬鳴川、穂波川の支川が、遠賀川に向かって延びる丘陵地に造られている。石室には水を容れた土器が黄泉の国で食事がなされるようにと、埋蔵されたという。古代人にとって、水は自由財であった。

縄文、弥生時代に稲作が始まり、日本の最古のダムと言われる奈良県の蛙股(かえるまた)池をはじめ、満濃池(香川県)、狭山池(大阪府)が造られ、稲作が普及していく。さらに中世、近世にかけて溜め池や小河川の導水によって新田開発が進み、農業用水は、のちに慣行水利権として排他的な権利を確立する。

水が財として商品化するのは、江戸に神田上水、玉川上水が通水された時からであろう。この上水の余水を水船業者が汲み売水した。水船業者は幕府から鑑札を受け、上納金を納付する。山本一力の『道三堀のさくら』(角川書店、2005)は、水船業者の龍太郎と蕎麦屋の娘おあきとの恋模様をからめた物語である。龍太郎は一日50荷(2300リットル)を汲み、一荷(46リットル)を百文で売る。水代は一荷20文、船の借賃が30文。100文で売れば50文の儲けとなる。この小説は、水の商品化(価格)を事細かに捉えて興味が尽きない。

明治維新後、東京府は水船業者規則を定め、上水の余水の営業を続けさせた。東京都公文書館編『東京の水売り』(東京都、1985)は、水の商いを詳述している。

現在、羽田は国際空港の町に大きく変わったが、かつては潮の香りが漂う漁村に過ぎなかった。児童書、野村昇司・作、阿部公洋・絵『羽田の水舟』(ぬぷん児童図書、1982)に、多摩川のあげ潮時に水を汲み(淡水取水(あおしゅすい))、売り歩く姿を描く。羽田に水道が供給されたのは1923年(大正12)であった。

『羽田の水舟』

『羽田の水舟』



わが国は、開国以来欧米の列強に対抗して、富国強兵、殖産興業政策がとられた。安田正鷹著『水の経済学』(松山房、1942)は、国力として水の利用増大が必要であると主張し、河川の上流にダムを造り、この貯留水を多目的に農業用水、水道用水、発電用水、工業用水に使う河川統制事業を興すことを論じた。相模川等で事業の着手をみたが、1945年敗戦を迎え、戦後この事業は河川総合開発として受け継がれた。

1950年朝鮮戦争が勃発し、日本は特需景気にわき、続いて高度成長期に入る。この成長の一要因は工業用水等を廉価に供給する水資源開発システムが確立したことにあった。佐藤武夫著『水の経済学』(岩波書店、1965)は、日本資本主義の発展の過程における水利問題をめぐる関係者の対立関係を論じる。

前述の河川総合開発事業に伴う多目的ダムが造られると、既得の水利関係者との利害が衝突する。一方、水行政は、農業用水は農林省、水道用水は厚生省、発電用水と工業用水は通産省、治水は建設省の管轄であり、省庁間の利害関係も生じる(省名は当時)。新沢嘉芽統著『河川水利調整論』(岩波書店、1962)には、各々の利水者が満足するように相互に調整し合う水利用を論じる。一つの方法として、種々の農業用水を合口(合理化)し、他との水利を調和する。冷水問題ではダムに表層水取水施設の設置により解決を図った。また事業者が負担する多目的ダム建設費の振り分けも論じる。

  • 『水の経済学』

    『水の経済学』

  • 『河川水利調整論』

    『河川水利調整論』

  • 『水の経済学』
  • 『河川水利調整論』


宇井純編『日本経済と水』(日本評論社、1971)の中で、伊東光晴は「人間が生きるために必要な水は、経済学的には公共財であるから、政府はこれを供給する責任があり、税金により水は無料で供給することが望ましい」とシビル・ミニマム論(都市型市民の生活権として整備すべき最低基準)の立場から展開する。

これに対し、安井正巳著『水の経済学』(日本経済新聞社、1975)では、水を経済財と捉え、最終消費財と中間的生産財に位置づける。そして「水の価格は水の経済循環のなかで、水という財の各種の使用について、各種の段階において需要者と供給者との間に行われる財およびサービスの移転のさいに形成される」と論じる。「もし、シビル・ミニマム論を採用すれば、水道施設の投資力が弱まり、必要な水が供給されなくなる可能性が生じる。真のシビル・ミニマムとはむしろ必要かつ十分な水の安定した供給である」と指摘する。

