機関誌『水の文化』29号
魚の漁理

マグロのフードシステム
川上から川下まで、すべての人に正当な利益を

マグロのフードシステム

マグロのフードシステム

ハレの日のご馳走である寿司や刺身。 マグロはその代表選手です。回転寿司やスーパーマーケットで 驚くほど安いマグロが食べられるようになった今、川上の生産者にまでその恩恵は届いていない、と小野征一郎さんは言います。 水産業の自給率アップと 漁業者の生き残りのために、フードシステムという新しい視点は、 何を提供できるのでしょうか。

小野 征一郎さん

近畿大学農学部水産学科教授
小野 征一郎 (おの せいいちろう)さん

1939年岡山県生まれ。1963年東京大学経済学部卒。東京海洋大学専任講師、同准教授を経て、教授。2001年より現職。専門は水産経済政策、水産経済学、養殖経済論。 主な編著書に『起死海生-これからの魚はるかな鯨(食の昭和史)』(日本経済評論社1990)、『200海里体制下の漁業経済-研究の軌跡と焦点』(農林統計協会1999)、『マグロの科学-その生産から消費まで』(成山堂書店2004)『TAC制度下の漁業管理』(農林統計協会2005)、『水産経済学-政策的接近』(成山堂書店2007)、『養殖マグロビジネスの経済分析』(成山堂書店2008)ほか。

フードシステムとは

フードシステムというと難しそうに聞こえるんですが、簡単に言えば「生産」「流通」「消費」を一連の流れ=仕組みとしてとらえよう、ということです。

現在の日本では、農業も水産業も輸入が増え、食料自給率が低下するとともに、生産者の後継者不足や生産縮小が問題になっています。その解決策としての研究や行政施策は、ともすると、川上の生産にのみスポットを当てることが多 かったのです。それを改めて、川中の卸や加工、川下の小売業や外食産業まで含めた全体の流れとして見ていこう、というのがフードシステムの考え方です。

川上から川下までのモノの流れと資金の流れが相互に関係を持ちながら、全体としてフードシステムを構成している、というのは新しい視点です。生産・卸・小売・消費のそれぞれが主体的にかかわることで問題を解明しようと、1994年に研究会が発足し、現在のフードシステム学会に至っています。

カタログ取引が可能

では、私の研究テーマでもあるマグロを題材にして、フードシステムのことを簡単に説明してみましょう。

マグロは水産物の中でも売上高、取扱量ともにウエイトが高く、重要な商品です。しかし、同時に特殊な商品でもあります。なぜ特殊かといいますと、沿岸漁業で操業している鯛やイカなどは氷詰めされた状態で、まず産地漁港に向かいます。生産地に近いところで、1回水揚げするんです。そこから築地などの消費地市場に送り出されます。

消費地市場に届いた鮮魚は、スーパーマーケットや一般の魚屋さんに買い取られていきます。

ところがマグロは、高度回遊性魚種というんですが、大げさにいうと世界中を泳ぎ回る魚なんです。ですから日本近海でも捕りますが、遠洋漁業のほうが多いんです。

そういう理由から、冷凍ものが多い。

船上で、マイナス60℃で急速冷凍します。確か、こういう技術が開発されたのは高度経済成長期の1968年ごろの話だったと思います。

このように冷凍魚ですから、産地市場を通らないことが多いのです。ついでにいうと、「1船買(いっせんが)い」というシステムが1970年代の初めから始まりますが、消費地市場すら通らないことが珍しくありません。つまりマグロの大部分は、ほとんどが市場外流通の商品なんですよ。

普通、魚は大きさに大小があり、鮮度も違います。また、特に底引き網漁業なんかを考えるとわかりやすいんですが、いろいろな種類の魚が入っています。しかし、マグロはほとんどが延(はえ)縄、釣りの一種と考えてください。急速冷凍をしているから、鮮度=品質の状態がつかめます。「カタログ取引き」ができる魚種なんです。

つまり船主がいつ、どこの海域で、どんな種類のマグロがどれぐらい釣れたか、という記録をつけておき、それをもとにマグロ卸に渡すんです。卸商人は、それを信頼して価格をつける。

