川の問題は自分たちも加害者の一人、ということを教えてくれました。調査をして、実態を明らかにして、原因を考える。最終的には問題解決のための実践活動に移す、というところまで考えるのが、〈市民環境科学〉と小倉紀雄さん。川がきれいになれば、東京湾もきれいになる、台所から世界の海をきれいにすることができる。台所から地球環境問題にかかわれる、ということを学ぶのが、〈市民環境科学〉なのです。
東京農工大学名誉教授 日野市環境情報センター長
小倉 紀雄(おぐら のりお)さん
1940年東京都に生まれる。1962年東京都立大学(現・首都大学東京)理学部卒業後、同大学院にて分析化学を専攻し、修士課程修了。1967年同大学の助手、1973年東京農工大学農学部に新設の環境保護学科助教授となり、1985年に教授。専門的な研究と同時に、さまざまな市民環境保護活動にも積極的にかかわってきた。専門は環境科学及び、地球化学。
主な著書・論文に、『調べる・身近な水』(講談社 1987)、『水質調査法』(共著/丸善 1995)、『市民環境科学への招待ー水環境を守るために』(裳華房 2003)、『水の知ー自然と人と社会をめぐる14の視点』(共著/化学同人 2010)ほか
水は水素原子2個と酸素原子1個が結合した分子H2Oであることは、中学校の理科で習いますね。分子の中には数万個の原子が結合した物質(有機物)もありますから、それに比べて水は実に単純な物質のように思えます。
しかし、水はほかの物質と比べて、極めてユニークな性質を持っています。
水が気体になる温度(沸点)は摂氏100゚Cです。大きな分子なら、空中に飛び出して気体になるのに大きなエネルギーが必要なことがわかります。しかし、こんなに小さい分子である水が蒸発しにくいのは、水の分子同士に強い引力が働いているからです。
0〜100゚Cという広い温度の範囲で液体のままなのも、ほかの物質と比べて特異なことです。これは、蒸発するのに必要な熱(蒸発熱)が、さまざまな液体の中でも最大である、ということでもあります。このことは、蒸発の際に大きな熱を奪う(気化熱)ことでもあり、汗をかく動物が体温を一定に保つことに役立っています。
引き合う力が強いことは、ほかの性質にも影響しています。液体にしてはまとまりがよく、丸い水玉になるのは表面張力の働きのためです。表面張力があるので、水の中にごく細い管を入れると、管の壁に付着したわずかな水の分子がほかの水の分子を引っ張るようにして上がっていきます(毛細管現象)。この性質によって、高い木の梢まで水や養分が運ばれたり、土が水を保ったりするのです。
温まりやすく、冷めにくいのも水の大きな特徴です。1gの水の温度を1゚C上げるのに、約1calの熱が必要で(比熱が約1)、これはほかの液体と比べると最大です。地球が気候変化の少ない、生物にとって安定した環境を維持できるのも、このような性質を持った水(海)が地表の約71%を覆っているお蔭です。
密度は摂氏4゚Cで最も重くなります(1cm3で1g)。水は0゚Cで凍り始めますから、氷よりも水のほうが比重が重いため、氷が水に浮くのです。もし、逆だったら湖が下から凍りだして、水中の生物は生きていけなくなります。
また、氷の密度が水より小さい(つまり同量の氷は水より体積が大きい)という性質によって、岩石に染み込んだ水は、凍ったときに膨張してくさびの役割を果たし、岩石の風化を促して砂や土をつくってくれます。
水のユニークな特性はまだあります。水の分子同士に強い引力が働いているので、多くの物質の分子は水に接すると分割されてイオンになり、水に溶け込みます。
プラスとマイナスの電気を帯びたいろいろな原子が電気的な引力でまとまって分子を構成しているのですが、その分子が分割されて、プラスやマイナスの電気を帯びたイオンになるのです。水が物を溶かすこうした強い力は、地球のあらゆる場面や生物の体内で、物質が運ばれるのに大いに役立っています。
身近すぎて当たり前に思ってしまう水は、生命の誕生だけでなく、生物が生きるために欠かせない環境を地球につくってきました。その重要性、有り難さを、もう一度よく考えてみる必要があります。
私が水にかかわるようになったのは、恩師の半谷高久(はんやたかひさ)(注1)先生の影響です。地球化学がご専門でしたが、自然の情報を読み解いて生活に役立てることをやったらいい、ということで水質を研究するようになりました。当時、川はものすごく汚れていましたから。
