不足した栄養を補うために、脱脂粉乳を飲んでいた世代からすると、今の給食は隔世の感があります。 衣食足りて礼節を知る、の言葉通り、栄養が充分満ち足りた現在、だしのことも国産品のことも、食と学びをつなぐ、新しい視野と試みが実践されています。
杉並区立三谷小学校栄養教諭
江口 敏幸 さん
「栄養教諭」という新しい肩書をご存知の方はおられるだろうか。栄養教諭は、2005年(平成17)にできた食育基本法の中に新設された職域だ。
給食管理と食に関する指導、つまり普段の学校給食を安心・安全で衛生的なものにすることに加え、食育がその職務である。
学校給食の中で、だしがどう取り扱われているか調べるために、杉並区立三谷(さんや)小学校栄養教諭、江口敏幸先生を訪ねた。
江口先生は「ミスター国産給食」として、食の雑誌にも紹介されている。杉並区立三谷小学校では、週におよそ2回、国産食材だけでつくる「国産給食の日」給食を実施していることと、食材高騰の渦中で質を落とさずコストを抑える江口先生の手腕が、注目されているからだ。
米飯が増えたことで、昨今大幅に値上がりした油や小麦粉、バターを使ったメニューが減った。ただ和食ばかりだと子供たちが飽きてしまうので、洋風、中華風にアレンジして、変化をつけるようにしている。せっかく安く仕入れた魚も、調理法に工夫がないと、残滓率(ざんさいりつ)が高くなってしまう。
今、子供たちに「だしを持っていらっしゃい」と言うと、必ず化学調味料を持ってくる、というのが、ごく普通のことになっていると江口先生はいう。だからこそ、学校給食の場合は絶対に化学調味料を使わずにやっている。
「自然のうま味を給食に取り入れていることに関しては、学級園を見ていただけばわかると思います。
7月15日には、2年生がつくったトマトでケチャップづくりを予定しています。これは私が来てから4年目ですが、2年生が毎年行なっています。今年は、トマトを買わないで、全部自家製で間に合いそうなんですよ」
実は、ごく最近、函館未来大学というところから、真昆布が送られてきたのだそうだ。全国の小中学校に昆布を送って「昆布オーナーになりませんか」と呼びかける食育の一環で、三谷小学校にも送られてきたのだそうである。
「一番長いもので5m、短いもので4m40cmぐらいありました。
5年生の社会科で水産業の授業があり、その単元で昆布を使って授業をしています。
また、2年生の生活科で想像した絵を描かせてから、実際に触って、においを嗅ぐ体験をしました。低学年は、もう舐めるように触っていましたね。においもするし、興味津々でした。
それで、4年生が昆布を干してみることになりました。どうやって干すのか話し合いで決めて、実際に干したものでだしを取る予定です。いただいたところにうかがったら、やはりそうやって食べるのが一番おいしいそうです」
学級園で何を栽培するかは、各学年で学ぶ内容によって決まる。その段階で「この目的だったら、この植物でもできるのでは」と江口先生がアドバイスするという。
例えば3年生では、温度が高くなると、ツルがグンと伸びることを観察する。普通はヘチマでやるのだが、ツル科の植物であればゴーヤでもキュウリでもいい。
また5年生になると、受粉させて実がなることを勉強する。雄花と雌花のことを学ぶのだが、それだったら、カボチャでもいいよね、という具合だ。
このようにして学級園と食育を結びつけてみる試みを、江口先生は積極的に進めている。
都内の公立小学校としては、敷地に恵まれた三谷小学校では、耕す畑も結構広い。実は江口先生、農作業が嫌いでない。いや、結構、はまるタイプのようだ。
このトマトもジュース用の品種をメーカーから分けてもらったもの。せっかく実ったトマトを狙うカラスとのにらめっこが、収穫の日まで続きそうだ。
2005年(平成17)に新設された栄養教諭という制度だが、東京都は、実は2008年度(平成20)まで置いていなかった。地域によって給食が実施されていない学校もあり設置者に委ねるという形をとっているから、東京都が「置かない」と言えば置かなくてもよかったのだ。