水利転用については、華山謙、布施徹志著『都市と水資源-水の政治経済学』(鹿島出版会、1977)では、二ヶ領用水、愛知用水、老司井(ろうしい)堰の事例をあげ、現代資本主義の下では、水の適正配分のためには農業用水を都市用水に転用すべきだと主張する。水利権を物権と見なし、水利権の価格について、上限と下限の価格を決定し、その間で譲渡を行う。さらに、水利権譲渡を認める要件のルールをつくることだと示唆する。

  • 『水の経済学』

    『水の経済学』

  • 『都市と水資源-水の政治経済学』

    『都市と水資源-水の政治経済学』

  • 『水の経済学』
  • 『都市と水資源-水の政治経済学』


水の商品化が顕著に現れるのは飲料水だ。河野昭三著『ビジネスの生成-清涼飲料の日本化』(文眞堂、2004)は、ラムネ、サイダー、ビールなどの事業について、幕末から第二次世界大戦まで、西洋文化の移入品として論ずる。1964年、バーやクラブでミネラルウォーターが登場する。1984年ミネラルウォーターの生産・輸入量は8.2万キロリットル、2004年には162.6万キロリットルへと飛躍的に増大する。

中村靖彦著『ウォーター・ビジネス』(岩波書店、2004)は、内外水産業の過熱ぶりの実態を追う。水道の価格は1立米当たりに換算すると120円、ボトル水は24万円となり、2千倍の高い水となる。500mリットル120円のボトル水は、水道の価格に換算すると0.06円にすぎない。

高田公理著『なぜ「ただの水」が売れるのか』(PHP研究所、2004)によると、ボトル水は手軽に入り、健康志向、ファッション感覚、生活慣習となり、嗜好品文化として定着したと分析する。このボトル水の購買力に水道事業者は危機感を抱いていたが、東京都をはじめ地方自治体もボトル水の製造販売に乗り出した。

一方、水道経営の効率化のために民営化が進む。斉藤博康著『水道事業の民営化・公民連携』(日本水道新聞社、2003)では、水道経営について既に地方独立行政法人制度の導入や、指定管理者制度による管理委任によって一部運営されていると論ずる。

  • 『ビジネスの生成-清涼飲料の日本化』

    『ビジネスの生成-清涼飲料の日本化』

  • 『水道事業の民営化・公民連携』

    『水道事業の民営化・公民連携』

  • 『ビジネスの生成-清涼飲料の日本化』
  • 『水道事業の民営化・公民連携』


ロビン・クラーク著、沖大幹監訳『水の世界地図』(丸善、2006)によれば、貧しい者の方が高い水代金を支払うことになるという。世界では水のグローバル化が進み、石油争奪戦と同様に水の争奪戦が始まった。

水戦争について、マルク・ド・ヴィリエ著『ウォーター−世界水戦争』(共同通信社、2002)、ジェフリー・ロスフェダー著『水をめぐる危険な話』(河出書房新社、2002)、モード・バーロウ著『BLUE GOLD-独占される水資源』(現代企画室、2000)、モード・バーロウ、トニー・クラークの共著『「水」戦争の世紀』(集英社、2003)、ヴァンダナ・シヴァ著『ウォーター・ウォーズ』(緑風出版、2003)、国際調査ジャーナリスト協会著『世界の<水>が支配される!』(作品社、2004)の書があり、いずれの書も水道の民営化、水ビジネス、水の私有化、水争い、水汚染、民族紛争、国境紛争を論じ、警告する。

  • 『ウォーター−世界水戦争』

    『ウォーター−世界水戦争』

  • 『ウォーター・ウォーズ』

    『ウォーター・ウォーズ』

  • 『ウォーター−世界水戦争』
  • 『ウォーター・ウォーズ』


『ウォーター・ウォーズ』の書から、水道民営化による南米のボリビアの紛争をみてみたい。1999年ボリビアでは水道が民営化されると水道料金1ヶ月20ドルになった。最低賃金100ドル未満の人々がほとんどの国でである。このため市民はゼネストで抵抗し、政府は戒厳令を発したが水の抗議は続き、政府は水道の民営化を撤回せざるを得なかった。ボリビアの人々にとって、水は人々の生殺与奪を握るもので、いわば生存権としての財である。

以上、江戸時代から今日まで世界を含めて水の商品化に係わる書を掲げてきた。財としての水は、自由財、公共財、経済財(消費財、生産財)と様々だ。さらには生存権としての財と呼びうる側面も持っている。こうした様々な性格を有しながら、これからも水の商品化はその国の経済状態によって変化する。

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