また水は、質だけではなく、量という点からも実は大変貴重な資源です。
日本は水が豊かだ、といわれてきましたが、実はそうではありません。日本の人口一人当たりの降水総量(年)は、5000m3。世界の平均値が約1万6000m3ですから、日本の3.2倍になります(国土交通省発表の「日本の水資源」平成24年度版の値)。
降水量は年間1700mm程度ですから、豊富なようですが、国土が狭く、さらに人口が多いですから、一人当たりの利用可能な水資源量は多くないのです。こういう風に具体的な数字で示すと、みんな理解してくれます。カナダなんて降水量が年間500mmぐらいしかないけれど、一人当たりの利用可能な水資源量は日本の25倍もあります。
国内でも地域によって偏在していますから、例えば、東京都23区内では、人口900万人、面積が621km2として、人口一人当たりの年間降水総量(年)はわずか約102m3しかないのです。
家庭での一人当たりの水使用量(日)は、現在、200〜250L。事務系の使用も含めた都市用水になると300Lで、かなり多くなります。降った雨のおよそ40%は蒸発散して大気に戻り、水資源としては利用できません(出典は前記と同じ)。
ですから、例えば東京では、この地域に降った雨だけではとてもまかなえない(東京都23区内の人口一人当たりの年間降水総量約102m3を、1日当たりのリッター数に直すと、102m3×1000÷365日×60%=約168L)。
それで、利根川水系から水をもらっているわけです。どこから水がきているかなんて、普通はわからないでしょうが、こういう事実を知っておく必要があります。
つまり利用できる水の量は極めて限られていますから、地表をむやみにコンクリートやアスファルトで覆って地下浸透を阻害したり、雑用やトイレの水洗に上水を使うのをやめて、雨水利用を進めるなど、貴重な水を大切にする方法を実践し、水循環の促進と水の節約を心がけていかなくてはなりません。
(注1)半谷高久(1920〜2008年)
福岡県門司市(現・北九州市)生まれ。社会地球化学の提唱者。東京帝国大学理学部化学科を卒業後、名古屋大学理学部助手を経て、1961年から東京都立大学理学部教授。新設の分析化学講座を主宰し、長年にわたり大学教育と多岐にわたる研究に従事した。東京都立大学都市研究センター所長、財団法人資源科学研究所研究員、環境庁自然環境保全審議委員、東京都水質審議会委員、日本地球化学会会長、合成洗剤研究会会長、日本陸水学会会長などを歴任した。「人間活動による物質循環に関する地球化学的研究」の業績によって地球化学研究協会から第7回学術賞(三宅賞)を受賞している。
東京農工大学(東京都府中市)で教鞭を取るようになり、1975年(昭和50)から環境庁や文部省(いずれも当時)などから研究費を受けて、多摩川を中心とする水域に人間の活動がどのような影響を与えているかについて研究を始めました。多摩川の支流である野川や南浅川で調査を繰り返し、河川の浄化能力などについて調べました。
河川は全体としてみると酸素を消費して有機物を分解し、水を浄化しています。しかし、人間の生活から排出される有機物が河川に大量に流れると、河川の持つ自然浄化の力だけでは水をきれいにすることはできません。
窒素を含む有機物やアンモニアはバクテリアに分解されて硝酸イオンになりますが(硝化)、この際に亜酸化窒素という物質もつくられます。亜酸化窒素は気体として空気中に出ていきますが(脱窒)、これは地球の温暖化を進めるように働きます。亜酸化窒素は二酸化炭素の約300倍の温室効果があるとされ、二酸化炭素と比べて量は少ないものの、慎重な対応が求められることに違いはありません。
河川だけでなく、湧水や地下水を調べていくうちに、澄んで美しく見える湧水などからもトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンなど、有機物と塩素が結合してできた物質(有機塩素化合物)が含まれていることを発見しました。
こうした水の汚染は、当然、水道水をつくるための原水にも及び、水道水へ不満を感じる人も出ています。また健康意識の高まりもあって、ミネラルウォーターや浄水器への需要が高まり、郊外の湧き水に車で水を汲みに行く人も増えています。しかし、これらのことは問題の本質的な解決にはなりません。さらにエネルギー消費を増やし、環境悪化を一層進める要因にもなりかねません。真の解決とは何かを探るためには、市民による環境科学への取り組みを育むことが有効だと思います。