江口先生は第一期の採用で、そのときは5人が採用された。それまで栄養教諭を置かなかった都道府県は、静岡と東京だけだったそうだが、2008年に静岡で3人、東京で5人が採用になり、一応全国すべての都道府県に栄養教諭が置かれることになった。
しかし、まだまだ全国で2600人ぐらいしかいないのだそうだ。
「私は、もともとは栄養士で学校給食をやっていました。栄養教諭の仕事は、東京都の場合と他県の場合で少し違います。
国は、栄養教諭に給食管理と食に関する指導を求めています。東京都は、それに市区町村への支援、という項目が加わります。
具体的にはそれぞれの学校に食育リーダーという人がいるんですが、その人たちを集めて、講演会を開いたり、夏休みに教材を開発したり、公開授業をやったり、ということをしています。
今年度の4月にまた採用になりましたから、現在、東京都には栄養教諭が16人います。23区では、世田谷区、杉並区、練馬区、豊島区、品川区、葛飾区。あとは市部のほうで、町田市、都立の養護学校、小平市、多摩市、東久留米市。杉並区の栄養教諭は、私1人です」
地域運営学校(コミュニティ・スクール)とは、地域住民や保護者などが合議制の機関である学校運営協議会を通じて、一定の権限を持って学校運営に参画することで、地域に開かれた信頼される学校づくり、特色ある学校づくりを推進する新たな仕組みだ。
三谷小学校は、2005年(平成17)4月から、学校運営協議会を設置し、コミュニティ・スクールの仕組みを取り入れた。
江口先生はコミュニティ・スクールができて2年目に就任したのだが、栄養教諭としてどんな給食運営をするのか、保護者や住民が務めるコミュニティ・スクール委員の前で発表するようにいわれたと言う。
そこで学校のホームページに食のページをつくるように要請された。「給食一口メモ」をホームページに載せるように言ったのも、コミュニティ・スクール委員である。こうした評価をもらい、支援してもらえたから続けてこられた、とも。
「食のページで、毎日『給食一口メモ』を書いています。大変な反響があります。
これをネタにして、先生たちには給食の時間に『今日の給食はね、』という話を、児童にしてほしいんですよ。私が全クラス回れるわけではありませんから。
それで、去年までの『給食一口メモ』は1種類だったんですが、低学年用と高学年用に、今は2種類つくっています。七夕の話でも、1年生に話す七夕の話と、6年生に話すのとでは違いますからね。
産地のことは昨年の3月からですが、『給食一口メモ』に関して言えば、もう十何年続いているんですよ」
国産給食をやりたい、と言ったときも、校長が、まずコミュニティ・スクール委員会に報告を指示。コミュニティ・スクール委員会と教育委員会で支持を受けたので、実現できた。
「コミュニティ・スクール委員の人たちは視野が広いので、これを区として考えるとどうなるのか、どういうことに派生していくのか、といったことまで検討してくれました。
この地域は落ちついた住宅街ですし、給食費の未納も0です。また、今回の国産給食の実施に際し、『給食費を上げたら困る』という意見は一つもなかった。それよりも『安全が大事』であると。普通より、だいぶ恵まれた環境で働いている実感はあります」
江口先生は、食育というのは、水の文化と同じで、切り口がいっぱいある、という。食と授業を結びつけることは、子供にとっては新鮮だし、問題をぐっと身近に引き寄せることになる。
「2年生までは生活科で、食と授業を結びつけています。
3年生以上になると、総合的な学習の時間で取り上げることが多いですね。そこで梅干しをつくって販売をしたりしています。
4年生は環境が主なんです。それで、ゴミの行方を追っています。野草の研究をして、ドクダミでお茶をつくったり、学級園で堆肥づくりもしています。
5年生、6年生になると家庭科が始まります。社会科では食料生産の側面から、農業、水産業、食料問題を1学期で主に扱っています。給食の食材はどこからきているんだろうとか。
食育というのは『日常化』なんです。食を通して体験したことで、自分の日常を見つめ直していく。そこが、食育が教科と一番違うところです」
