機関誌『水の文化』28号
小水力の包蔵力(ポテンシャル)

小水力の包蔵力

編集部

再生可能エネルギーの時代

石油の値上げが、家計を直撃している。ガソリンや灯油の高騰のみならず、輸送費などのコスト増が消費財の価格に跳ね返ってきているのだ。

化石燃料が枯渇資源だということは、以前からわかっていたことだ。近年はそれに加えて、温室効果ガスの発生源としても非難の対象になっている。

そうした背景を反映して、俄然、脚光を浴びているのが更新性エネルギーとか再生可能エネルギー(Renewable energy)といわれる自然エネルギーである。

日本では現在、エネルギー資源の主力として利用されている化石燃料や原子力に替わるものとして「新エネルギー」と命名した再生可能エネルギーを奨励している。1997年(平成9)には、「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」として「石油に対する依存度の軽減に特に寄与するもの」の利用を推進する法律が定められている。

こうした動きを受けて、NPOや各種団体が旗揚げし、太陽光、太陽熱、風力、地熱、水力、バイオマス、海洋温度差、潮力、波力などといった自然エネルギーの多様な利用が試みられている。

近くて遠い水力利用

ところが、再生可能エネルギーの先進国がヨーロッパであるために、どうしても、それらの国で実績を上げた方式や機器が採用されやすい傾向がある。太陽光パネルや風力発電などがそのよい例である。

しかし実際には、ヨーロッパ諸国とは気象や風土も違い、そのまま持ってきても日本の条件にはそぐわない場合も多い。

にもかかわらず、かつて日本の農業と産業を支えた水力は、ほかの自然エネルギーと比べて案外、見直されていない。

なぜ、水力が見直されないのだろう。

大規模にダムをつくって発電するという従来の水力発電の方式が、流域の環境破壊という観点から、ネガティヴにとらえられているのも一因だろう。選挙でダム建設の是非がしばしば争点にされるのも、そのような理由による。しかし、大規模ダムを争点にするあまり、小規模ダム(堰)の可能性を満足に考えてこなかったことは問題だ。

しかも新たに大規模ダムを建設しようとしても、日本ではもう適地確保が難しいというのが現状である。たとえつくれたとしても、膨大な数の地権者の了承を取り、流域漁業権の保障などという、複雑な手続きを必要とする大規模なダム式の水力発電は、完成までに何十年もの時間が必要とされるから実現性に乏しいというハンディもある。何より、土地の強制収用や地域生活の剥奪、自然の大規模な改変といった手段を使ってまでも発電しなければならないのか、という社会的判断基準そのものがゆらいでいる。

また、温室効果ガスの発生という見地から、原子力発電所や火力発電所も、新しい価値基準での見直しが進められている。

いずれにしても、もう大規模ダムの時代でないことだけは確かである。

そうは言っても、豊富な水力エネルギーを利用しない手はない。日本の風土に合った水力エネルギーをどのように利用したらいいのか、真剣に考えなくては「もったいない」ではないか。

水力エネルギーを積算する

今でこそ、田舎ののどかな風景として描かれる水車だが、ある時代においては、産業振興のための動力源として大活躍した、最先端のテクノロジーだった。

その水車を回す「水のエネルギー」に1958年(昭和33)以前に既に着目した人がいた。水系ごとに河川を6段階に分割して利用可能包蔵水力を算出したのは、『日本の理論包蔵水力』(東洋経済新報社1958)の編者である工藤宏規さんだ。工藤さんが日本の主な河川が包蔵する水エネルギーを細かく細かく拾っていった数字は、2003年(平成15)の民生用の電力使用量の65%をまかなえるだけになっている。

新エネルギーの概念にようやく加えられた(といっても施行令レベルではあるが)小水力を語ろうとすると、「今さら水車でもあるまい」という話で終わってしまう。しかし、日本の理論包蔵水力は「今さら」どころか、「今だからこそ」の頼りがいのあるデータ。そのことを裏づける工藤さんの研究は、小水力発電に取り組むモチベーションを向上させるものだ。

ともあれ、ダムに頼らない水力発電を実現するには、みんなの頭の中から「スケールメリット」をいったん排除する必要がある。これまでのエネルギー利用への常識、すなわち「集中的に大量に発電し、広範囲に供給することが効率的」と私たちが思ってきた常識を問い直さなければ、これから先には進めない。

「日本は水車の国だというが、どの程度のポテンシャルがあるの?」という疑問から始まった今回の特集。ポテンシャル(包蔵力)が高いことはわかったが、クリアしなくてはならないハードルが高いことも、また、わかってきた。

