家電や日用品の世界では、もはやエコは当たり前。実は水洗トイレも30年間で4分の1の洗浄水量を実現してきた。「お尻だって、洗ってほしい」というCMコピーがお茶の間を驚かせて25年。水洗トイレのオピニオンリーダー役を担うTOTO株式会社に、ウォシュレットと水回り製品の進化史をうかがった。
TOTO株式会社
レストルーム事業統括部 ウォシュレット販売推進グループ
川路 直彦 (かわじ なおひこ)さん
従来の和式トイレに代わり、洋式トイレが急速に普及してきたのは1970年代。和式便器と洋式便器の出荷比率がほぼ半々になったのは76年のことです。
当時、水洗便器の洗浄に要した水量は、1回につき20L。現在の機種の4倍もの水を使っていました。76年には、トイレ洗浄に使う水量を、20Lから13Lに減らすことに成功しましたが、開発のきっかけになったのは、前年に起きた「水不足」でした。
洗浄13L時代は、20年近く続きました。開発のテンポが速まったのは、94年から。大10L・小8L時代から、およそ10年の間に大8L・小6L、大6L・小5Lへと進み、最新機種では大5.5L・小4.5Lを実現しています。
節水機種が進化した90年代の半ばから、お客様の「節水意識」も高まってきたようです。たとえば最新機種は、従来のものから大小洗浄をそれぞれ0.5L減らしたものですが、「たった0.5Lでも、毎日何回も使うものだから」とおっしゃる方が予想以上に多くいました。
洗浄のさらなる節水については、水を流す速度と洗浄のクオリティとの兼ね合いで、難しくなっていくと思われます。
そこで当社では、視点を変えて節水を考えることにしました。汚れがつきにくく、洗浄しやすいタイプの便器を開発すれば、トイレ掃除に使う水量が減る。そう考えて完成させたのが、フチなし便器とトルネード洗浄の組み合わせです。
「汚れやすい」「掃除がしにくい」の2つは、いつも「トイレに対する不満」の上位を占めていました。中でもフチの裏の汚れは悪臭の元にもなりやすいので、その意味でもメリットがあります。
しかも最近の便器は、独自の防汚技術で便器表面の凹凸をナノレベル(100万分の1mm)まで減らし、滑らかにすることで汚れを付きにくくしています。
フチなしタイプの便器が実現したのは、徹底した水流研究の成果です。少ない水で完璧に流す、汚れがつきにくい、掃除がしやすいという工夫が、エコロジーにもつながった、と自負しています。
エコでいえば、使用するたびに内蔵した羽根車が回転して発電する便器も開発しました。発電タイプの便器は、今のところ公共スペースだけで使われています。
一方、バスルーム空間の節水研究・開発も進行中です。最近の例では、オン・オフを手元で切り替えられるシャワーを開発しました。また、シャワーの穴の大きさ自体を替えて節水できるようにしたり、シャワーから出る水に空気を含ませて、同じ洗浄感を得ながら自然と節水できるタイプもあります。
浴槽も、形状を工夫して節水を図るタイプが当たり前になってきました。
当社は70年代から海外にも進出していますが、トイレやお風呂に対する意識や要望には、お国柄が表れます。
90年に進出したアメリカは、州ごとに水量制限が規定されていて、たとえばカリフォルニア州では「6L以下」と定められていました。当時、私たちが日本で製造していた便器は、10Lタイプ。実はアメリカ市場で生き残っていくために、節水型便器の研究・開発に拍車がかかったわけです。
ところで、日本には水洗トイレで流す水量の規制はありません。下水道の合流地点までしっかり流れるかどうかが重視されるので、メーカーには洗浄の「水量」ではなく「性能」が求められているのです。こうしたこと一つをとっても、国によってかなり違いがありますね。
欧米の便器は、デザインの美しさが特徴。特に、ヨーロッパの便器には美しいものがたくさんあります。
欧米では、バスタブとトイレが一緒の空間にあるので、バスタブに浸かっているときに便器も視野に入るわけです。そのためデザインを美しくして、オブジェ感覚で眺められるものへと発展したのではないでしょうか。
一方日本ではトイレ空間に欲しいものとして、「テレビ」や「冷房装置」を挙げる人がいるほどで、あくまでも「個室」です。そのため、美しさはさておき機能性や清潔さを求めたような気がします。
「お尻だって、洗ってほしい」
というCMコピーを覚えていらっしゃるでしょうか? 82年のテレビCMで使ったコピーですが、これが知名度と普及率を高めました。
この商品が誕生したのはその2年前、80年のことです。その原型となったのは、米国のアメリカン・ビデ社が開発し福祉用品として扱われていたウォッシュ・エア・シートです。
当社では一般用として輸入販売していたのですが、お湯の温度調節が不安定だったり、いくつか問題点がありました。そのため、自社開発に踏み切り、ウォシュレットが生まれました。
開発には当社の社員が大勢かかわり、ノズルの位置や、快適なお湯の温度を決めていきました。その過程での苦労話がたくさん残されています。
現在、特にアメリカと中国での普及に力を入れているところです。
また、今後の戦略としてヨーロッパを視野に入れています。やはり、一度試してみないと良さがわからない商品なので難しいのですが、経験していただければその良さをご理解いただけると思います。
数字には表れませんが、便座を温める機能が脳梗塞などの危険を回避してきたということもあると思います。妊婦さんや痔で苦しんでいる方にも大変喜ばれてきました。
日本における普及率は6割。「日本人の清潔志向は度を越している」と受け取られた時期もありましたが、あって当たり前の日常品として、市民権を獲得してきたように思います。
洗浄水を常に適温でタンクに貯めておくタイプを貯湯式、タンクのないタイプを瞬間式といいます。
瞬間式には課題がありました。冬場の寒い時期には、低温の水をすぐ38度にするには、ヒーターの容量が小さすぎたのです。ヒーターの容量に合わせて水量を減らすと、ちょろちょろとしか噴出されません。洗浄には「節水」を望むお客様も、「たっぷりの湯量が欲しい」と望まれます。こうした声に応えたのが99年に発表した新機種です。
水の噴出方式を変えることで、従来の2分の1のお湯量でも「たっぷり感」が味わえるように改良を加えたものです。
水の噴出方式の改良には、あとから出てきた水玉が8cm先の地点で前の水玉に追いつくことで、大きな固まりになってお尻に当たる仕組みと、高速で円を描きながらお湯を噴出する仕組みがあります。ちなみにお湯の噴出口からお尻までの距離は8cmほど。強弱をつけた吐水は、1秒間に70回以上も噴射されます。
実際には充分洗えているとしても、満足感が感じられないとお客さまに納得してもらえません。噴出方式の改良は、洗浄という機能と満足感の両方を満たすことを目標にしたわけです。
水はこのように工夫次第で大きな可能性を秘めています。当社はその開発に日々しのぎを削っています。
これからの日本のトイレは、空間としての美しさの追及に向かう気がします。音楽を流す、あるいは香りを漂わせるといった、空間全体をより快適にする機能もラインアップしています。かつてご不浄と呼ばれていたトイレとは、隔世の感がありますね。