当たり前のことだが、環境も、食料自給率とか、人口問題とか、ものすごく食とかかわりが深い分野だ。
このような社会科だけではなく、国語や理科など、多くの分野で食との深いつながりを学ぶことができる。
国語の例をいえば、4年生で「噛むことの力」という単元があるそうだが、スルメとゼリーを噛んで、それぞれをサーモグラフィーで写してみて、脳の温度がまったく違うことを確認したり、スルメとゼリーを噛み比べてみて、どっちのほうが長く噛んでいられるか、という実験をやったりしたそうだ。そういうことをやって「本当だね」と確認していく。
だから、スルメとゼリーを比較して、「でも周りには柔らかいものしかないよね。じゃあ、どうしたらいいんだろう」というところまで落とし込んでいかないと、食育にはならないのだ、と江口先生は言う。
「それで給食でこんなことをやっているよ、という気づきにつなげるわけです。『大きく切ると噛む力がたくさん必要だよね』とか、『固い食品にはこんなものがあるよ。みんなは嫌いだけど、給食によく出るよね。それは固いものを噛むことが大切だからだったんだ』とかいったことまで考えていきます。ここまでいかないと、知識だけで終わってしまうんです」
3年生に「姿を変える大豆」という単元があり、国語で「大豆を挽く」という言葉を習った。ところが誰も石臼で挽くことを知らなくて、「割る」ことだと思っていた。そこで三谷小学校ではわざわざ石臼を買って、みんなに体験させたという。
「そのときに白味噌とか八丁味噌とか納豆とかを見せて、『大豆からこんなにいろいろな食品ができるんだよ』と教えます。国語で『挽く』をやったあとに、こういう体験をすることが重要なんです」
この学校でも2年目になって、やっと「栄養教諭って、こんなことをやるんだ」とわかってきてくれたようだ、と江口先生は言う。
栄養教諭の役目は、教師が食育を通しての学びをどこまで必要としているかを調整していくこと。それが「食育全体計画」というものになる。学校というのは、教育課程に位置づけられていないと、教えることができない。教育課程に位置づけるために、「食育全体計画」をつくるのである。
「結構、コーディネーター的な役割が多いですよ」
と江口先生が言うのは、こうした理由があるからだ。
同じ杉並区でも栄養教諭がいない他校では、この「食育全体計画」をつくる指導を栄養教諭の江口先生が行ない、各校で実施していくようにしている。
「給食の献立をどう決めているか、みなさんご存知ですか? 献立は、子供の実態がどうなっているかを把握した上で決められているのです。ですから極端な場合は『あまりにもカルシウム摂取が少ない』とか『野菜を食べない』といった、その学校ごとの実状に即した指導をするのが、本来の在り方なのです。
しかし実態は、その辺のことが結構おざなりになっていて、国が示している『学校給食の食事摂取基準』を満たしていればいい、ということになっている例もなきにしもあらずです。
学校給食の献立を決定するのは、栄養管理を担当する学校栄養職員です。まあ、栄養士ですね。栄養教諭は、それに加えて食育指導があります。
この辺のことは自治体によって若干の違いがあります。センター給食の学校もありますし、区内で統一献立でやっている所もあるし、標準献立がある所もあります。最終判断は学校長が決めます」
子供たちは12時20分から給食の支度を始め、だいたい12時40分ぐらいから食べ始める。13時5分までが給食の時間だ。
米飯給食が始まったのが、1976年(昭和51)。それ以前は、先割れスプーンで何でも食べさせていた。献立も栄養を満たすことが優先で、組み合わせもパンのおかずがおでんだったり。
我々の子供時代と大きく違うのは、給食が単なる栄養摂取の時間ではなく、多様化給食といって、さまざま工夫が凝らされている点だ。
「明日はリザーブ給食といって、ハンバーガーかフィッシュフライサンドを選ぶ。飲み物は牛乳とコーヒー牛乳とウーロン茶とイチゴ牛乳とオレンジジュースから選ぶ。明日は330人がハンバーガーで、100人弱がフィッシュフライサンドを予約しています。
弁当給食というのは、弁当箱に詰めてどこで食べてもいいよ、というものです。
