機関誌『水の文化』29号
魚の漁理

こだわり素材で生き残りをかける水産市場の目利き

左:塩釜港に設置された砕氷塔。昭和30年ごろ。冷凍技術が発達する以前は、氷の需要が高かった。 右:水産加工工場。昭和30年ごろ。木箱の側面には「さんま」の文字が見える。

左:塩釜港に設置された砕氷塔。昭和30年ごろ。冷凍技術が発達する以前は、氷の需要が高かった。 右:水産加工工場。昭和30年ごろ。木箱の側面には「さんま」の文字が見える。

冷蔵倉庫管理からスタートし、 「漁労部門を持たない大手水産会社」として水産品の買いつけや流通を担ってきたニチレイフレッシュ。 200海里規制に始まり、 日本人の食の変化、 世界のシーフード志向など、水産業界も大きな波に洗われています。 その渦中で現場を体験してきた福元勝志さんに、歴史とともに水産素材の「今」を語っていただきました。

福元 勝志さん

株式会社ニチレイフレッシュ
執行役員 水産事業副本部長
水産品販売促進グループリーダー
福元 勝志 (ふくもと かつし)さん

冷蔵倉庫からスタート

ニチレイフレッシュは、畜産と水産素材を中心に扱っている会社です。現在の社名は2005年にニチレイが分社化して以来のもので、グループ会社のニチレイフーズが冷凍食品と加工品を主軸にしているのに対し、私たちは8割方が素材です。輸入の原料関係の取引きが主な会社です。

そもそもの始まりは大手漁業会社の冷蔵倉庫管理を統括した帝国水産統制株式会社で、終戦直後の1945年(昭和20)11月に、同社から全国二百数十カ所の冷凍工場を継承して、日本冷蔵株式会社として創業しました。

冷蔵庫があるのは港ですから、そこで水産物を預かっていたのですが、徐々に流通として魚も扱っていかれるのではないかということで、水産流通業が先に立ち上がっていきました。

戦後の日本漁業は大型トロール船、大型延縄漁業で世界一の漁獲高を誇っていたため、私たちも「捕りたい」と考えた時期もありました。しかし、大手水産会社が株主さんであるなど諸般の事情から、我々は漁労部門は持たず、一貫して「魚を捕らない水産会社」の道を歩んでいます。

冷凍トラックの試作車は、昭和30年代後半につくられたと記憶しています。いちいち「はやぶさ」だ、「金星」だ、とトラックに名前がついているんです。宣伝も兼ねて「ニチレイの冷凍食品」とトラックに書いて走りました。

当社は、二代目の社長である木村鑛二郎(こうじろう)が推進した多角化路線によって、昭和20年代には早くも冷凍食品に取り組んでいます。

私は1983年(昭和58)入社なんですが、木箱に入れたサンマを貨車に積み、四隅に大きな氷を入れて釧路から九州まで旧国鉄で運んでいたのを覚えています。当時はサンマでも鮭、サバでも、遠方へ送るときは産地で塩をして、凍結しないまま送り出していました。

今はサンマも生のまま氷詰めにして、保冷車で北海道から九州へ運ばれています。ただ、昔のなごりか、今も西の地方では塩物が好まれる傾向が残っているようです。

最近は空輸も使いますが、道路が整備されたため、トラックでも北海道〜九州間を2日で走れるようになりました。箱は発泡スチロールを使うようになりましたが、これはごく最近のことで、4、5年までは昔のまま木箱が使われていたものです。

冷凍食品のいろいろ

冷凍食品とはいっても、最初はやはり魚だったんです。

また私の入社した当時は、社内の雰囲気も今のようなお弁当用ではなく、夕食用に力を入れていました。つくっていたものもハンバーグとか、夕食に使ってもらおうという商品が主流です。

今でも業務ルートに卸しているは、メインディッシュになるものを供給させていただいていますが、どちらかというと一般家庭で使われている冷凍食品というと、お弁当ニーズのほうが多い。一般家庭に冷凍庫付きの冷蔵庫が普及して、商品構成もだいぶ変わってきました。

また、スーパーの場合、鮮魚コーナーにはサンマやサバ、イワシのように旬のもの、安いものが並びます。そのせいか、冷凍食品売り場で魚を買う方は少ないようです。旬の特売品、いわば目玉商品と比較されると、冷凍の魚は割高感があるんでしょう。

