機関誌『水の文化』27号
触発の波及

触発の波及

触発の波及

触発の波及

編集部

調査結果に触発されて

慣れというのは、恐ろしい。先入観や既成概念から「当たり前」と思って取り上げなかったり、排除してしまうからだ。

13年間続けてきた「水にかかわる生活意識調査」を振り返る過程で、私たちも慣れや思いこみに陥っていたことに気づいた。例えば水道水への評価などはその最たる例で、「水道水はおいしくないという評価は減った」という調査結果から現状を把握しながらも、自分たちが利き水をした際、つい「思いこみ」に影響されてしまった。

また、調査結果として挙がってきた「川で遊ぶ人が少なくなった」という回答の理由には、「危ないから」、「水が汚いから」などが思い浮かぶが、その理由自体「刷り込まれた常識」かもしれない。常に疑問を持ち、さらに掘り下げていくことも必要だと、認識を新たにした。

今号では、「水にかかわる生活意識調査」の結果13年分を携え、個々の項目に関連した研究や活動を行なっている方々を訪ねてみた。それぞれ専門の立場から読み解いていただいたお話から、私たちは大いに刺激されたのである。

例えば「水が希少で過酷な環境にあるアラブでは、自然は愛でる対象ではない」、「水道の塩素臭も、海外のある地域によっては、むしろ安心の指標となる」という話などは、私たちが持つ日頃の常識を問い直す内容であった。

「アメリカ留学中、全自動冷暖房装置つきの郊外住宅に住み、外出のすべてに車を使うようになったら、いつの間にかそのライフスタイルが快適に思えてしまった」という体験談には考えさせられた。エコライフを志向しながら、一方では便利な生活に慣れすぎて、なかなか後戻りできなくなってしまう事柄は、日本の暮らしの中にもあるのではないだろうか。

調査結果を表面的に読むだけではなく、「本音は10点をつけたいが、8点でも出しゃばりすぎと思われそうなので7点しかつけない」、「里川を代表する川のうち、1位は全国共通のイメージで選ばれた川。回答者が2位に挙げた川こそ注目するポイント」というように、調査対象者の心理に迫る読み方も教えられた。

調査結果も単なる数字の羅列では、その奥にあるものが伝わりにくい。専門家に調査結果を解釈していただいたことで、私たちはさまざまな触発を受けた。

専門家にとっても、従来の研究テーマとは少し違った角度から質問を発せられたことで、何らかの触発効果が生まれたかもしれない。

思い込みを戒める

生活者の「水にかかわる意識」を高め、新しい「人と水とのつきあい方」を提案して豊かな暮らしの創造に貢献したい。私たちはそう考えて当センターを設立し、機関誌やホームページ、フォーラム開催などの活動を続けてきた。「水にかかわる生活意識調査」は、その活動をより充実するための手がかりとして始めたものだが、13年間の推移をまとめたことで、私たち自身「思いこみ」や「慣れ」を問い直し、「触発力」の大切さに気づかされた。

「触発力」は、自分の考えの範疇を超えたときほど、大きな効果を発揮する。だからこそ、「当たり前」でない見方や立場に踏み込みつつ、魅力的な切り口を紹介していきたい。そのために、先入観や既成概念にとらわれず、思考を柔軟に、視点を多角的なものにしていかなければ、と改めて思う。

触発の連鎖反応

私たちが触発力の大切さに気づく以前に、調査に答えてくれた方々は、もうそれに気づいていたかもしれない。例えば普段何気なく使っている水について問われたとき、「水が大事なのは当たり前」「節水はいいことだ」と無条件に感じていた気持ちを見つめ直し、水と生活の深いかかわりを再認識した人もいるのではないだろうか。

節水というとついエコや倹約と結びつけて考えがちだが、「水は力を得るためのもの」という意識が日本人の心の根底にあって「水を大切にしよう」という気持ちが引き起こされる、と知ったことも私たちを触発してくれた。調査結果は、日本人が長年にわたって育んできた大切なものを再認識することにもつながっている。

ホームページ上でも公開している調査結果は、マスコミにもさまざまな用途や切り口で紹介されるようになった。これもまた触発であり、切り口が面白ければ、それに触れた人々にも触発はさらに波及する。「これは面白い」と思って活動していると、人の輪は広がっていくようだ。

「山に木を何本植えれば水質がどれくらいきれいになる、というのではなく、『人間の意識をどう変えるか』ということが目標だった」と<牡蠣の森を慕う会>の畠山重篤さんが言うように、意識が変われば環境も変わる。今年20年目を迎えるこの会の活動も、義務感や倫理観より、ご本人たちが「楽しんでいる」様子が大きな触発力を持ち、ここまで広がってきたに違いない。

私たちも楽しみながら感覚を研ぎ澄ませ、より多くの人が水への関心を高めてくれるような触発力を生み出していきたい。



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