この他にもバイキング給食とか招待給食もあり、杉並区では多様化給食と呼んでいます。
招待給食というのは、お世話になった方をお招きして一緒に食べます。お世話になった方というのは、地域の防犯をしてくださる方や学級園の指導をしていただいている近隣の農芸高校の先生とか、読み聞かせに来てくださっている方、戦争体験を話してくださる方とか、そういった方々です。
また、伝承遊び週間のときに、地域のお年寄りに昔ながらの遊び方を教えていただき、一緒に給食を食べることもあります」
今、大きな問題になっているアレルギーにも、対応しなくてはならない。
「基本的には除去食で対応しますが、主食とかにアレルギーがあって除去できない場合は、代替食をつくります。
こうした児童の保護者には、毎月の献立表に食材を細かく書いたものを渡して、マーカーを引いてもらっています。それでこちらから『○○に対してはこれを代替します』とお知らせして、了解をもらったものをつくっています」
至れり尽くせりの給食だが、単に栄養を摂取する給食から、自分で選んだり、一緒に食べる喜びをわかち合ったりする「社会性」にまで、その目的が広がっているようだ。
物資購入において、東京都が他県と大きく違っているのは、制約がないところだそうだ。県によっては県レベルの学校給食会を通してしか買えなかったり、選定委員会に承認されないと買えないという場合がある。
東京都の場合は、かなり自由で、パンと牛乳以外は、ほとんどフリーで取れてしまう。つまり、学校単位での契約なのである。
「この間も九州から電話がかかってきて、『硝酸塩を使っていない無添加のハムを取りたいんですが、選定委員会が認めた中に入っていないので、どうしたらいいですか』と。私は、『選定委員会に申し出て、認めてもらえば』と言ったんです。
こういうことがあるので、うちみたいに国産給食をやったりするのは、一律には難しいかもしれません。
学級園で採れたものを、選定委員会に認めさせるか、といったら、そこまではいっていないと思いますが、厳密にいったらそうなりますね。文科省の考え方は、その食品が安全であるかどうかを確かめるために、そういった仕組みを採用しているわけですから。
学級園でつくったジャガイモでソラニン中毒なんかが起きたら、学級園で採れたものも、選定品に指定しないと使えないようになるかもしれませんね」
予算管理も栄養教諭の大事な仕事。低・中・高と予算は違うが、杉並区は去年10円ぐらいずつ上げて、低学年で231円、中学年で249円、高学年で268円(材料費のみ)となった。この上げ幅は、いまだかつてないもので、食材が高騰する前に上げたので、非常に助かっているとか。
予算は毎食クリアしなくてはいけないものではなく、年間予算としてみる。
「1学期は生鮮食品が高い季節でだいたいオーバーします。生鮮食品が安くなる2学期で調整して、年間を通して帳尻を合わせています。
業者さんの見直しも、かなりシビアに行ないました。干し椎茸一つとっても、1万8000円から9800円まである。もちろん、香信(こうしん)と冬茹(どんこ)でも違いますから、理由があって開きがあるわけですが、なるべく安いものを探してくるように努力しています」
今までは1つの業者さんにまとめて発注していたが、物を見て買っていかないと予算オーバーしてしまう。そういう意味では、非常に煩雑な仕事でもある。
「いくら学校が頑張っても、やはり家庭も頑張ってくれないと。食育は、家庭が変わってくれないと、やはりダメなんです」
と江口先生は言う。
今日の献立は「切り干しご飯」とキビナゴの唐揚げ。昨日は、東京産のアシタバを国産小麦に練り込んだうどん。児童たちは、すごく良いものを食べているのだ。
しかし、子供にとっては「切り干しご飯」は、あまり人気がない。残す率が高い。それで江口先生が声掛けして、おにぎりにした。
しかし給食を残す量は、残念ながらけっして減ったわけではない。
「杉並区では2008年の6月に、週に3回だった米飯給食を4回に増やすと決めました。米飯給食が4回になってから、若干ですが残滓は増えています。まあ、重量で量っていますから、嵩(かさ)としてどうかはわかりませんが。
