都心近郊で、今も目にする野菜や果樹の畑。そこで生産される東京野菜は新鮮で高品質なものが多く、すごい魅力があると牧野征一郎さんは力説します。牧野さんが、自ら各農家を回って集めた東京野菜を有名レストランなどに販売するB to B事業を始めて約5年。いずれは東京にいる300万人の消費者に向け、直売所(B to C)事業を手がけたいと考えています。牧野さんの奮闘ぶり、東京野菜への想いをうかがいました。B to B:Business to Business B to C:Business to Consumer
株式会社東京野菜カンパニー代表取締役
牧野 征一郎(まきの せいいちろう)さん
1972年生まれ。大学卒業後、ジャスコ株式会社(現イオン)入社。2011年に株式会社東京野菜カンパニーを設立し、東京都内の農家から農産物を仕入れ、東京野菜の魅力を周知普及させる活動を進めている。
地産地消が注目されるようになって何年か経ちますが、地産地消に対する消費者の意識は年々高くなっているように思えます。東京も例外ではなく、オリンピック効果もあってレストランからの問い合わせも増えています。
注目度が増している東京野菜ですが、消費者の期待に応えられていないのが現状です。大部分が西東京エリアでつくられている東京野菜は、築地や大田といった中央市場に安定供給できるほど生産量が多くありません。このため、市場経由で流通することはなく、新鮮で安全・安心な地元野菜を近くのスーパーで気軽に買うことはできません。
また、つくった野菜を少量でも納品できる農協の直売所が多摩地区以外にあまりないこともあって、そのほとんどが地元、すなわち西東京エリアで消費されています。
つまり現時点では、練馬区や世田谷区など一部を除き、東東京エリア(23区)の人は東京野菜を手に入れたければ、自ら西東京エリアまで買いに行かなければならないのです。
改善すべき課題は他にもたくさんあります。消費者が農家から直接買うものを除けば、農協の直売所は東京野菜を買うことができる唯一の場所です。ところが大半の直売所は16時ごろに閉店してしまったり日曜日が休みなど、消費者のライフスタイルにそぐわないやり方になっています。
次は品揃えです。何をどれだけつくるかは各農家が決めるのですが、作付け基準は一般家庭でよく使われる野菜で、しかも収量が良く収穫が楽なものに集中するため、基本的にはほとんど同じものになっています。このため、夏にはトマトやナス、冬にはホウレンソウや大根があふれんばかりに売り場に並び、種類が少なく魅力のないものになっているのが現状です。
スーパーで手軽に買うこともできない上に種類も非常に少ない東京野菜ですが、大生産地に勝るとも劣らない優れたところもたくさんあります。
一つ目は、畑が近くにあるので、収穫してからすぐのものが手に入るということです。採れたてで栄養価が高い、非常に瑞々しい野菜を食べることができるのです。遠隔地にある大生産地から東京に住む我々の手元に届くには、収穫してから2〜3日は経過してしまいますから、鮮度という点では絶対に負けないといっていいでしょう。
二つ目は、畑の周りには住宅や学校が密集しており、むやみやたらに農薬を散布することができないため、必然的に低農薬栽培が行なわれているということです。
東京の畑は大生産地と比べて非常に狭いので、小さい畑ではたいしたものはできないと思われがちですが、雑草を手で抜くなど、丁寧な栽培が可能です。
三つ目は、生産者の顔が見えるため、安心して買うことができるということです。スーパーで野菜を買う場合は産地名しかわかりませんが、東京野菜の場合は生産者の顔写真や名前を出して販売することが珍しくありません。しかも、すぐ近くにいるので、何か気になることがあれば直接話を聞くことも可能です。それでも不安なら畑を見に行くことができるのです。これは地産地消の最大のメリットです。
東京野菜カンパニーは現在、都内の契約農家45軒から収穫したての野菜を仕入れ、野菜にこだわる都内25店舗のレストランに販売しています。
「収穫したての野菜は鮮度が全然違う」「農家の顔が見えるので安心して使える」などの大変有り難いお言葉をいただけるようになりましたが、ここに至るまでには大変な苦労がありました。