単一目的がそぐわない時代

日本ではよく、「水と空気はタダ」と言われる。実際には水はタダではないが、それだけ豊富だということを表現している言い回しだ。

その豊富な水からエネルギーを引き出して使うときに、ネックになるのは水利権の問題である。

全国に張り巡らされた灌漑用水路や身近な河川を利用しようにも、それぞれに管理者がいて、国から許可された水利権が設定されているため、許可されていない勝手な(目的外の)個人使用が許されない状況なのだ。

山梨県都留市で市が事業者となって進められた「小水力市民発電所元気くん1号」が順調に実現したのは、準用河川の家中(かちゅう)川を利用したため、水利権は市の権限で処理でき、施設の土地は市の持ち物だったから。逆に許可取りに苦労しながらも実践しているのは、長野県大町市のNPO地域づくり工房のケースだ。

私たちの食の基盤を支える農業を守ることは、大切なことだ。そのために許可水利権という形で、土地改良区が灌漑用水路の管理主体になっていることも理解できる。しかし、農業へのかかわり方が変ってきた現在、農業用水路の維持・管理も、農家だけでやっていかれる時代ではない。

柔軟で多目的な水路利用権を、米づくりだけではなく、観光目的や生態系の維持、住民の憩いなど、時と場所に応じて変わる目的にも認めるようにして、そこに「小水力発電」も加えてみてはどうだろう。そうすれば維持・管理という「使いながら守るための仕事」も、農家だけではなく住民すべてに広げることが当たり前になるのではないだろうか。

そうすることで、農業からも水からも遠くなった住民を、近くに引き戻すことができるのではないか。

その結果、弱まっていた地域の力を強めることに通じれば、地域の活性化にも役立つはずだ。

市場ができれば「見える化」が進む

温室効果ガスの削減方法として、例えば日本で減らそうが中国で減らそうが「1tは1t」という考え方から、「排出量取引」という仕組みができた。経済発展を優先している途上国にあっても、CDM(クリーン開発メカニズム)が後押しすることで、省エネ投資がビジネスとして成立するようになりつつある。

大きなトレンドで見ると、CDMを目当てに、省エネ投資が前倒しになってきているのは事実。しかも、そのことが情報開示誘因を生み出すメカニズムを引出し、市場を成熟させ、インセンティヴを高めているのである。

この発想は、小水力発電にも応用できる。情報が開示されることで、住民は新エネルギーの選択肢の一つとして「小水力」を評価するようになるだろう。そもそも、情報が開示されないと、技術革新へ向かう誘因すら生まれない。

EUは、既に生活者のエネルギー利用権を認め、同時に義務も割り当てようとしている。日本でも、「これから」の水路の利用権を、国だけではなく生活者にも認めることを検討する段階に進むべきではないだろうか。

永続地帯実現の鍵は小水力

ちなみに「小水力市民発電所元気くん1号」の場合は、事業費の一部を公募地域債、その名もでまかなった。4倍の応募があって抽選になったということで、市民の心意気もなかなかのものである。

どの地域が再生可能資源ベースの経済社会に近いのか。それをわかりやすくしたのが、倉阪秀史さんの「永続地帯」という概念。とっかかりとして、再生可能エネルギーの自給率を指標にしているが、は永続地帯証書の第一歩というべきもの。こうした事例がどんどん増えて、小水力発電の機器も多くなれば、太陽光パネルのように標準化が進み、一般にも普及するようになるだろう。「購入した証書の価値を低めないように」というインセンティヴが働いて、持続的利用のための努力にもつながるに違いない。

例えば日本で太陽光パネルを導入する人のほとんどは、厳密な見返りをあてにしてる訳ではないだろう。初期投資のコストを考えたら、電気代で元が取れることは、よほどのことがない限り望めないのだから。そうであれば、「環境に対して自分ができる何らかの貢献がしたい」という気持ちも、自然エネルギー導入のモチベーションアップにつながっているということだ。そういう人たちが、選択肢の一つとして小水力発電を選び取れるようにできないものか。

日本の風土に適した小水力利用を可能にするために、さまざまなハードルを排除するには、「共」に支えられた「これからの水路の利用権」の設定が不可欠だ。

今回の特集は小水力を、「今の生活にあてはめてみよう」という折衷的なものではなく、「風土を活かす新たなエネルギー供給・取引に、新たな設計思想を持とうではないか」という主張である。

小水力の「力」は、単に発電パワーを意味するのではなく、それらを効率的に活かすための社会に包蔵された「力」を意味するのである。



PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 28号,文化をつくる,編集部,小水力発電,エネルギー,資源,発電,農業,水車

関連する記事はこちら

ページトップへ