ところが生協さんというのは、カタログをじっくり見て、考えながら注文される場合が多い。お子さんと相談したりするし、何週間後かに配達される方式ですから今日食べるものを注文するんではないんですよね。そのせいか、スーパーと生協とでは、売れ筋が違ってきます。

目利きが仕事

当社では国内の流通を担う一方、昭和30年代(1955〜)からは海外へも積極的に進出していきました。現地で生産したものを買いつけるという動き方をいち早く選び始めたんです。

たとえばアラスカで鮭やスジコ、イクラを買いつけたり、マグロも他に先駆けて、サモアやカリブ海に買いつけ基地をつくりました。

カリブ海のセント・マーチンには冷蔵倉庫を建て、台湾船籍のマグロ船を集めて保管業務を行なったり、一部を買いつけてアメリカにも出荷していました。この海域で捕れるマグロは、日本人が好む本マグロではなく、加工に向くマグロだったので、ツナ缶の材料としてアメリカに出したのです。

私も、目利きとして鍛えられました。入社後数年間は毎朝6時に会社の隣にある築地市場に行き、私は5人ぐらいのチームの一番下っ端だったんですが、先輩たちからはノートに書いたオファーやら書き込みを「盗み見て覚えろ」と言われました。最初はちんぷんかんぷんでしたが、継続的に魚を見て相場を追っているうち、2、3年後には値づけができるようになっていました。

実地で学ぶという意味では今でいうOJT(注1)で鍛えられたわけです。

ですから仕事としては、やはり目利き勝負みたいなところがありました。当時は語学が達者な商社の人が交渉を担当し、ニチレイは「幾らなら買えるか」という評価を担当していた形になっていました。

(注1)OJT(On the Job Training )
企業内で行なわれる職業指導方法の一つ。仕事に必要な知識・技術などを修得させるために、具体的な仕事を通じて、計画的に指導をして、全体的な業務処理能力や力量を育成する。第一次世界大戦勃発によって不足したアメリカの造船所が作業員補充のために行なった、中世以来の徒弟制度とは異なるまったく新しい新人訓練法が発祥とされる。

冷凍車「すいせい」号。冷凍マグロの保存庫、昭和43年ごろ。

上:冷凍車「すいせい」号。
下:冷凍マグロの保存庫、昭和43年ごろ。
写真提供:株式会社ニチレイフレッシュ

200海里規制の影響

1970年代(昭和45〜)に入ると、世界的に資源や環境に注目が集まるようになりますし、オイルショックも起こりました。

1977年(昭和52)5月に公布された海洋2法(領海法と漁業水域暫定措置法)も同じ流れを汲むものです。通称200海里規制と呼ばれるこれらの取り決めは、原則として沿岸200海里以内の海洋をその国の専管経済水域とする、というもの。「沿岸12海里から沖合は公海とする」という、それまでの海洋法にのっとった漁業を根幹から揺るがすものとなりました。

この200海里規制が遠洋漁業に及ぼす影響が押さえきれないほどになったのが1990年代(平成2〜)。水産会社も大型漁獲船を売却し、陸に上がらざるを得なくなりました。

そのため平成時代に入ると、我々が担ってきた目利きの分野に大手水産会社や商社も参入し、買いつけ競争が始まったのです。

同時に、大手商社が私たちと同じような形態の子会社を持ち始めました。

そのため、1980年代(昭和55〜)からは直接貿易の比率が高まってきました。今は6対4で直接貿易しています。

日本以外の国では、どちらかというと漁業は輸出産業ですから、ここ20年ぐらいで凍結、箱詰めをきちんとして輸出するというインフラが育っています。いわば私たちが「日本に輸出したかったら、こうしなさい」と言ってきたことを、彼らは忠実に実行してきたということです。漁労の規模が日本より大きいので、一つの漁労会社でもこうした整備が可能なのです。

たとえばヨーロッパでは、日本のように海が穏やかでないため、漁船も大型船を使います。漁船内の部屋もきれいに整備されて就労環境が良いため、ヨーロッパでは若者も数多く漁業に従事しています。

また業界全体で資源をシェアしようという考えがありますから、漁獲枠にしても1業者何tという細かい割り振りがなされています。プール・フィッシャリィ(注2)と呼ばれるシステムで、特定の業者が捕りすぎないよう、取り決めをしているのです。