野川や南浅川での観測が10年間続いたころ、〈浅川地区環境を守る婦人の会〉という八王子の主婦のグループとの出会いがありました。
10年間の調査から、川の様子は人間活動の影響を受けながら、時間ごとに、曜日ごとに、季節ごとに、年ごとに変わっていくことがわかってきたのです。大雨のあとでは、川の様子ががらりと変わることもわかりました。長い間、継続して見続けないと、川の本当の姿はわからない、ということがわかったのです。
浅川地区は、東京都八王子市の西にあります。そこに生活に根ざした社会活動を行なう連絡会がつくられました。1982年(昭和57)ごろのことです。連絡会は、「粉石けんを使い、川をきれいにしましょう」とアピールして、合成洗剤の問題点や川を汚す生活排水などについて訴える啓発活動を行ないました。この連絡会が発展してできたのが、〈浅川地区環境を守る婦人の会〉(以下、〈婦人の会〉と表記)です。
〈婦人の会〉の活動が朝日新聞に紹介され、私はとても心強く思いました。研究者の研究も大切ですが、研究で得られた成果を市民に伝えることの重要性を強く感じるようになっていたからです。
それで代表者の加藤文江さんに、妻の順子が橋渡し役になってくれて「一緒に勉強をしませんか」と声をかけました。
加藤さんに呼びかけた結果、大勢の〈婦人の会〉のメンバーが、当時、私の職場だった東京農工大学の研究室にみえ、水問題について一緒に勉強しました。その後、まずは川の汚れの実態を知るためにみんなで水質調査をしようということになったのです。
1984年(昭和59)8月23日、南浅川の上流から下流まで見学し、パックテストによってCOD(注2)やアンモニアなどの水質調査をしました。〈婦人の会〉のメンバーが自分の目で川の汚れを確かめたのは、このときが最初です。以降、毎月1回水質測定を続けて、1年間のデータをまとめて発表しました。
現在、〈婦人の会〉は解散しましたが、1984年(昭和59)に〈婦人の会〉が始めた調査は、さまざまな形で多くの市民に引き継がれ、継続しています。
また、水質汚染の原因を明らかにするために、浅川地区の全5439世帯に対して「生活排水と洗剤に関するアンケート」を行ない、約53%の回答が得られました。そこから水質汚染の原因が、処理されずに流される生活雑排水と管理の悪い浄化槽からの排水が川に流れ込むためであることが明らかになりました。
まず、行政への働きかけを行ないました。次に身近なことでできることはないかと模索して、木炭を使った浄化方法を試してみました。
〈婦人の会〉は、実態を調べて、原因を明らかにして、実践活動を行なうという、3段階のストーリー性のある活動をしました。周りからは「主婦のグループがそこまでやるのか」という驚きを持って評価されたのだと思います。
(注2)COD(Chemical Oxygen Demand)
化学的酸素要求量。代表的な水質の指標の一つ。水中の被酸化性物質を酸化するために必要とする酸素量で示したものであり、化学的酸素消費量とも呼ばれる。
大きな水循環を考えるには、まずは小さな水循環を考える必要があると思います。小さな、地域の問題から取り組んで、まさにグローバルな問題にまでつなげていくということが大切なんだと思います。
〈婦人の会〉の人たちは、水を汚しているのが自分たちの出す排水だ、ということに気がついたんですね。それで、何とか解決できる方法がないだろうか、と考えました。自分たちで汚したんだから、自分たちで解決したいと思ったんです。
この調査が始まる10年前ぐらいから、私の研究室で南浅川の調査を続けていたことも幸いしました。つまり、川の実態を明らかにするためには、調査の継続が重要だとわかっていたからです。1回限りの調査ではデータにならないということです。季節変化もありますから、1年間を通じて調査する必要もあります。
そういう意味で、南浅川という上流域でやったことを、今度はもう少し下流でやってみようということで、浅川流域全体に広がったんですよ。これも日野の主婦のグループが始めて、次に浅川流域全体で一斉にやったら広域な水質がわかるだろう、ということで広がっていきました。