もちろん始まった当初は行き違いもあったでしょうが、やっているうちに、だんだん信頼感が築かれていったんだと思います。今では、まったくと言っていいほど、トラブルなしで取引きが進められていますから。

何年もやっていれば、船や船主によって、信頼度も定まってきます。ですからマグロに関しては、今ではほとんどがこの「1船買い」です。

卸売市場を通らない、ということは、競りにかけられない、と言い換えてもいいでしょう。

競りにかけるというのは、現物を見て価格を決めるということでもあります。だから、カタログ販売が可能になった冷凍マグロに関しては、不要なことなんです。もちろん、近海の生鮮で入ってくるマグロや、冷凍でも尻尾を切って中身を吟味して競り落とされるマグロもあります。ただ、それは少数派です。

魚屋さんからスーパーへ

卸売市場を通す流通システムというのは、もっと漁業の規模も小さくて、買うほうも昔の小さな魚屋さんなどにフィットした流通システムなんですよ。

ところが、それが大きく変わってきています。一番変わったのはスーパーマーケットの参入です。

川下の小売が、小規模な魚屋さんからチェーン展開する大規模なスーパーマーケットに変わりました。川上の漁業者も、沿岸の小規模な漁業者から大規模化しています。マグロというのは、こうした新しい流通形態にうまく対応した商材であるということもできるのです。

それまでは、なかなか水産品を扱わなかったスーパーマーケットが、水産物を本格的に扱うようになったのは、1970年代の後半からだったと思います。もともと刺身商品としてスーパーアイテムの先鞭を切っていたマグロの需要が急激に増えていきました。急速冷凍技術の開発と購買力が上がってきた時期が、たまたまマッチしたということです。

またマグロは輸入比率が高い魚です。輸入が5割を超えていて、台湾などからたくさん入ってきています。

輸入品というのは、元来、市場外流通が多いんです。例えば、マルハ・ニチロ・ホールディングスとかニッスイ(日本水産)にはマグロ事業部やエビ事業部があります。エビは、マグロ以上に輸入品が多くを占めています。25万tから30万t輸入され、国内生産はたったの2、3万tです。マグロもエビも、卸売市場を中心に流通されている商材ではありません。

マグロにもいろいろありましてね、一番高いのがクロマグロです。青森県・大間で釣れるクロマグロが最高級品です。会社の接待で行くようなお寿司屋さんにしか置いていない。

次がミナミマグロで、オーストラリア辺りで捕れ、これはスーパーでも売っています。クロマグロ、ミナミマグロはトロが売りものとされます。

マグロ商社はそれほど寡占状態ではありませんが、クロマグロに関しては業界最大手の東洋冷蔵が一番の取引高を誇ります。シェアが5割という時期もあったほどです。

また近畿大学でも一生懸命やっている養殖クロマグロ。これはスーパーで、100gで980円から1280円ぐらいします。養殖は日本でもやっていますが、地中海、オーストラリア、メキシコなどで盛んに行なわれています。

スーパーに一番多いのが、メバチ、キハダで、いわゆる赤身のマグロです。メバチ、キハダにももちろんトロはあるんですが、養殖マグロの台頭で、トロとしてはほとんど相手にされなくなりました。養殖マグロは、休日とか土日のスーパーマーケットに必ず置いてある目玉商品です。

メバチ、キハダは生産量も多いですから、扱う商社もたくさんあります。

刺身を支える冷凍と養殖

「1船買い」されたマグロ漁船の多くは清水港(静岡県)に着きます。そこで冷凍倉庫に入る場合もあるでしょうが、1尾のマグロが刺身やサクになるまでには、「加工」の必要があります。川中・川下の流通過程を通じての加工がかかわってきます。

ここがまた、マグロが普通の魚と違う点です。アジなんかは干物にする場合は別ですが、捕れたときと我々の口に入るときとでは、形がほとんど同じですね。しかし、マグロは「加工」という工程を経ないと、食卓に届けられない魚でもあるんです。