一番大変だったのは、レストランが希望するアイテム数と品質に持っていくことです。レストランでは1カ月に数十から多いところでは百近い種類の野菜を使いますが、使う野菜は各農家が毎年つくるホウレンソウや大根といった一般的なものから、ビーツや紫人参などスーパーなどでもほとんど売られていない珍しい野菜までさまざまです。
先ほどお話ししましたように、各農家は基本的には同じものをつくりますので、農家の数をいくら増やしても集まる野菜の種類は増えません。また、ビーツや紫人参などの珍しい野菜は見たこともないという有様です。しかも、使うのはプロの料理人なので、味や色目がそこそこでは使ってもらえないのです。
どうするべきか困っているときに複数の農家さんから、「初めてつくる野菜でも同じ人参なのだから大丈夫だと思う」「こちらもプロだから任せてほしい」「お客さんの要望で新しい野菜に挑戦することにやりがいを感じる」といった大変前向きなご意見をいただき、お願いすることにしました。
数カ月後にお願いした新規の野菜を見に行くと、100点満点とは言えませんが、初めてつくったとは思えないほど上手にできているではありませんか。私はこのとき、少し時間はかかるけれど、これでプロの料理人を満足させることができると確信しました。こういうところから始まって、約5年かけて契約農家さんが45軒にまで増えたところです。
最後に、東京野菜カンパニーの夢をお話ししたいと思います。
現在はレストラン向けに販売するB to B事業をメインでやっておりますが、近いうちに一般消費者向けに販売するB to C事業に軸足を移す予定です。
これまでの東京野菜は、「遠くまで買いに行かないと手に入らない」「種類が少ない」「夕方は店が閉まっている」など、明らかに消費者目線が欠けていました。結果として、「東京は空気も水もまずいから野菜もダメに決まっている」「東京で野菜をつくっていること自体知らなかった」といった間違った認識を持たれてしまいました。
早い段階で正しい情報を発信できるアンテナショップの必要性に気づいていましたが、端境期があるため年間を通して野菜を安定的に調達することができませんでしたので、行動に移すことができませんでした。
しかし、農家が新しい野菜に挑戦することで充分なアイテム数をそろえることができるようになり、5年間プロの料理人からアドバイスをもらって品質も格段に向上しましたので、そろそろ行動したいと考えています。
できれば、渋谷や目黒など、23区内で多くの人に見ていただける場所に出店したいですね。新鮮で高品質の東京野菜を食材に使ったミニレストランも併設し、消費者にその場で味わってもらうのが夢です。
(取材:2013年11月6日)
高橋園 東京都立川市
高橋 尚寛(たかはし なおひろ)さん
うちは、私で13代目。長くこの地で営農してきました。祖父が養蚕用の桑の木の苗木づくりを始め、父は植木生産に取り組んできました。農協役員としての比重が大きくなってきたところで、私は植木生産から果樹栽培へと転換を図りました。果物生産の魅力は、年数をかけて長く栽培できることです。手をかければかけた分、良質な果物が収穫できます。
就農してから8年目。東京農業大学卒業後、一年間、島根県大田市の農業法人でブルーベリーの栽培法を学び、立川に帰ってから、東京都農林総合研究センターで研修生として野菜生産と果樹栽培を学びました。ここでイチジクと出合って魅力にはまってしまいました。
父の植木畑の一部をもらい、そこにブルーベリー用の防鳥ネットと、イチジク用の農業用ビニールハウスを2棟建設。ブルーベリーとイチジクの栽培にこだわっているうちに、東京野菜カンパニーの牧野さんに卸すようになりました。
ブルーベリーの品種は多く、300品種以上あると言われています。私はそのうち26品種を栽培しています。こだわりの品種はシャープブルーという爽やかな甘みのする品種と、ブルーリッチというほのかにリンゴのような独特な酸味を含む品種です。
昨年は天候不順と夏場の水不足が深刻でした。水道があるので水やりはできましたが、野菜ほどの影響はなかったものの、例年通りの生産は厳しかったですね。
イチジクは収穫後の傷みが激しく鮮度を要求される作物で、主産地の愛知県や和歌山県から完熟品を運んでくるのは結構難しいことなのです。近年は、傷みにくい品種が開発されていますが、私自身、市販のイチジクを食べてみて、「東京農業の利点を活かせば、充分競争できる」と判断して始めました。