聞いた話によると、今世界の利益の15%を漁業者が上げているといいます。漁業はしっかり運営すれば儲かる産業なのです。

ところが日本の漁業は、儲かる仕組みにも、全体でシェアする仕組みになっていません。漁業従事者にしても、平均年齢が60歳と高く、後継者も育ちにくい環境です。この前聞いた話では、漁業用の新造船発注は、昨年1年間で2隻しかなかったそうです。

サンマを例にとると、8月20日に捕れたサンマは「新サンマ」として1kg300円ぐらいの高値で売れます。それが9月に入って大型船で捕り始めると、一気に1kg35円ぐらいまで下がってしまうのです。

日本の漁業は、戦後から今まで水揚げされた鮮魚をそのまま全国の市場に流通させる仕組みで動いてきました。漁業者は「捕った魚は4日以内に食べさせなくてはならない」という宿命を背負って仕事をしているわけです。

冷凍技術をうまく使えば、値崩れを防ぐための生産調整もできるはずですし、各漁協で凍結庫を持とうという動きも出ていますから、今後は変わっていくかもしれません。

(注2)プール・フィッシャリィ(pool fishery)
プール制共同操業。コモンズの悲劇を避けるために、一定の操業体制下での個別漁業者の水揚げ金額をいったんプールして、配分基準を設けて個別漁業者に再配分する方式。

上:南極探検隊の船への積み込み。パッケージは冷凍ウナギ。 下:沖合でのさけます漁の様子。

上:南極探検隊の船への積み込み。パッケージは冷凍ウナギ。 下:沖合でのさけます漁の様子。

日本も買い負けを経験

ここ数年、海外での買いつけが非常に厳しくなってきました。1995年に為替が1ドルあたり80円割れして以来の円安傾向とBSEの発生で、ヨーロッパが水産物を多く買いつけるようになったのが大きな理由です。

それまで、我々の競争相手は日本の他社でした。アラスカで紅鮭を買うにしても、日本人同士が争って値段を吊り上げていて、「日本人同士で争っていて馬鹿だな」と思ったものです。

この時期までは、私自身も、「ちょっと金額を上乗せすれば買えるだろう」と高を括っていました。

ところが最近は、ヨーロッパに「買い負け」するのです。日本は中国に魚加工技術を教え、それを買っていましたが、中国も最近は日本ではなくヨーロッパに売るようになっています。

実際ヨーロッパへ行ってみると、想像以上に魚を食べていることがわかりました。特にフィンランドやノルウェーなど北ヨーロッパではかなり魚を食べますし、イギリス、フランス、ドイツでもシーフードは伸びています。

BSEの影響だけではなく、昔から魚を食べてきた日本人が60歳になっても健康で体形もスマートなことに、ヨーロッパの人々が注目しているのです。日本の年配者をうらやましがって日本食ブームも起きています。水産資源の素晴らしさや安全性に、世界の人が目を向け始めたわけです。

しかし、世界に誇れる魚食文化を築いてきた日本人自体は、1950年代半ばに動物性タンパク質の摂取量が魚と肉で逆転して以来、魚を食べる量が減っています。売上が伸びているのは、寿司ネタと刺身だけです。寿司ネタや刺身は一つの切り身が10g程度。やはり煮魚や焼き魚に比べて消費量は落ちるわけです。

また日本人には、「魚は高い」という感覚もあるような気がします。当然ですが、切り身に加工すると歩留まりが悪くなりますから、切り身で買うことが多い今は、どうしても「高い」と感じてしまうのだと思います。

特に育ち盛りのお子さんがいる家庭の主婦は、「魚は高い」「鶏は安い」と思っているのではないでしょうか。このイメージも魚離れの一因かもしれません。面白いことにアメリカでは裕福な人の場合、鮭と比べるのは牛肉だそうで、逆に割安感があるといいます。