浅川は多摩川の支流の一つ。ほかの川でも調査は始まっていたんですが、手法が違うし日にちも違うのでなかなか比較ができませんでした。それで「何とか統一的な手法を使って、同じ日にできないだろうか」と考えました。国土交通省の理解もあって2004年(平成16)から全国調査になりました。ここに至るまでに、20年かかったことになります。
心がけたのは同じ手法で精度を高めること。「市民が出したデータは信用できない」と言われても困りますから、信用できる精度の高い結果を得ようとしたのです。マニュアルをつくって誰でもできるようにして、試料水についても3回やってばらつきをなくすようにしました。
測っているのは有機物の汚れを測る指標であるCODと気温と水温。水温も意外と重要で、都市化の影響が出てくる部分です。地下水である真姿の池湧水(東京都国分寺市)は、調査を始めたころからみると2゚Cほど上昇しているんですよ。
CODを測る専用容器もメーカーに頼んで開発してもらいました。
川も一番汚かった時期から少しずつきれいになっていきましたが、きれいになったからといってやめてしまわないようにするには、継続することの大切さを伝えていくことが重要でした。
「データとして価値のあるものにするためには、10年ぐらいは継続していかないと意味がない。最低でも10年ぐらいはやらないと、川の本当の顔つきはわからないよ」ということを言い続けてきたんです。実際に調べていくと水質が変わるので、私の言っていることに納得して「じゃあ、次回もやってみよう」ということになる。その繰り返しです。その内に、毎回川の違う顔が見られるから、やっていることの価値が理解できるようになりました。
こういうサポートができるという意味からも、大学などの研究機関が市民と連携する意義は大きいと思います。
この全国調査も今年で9回目になります。ですから、少なくとも10回まではやろう、と言っています。来年以降も、多分、継続することになると思うんですが。
続ける意思を強くするのは、中期目標を最初に設定することかもしれませんね。10年の成果は、本にまとめようといっています。
続けていくうちに、課題が見えてくることも重要です。下水道の普及とか市民の台所からの排水対策とかで、水質は徐々にきれいになっているんですが、次の段階として、水の量が少なくなっているということに気がつきました。
多自然川づくりが進んで、コンクリートを剥がして自然の川に戻すところがある一方、依然としてコンクリート張りの川もある。コンクリート張りだと周りから湧水が川に入らなくなって、水量が減ってしまう原因にもなっています。
川が自然に流れなくなって、川の様子が変わる。そうなると生きものが生息しにくい環境になりますから、調査の項目に生きものを加えてみる、というように必要に応じて課題設定が行なわれていきます。
このようにルーチンなことを続けながら、やっていくうちに課題を発見する、新たな課題が見えてくる、ということで、みんな、少しずつステップアップしているんじゃないかと思います。
ただ、水量が減ったことはデータで取れているわけではなく、上流部に行ったときに水が流れていなかった、というような目視で行なわれています。上流部で水が涸れるということは、湧水遮断だけが原因ではないということ。山にも問題があります。保水能力がなくなっているのでしょうね。
水質を良くすることは、自分たちの心構えでなんとかできたんですが、水量というのは市民が課題解決に関与しにくい。水量というのは、水質と違って市民の立場ではコントロールが難しいのです。難しいんですが、非常に重要なことじゃないかと思います。
本来の川は、流れていくうちに浄化されていくもの。浄化の働きは、湧水によって汚れが薄められたり、生物によって汚れの成分が分解されることで行なわれています。ですから、ある程度水量が確保されないと、浄化能力も発揮されません。昔、「三尺流れれば水清し」といわれていたのは、そういう機能を表わした言葉だったのです。
お母さんたちだけじゃなく、子どもたちもたくさんかかわってくれています。私も〈浅川潤徳水辺の楽校〉にかかわっていますが、子どものときにこうした経験をしていれば、大人になったときに水環境に配慮した生活をしてくれるんじゃないか、と期待しています。
一つの川をずっと追っていくのも大切だし、ほかの川と比べてみるのも大切。流域で調査データを重ねていけば、何かの原因があって問題が起きている箇所があることも見えてきます。
