機関誌『水の文化』65号
船乗りたちの水意識

船乗りたちの水意識
装置

船乗りたちに安心を
──真水をつくる造水装置の進化

船上の生活における真水は貴重な存在だ。かつて飲み水や調理に用いる水以外は海水が使われていたが、海水を真水に変える造水装置が普及したことで、大型の貨物船やフェリーでは真水が常に確保できるようになった。造水装置の成り立ちと近年のニーズに則した進化を見ていこう。

1950年代に株式会社ササクラが開発した蒸留式の船舶用造水装置。右に立っている人物(初代社長の笹倉敏郎氏)と比べるとその巨大さがわかる 提供:株式会社ササクラ

1950年代に株式会社ササクラが開発した蒸留式の船舶用造水装置。
右に立っている人物(初代社長の笹倉敏郎氏)と比べるとその巨大さがわかる(提供:株式会社ササクラ)

造水装置の約9割が「蒸留式」

陸とは違い、船上の水には限りがある。その事実は航海という言葉に少しシリアスな印象を付け加える。絶海を船で旅しているとき、事故などで飲み水に適した水が失われる――そんな状況を想像すれば、誰だって背筋がぞくりとするに違いない。

しかし、現代の航海ではそんな事態に陥るリスクは最小限に抑えられている。ほとんどの船に海水を真水に変える造水装置が搭載されているからだ。その造水能力は年々高まっており、今では非常時の飲み水確保にとどまらず、以前は「海水風呂」が多かったという船上での入浴も、家庭と同じように真水が使われるケースがほとんどになってきているという。

船舶用造水装置には大きく二つのタイプがある。一つは「蒸留式」。もう一つは「逆浸透式」だ。蒸留式は船舶用の造水装置の9割近くを占めていて、残りの1割強が逆浸透式だという。逆浸透式は「半透膜」と呼ばれる、水の分子は通すが塩分は通さない、細かな孔が空いた膜で分離した容器の両側に、海水と真水を注ぎ密閉し、海水側から圧力をかけ〈濾(こ)し器〉の要領で真水を抽出するものだ。

今回は、航海における安全性や快適性の向上に大きく寄与した造水装置のうち、主軸となっている蒸留式に焦点を当てたい。

そのしくみをごく簡単にいうと〈ヤカン〉に似ている。まずヤカンに海水を入れて熱する。海水は温められ、水蒸気が発生する。そこで、それを冷やして集めれば、塩分が取り除かれた真水ができるというわけだ。ヤカンの内部には塩だけ残る。蒸留式の造水装置は、おおよそこのような構造となっている。

エンジンの排熱で海水を蒸留する

実は、日本にはこの船舶用造水装置の世界的なリーディングカンパニーがある。大阪市に本社を置く株式会社ササクラだ。同社は1949年(昭和24)に設立。捕鯨母船「図南丸(となんまる)」に搭載し、鯨肉の加工などに利用する水を海水から造る大型蒸化器開発の受注を契機に、日本で唯一の造水装置メーカーとしての道を歩んできた。現在は日本でつくられる船の約8割にササクラの造水装置が搭載されているという。さらに、日本とともに世界を牽引する中国や韓国の大手造船企業ともビジネスを行なっている。

造水装置の端緒について教えてくれたのは、機器事業部執行役員事業部長の徳田賀昭(よしあき)さんだ。

「ヤカンの原理を装置化して船に載せるという発想は、江戸時代からあったようです。〈ランビキ〉と呼ばれる陶器製の器具が残っています」

ランビキの起源には諸説あるが、江戸時代には薬油や蒸留酒などを蒸留するのに用いられていたものを船にも積んでいたようだ。

ただし、蒸留式の造水装置は、ヤカンやランビキとは異なり、専用の熱源は必要ない。造水装置は船のディーゼルエンジンの過熱を防ぐ冷却水の熱、つまり排熱を使って海水を熱しているため、専用の熱源は不要なのだ。

「排熱の温度は100℃に満たないのですが、造水装置の内部を真空化させ圧力を下げることで低温蒸発を起こしているんです」

これらの造水装置でつくられる真水にはミネラル成分などが含まれていないので飲用には適さない。そのため、多くは飲料水以外の用途に使われているが、造水後にタンク内でミネラルを補うことは可能で、非常時は飲料水にすることもできる。

  • ササクラの最新の造水装置「WXシリーズ」(提供:株式会社ササクラ)

    ササクラの最新の造水装置「WXシリーズ」(提供:株式会社ササクラ)

  • エンジンの排熱で海水を水蒸気に変えて真水を取り出す。少ない熱量でも効率的に真水をつくり出すことができるよう、内部に2つの加熱器を備えた構造 (提供:株式会社ササクラ)

    エンジンの排熱で海水を水蒸気に変えて真水を取り出す。少ない熱量でも効率的に真水をつくり出すことができるよう、内部に2つの加熱器を備えた構造 (提供:株式会社ササクラ)