私たちも中国から、切り身などを輸入していますが、中国産ギョーザの一件を契機に輸入が一時止まっています。

そうなると「なくても構わない」というわけではないことに気づきます。感情的にはみんな「ああは言ったけれど困ったなあ」と思っているんじゃないでしょうか。

「何でもある」「お金を出せば買える」という感覚から、久しぶりに魚を見直して「なければ困る」という雰囲気になっているのが現状です。

特に白身魚は、ヨーロッパでの人気が非常に高く、日本にはこないでヨーロッパに行ってしまいます。値段を上乗せしても買えない状況にまで陥っているんです。

上:冷凍食品生産高推移
日本冷凍食品協会統計より作成

下:年間一人当たりの魚消費の量と金額推移
水産庁「水産白書」より作成

上:冷凍食品生産高推移 下:年間一人当たりの魚消費の量と金額推移

上:冷凍食品生産高推移 下:年間一人当たりの魚消費の量と金額推移

こだわり素材を探す

さて、こうした厳しい状況の中で、私たちが独自の強みを発揮して買いつけているのが「こだわり素材」です。

「鮮度」「おいしさ」「安全・安心」をキーワードにチョイスした素材を提供することで、フロンティア企業になろう、と頑張っています。

だから、このプロジェクトで取り上げているのは単においしいだけではなく、持続可能な仕組みで運用されていますよ、という商品なんです。

残念なことに、私どもが扱っている商品のすべてが、こうしたものではありません。正直に申し上げて、15%から20%ぐらいでしょうか。しかし、なるべく環境負荷の少ない、持続可能な仕組みでやっているものに力を入れていこう、と2年前から取り組んでいます。そうでないものは、たとえおいしくても、お客様の評判がよくても、ここには取り上げていません。

このプロジェクトは、現社長の長谷川寿(ひさし)の「おいしさや栄養を科学的データでお客様に示しなさい」という一言からスタートしました。

おいしさの感じ方には個人差が大きく、年配の男性と、主婦層やお子さんとでは感じ方が違うということが往々としてあります。そこで、社内やグループ会社から無作為に100人ぐらいを集め、ブラインドテストで「味覚評価」を行なっています。

長谷川社長の発想は、そういう不確かな「おいしさ」を科学的データで「見える」ようにして、価値を高めようということでもあります。

長年の買いつけ業務で培った現地情報をフルに活かして、現在、水産品では11品目をこだわり水産品として日本に入れています。

その一例がアフリカ・モーリタニア産のタコ。このタコは、昔からおいしさに定評があり、200海里規制ができるまで日本の漁船もトロール漁をしていました。

日本人は味だけでなく食感も大事にしますが、食感は鮮度に左右されます。鮮度を追及したら壷漁に行き着きました。生態系の上位にいるタコは、トロールで獲りすぎるとすぐにいなくなってしまいますが、壷漁なら乱獲も防げます。そこで陶器の壷を持って現地に入り、壷漁を指導したのです。

タコは、穴があると入り込む習性があります。既にタコが入っていても、争って壷を横取りするため、最終的に大きなタコがかかる。壷さえ仕掛けておけば良質なタコが捕れる。こういったことを現地の人に説明し、日帰り船での壷漁を指導して、トロール漁のタコより高い値段で買っています。

「タコを食べると元気になる」と言われるのは、タコにタウリンが含まれているからで、モーリタニアのタコはタウリンが特に豊富です。タコは雑食ですが、タウリンの元となるのは、貝に含まれるプランクトンです。

モーリタニア沖には寒流と暖流がぶつかる潮目があり、プランクトンが大量に発生します。海岸の砂地にはそのプランクトンを食べる小さな貝がたくさんいて、それを食べるタコがタウリンをたっぷり含んで育つのです。砂地にタコがいるなんて、日本人にはちょっと想像がつきませんが、モーリタニアのタコは貝を目当てに砂地で生息しています。

現在モーリタニアでは、タコを年間10万t輸出していますが、その半分がヨーロッパ、半分が日本という内訳です。

私たちは国内に3つある子会社の水産工場で、30年間タコの加工品もつくってきましたが、以前はトロールで獲ったタコも壷で獲ったタコも区別せずに使っていました。それが、こだわり水産品を始めたら、営業からも「壷で捕ったタコをくれ」というオーダーが出るようになって、私たちもきちんとトレースすることの大切さを改めて感じています。鮮度のよいタコは、茹でたときに足がぐっと巻きますので、スーパーでモーリタニア産のタコを見かけたらぜひ観察してみてください。

これ以外にも、旨み成分のコハク酸をたっぷり含んだ中国・遼寧省東部産のアサリにも科学的な理由があります。

アサリは潮が満ちているときは海中で呼吸し、潮が引くと呼吸方法が替わりますが、切り替わった時間が長いほどコハク酸を体内に貯めるため、干満の差が大きい水域のアサリはおいしいのです。

こういうことは研究者にとっては常識でしょうが、これまで私たちはこうした研究を素材探しに充分活かしてきませんでした。ところが調べてみると意外とあることがわかり、それを今、営業戦略に結びつけています。