清水港が選ばれる理由の一つには、大量消費地である東京に近いから、という理由もあります。

マグロの「加工」は、ほとんど日本で行なわれています。ほかの魚種のようにタイや中国で加工してから日本に持ってくる、というようなことはあまりありません。その理由としては、刺身で食べるのは日本人だけだから、その辺の感覚がない国では難しいのかもしれませんね。

もう一つには、価格が高い商品なので、労賃をそこまで切り詰めなくても済む、という理由もあると思います。

世界中に日本食や寿司が流行していますが、基本的には魚を生で食べるのは日本独特の文化です。

ごく普通の外国人から見れば、生で魚を食べるなんて、野蛮人のすることですよ。でも、私に言わせたら、普通なら食あたりするナマものを安全においしく食べるんだから、非常に高い文化がある、ということ。そこには高級な技術があるということで、マグロはその代表選手です。

養殖マグロがフードシステムにどんな影響を及ぼしているかを述べますと、輸入品も入れて国内流通が3万tぐらいあると思います。今までは中トロというとメバチの脂の部分が中心に流通していました。ところが養殖技術が進んでクロマグロの供給が増えたことで、そのトロが養殖マグロに切り替わったんです。商品構成が、養殖が入ってきたことで全然変わってしまったんですね。養殖のおかげでクロマグロの価格が下がり、手頃な値段で一般の人も食べられる時代になったのです。

そういう意味から、養殖マグロが天然マグロというかマグロの漁業生産に与えた影響は非常に大きかったですね。

マグロは現在、全般に生産過剰の状態です。ですから、漁業者は養殖マグロに大変ナーバスになっているように思います。

川上から川中、川下へ

マグロの消費がこれだけ伸びたのは、やはりスーパーマーケットのアイテムに入ったから。

かつてマグロ、鮭、カニといった高い魚は、輸出品、外貨獲得製品だったんです。それで、日本国民は安い魚を食べていた。1971年に初めて、輸出を輸入が金額で上回り、日本は水産物の輸入国になりました。

今、これだけ日本人がマグロを食べられるようになったということは、自分たちでは気づいていないかもしれないけれど、すごいことなんですよ。

マグロは日本の水産業にとって重要な存在なのです。ところが現在台湾がシェアを伸ばしてきていて、刺身マグロだけでいったら国内需要の6割を占める勢いです。現在、日本の漁業は国際競争力の点からいうと、苦戦しています。

川上(生産現場)の保護策だけを議論しているとなかなか台湾と競争できないんです。

台湾のマグロ船主は、世界中を飛び回って自分で商売を広げています。英語も達者です。資本が大きいし、商売がうまい。賃金が格安で差が生じています。

台湾の船主は言うわけです。「我々は世界中を走り回って、安い石油を買ってくるんだ。それを日本人ができるか」と。日本の船主も頑張っていますが、強力なライバルです。

こういう状況を見ると、私は川中以降、マグロが上陸したあとが勝負だと思うんです。日本の生産者はそこに食い込んでいくしかない。そのために付加価値をつける。今までは冷凍マグロをそのまま卸していたものを、流通・加工までを担うということです。

私はマグロ商社の中にも、生産者と組もう、というところがあると思うんです。

また別な話でいえば、大手スーパーマーケットに代表される量販店の力は非常に強いんですよ。マグロ商社を通じて、直接買いつけを行なう。しかし、それはスーパーマーケットの巨大なバイイングパワーにものを言わせることでもあるわけで、必ずしも生産者が漁業を続けられるだけの利潤が、川下から川上に届いているとはいえない。スーパーマーケットに商品が届くまでに、生産者の利益につながるようなことが何かできないものか、と思います。

川上から川下まで、漁業にかかわるすべての人が正当な利益にあずかれるようにしないと、結局、生産者が持ちこたえられなくて倒れてしまいます。フードシステムというのは、それを可能にする新しい生産・流通の仕組みを考えていこう、ということなんです。スーパーマーケットでもその辺のことを意識して対策を考え始めているところもあります。そうでないと、彼らも売るものがなくなってしまいますから。

