栽培する(一次)だけでなく、加工品をつくったり(二次)、自ら販売を手がけたり(三次)することを六次産業化(一次+二次+三次=六次)といい、経営を多角化することで農業経営の健全化を目指す方策として注目されています。しかし規模の小さな都市農業地域では、やりたくても人手や設備がないのが悩みの種です。そんな中、開店と同時に売り切れ続出の天然酵母パンが、農産物の売上げを押し上げているのが、東京・立川の鈴木英次郎さんの農園です。鈴木さんの背中を押した、最初の一歩についてうかがいました。
鈴木農園 東京都立川市
鈴木 英次郎(すずき えいじろう)さん
最初はうちも、慣行栽培(化学肥料や農薬を使用)で栽培する、ごく普通の農家だったんです。それが転換し始めたのは、女房の美智子が「天然酵母のパンをつくって売りたい」と言ったことがきっかけです。51歳のときだから、1998年(平成10)。もう15年になります。
天然酵母というのは管理が難しく、徹夜仕事になったり、力仕事もあったりで大変なんですよ。パンは薪を使って石釜で焼いているのですが、薪を使うのも結構、きつい仕事です。それで力仕事を私が手伝うようになりました。
パンに野菜を使いたいと思っていましたから、天然酵母を使ったパンなのに野菜が農薬や化学肥料を使ってつくられたものじゃダメなんじゃないか、と考えたんです。それで、長年の慣行栽培をEM農法に切り替えていきました。
大きくカットした野菜がごろごろ入ったカンパーニュは、女房の創作パンです。これをきっかけにカボチャや紫芋、さまざまな種類のニンジンなど、パンに使えそうな野菜を選んで栽培するようになりました。最初のころはパンがうまく焼けないで困ったこともあったんですよ。
始めた当初は、私と女房の二人でやっていたのです。そのうちにお茶を飲みたいという人も出てきたので、大正時代に建てられた養蚕用の建物をカフェに改装し、私がマスターになってコーヒーを淹れていたんですよ。うちの女房は私よりもセンスが良くて、内装やインテリアも彼女のアイディアでやりました。
何年かそうしているうちに、娘の理恵がカフェを手伝うようになり、一緒にパンづくりをしていた小野くんと結婚。今は娘夫婦が〈天然酵母パンとカフェ ゼルコバ〉を切り盛りしています。
ゼルコバというのは、スペイン語で欅(けやき)のこと。今はずいぶん伐られてしまいましたが、五日市街道沿いに大きな欅並木がずらっと並んで、武蔵野の雑木林を彷彿とさせる景色だったんです。
カフェは、以前は週2日しか営業していませんでしたが、今は金土日月の4日間営業しています。
みなさん六次産業化には苦労していると思います。でも、うちでは娘や息子、その連れ合いがみんな協力してくれてうまくいくようになりました。
毎年11月末には収穫祭をやっています。今年も大勢のお客さんが来てくれました。インターネットを使って呼びかけたらすごい反響でした。インターネットの力はすごいですね。ホームページも息子たちが考えてくれるし、やはり若者の力があるというのは有り難いことです。
EM農法に切り替えてからは、パンに使うのが中心で、野菜の販売は月曜日と土曜日の週に2日だけ。野菜を直売するようになったのはパン屋を始めてからですが、相乗効果でお客さんが来てくれるようになりました。朝10時に開店するとすぐに売り切れてしまいます。直売所もたくさんできて過当競争になっていますから、今の時代、農業も普通にやっていたら生き残れないと思います。
今日出しているのは30種類ぐらいですが、年間100種類ぐらいの野菜をつくっています。長男の富善がインターネットで調べて、次々と変わった野菜に挑戦しています。都内などのレストランに頼まれて、20軒ぐらいに宅配便で送っていますが、申し訳ないのですが個人向けには対応していません。
これだけお客さんが来てくれたら、やりがいがあります。お客さんの顔を直接見られるから喜んでいただいているのがわかるし、お客さんも野菜をつくっている我々の顔が見られるから安心してくれるのではないでしょうか。
生産緑地にしたのは、1992年(平成4)です。自分の代はもちろん農業をやるつもりだったから生産緑地にしたんですが、そのころ長男は勤めに出ていました。2007年(平成19)結婚を機に、嫁さんともども勤めを辞めて、一緒に農業をやるようになりました。うちは私で5代目。息子は6代目です。男の子の孫がいて、今は幼稚園に行っていますが、彼が7代目ですね。
灌水用には水道水を使っていますが、今年から畑に撒くための水道水は下水道料金を免除にしてもらいました。
農地を防災空間として活用するという政策が、東京都と立川市で進められていて、普段は農業灌水用として使える100mの深井戸を掘る計画も出ています。深井戸だと安全でおいしい水が出るみたいで、災害時に生活用水として利用することを視野に入れ、農地に井戸を掘るということです。
新規就農を目指して、勤めを辞めてうちで研修生をやっている人もいます。彼女は1年間の研修が終わったら、畑を借りて農業を始めることが決まっています。そのあとにも新しい人が来る予定で、今まで農業と関係なかった人の関心が高まっているなと感じています。
都会ならではの苦労は、近隣への配慮ですね。トラクターを使うにも、音が出るものは気兼ねします。夏場なんかは、朝の5時には仕事を始めたいところなんですが作業できません。しかし、買っていただくにはたくさん人が住んでいる住宅地の近くだというのはメリットです。共存共栄なんですね。
(取材:2013年11月21日)