アサリも、実際はかなりの量が輸入されています。特に外食産業で使われるアサリはほとんどが輸入ものです。

外食産業は、異物混入に対するハードルをとても高く設定しています。自分が潮干狩りで獲ったアサリなら、食べたときにジャリッと砂を感じても我慢できますが、レストランで注文したアサリに砂が入っていたら、クレームをつけたくなりますから、まあ当然のことでしょう。

そこで私たちは異物除去にもこだわり、現地にX線異物検出器を2台持ち込んで管理をしています。とりわけむき身に関しては、一般の人が見たら「ここまでやるの?」というぐらい徹底した検査を行なっています。

中国産ギョーザの一件以来、「中国産」の信頼が落ちましたが、遼寧省のアサリは漁協による管理もしっかりしています。

日本ではまだ「国産信仰」が根強いですね。魚介類に限らず、鶏でも牛でも、「国産がいいに決まってる」という感覚があるような気がします。でも、鳥インフルエンザやBSE(牛海綿状脳症)の問題もあって、日本国内で考えるほど高い価値を海外にアピールできていません。

マスコミの報道体制にも問題はあるのでしょうが、この辺りが日本の消費者にはきちんと認識されていないような気がします。

結局、国や地域を問わず、生態系が維持され、食物連鎖が保たれている漁場には、質のよい水産物があるのです。

養殖もサスティナブル素材

現在養殖の魚と天然の魚は、同じぐらいの消費量になっています。鶏などと比べたら、海の中で育っている分だけ環境に優しいような気がしますが、決してそうとも言い切れません。

1kg太らせるのに餌が9kg必要になるマグロなどは、成長効率からいって「おいしい」とばかり言ってはいられない気になります。養殖でも、魚種によって環境に優しかったり、そうではなかったりする、ということなのです。

エビの養殖は環境破壊だということで、ずいぶん問題になりました。マングローブ林を無闇に切り拓いたからです。当時は土地も豊富にありましたから、そこがだめになると次々に場所を変えていき、今では使われなくなった池が放置されている所もあります。環境に配慮するという意識が、まだなかったんですね。

今は現地でも、環境への配慮が強く意識されるようになりました。ちょうど向こうの企業さんでカリマンタン島の養殖池の跡地にマングローブを植えるプロジェクトを起こしたところがあって、私たちもそれに協力しています。国内のお客さんにも呼びかけて、協力していただいたところは社名入りの看板を立てさせてもらっています。

養殖のこだわり水産品には、デンマーク・フェロー諸島のサーモントラウトもあります。

鮭類は外洋から川に上がってくので、常に泳ぎ回っているイメージがありますが、養殖の鮭は水の流れに沿って泳ぐ程度です。そのため海流が強いフェロー諸島海域では鮭の運動量も多くなります。水深が深いことも、水質浄化に一役買っています。

成長効率も1kgに対して1.3kgと良好ですし、餌は天然のイワシで、抗生物質も合成抗菌剤もいっさい使っていません。

消費者の意識改革も必要

ただ、抗生物質使用の問題は、流通の問題とも絡んでなかなか難しいところがあるのです。もしも発注どおりの商品が一定量供給できなければ、「欠品」としてペナルティを課されてしまうからです。

日本の流通業では、数や目方だけではなく、大きさまで厳密に要求されます。それができないと欠品扱いになってしまうので、急遽よその生簀から持ってくる。そこが「抗生物質は使っていない」と言いながら実は使っていたりすると、それまできちんとトレースしていた一角が崩れてしまう、ということもあるのです。

魚屋さんでは「売り切れました」と言えば済んでいたことが、スーパーや生協では「欠品」という扱いになるのです。

しかし、買い負けが顕著になりつつある現在、いつまでもこうした要求が生産地に受け入れられるとは思えません。

私自身、買いつけの際に「ロシアの業者に売ればサイズの選別は必要ない」とはっきり言われた経験があります。値段がそう変わらなければ、うるさく言わないほうに売りたいと思うのは、当然の人情ですよね。

ブランド力をアップ

この先、人口増や資源上の問題でどうしても畜産・養殖が多くなっていくでしょう。そうした場合、健康に育てた素材は薬剤使用が必要がないし、そうすれば「耐性菌」への不安も押さえることができます。

こだわり素材の畜産製品にはFA(注3)チキンがあるんですが、薬剤を使用しないという新しいコンセプトのもとに、「健康でおいしく」「生活者にも環境にも優しい」素材開発を行なっています。