品種構成の主体は、皮が赤い桝井ドーフィンという品種です。イチジクといえば、まずこの品種です。バナナを名前の由来としたバナーネは、熟しても黄色で、ねっとりとした濃厚な甘みが特徴の珍しい品種です。また、皮が黒味を帯びたビオレーソリエスは甘みと酸味がほどよくのった魅力の品種です。これから、世界でもっとも甘いといわれる品種、カロンにも挑戦しようと考えています。
イチジクは夏果と秋果がありますが、私は秋果を中心としています。収穫期間は8月から11月末までになります。ハウス栽培なら雨に当たらず、また鳥に突かれることもないので、イチジクを完熟までおいておくことができます。また、皮が非常に薄くつくれることもハウス栽培のメリットです。
果樹栽培は剪定が最も重要です。一言で表わすなら、良質な花芽を活かし、新しい枝を更新していくことで良い実がつきます。そこには多くの技術と経験が必要です。葉は光を浴びて光合成をし、樹の栄養をつくります。病気や虫害がでないよう密集させず、風通しを考慮し、翌年、翌々年の収穫のバランスや樹のかたちを考えながら、切っていきます。年数がかかるものなので一気に手応えは感じられないのですが、徐々に感じられるという良さがありますね。
そのような各年の経験を立川市の果樹組合の中で話し合い、皆で勉強し合っていきます。先輩方から剪定に限らず、品種や、樹の仕立て方、肥料など果樹に関するいろいろな話を聞かせていただいたおかげで、私自身大きく成長できたかなと感じます。立川の農家は若手が多いので、野菜、果樹、畜産、植木とジャンルを超えた40歳くらいまでのグループでの交流も知識を深めてくれました。そしてなにより、仲間としての励みになりました。
私の畑では、「農業がやりたい」と来てくれる人が何人かいて、アルバイトとして手伝ってくれています。都心から通ってきて手伝ってくれる人もいて、大変助かります。皆、私と同年代で一緒に成長できている感じがします。その手応えは果樹の栽培と似ているかもしれませんね。
都市農業のデメリットは、やはり地価の高さからくる税金の高さだと思います。
また、果樹は背丈が高いため散布した農薬が風に乗って流れてしまいます。農薬を撒くときは風のない日を選び、近隣の方々に迷惑を掛けないように気をつけて、使用回数も極限まで減らすように努めています。結果的に安心安全な都市農産物につながって、メリットになっているかもしれませんね。
メリットとしては新鮮なものを届けられるという付加価値があることです。牧野さんから、毎年まとまった量の注文をいただくようになって、とても自信がつきました。東京都心の一流のシェフに、自分のつくった農産物を使ってもらうことが励みになっています。
都心に大きな市場があることはわかっていても、行って帰ってくるだけで畑仕事が丸一日おろそかになってしまいます。ですから、私たち農家の力になってくれる牧野さんが仕事をしやすいように、品質の良いおいしい農産物で応えていきたいと思います。
(取材:2013年11月6日)
ナチュラルフレンチレストラン mikuni MARUNOUCHIでは、原種に近く野菜本来の味わいと風合いを持つ〈江戸東京野菜〉を敢えて素材として選びました。ほかにも東京の自然野菜などを使って、東京産の食材を中心に旬の料理をご提供することをコンセプトにしています。
東京・丸の内のレストランで、地産地消を目指すことは少し高いハードルかもしれませんが、開店当初から4年間取り組んできました。青ヶ島の塩などを使い調味料に至るまでできる限り地産地消を広げています。
東京野菜の魅力は何と言っても新鮮なこと。加えてその品種を専門につくっているプロのこだわりの農産物だということが手に取ると伝わってきます。根菜類が特に良いですね。11〜12月限定の伝統大蔵大根は煮込むと本当においしいです。
東京野菜は、自然条件の下、露地栽培で育つため季節限定。レストランのメニューは3カ月×4シーズンで考えますからシーズンが短いことは考えようによってはネガティブ要素ですが、逆に言えば旬が際立ちます。
都内の生産者さんと当店をつないでくださるのは、日々、収穫されたばかりの野菜を当店に届けてくれる東京野菜カンパニーの牧野征一郎さんです。配達時に牧野さんが、「再来週はこんなものが入ります」と次々とプレゼンテーションしてくれるのですが、使ったことがない名前の野菜ばかり。文字通りどうやって料理しようかな、とワクワクしながら、創造力を刺激されています。
(取材:2013年12月13日)