機関誌『水の文化』46号
都市の農業

都市農業の現在(いま)

農業と一言で言っても、農村地域と都市部では、規模も出荷の形態も大きく異なります。消費地に近く、農業体験を希望する人も多くいる、都市農業の実態と、法的定義について、教えていただきました。
農林水産省農村振興局農村政策部都市農村交流課都市農業室のお話をもとに編集部で構成

編集部

都市農業を取り巻く環境

都市農業は、消費地内またはその周辺で営まれ、新鮮な農産物を供給できるという強みがあります。都市またはその周辺地域で生産される農産物は、新鮮さゆえに、都市の住民に、現在、大変な人気を博しています。

また、都市の住民の中には「『農』に触れたい」と思っている人が大変多いことが、近年わかってきました。

このように、「農」のある暮らしを楽しみたいというニーズの高まりや、東日本大震災を経て、防災の観点から都市に農地を残すべきといった意見も出ています。

そこで農林水産省では、このような要請に応えるため、2013年度(平成25)に「農」のある暮らしづくり交付金を創設し、都市農業の振興・都市農地の保全のための取組みのほか、市民農園や福祉農園、農産物直売所などの施設整備を支援することとしています。

農園の形態も多様化しています。東京都練馬区の例ですと区民農園、農業体験農園、観光・交流型農園という三つのタイプがあります。

区民農園は、利用者である区民が区画を借り農産物を生産する自己完結型の農園です。

一方、農業体験農園は、農業者が農業経営の一環として開設しています。利用者は、農園開設者から種蒔きや苗の植え付けなどの農業技術指導を受けることができ、利用者は対価を払って農作業に従事する形態を取ります。農園開設者が作付け栽培計画をつくり、それに従って栽培方法などを学ぶため、八百屋の店頭に並ぶものに負けない野菜を収穫することも可能です。収穫祭や餅つきなど、月1回程度のイベントや定期的な講習会を行なうこのようなやり方を広く「練馬方式」と呼んでいて、質の高い生産物を収穫できることが人気のようです。

都市の住民に気軽に立ち寄ってもらえるよう駅に近いビルの屋上に菜園をつくり、ビジネスとして成功させている例もあり、一般の人の農業への関心が高まっているのだと思います。

都市化が進んで住宅に取り囲まれるようになった都市農地もあります。土ぼこりや堆肥の臭いなどが問題になって経営がしづらい状況も見受けられますが、周辺に居住する住民が農作業を経験することで、農業への理解が進み苦情が減った、という話も耳にします。

農業の六次産業化(注1)に取り組んでおられる都市農業者もあります。東京都立川市の鈴木農園では、ほうれん草や紫芋を使ったパンが午前10時のオープン後、あっという間に売り切れてしまうほどだそうです。パン自体の魅力もさることながら、喫茶コーナーもあってくつろげる空間になっており、緑に囲まれた場の魅力や雰囲気を楽しみに来られる方も多くいるといいます。

ただし、一般的には六次産業化には経験や手間、初期投資などさまざまな課題を有し、難しい側面もあります。

(注1)六次産業化
農林漁業者による加工・販売への進出等(事業の多角化及び高度化)を六次産業化という。農林漁業等の振興等を図るとともに、食料自給率の向上等に寄与することを目指し、「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」、通称六次産業化法が制定され、規定された概念。

都市農業の定義(範囲)

「都市農業」は、広義では「都市とその近郊地域の農業」を、狭義では「市街化区域とその周辺の農業」を指します。

国土面積が狭小で平野部が少ない我が国は、38万km2ある国土の27%ほどは都市計画区域であり、国民の9割がその区域に住んでいるといわれています。

都市計画区域のうち、線引き都市計画区域は、市街化区域と市街化調整区域(注2)とに分けられます。

市街化区域は、「すでに市街地を形成している区域及びおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」と定義され、都市化に伴う住宅供給などに積極的に整備・開発を行なっていく区域として区分され、国土の約3.9%を占めています。

一方、市街化調整区域は「市街化を抑制すべき区域」と定義され、開発行為は原則として行なわず、都市施設の整備も原則として行なわれない、つまり、新たに建築物を建てたり、増築することを極力抑える地域となっています。

(注2)都市計画法
都市の健全な発展等を図り、国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする法律。
明治時代以降の都市化の進展に伴い、建築や都市計画に対する法整備が必要となり、1919年(大正8)に市街地建築物法と都市計画法(旧法)が定められた。旧法は1968年(昭和43)に廃止され、高度成長期の市街地化の進展に対応するために市街化区域と市街化調整区域の区分や、開発許可制度を定めた新しい都市計画法が施行された。

