養殖魚の弱点としてよくいわれるのは「においが独特」「脂がきつい」など。編集部では、「それはほんとうなの?」「仮にそうだとしても、おいしく食べる方法があるのでは?」という声があがった。そこで、『月刊 養殖ビジネス』(緑書房)で「ウエカツ流 養殖魚の食べ方」を連載している水産庁の上田勝彦さんにご相談した。アドバイスにしたがって、代表的な養殖魚であるブリとタイを用意。今日からでも実践できる「養殖魚をおいしく食べるコツ」を上田さんに教えていただいた。
水産庁 漁政部 加工流通課 課長補佐
(魚食普及 水産物広報担当)
上田 勝彦さん うえだ かつひこ
1964年(昭和39)島根県生まれ。元漁師(長崎県沿岸漁業)。1994年(平成6)水産庁入庁後、南氷洋調査捕鯨、太平洋マグロ漁場開拓、日本海の資源回復などに従事。2014年より現職。漁業者向けの販促方法、活〆技術などの指導から、消費者向け料理講習など幅広く活躍。通称「ウエカツ水産」。『月刊 養殖ビジネス』(緑書房)では「ウエカツ流 養殖魚の食べ方」を連載中。
編集部 今日は、天然魚と養殖魚を実際に食べ比べながら、養殖魚をおいしく食べるポイントについて教えていただきたいと思います。
比べるのはブリとタイの2種。それぞれ天然もの、普通の養殖もの、そしてブランド養殖魚といわれる「かぼすブリ」と「エビマダイ」を用意しました。
まず外見の印象ですが、ブリもタイも養殖ものは丸々と太っていて、天然ものより立派な感じがします。
上田さん 養殖魚はエサをたっぷり食べて、運動量も少ないので体がふっくらと丸みを帯びていますが、これは自然界にはない体形ですね。鮮度からいえば、今日用意された魚は全体的に養殖の方が状態はいいようです。こちらの天然ものはブリもタイも目玉が白濁して少しくぼんでいますね。残念ですが、これは水揚げしてから時間が経っている証拠なんです。では包丁を入れておろしてみましょう。
編集部 切り身を見ると、天然ものはなんだか身の色がくすんでいますね。養殖魚の方は明るい色で透明感やツヤもあります。
上田さん 天然か養殖かという以前に、魚は生きものなので個体差がありますし、管理のしかたがとても重要なのです。水揚げしてからの扱いが雑だと魚にストレスがかかり、うっ血して生臭みが出たり、肉の酸味が強くなってうまみが落ちてしまいます。その意味では、かぼすブリやエビマダイのようなブランド養殖魚は丁寧に扱われているので、品質は安定しているといえるでしょう。
そうは言っても、天然魚と養殖魚の明確な違いはあります。1つは養殖特有のくさみ。これはエサとなる魚粉や魚油の匂いです。それから養殖魚は脂が多く、内臓のまわりにも脂肪がついています。これは最近の日本人の脂嗜好を受けてのことで、魚油をたくさん与えた結果、魚がメタボ状態になってしまいます。こうした養殖魚の欠点を、エサや育て方で少しずつ変えようと努力しているのが、いわゆるブランド養殖魚だともいえるでしょう。
上田さん それぞれの味の違いがわかりやすいよう、しょうゆだけで食べてみてください。まずはタイからどうぞ。
編集部 天然ものは、見た目は色がくすんでいましたが、食べてみるとぷりっと歯ごたえがあり、タイらしい味が口の中に残りました。
エビマダイは、さっぱりして食べやすいですね。ただ少しだけ淡白でタイの味の印象は薄い気がします。
普通の養殖ものは、身がふわふわと締まりがなく、刺し身としてはもの足りない感じです。
上田さん ブリはどうでしょう。
編集部 やはり天然ものは身がきゅっと締まっていて脂もほどよく、噛むとうまみがあります。
かぼすブリはくさみが少なくて、脂もさっぱりしています。食感は天然ものと違いますが、十分おいしいです。
問題は普通の養殖もの。今回の養殖魚は脂っこく生臭いにおいを感じました。
上田さん 今日のなかでは普通の養殖ブリが一番食べづらいということですね。では、今回のようにくさみを感じる人のために、養殖魚をおいしく食べるにはどうすればいいのかを考えてみましょう。
そもそもくさみには、水に溶けるもの、油に溶けるもの、空気に溶けるものがあります。そして、その対策としては、取り除く、隠す、分解するという3つの方法がある。この3×3のなかから当てはまるものを考えていけばいいのです。
刺し身の場合、よく使うわさび、和からし、しょうがなどの薬味は、キレがよく口に入れると香りがさっと消えるので、くさみを隠すことができません。それよりも、みそや唐辛子、豆板醤など、口のなかで最後までつきあってくれる主張の強い薬味のほうが相性はいいのです。