しかし、今の状況をいえば、生産者は台湾勢などに押されて、流通・加工を手掛けたりして川中・川下にまで切り込んでいかないと、生きていかれない、ということなんです。

では、日本の水産業の強みは、どこにあると思いますか。まずは大きなマーケットがあること。もう1点は、良い漁場を持っているということです。つまり、良い川上・川下に恵まれている。農業でいえば、穀物は自給率が3割を切っていますが、平地が少なく中山間地の多い日本で、穀物の生産量を増やすのは大変なことでしょう。

それに比べて水産物は、自給率5割を維持しているんです。それは、日本近海が良い漁場だから。日本の200海里水域は、非常に魅力的な漁場であって、基礎的生産力を持っているのです。

問題は、人件費の高さですね。中国の人件費は、ひところ日本の1%といわれていました。今はもっと上がったと思いますが、少なくともまだ10分の1以下でしょう。

水産業は、労働集約的産業。労賃の占める割合が高いのです。そこをどう乗り越えるか。入口と出口、川上、川下は恵まれているわけですから、中間を考えなくては。今の卸売市場に代わる良い仕組みが出てこない。なかなか良くなっていかないんですねえ。

マグロ基地である気仙沼に、旧北部鰹鮪漁業協同組合が直販店を出し、大当たりしました。2号店を仙台にも出しましたが、肝心な北部鰹鮪漁業協同組合が潰れてしまってダメになってしまった。しかし、1号店は今も営業を続けています。こういう例はごくごく一部ですが、川上の生産者が川中、川下に出て言って成功した例です。そこにチャンスがある、と私は思っています。

ですから、付加価値をつけて生産者に利益を落とす。ブランド化も、その手段の一つです。川中・川下を何とかしないと、というのはそういう意味です。

今までは、いってみれば魚だけ捕っていたら生きていけた。しかし、これからの水産業者はそれでは生き残れません。大変厳しい状況に置かれている時代になったんです。

  • マグロ漁獲量 刺し身マグロの供給量

    左:マグロ漁獲量
    FAO統計から作成
    右:刺身マグロの供給量
    水産物流統計、日本貿易統計より作成

  • 日本の200海里水域
    海上保安庁海洋情報部HPより作成
    日本の国土面積は世界で60番目だが、領海(含:内水)と排他的経済水域(exclusive economic zone; EEZ、通称200海里)を合わせた広さでは第6位である。その面積は約447万km2もある。

  • マグロ漁獲量 刺し身マグロの供給量

「安ければいい」を払拭

資源管理の側面からいうと、マグロの場合は現在でも供給過剰だと申し上げたように、要するに捕り過ぎなんです。天然のものですから、捕りすぎてしまったら資源が枯渇してしまいます。

工業製品だったら生産過剰だとわかるからやめればいいのですが、水産資源の場合はなかなかそうはいかない。

また自動車生産だったらメーカーは10社もないんだから調整のしようもあるけれど、漁業者はそうはいきません。しかも、供給過剰になるかならないかといった川下の情報も、捕ってみるまではわからないわけですから。

一方では「安ければいい」という風潮があり、一方では全国に300以上の漁業者がいるわけですから、生産調整ということは、それほど簡単にはいかないでしょう。

やはり、漁業者を守るためにも、水産資源を守るためにも、「安ければいい」という発想から転換して、消費者の意識も「必要なコストは商品価格に含まれているべきだ」というように変わっていく必要があります。これは是非、理解していただきたいと思います。MSC(注1)の運動とか、水産庁も働きかけようとしていますが、なかなか難しいようですが。

資源を維持しながら生産し、消費していくことを考えていかなくてはならないでしょう。それを機能させるフードシステムを築いていかなくてはなりません。

そのためには、良いリーダーになる企業や人が必要でしょうね。

コーヒー豆で盛り上がったフェアトレード運動のようなことが、水産業にも応用されたらいいと願っています。

(注1)MSC
The Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)が定めた漁業認証。「持続可能な漁業のための原則と基準」に基づき、第三者の認証機関によって認証される。その水産物には認証マークが与えられる。本部はイギリス。



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