  • ランビキと焜炉(こんろ)。ランビキは江戸時代に薬油や酒類などを蒸留するのに用いたが、船に運び込んでも使われたとされる(村上医家史料館蔵)

    ランビキと焜炉(こんろ)。ランビキは江戸時代に薬油や酒類などを蒸留するのに用いたが、船に運び込んでも使われたとされる(村上医家史料館蔵)

  • 従来型の造水装置について説明する機器事業部執行役員事業部長の徳田賀昭さん(右)と機器営業室長の西村範子さん(左)

    従来型の造水装置について説明する機器事業部執行役員事業部長の徳田賀昭さん(右)と機器営業室長の西村範子さん(左)

形態は変わらず中身は進化

陸上の自動車業界などを追いかける格好で、10年ほど前より、海の上の船舶業界でも排ガス規制などの環境対応や経済性向上のための省エネルギー化の波がやってきている。排ガス規制に関しては、2020年よりさらに厳格化された。船舶用機器を製造するメーカーの多くが、そうした変化への対応に追われているようだ。

ササクラの東京機器営業室長の木村幸夫さんは、時代の変化に伴う熱源となる冷却水の温度変化こそが対応におけるポイントだと語る。

「かつて主流だった蒸気タービン船は、海水を沸騰させて得る水蒸気を動力源にしていましたから、航行中の船内には100℃に達する熱源が常に存在していました。その後、動力源はディーゼルエンジンへと移り変わりましたが、それでも当初は高出力のものが多く造水装置の熱源となる冷却水は約80℃にはなっていたのです」

蒸留を基本とする造水では、熱源が高いほど技術的な難易度は下がる。しかし、近年のディーゼルエンジンは環境対応のための改良が進み、加えて航行時も出力を抑えることが増えた。

「その結果、今の冷却水の量は減少します。年々限られていく排熱で、必要な量の水をつくりつづけるための技術をいかに開発していくかが私たちのテーマといえます」

2018年(平成30)にはエンジンの排熱で海水を水蒸気に変えるだけではなく、その水蒸気の熱を使ってもう一度海水を蒸発させる2つの加熱器を備えた最新モデルを発表した。少ない排熱で効率的に水を造り出すための工夫だ。

舶用技術室課長の清水康次さんは船舶特有の製品開発の難しさをこう語る。

「内部のしくみはかなり新しくなっているのですが、見た目などは前のモデルに近づけているんです。船舶用の機器は大きなモデルチェンジはあまり好まれない。新しくなっても、迷わず正確に操作できることを求められることが多く、操作やメンテナンスがこれまでと同じ感覚で行なえるかどうかが重要視されます。航行中は乗組員が分解・清掃も行ないますし、保守管理を専門家に任せられる陸とは違い、何かあったときには自分たちで対応しなければいけないという事情があるからです。それは他の機器の開発と少し違う部分かもしれませんね」

最新型を解説する東京機器営業室長の木村幸夫さん(右)と舶用技術室課長の清水康次さん(左)

最新型を解説する東京機器営業室長の木村幸夫さん(右)と舶用技術室課長の清水康次さん(左)

造水に加え廃水処理も高まる新たなニーズ

環境対応への求めは新しいビジネスを生み出してもいる。特に「船からの廃水の管理」という新たな課題は顧客からの相談も多いと本社機器営業室長の西村範子さんが言う。

「甲板にかぶった海水や雨水、船内からの廃水などは船底に集められるのですが、これには船内の潤滑油などが混ざるのでかなり汚れています。ですが、IMO(国際海事機関)による海洋汚染防止のための国際ルールは近年特に厳しくなっており、廃水を海に流す際は細心の注意を払う必要が出てきています。そこで油水分離器や汚水処理装置のニーズが高まっているんです」

港での抜き打ち検査なども実施されており、万が一廃水処理装置が適切に設置・稼働していない場合は厳しい罰則もある。

ササクラは船舶用の造水技術を転用し中東諸国などの海水淡水化プラントの建造といった陸での事業も展開している。フィルターを用いた油水分離器、活性汚泥で消化・分解する汚水処理装置などはそうした領域での活用も進む。工場の廃液を分離して薬品などをリサイクルできるように抽出する技術などは、環境経営を目指す企業などとの間でビジネスが広がっている。徳田さんはこう話す。

「地球上の水のうち淡水は2.5%。さらに河川や湖沼に存在する水は0.01%ともいわれ、きわめて貴重です。中東では石油よりも水が高価とも聞きます。ゆえに世界中で水を巡る争いごとが絶えません。水をつくるという仕事はそこに平和をもたらす仕事でもあると私たちは考えています」

船の上で磨かれ、船乗りたちに安心を与えてきた造水技術は、地球の未来を変え得るものへと進化していくのだろうか。

(2020年4月22日/リモートインタビュー 6月30日撮影)

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