写真提供:池内 恵さん
「水とかかわりの深い日本の文化」の調査項目には、酒造り、入浴習慣、稲作など、バラエティに富んだ回答が寄せられている。その元になった豊かな自然を、私たちは大事に守り、育んできただろうか。池内恵さんからアラブ諸国の水事情をうかがうと、忘れかけていたことが浮かび上ってくる。
国際日本文化研究センター准教授
池内 恵 (いけうち さとし)さん
1973年生まれ。1996年東京大学文学部思想文化学科イスラム学専修課程卒業、2001年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。専門はイスラーム政治思想史、中東地域研究。日本貿易振興会アジア経済研究所研究員を経て、2007年より現職。 主な著書に『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義』(講談社2002)、『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社2004年)、『書物の運命』(文藝春秋2006年)他。
日本に生まれた我々は、水と緑は自然の恵み、と考えています。日本の文化は、水と緑が生んだ文化ともいえるかもしれません。
これと非常に対照的なのが、アラブ諸国です。アラブ諸国の中にも日本と近い風土を持つ場所が一部ありますが、ここではエジプトやサウジアラビア、イラクなどを中心にお話します。
アラブの土地を初めて訪れたとき、まず驚いたのは乾ききった灰褐色の大地でした。砂漠といえば、我々は神秘的で美しいイメージを抱きますが、アラブの多くの土地は「土漠」です。
ナイル川、チグリス・ユーフラテス川の三角州地帯には、辛うじて緑があり、都市が形成されています。しかし、そこもスラム化している状態です。
建物は、白い漆喰壁が目立つ地中海沿岸地帯を除いて、大部分はレンガ造り。それが強烈な日差しと強風ですぐに劣化し、朽ちていきます。日本のように水が関与して腐食するのではなく、水が乏しいため乾燥したまま土に還るのです。
これほど水が希少なアラブ諸国では、太古から水の管理が大変重要な問題でした。前近代まで、水を制する者が国を制していたのです。
現代でも、市民に水を供給することが、政治支配者の必須条件。極端なことをいえば、「水」「パン」「ガソリン」さえあれば、アラブの土地で何とか生き抜いていける。それプラス最低限の薬品と紅茶に入れる砂糖があると、人間として最低限の生活が営めます。
アラブ諸国の人々にとって、「自然」は愛でるものでも、守るべきものでもありません。乾いて沈黙するだけの自然に立ち向かい、生き延びてきたのがアラブ諸国の歴史なのです。
ナイル川やチグリス・ユーフラテス川の名を聞くと、雄大な流れや豊かな古代文化を連想する人もいるかもしれません。
その流域では、現在も稲作が行なわれるなど、水に関係する文化が多少受け継がれています。ちなみに、稲作がもっとも盛んなのはエジプトで、普及しているのは日本と同じジャポニカ米です。エジプトの陽射しの下で作物を植えると、手をかけないでもぐんぐん伸びる。二毛作、三毛作も行なわれています。
その意味では、中東の太陽と大河のパワーはすごい。でも、その水を巡る争いもまた、凄まじいものがあるのです。
1967年に起きた第三次中東戦争は、ヨルダン川の水問題が大きな要因になったといわれています。ヨルダン川は、ヨルダンとイスラエルの領土、パレスチナの間を流れ、死海へと注いでいますが、その水の使用について、ヨルダン、パレスチナ人とイスラエル人が対立したのです。
「イスラエルはヨルダン川の水源を支配し、川の水を取り過ぎている」
というのが、ヨルダンとパレスチナ側の主張。これに対して、イスラエルはこう訴えた。
「ヨルダンやシリアは、ヨルダン川支流の向きを人為的に変えて、イスラエルを干上がらせようとしている」
アラブ諸国をまたいで流れる河川には、しばしばこうした問題が持ち上がります。雨量が非常に少なく、山地も限られているので、川の水は使えば無くなってしまうからです。
ナイル川は上流のスーダンが水源を開発すると、エジプトに流れる水量が少なくなってしまう。ユーフラテス川の場合も、上流のトルコがダムを建設しているので、シリアやイラクに流れる水が乏しくなる。
