光や温度を自在にコントロールし、虫や病原菌から隔離した環境で農薬不要な栽培を可能にした植物工場は、狭い土地での高い生産性をかなえて、都市農業としての活用が期待できます。施設園芸の第一人者、古在豊樹さんに植物工場の現状と家庭や病院でも使える小型機開発についてうかがいました。
NPO法人植物工場研究会理事長 千葉大学名誉教授 農学博士
古在 豊樹(こざい とよき)さん
1943年生まれ。千葉大学園芸学部園芸学科卒業、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。1973年大阪府立大学助手(農学部)、1977年千葉大学助教授(園芸学部)、1990年千葉大学教授(園芸学部)、1995年同大学院教授(自然科学研究科)。1999年同園芸学部長、2003年同環境健康フィールド科学センター長、2005年〜2008年千葉大学学長、2009年同大学定年退職、環境健康フィールド科学センター特命研究員、2010年より現職。2002年に紫綬褒章。日本農学会・日本農学賞、米国・培養生物学会(The Society for In Vitro Biology)生涯業績賞など受賞歴多数。 主な著書に、『閉鎖型苗生産システムの開発と利用ー食料・環境・エネルギ問題の解決を目指してー』(養賢堂 1999)、『「幸せの種」はきっと見つかる』(祥伝社 2008)、『太陽光型植物工場―先進的植物工場のサステナブル・デザイン』(編著/オーム社 2009)、『人工光型植物工場』(編著/オーム社 2012)ほか
現在、地球に住んでいる人間の50%以上が都市に住んでいて、生野菜の供給が求められています。その需要に応えるために先進国では平均で3000kmの距離を運んでいますから、輸送のために使われる化石燃料や、冷蔵、冷凍にかかるエネルギーは莫大なものです。加えて、そのために引き起こされる道路の摩耗などを考えたら、相当なコストがかかっていることになります。
植物工場というのは、狭い土地面積でも栽培環境を調節することで、都市でも家庭でも効率的に植物の栽培ができる仕組みです。究極の自給自足が実現できますから、都市の新しいインフラ整備の一つ、ということができるのではないでしょうか。
人工光を利用する植物工場の分野では、日本が断然トップで、台湾、韓国があとに続いています。日本で生産・販売をしている人工光型植物工場は約150カ所あります。
中国はまだ生産販売している会社がありません。畑の野菜が安いので競争力がなく、ビジネスとしてはまだ成立しない段階なのです。しかし、中国では化学肥料と農薬の過度な使用量を不安に思う人々が多く、「安全な野菜だったら4〜5倍の価格でも買う」という富裕層の需要が増えつつありますから、実用化もそう遠くない将来だと思います。
千葉大学では柏の葉キャンパス(千葉県柏市)内に、合計で1haを超える規模で太陽光型と人工光型の植物工場の実証実験施設を展開しています。
また植物工場研究会という特定非営利活動法人を2010年(平成22)に立ち上げて、現在は96団体が協賛しています。柏の葉キャンパス駅の横にも東京・府中にある病院の中にも人工光型植物工場がつくられていますが、それらを含めて、植物工場の設計や運営に協力しています。
実証実験施設は、産学連携のコンソーシアム方式で運営されています。太陽光を利用したトマト栽培施設5棟、人工光を利用したレタス栽培施設2棟は、それぞれが多彩な手段と方法で、狭い土地でいかに生産性を上げコストを削減できるかに挑戦しています。
〈街中植物工場コンソーシアム〉は、「植物工場の技術が街中いたるところに存在する近未来の姿を展示体験する」ことを目的に設置されました。私がオーガナイザー、パナソニック株式会社と三井不動産株式会社がリーダーとなり、ほか企業8社が共同でプロジェクトを推進しています。
植物工場の小型版デモ機(下の写真参照)は家庭用小型冷蔵庫ほどの大きさで、インテリアとしても違和感のないデザインになっています。
デモ機と苗はこちらで提供して近隣のモニター5世帯に貸し出して育ててもらったところ、2〜3週間もすると自分で種を蒔くなど非常に積極的な人が多く、私も感心するほどのアイディアが出て、楽しみながら栽培していただいたことがわかりました。デモ機を使っていただいたお宅では、家族3人では食べきれないほど収穫できたそうです。