編集部 養殖魚のくさみは取り除くこともできるのですか。
上田さん 完全にくさみを消すことはできませんが、1ついい方法があります。「しょうゆ洗い」です。養殖ブリを薄く切り、器に入れたしょうゆで両面を洗うようにしてから、カイワレダイコンを巻いて食べてみてください。
編集部 あ、たしかに先ほどよりもくさみを感じません。それに思ったほど塩辛くもないですね。
上田さん しょうゆは魚のくさみ成分を吸着する働きをもっています。またしょうゆのうまみが先行するため、くさみを感じにくくなるのです。ただ、この場合ブリを洗ったしょうゆはくさみを吸っているので、捨てなければいけません。
似たような方法に、みりんしょうゆに漬け込む「ヅケ」もあります。その場合も、刺し身の端があめ色になるくらい漬かったら、一度ザルにあげてタレを切るのがポイントです。そうしないとタレに吸着されたくさみが、再び刺し身に戻ってしまいます。
上田さん 次に、最近定着しつつあるブリしゃぶは、鍋に水かだし汁を沸かして薄切りのブリをさっと通し、ぽん酢で食べるというもの。
ここで、ブリしゃぶに加えて私がお勧めするのが「焼きしゃぶ」です。テフロン加工のフライパンを熱して、ブリの表面を油がにじみ出るまでさっとあぶり、ねぎぽん酢をつけて食べるだけなのですが、味はいかがですか。
編集部 油が焼ける香ばしい香りがして、湯に通したしゃぶしゃぶとは別ものですね。くさみもあまり感じなくておいしいです。
上田さん フライパンで焼くとブリの表面から油が出ますよね。この油と一緒にくさみが落ち、また焼けた油の香ばしさで残ったくさみも隠されるのです。だから1枚焼くごとに、出てきた油をペーパーで拭きとることを忘れないでください。そうしないと次の切り身ににおいがついてしまいます。
焼きしゃぶは、脂が多い養殖魚にこそ向いた調理法です。ブリのほか、サバや養殖カンパチなどもいいでしょう。逆に脂が少ない魚では、焼きしゃぶではパサパサになってしまうことがあります。また、タイやサワラのような身のやわらかい白身魚も、普通のしゃぶしゃぶの方が向いています。
上田さん さて、ここまでは、くさみを感じる養殖魚を、どうおいしく食べるかという話でした。これからご紹介したいのは、おいしい養殖魚をよりおいしく食べる方法です。それが「湯煮(ゆに)」です。
編集部 湯煮というのは、初めて聞きました。
上田さん 北海道の郷土料理をもとに私がアレンジしたもので、魚のくさみを分解し、かつうまみを残す、非常にシンプルで理にかなった調理法です。今日はエビマダイを使って湯煮をつくってみましょう。
湯煮には大きく3つのポイントがあります。まず、魚に薄く塩をまぶしてしばらく置くこと。そうすることでうまみが流れ出るのを防ぐと同時に、くさみが表面に出てきます。次に、湯を沸かしたら日本酒を加えること。この日本酒の有機酸が、表面に出てきた魚のくさみを分解してくれるのです。最後に、魚を湯に入れたら沸騰させないこと。魚は100度以上で熱すると脂が酸化しやすくなり、うまみも流れ出てしまうからです。
できあがったら皿に盛って、上から刻んだ長ねぎとぽん酢をたっぷりとかけます。さあ、食べてみてください。
編集部 身がふっくらやわらかくて、まったくパサパサしていませんね。これはご飯が進みそうです!
上田さん タイやブリはもちろん、丸ごとのアジや塩サバ、干物など、どんな魚でも湯煮にすることができます。それに湯煮は、冷めてもおいしいのです。
ぽん酢以外にも、塩こしょうやバターしょうゆなど、好みの味つけにすれば、小さいお子さんからお年寄りまでおいしく食べられます。
編集部 これは魚料理の新たな定番としてぜひ広めていきたいですね。
上田さん 私は今の養殖魚に怒りと希望をもっています。ぶくぶく太って脂ばかりの養殖魚が多いのは、買い手が養殖業者にそのように望むからですが、一方、最近はかぼすブリやエビマダイのようにおいしいと思えるものが出てくるようになって、養殖魚もようやくここまで来たかという感慨があります。これは大きな希望です。
日本は周囲を海に囲まれた島国で、昔から魚を食べてきました。地理的条件に合った食文化を簡単に手放してはいけません。今後、良質な養殖魚が増えることで、家庭の日常に魚を取り戻すことができればと期待しています。
編集部 普段、天然魚と養殖魚を食べ比べることはないですし、養殖魚のなかでも違いがあるなど、今日はいろいろと発見がありました。ありがとうございました。
(2014年12月8日実施)