それと当校の場合は、和食を基本にする、と決めています。半分は和食です。日本の伝統的文化を伝えていくのは誰か、と考えたとき、家庭にそれを要求できない現状で、残ってもいいから出し続けよう、というのが、うちのスタンスです。それは校長とも合意しています。
残りそうなものはおにぎりにするとか、工夫はしますけれど、子供に妥協して残りそうもない献立にするということはありません」
当たり前だが、学校というのは、あくまでも子供に対する教育機関。だから、家庭や親に対して江口先生が直接働きかけるのは、給食試食会のときとか、保護者会のときぐらい。年に数回しかない。
あとは、夏休みに行なっている親子料理教室のとき。このときには、敢えて子供が嫌いなものをつくろうと考え、今年は「魚料理に挑戦」がテーマだそうだ。しかし、江口先生は、こうも言う。
「私は子供が変われば親が変わる、と考えています。ですから学校給食で取り入れている献立を説明して、ご家庭でも是非挑戦してみてくださいと、呼びかけています。
給食は、究極のスローフードかな、と思っているのです。すべて手づくりでやりますし、化学調味料も冷凍ものもうちの学校では使いません。ちゃんとだしを取ります。
それをするのは、もう、給食しかないんですよ。最後の砦です」
保護者の意識もかなり変わってきているという、手応えを感じている。それでも給食アンケートを取ると、朝食時に「火を使っていない」という家庭が25%。包丁を使わない家庭が50%。火も包丁も使うという家庭は25%しかない。調査したのは11月の寒い時期なのに、それが現実だ。
去年1年生の保護者に「どんな行事食をつくっていますか」とアンケートを取ったところ、1位はバレンタインのチョコレートづくりだったそうだ。2位がクリスマスケーキ。
「しかし、これが現実なんです。お母さん方にとっては、正月のお節料理より、バレンタインやクリスマスが上位にくるんです。
それで、給食では行事食を大切にしています。お金がないので鰻ではなくサンマの蒲焼きなんですが、土用の丑の日にみんなで食べました。去年は穴子だったんですが、それも買えなくなったので、サンマです。
だから、意地でも学校がこういう献立を守らないといけないんです。小学生だって、やがて親になるんですよ。食べてこなかった子供が、行事食なんてつくれないでしょう。だからせめて給食で食べさせてあげたいな、と。
ですから、私の気持ちも『そろそろ厳しく言わないといけないかな』という風に変わってきました。お彼岸には、小豆から煮てぼた餅をつくるとか、そういう風にしていかないと多分、食文化は崩れてしまうでしょう。
まあ、スーパーで買ってきてくれれば、まだいいんですけどね。その日が何の日かわからないようになってしまったら、いけないと思います。
あとは旬の味を覚えるということです。魚の献立が多いのは、魚には旬があるからです」
国産給食をやってみて、見えてきたことは、ずいぶん多い。
今までは地産地消という考えがあったのだが、一番難しいのは加工食品の見極めであることもわかった。
「私は『国産の壁』と呼んでいるんですが、例えばケチャップやジャムの場合、どれが国産だったら国産品と認めるか。材料か、加工か。すべて国産でつくるということは不可能。香辛料は、まず日本では採れませんよね。
それでうちの学校では、まず『一番重量が重い材料』。かつ、『主成分』が国産であることというルールにしています。この2つを、国産給食の加工食品の基準にしています。
一番笑ってしまったのがイチゴジャムなんですが、一番重たいのがでんぷんで北海道産。肝心の主成分であるイチゴは中国産。そうしたら、これは国産とはいえないだろう、と。
それで探していったら、業務用の1号缶で国産と認められるのは、リンゴジャムしかなかったのです。
地方には、小さい缶詰では地産地消のものがあるんですが、これも案外信用できない。リンゴやイチゴみたいな主成分は地元産なんですが、あとはどこのものかわからないですからね。