水産物でも「アラジンの魔法のエビ」と名づけているインディカス種のホワイトエビは、FA認定がなされています。

このエビには、アミノ酸の一種でコラーゲンの主な要素でもあるプロリンという物質が他のエビより飛び抜けてたくさん含まれています。紅海のように塩分が高い海域で育つと、浸透圧の関係で身も引き締まり、旨みも凝縮されるのです。

実は先程申し上げたデンマーク・フェロー諸島のサーモントラウトもFAサーモンでやろうとしたんですが、社内調査したときに養殖網に藻を防ぐための薬剤を使っていることが判明して、取り止めになっています。あちらも正直に申し出てくれたので、今回は見送ろうと言うことになりました。こうした信頼関係が築けることは、これからの食の安全にとって、大変重要な課題であると思います。

こだわり素材のご紹介は、畜産のほうが早く始まって、既に畜産が8回、水産が5回のセミナーを行なってきました。

健康志向が強まったため、不飽和脂肪酸を増やす育て方をした豚をご紹介したかったということと、畜産品で諸問題が発生していた、という理由から、水産品より畜産品が先行しました。

最初のセミナーでは、懇意にしていただいているお得意先100人ぐらい。それが口コミで広がって500人を超えるまでになりました。畜産のお客さまも水産の話を聞けて面白い、と相乗効果を上げているようです。

これから力を入れたいのは、軟体動物系の水産資源や魚卵です。普通の魚は世界のマーケットが注目し競争が熾烈ですから、それに巻き込まれない日本独自の素材に先鞭をつけていきたいと考えています。

(注3)FA(Free from Antibiotics)
全育成過程を通じて、抗生物質・合成抗菌剤を投与せず、養殖・飼育した水産・畜産素材

トレーサビリティ

国内の漁業者には、もう少し元気になってほしいですね。

各漁協とも冷蔵庫は持っていますが、きちんとサイズを分けたり、傷ものをはねたり、日づけや賞味期限をつけてロット管理しようという仕組みは、ほとんどできていません。

今、海外から日本に運ばれる魚は、来歴がわかるようになっています。スーパーで魚を買うとき、原産地の名称が入っていたり、バーコードが打たれているのをご覧になったことがあるでしょう。

我々が海外で買いつけるときも、現地の漁業者にはこう指導しています。

「日本は厳しいから、賞味期限をちゃんとしてトレースしなさい。どこでどういう漁法で捕ったのかの記録もつけなさい」

ところが、日本で捕れる鮮魚には、生産月日も打たなくていいことになっています。海外では厳格に指導しながら、自国の法律は整備されていないのが現状なのです。

最近では、日本からも魚を輸出しよう、という動きが出てきました。すでに鮭を中国に輸出したりしています。

しかし、魚を輸出した経験がなく、またある時期から第一次産業が中心でなくなったので、整備はなかなか進まないのです。

こだわり素材は扱っていきますが、それにMSC(注4)のような認証制度をつけようという考えは、今のところありません。日本ではトレースすらちゃんと行なわれていない状況ですから。トレースができてこないと、企業が国産の水産資源を扱うことはできません。

日本の中でも、ホタテとか広島の牡蠣とかは、比較的大きな漁業規模でやっておられますね。ただ、現状では漁業権の問題があって、企業が参入できるようにはなっていません。そういうチャンスすら、与えられていないんです。そういうことを少し広げていき、まず、できる所から取り組んでいかないと。

漁業後継者が減って、産業として立ち行かなくなると、規制緩和なども進むと思うんですが、やはり農業自給率のほうが先決、という意識が高いような気がします。

まだまだ魚は大丈夫、とみなさん思っていらっしゃるんじゃないでしょうか。その気になれば捕れるとか、お金を出せば買える、と。しかし、実際には輸入に頼る部分が大きくなっています。その輸入魚が、値段を上乗せしても買えなくなってきたのです。

私自身は、物余りから物不足に移るのは「意外と早いんじゃないかな」という気がしています。

もし人口が90億人になったら、現地で生産している国は輸出どころではなく、すべて自国で消費するようになるでしょう。日本で魚が不足する日も遠くないのではないか、という気さえしてきます。

そうなる前に、流通や生産体制を整えることが大切で、そのお手伝いができたらいいと思います。

(注4)MSC
The Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)が定めた漁業認証。「持続可能な漁業のための原則と基準」に基づき、第三者の認証機関によって認証される。その水産物には認証マークが与えられる。本部はイギリス。



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