  • 市街化区域内農地の位置づけ 2009年(平成21)現在


    市街化区域内農地の位置づけ 2009年(平成21)現在
    農林水産省農村振興局による「都市農業をめぐる情勢について」をもとに編集部で作図

  • 経営面積の状況(一戸あたりの面積)


    経営面積の状況(一戸あたりの面積)
    農林水産省農村振興局都市農村交流課都市農業室による「都市農業・都市農地に関するアンケート結果の概要」をもとに編集部で作図

  • 市街化区域内農地の位置づけ 2009年(平成21)現在
  • 経営面積の状況(一戸あたりの面積)

市街化区域の都市農地

農地を課税の面から見ると、市街化区域内の農地と市街化区域外の農地の二つに分けることができます。

市街化区域外の農地は、農地評価され課税も農地課税になりますが、三大都市圏の特定市において、市街化区域内の農地は、宅地並みに評価され、宅地並みの税金が課せられます(三大都市圏の特定市以外の市町村においては、評価は宅地並みとなるものの、課税の際には負担調整措置が講じられ農地に準じた課税となる)。

また、市街化区域内農地であっても、生産緑地地区に指定された農地は、市街化区域外の農地と同じ課税となります。

生産緑地に指定されるには面積の規定(500m2以上)や農地転用が禁止されるなどの条件があるほか、指定解除が困難である(30年以上の営農の確約)などの諸条件から、生産緑地指定を受けることを躊躇する農業者も少なくありません。

市街化区域内にある農地は漸減する状況にあります。これは市街化区域内の一般の農地で営農している方が、相続の際、土地を売買されることが主な原因と考えられます。

都市住民の意識の変化

2012年(平成24)都市住民と農業者と自治体の方に、農林水産省でアンケートを行ないました。〈都市農地を保全する政策に対する意向〉ということで自治体の農政担当部局にうかがったところ、人口密度が5000人を上回るような大都市圏では、「保全していくべき」という回答が多く寄せられました。

このように、人口密集地域においては、緑地として保全することに大きな期待が寄せられていることが、アンケート結果から明らかになりました。

大都市圏では、災害時の緊急避難場所、降雨の土壌浸透と水害抑制機能、精神的な豊かさや安らぎ、多様性のある生態系の保全など、市街化区域の農地には、農産品の生産だけでない多くの副次的メリットがあることが、近年、強く意識されるようになりました。

畑だけでなく水田耕作をしている東京都日野市では用水路の環境的な価値や貯水機能を保全するために、都市の住民と農業者が協働で管理する用水守制度もつくられています。

2010年(平成22)に「都市農業を守り、持続可能な復興を図る」という基本理念の下、「食料・農業・農村基本計画」が閣議決定されました。

「食料・農業・農村基本計画」では、都市農業には、新鮮で安全な農産物の都市住民への供給、身近な農業体験の場の提供、災害に備えたオープンスペースの確保、ヒートアイランド現象の緩和、心安らぐ緑地空間の提供といった機能や効果があることが謳われています。

これらの機能・効果が充分に発揮できるようにするためには、都市住民の理解を促進しつつ、都市農業を守り、持続可能な振興を図るための取組みを進める必要があります。

農林水産省では、都市における「農」のある暮らしを求める住民のニーズを踏まえ、市民農園・体験農園などにおける農業体験や交流活動や福祉農園の拡大・定着を図る必要性に注目しています。

  • 都市住民の都市農業・都市農地への評価


    都市住民の都市農業・都市農地への評価
    農林水産省農村振興局による「都市農業をめぐる情勢について」をもとに編集部で作図

  • 都市住民の農地への期待


    都市住民の農地への期待
    農林水産省農村振興局による「都市農業をめぐる情勢について」をもとに編集部で作図

  • 主要都市における農産物の部門別農業産出額の割合


    主要都市における農産物の部門別農業産出額の割合
    農林水産省「生産農業所得統計(平成18年)」をもとに編集部で作図

  • 農産物の販売金額


    農産物の販売金額
    農林水産省農村振興局都市農村交流課都市農業室による「都市農業・都市農地に関するアンケート結果の概要」をもとに編集部で作図

  • 都市農地を保全する政策に対する意向


    都市農地を保全する政策に対する意向
    農林水産省農村振興局都市農村交流課都市農業室による「都市農業・都市農地に関するアンケート結果の概要」をもとに編集部で作図

  • 都市住民の都市農業・都市農地への評価
  • 都市住民の農地への期待
  • 主要都市における農産物の部門別農業産出額の割合
  • 農産物の販売金額
  • 都市農地を保全する政策に対する意向


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