サニーレタスなどは特定の波長の光を当てると赤みを増す性質がありますが、温度が高いと赤が出にくいのです。それで、赤みを出すには温度を低く抑えたほうが鮮やかな色が出る、そういうことを自分で発見した人もいました。発見があると、どんどん楽しくなっていくんですね。オーガナイザーとリーダーとモニター5世帯はインターネットでつながっていて、日々の活動がやり取りできるようになっています。誰かが成果を発表すると、競い合うようにして活動が活発になります。
実証実験をしてみて、「これは今までのように映画鑑賞とか音楽を聞くというのと違う、新しいコミュニケーションの創造であり、クリエイティブな生活なのではないか」という確信を持つに至りました。
最低でも年間5万台ぐらい売れる確証が取れないと製品として販売することは難しいそうですが、是非、商品化まで漕ぎ着けてほしいものです。
私は小型植物工場装置には、家庭用としてだけでなく教材としての可能性もあると思っています。水がどのタイミングでどれぐらい必要か、CO2をどれくらい吸収しているか、といったことも一目でわかりますからデータを取ることが楽しみになります。
装置の中では、水も循環しています。例えば1Lの水をやると、植物体で保持する水はわずか2〜3%で970ccほどの水が葉から蒸散します。
普通は、蒸散した水は空中に出ていってしまいますが、閉じた空間ですから蒸散水を回収することができます。そのために水の使用量は施設栽培に比べて50分の1ほど、露地栽培に比べると100分の1ほどで済みます。それで、現在は超節水型の植物栽培システムとしても、注目されるようになりました。
装置は、人工光の照明具から出る熱を冷やすために常に冷房しています。冷房すると、蒸散した水が結露しますから回収できます。葉から蒸散する水は蒸留水ですから、装置の配管などに雑菌がついていない限り、汚染されていないきれいな水を繰り返し使うことが可能です。また、植物がいかにCO2を吸収するかということも教えてくれます。
このように、この装置は小さな地球のモデルのようなもので、1台で広範囲な科学的知識を学ぶことができる優秀な学習キットと考えることができます。
私は施設園芸の研究を、50年間やってきました。以前は施設の資材にポリ塩化ビニルフィルムが使われていたため、施設園芸ハウスのことをビニールハウスと呼んでいました。現在は、より耐候性に優れ寿命が長い農業用ポリオレフィン系フィルムやフッ素樹脂のフィルムが開発され、リサイクルも進んでいます。
こうした農業用プラスチックフィルムがつくられ始めたのは1960年代のはじめ。資材が確保できるようになって、施設園芸が盛んになっていきました。
当時、施設園芸をやっている農家さんというのは大変厳しい状況に置かれていました。と言いますのも、お米がつくれない、果樹園もだめ、というような土地で営農している人が、面積の小さい土地で生計を立てるために施設園芸をしていたからです。土地の面積あたりの生産性を上げなくては、食べていかれませんから。
生活に余裕があれば農閑期に休むことができますが、施設園芸農家は冬でも休む間もなく働いて、やっと食べていたという状況でした。私はそのような施設園芸を研究することで、何かの役に立てたらという思いで研究に携わるようになりました。
植物は雨が当たると病気が発生しやすくなるので、プラスチックフィルムをかけて雨が当たらないようにするところから、雨除け栽培ともいわれていました。
また、撒いた水はすぐに蒸発してしまうのですが、プラスチックフィルムで覆えば蒸発を抑制できます。そのため節水栽培とも呼ばれ、水の確保に苦労した地域で、いち早く採用されたという経緯もあります。
現在もFAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations:国際連合食糧農業機関)などが、節水農業の非常に有効な手段として施設園芸を取り入れています。露地栽培と比べて7〜8分の1の水使用量で抑えられるといわれています。
農業では、苗の質が非常に重要となります。「苗半作」という言葉があるのですが、良い苗があったら収穫が半分は約束されたようなものだ、という意味です。
実は、良い苗をつくるには技術が必要で、20〜30年ほど前から、一年を通じて苗だけを生産する苗農家が現われてきました。
施設園芸のかたわら苗生産の研究に取り組むうちに、人工光を使ったほうが育苗がしやすいことがわかりました。そこで施設で病害虫から隔離して人工光を使い、環境をコントロールしながら行なう苗生産システムを開発しました。これは民間企業が商品として開発して、広く使われるようになっています。この技術は1975年(昭和50)から研究されていた人工光型植物工場の技術を育苗に応用したものです。