つくってみるのもいいんですが、果物を買ってきてジャムをつくったら、多分予算オーバーしてしまうのではないでしょうか」
「あと、練り製品に関しては、もう国産は無理。
国産品の定義は、日本で水揚げされた原材料を使って、日本で加工したもの。日本で水揚げしても、加工は中国というものも結構多い。
スケトウダラは、ほとんど輸入ですね。笹かまぼこといっても、加工だけが日本で、原材料はすべて輸入です。ですから、おでんは国産給食の日には断念します。
でもね、じゃあ、もやしはどうなんだ、種は全部外国産だろう、と言われたらその通りなんです。それで農水省に電話で聞いたら『いや、日本の土と水を使って育てれば国産です』と言われました。牛だって、和牛でなくても、何年間か日本で育てれば国産ですよね。」
「結構ね、調べていくとハマるんですよ。
こういうことを知って、疑問に感じるからこそ、教育に入っていけるんです。食料自給率というのは、いったいどういうことなんだとか、それにしても国産品は価格が高い、どっちを選ぶ? とか。
あとは地方に行くと、もっと埋もれた国産素材があるんですよね。
例えば、豆腐。今、佐賀県の大豆を使っているんです。佐賀県の三日月町という所から入れていますが、年々収穫量が増えているんです。国産は人気があって、多少高くても売れますから、増えているんです。だったら『学校給食の豆腐は、全部おたくの大豆を使うよ』というぐらいのことは言いたい。そうすれば価格も安定して、生産者も増えるでしょ。そういう風になっていけたらいいなあ、と。
私は別に、すべて国産が良いとは思っていない。要は、農家さんにもっと元気になってもらいたい。どんどん高齢化して、後継者もいないのが現状ですから。
価格が安定してくれば、若い後継者も出てくるのではないか、と思うのです」
実は江口先生、農水省の役人を呼んできて、生徒たちと討論させたのだそうだ。
「農水省の役人が考えている施策のほとんどは、子供たちも考えていたんですよ。
面白かったのは、去年子供たちが『国産品を買ったら、ポイントをあげて他の物がもらえるようにする』という提案をしたら、農水省の役人が『あっ、それはうちでも考えています』って。
『若い後継者が少ないから、夏休みに中高生を手伝いに行かせる』というアイディアも、『あっ、それもやってます』って。小学生が思いつくこととほとんど変わらないんじゃ、ちょっと情けないですね。しかし、6年生ぐらいになるとしっかりしてますから、結構ちゃんとした意見を言いますよ。
今までの食育って、消費者の立場しか教えてこなかった。それを、生産者の立場からも考えなさいよ、という視点を与えてあげないといけないんですよ。
そのためにも、国産給食をやらないと説得力がなかった。
5年生と6年生は、そういう授業をやっています。
6年生は、日本の食料政策を考えているんですよ。本当にすごいですよ。『あなたは未来の農水大臣だね』と言えるような子供も出てきていますから」
「農協さんでも話をしましたよ。逆に、私たちのほうから、要望を出したらいいんです。『国産のちくわが食べたいです』とか、『中くらいのエビも食べたいです』とか。それを実現するためには、私たち消費者が買い支えることですね。
結構JAさんとかの基準は厳しくて、農家さんは出荷できない物がいっぱいある。でも、学校給食では、ほとんど刻んでしまいますから、規格はあんまり影響がないんです。安ければ、実はそっちのほうがいいんです。
鮮度さえ良ければ、小さくても、大きさがバラバラでもいい。そういう物を回してもらえれば、もっと給食にも可能性が広がるんじゃないかという気がしています。
もうこれは、私の一生の仕事だと思うんで、最後まで意地になってやっていくのだと覚悟を決めています」
リサイクルのことや家庭の雑排水を汚さない配慮など、今の小学生は、高度な環境教育を経験している。それに加えて、給食が食育と連携して、こんなにも進化しているとは、正直言ってうれしい驚きだった。
本物のだしの味を、給食で味わえるとは、うらやましい限りである。
江口先生と三谷小学校の取り組みが、地域や家庭に波及して、豊かな社会の実現にまで結びついていったら、こんなに素晴らしいことはないだろう。