今までの市民活動は、行政に解決をお願いする、という形が多かった。しかし、川の問題は自分たちも加害者の一人、ということを教えてくれました。ですから、一緒に解決していきましょう、という流れになりますね。市民と行政とのつき合い方も、少し様変わりしました。
そのためにも科学的なデータの蓄積が、説得力を持つのです。
〈婦人の会〉のメンバーが私の研究室に訪れて学習するようになったのですが、研究室の学生たちが簡単な方法で水質を測れるように工夫してくれました。
石けんは生分解性が良いので、合成洗剤よりはいいかもしれませんが、使う量も問題です。石けんに切り替えるだけで安心するのではなく、本当に必要な量を使いましょう、ということを広めていきました。それと台所から出す汚れを意識するということです。直接流さないように、気をつけるようになりました。
こうして納得しながらやってもらった。それでも出てしまう汚れを、木炭を使って浄化するまでになった。
専門家にとっては当たり前のことなんですが、それを一般の人にわかりやすく説明して納得してもらうのは、大切なことなんだなあ、と思いました。いろいろ手間もかかったけれど、学ぶところも多かった、と学生たちも言っていました。
〈市民環境科学〉という考え方も、市民とのつき合いの中から生まれてきたものです。調査をして実態を明らかにして、原因を考える。最終的には問題解決のための実践活動に移す、というところまで考えるのが、〈市民環境科学〉なんじゃないかなと思います。
日野市環境情報センターでは2009年(平成21)から、市民向けの環境学習講座の一つとして〈市民環境大学・地球環境問題連続講座〉を開講しています。前期10回、後期10回で講義をしているんですが、とても熱心な受講者が集まります。答えられないことは宿題になって、翌週までに調べてこなくてはなりませんから、逆に私が教えられることが多いのです。
専門家にとって当たり前のことでも、専門用語を使わずに、わかりやすく説明するのはとても難しい。だからかえって勉強になります。
だからこそ、研究者にとって市民の発想というのは大事なんだ、と思います。
大きなイベント、例えば京都で行なわれた第3回世界水フォーラムのようなことがあると、意識が高まって非常に盛り上がるんですが、しばらくするとまた下火になってしまう。
特に水問題は、一時期に比べると格段にきれいになったので、危機感がなくなってしまったというのも原因の一つではないでしょうか。日本人の中には、「日本は水が豊かだから、ジャンジャン使っても問題ない」という思い違いもありますし。
しかし、いったん汚れた水を浄化するにはコストがかかり、そのコストを負担しているのは私たちなのです。例えば、雑排水対策をすることでBOD(注3)、CODともに20〜30%程度削減されることがわかっています(下図参照)。東京湾流域の2400万人(当時)の人たちの約2割が雑排水対策に協力すると、CODは1日に約6t削減される、と環境庁(当時)が試算しています。
COD6tというのは、30万〜40万人規模の下水処理場の浄化能力に匹敵する量です。30万〜40万人規模の下水処理場をつくろうとしたら、非常に費用もかかりますし、広い土地を確保するのも難しいですから、台所での対策を行なえば、無駄な施設をつくる必要がなくなるのです。
川がきれいになれば、東京湾もきれいになるし、東京湾は太平洋につながっていますから、台所から世界の海をきれいにすることができるというわけです。
いきなり海は見えないけれど、台所から海が見えてくるんです。日本の台所が世界の海につながっているんです。海洋汚染は問題が大きくなっていますから、台所から地球環境問題にかかわれる、ということを覚えてほしいですね。
環境問題は、経験がないとわからないことも多いです。さまざまなことを経験することで、新たな気づきも生まれてくる学問の一つだと思います。ですから、若い人の参加も大切ですが、リタイアされた社会経験の豊富な年代が、若い人たちを引っ張っていってくれたらいい、と思っています。
(注3)BOD(Biochemical Oxygen Demand)
生物化学的酸素要求量。CODと並び、代表的な水質の指標の一つ。生物化学的酸素消費量とも呼ばれる。水中の有機物などの量を、その酸化分解のために微生物が必要とする酸素の量で表わしたもの。単位は通常 mg/Lで表わされる。
(取材:2012年8月2日)