この辺りの感覚は、国際河川を持たず、雨水や雪解け水が森林から河川へと循環していく川しか知らない日本人には、想像しにくいところです。しかし、アラブ諸国の人々にとって、国際河川の利用法は、まさに死活問題。
国際河川の水使用に関しては、「公正・適切な利用」や「明白な損失をいずれかの国に及ぼさないという原則」はありますが、決め手に欠きます。
「今世紀、水を巡って新たな中東戦争が起きるのではないか」
との説も出ているほどです。政治は希少価値の分配、とよくいわれますが、アラブ地域においては、「水」にこそ、その希少価値があるのです。
ご存知のように、アラブ諸国の主な宗教はイスラム教ですが、これもアラブの厳しい自然環境と密接に結びついています。その経典であるコーランでも、水は非常に重要な位置を占めているのです。
まず、水はアラブ諸国にとって貴重なものだけに、天国の楽園イメージとして登場します。典型的なフレーズがこれです。
「・・・信仰に入り、義しい行いにいそしむ人々、そういう人々には潺々(せんせん)と河川流れる楽園が用意してある・・・」(コーラン第85章節11節井筒俊彦訳 岩波文庫 以下同様)
47章の15〜17節の描写は、より具体的。「絶対に腐ることのない水をたたえた川」、「味の変わらぬ乳の河」、「えも言われぬ美酒の河」、「澄みきった蜜の河」が、「約束された楽園」の情景として描かれているのです。
モスクの中に置かれている水盤も、楽園のイメージを示すもの。お祈り前の「清め」にも水を使うため、モスクには手洗場、足洗い場が整備されています。
コーランに戻ると、地獄の描写で強調されるのは、「渇き」の苦しみです。たとえば、罪人に与えられる「ザックーム」という架空の木の実。これを食べると「溶かした銅のように腹の中で煮え返り、熱湯のようにぐつぐつ煮え立つ」(第44章43〜46節)。そこへさらに、「ぐらぐら煮えた熱湯を飲まされる」(第56章52〜56節)。
アッラーを敬う善人には、教義で禁じられている酒までそろった楽園が用意されているのに対し、悪人が行く地獄にあるのは、食べると喉がよけい渇く果実や、腐った水。貴重なおいしい水を得られるかどうかは、アッラーの神への信仰次第、というわけです。
現在、アラブ諸国の都市では、ほとんど水道が完備されています。もちろん飲める水です。とはいっても、これは現地の人に限った話。
そもそも水には、その地域特有の成分が含まれているので、生まれたときからそれを飲んでいれば、自ずと耐性ができてきます。それを現地の基準で浄化したのが水道水ですから、元の水や浄化基準、給水設備が悪ければ、現地の人しか飲めません。「水が合う」と昔から言われるのは、こういうことなのでしょう。
私が住んでいたエジプトの人々は、「ナイルの水」に誇りをもっているため、水道水をがぶがぶ飲み、客にも勧めます。私などは、友人の家で出される水道水を飲んでたびたびお腹を壊し、苦しい思いをしていました。日本人は、アラブ諸国では水道水に手を出さないほうが無難です。
エジプトで私が日常飲んでいたのは現地生産のミネラルウォーターですが、実はこれも危ない、と言う人もいます。産業化で水源が汚染されてきている上、検査体制も不明です。
お風呂事情も、日本とはまったくかけ離れています。極端に清潔好きで入浴を楽しむ日本人の対極に位置しているのが、アラブ諸国の人でしょう。彼らにとっては、体を洗う水が出ればそれだけでいいのです。
カイロの一般庶民向けアパートには、バスタブつきのバスルームがありました。しかし、大家の息子さんに「シャワーカーテンをつけてほしい」と頼んだら、「何故それが必要なんだ? 水は放っておけば乾くじゃないか」と言われてしまいました。バスタブに湯を入れて使うことはなく、バスルームの床は汚れているのが当たり前、というのがアラブの人たちの感覚です。
人間環境は、自然環境に規定されて生まれます。頭の中ではわかっていても、アラブの厳しい自然環境を目の当たりにしたことで、改めてそれを実感しました。
日本人の細やかさは、豊かな自然環境の中で育まれたものなのです。厳しい自然に手を加えて生活圏を確保してきたアラブの人たちに、日本的な感性を説明しても、うまく伝わりません。実際、アラブ人の細胞は、日本人の100倍ぐらい大きいのでないか、とよく感じたものです。
我々が水を巡る文化や環境問題を考えるとき、もともと存在していた自然環境の素晴らしさ、自然が循環している有り難さを、今一度思いだすことも必要かもしれません。