人工光で生産する一番のメリットは、耕作に適さない土地を有効利用できることにあります。人工光を使えば、密集して植えたものを立体的に設置することが可能になり、単位面積あたりの収穫が飛躍的に高まるからです。
もしも太陽光で同じ収穫量を上げようとしたら、100倍以上のの耕地面積が必要になります。植物工場が都市農業へ貢献できると期待が集まるのは、狭い土地での高い生産性にあると思います。結果として省スペースになり、作業のための移動距離も節約できます。
人工光では植物が丈夫に育つはずがない、という思い込みを払拭するのはなかなか難しいのですが、実際に使ってみた人にはその実力がすぐに理解してもらえるはずです。また電気代を心配される人もいますが、全体のコストからみたら現在でも20%程度、LEDの利用で今後はますます低くなります。
人工光は、現在、白色LEDが主流になっています。白色LEDは、波長が短く白く見える青い光を多く出しています。一方、赤いLEDは波長が長く、電気使用量が少なくて済みます。光合成の面からいうと、赤い光だけでいいのですが、青い光が無いと正常な生長ができないので混合して使っています。
今までは、コストをかけてつくるのだから高付加価値、高価格の野菜をつくらないと、と言われていました。実際、3年ぐらい前までは植物工場で利益を上げるのはなかなか難しい状況でした。ところが今では、無農薬で清浄なレタスやホウレンソウをつくれば利益が出る企業が現われるようになりました。
この背景には、コストが抑えられるようになったことに加え、野菜の値段がどんどん上がっているということもあります。洗わなくても食べられるとか、虫が喰っていないとかいった程度の付加価値でも、商業的にペイする段階にきています。
また、コストはこの先もっと下がる余地があります。人工光は電気代がかかりますが、実はすべてが効率よく葉に当たってはいません。光がすべて葉に当たるようにできたら、照明の数を減らせるので電気代が節約できます。CO2濃度をもっと高くするとか、開発の余地がまだたくさん残っていますから、コストカットは進みます。
3年半前にできたレタス栽培施設は100坪(330m2)ちょっとの敷地で、夫婦二人とパートさんの7〜8人で働く農家を想定して設計されました。
生長も早く、レタスなら苗を植えてから収穫するまでに10日間しかかかりません。毎日3000株、年間100万株収穫し、柏の葉キャンパス駅前のスーパーマーケットにも出荷しています。
1株100円で出すとして、全部売れたら1億円。実際には8000万円売り上げるのですが、この面積の田んぼで米をつくったら1万円にもなりません。もちろん、初期コストと運転コストが格段に大きいですが、植物工場では、いかに効率的に生産できるかがわかると思います。
ただ畑と同じものをつくったのでは、農家の人と競合することになりますから、畑ではできないものをつくることを目指しています。
例えば、間引きした葉というのは実においしいのですが、市場には出回りませんでした。それを新しい商品として売るというのが一例です。二十日大根とか小さいニンジンといったものは、普通に収穫するとできるのに60日ほどかかりますが、それを約半分、30日(苗の定植から収穫までは約10日)ぐらいで収穫します。そうすると、葉もおいしく食べられます。従来は捨てていた間引き菜が商品になるのです。白菜を小さいうちに収穫してチコリのようにして食べる、というアイディアを実現しようとしている会社もあります。同じ品種であっても収穫期を変えることで、畑で栽培している農家と競合しない新商品となるのです。
畑でそんなことをしようと思ったら、腰を屈めないと作業できないから手間もかかるし、土地利用からいって非効率です。しかし植物工場なら、きれいな環境で立ったままの軽作業でできます。
小型植物工場装置は、ゲームと同じような欲求を満たしながら、非常にリアルな手応えがありますし、生きものを育てる作業です。ゲームはバーチャルな世界ですし攻撃的なものが多くありますから、小型植物工場装置が実用化して「うまく育んだほうが勝ち」ということを楽しいと感じることには、大きな意味があると思います。
実際には装置を自宅に置くことが難しい人もいますから、ゲーム版の〈植物工場〉をつくるのも一考です。市民農園にいきなり行ってもうまく栽培できる自信がない人には、まずゲームで練習して、それから小型植物工場装置に挑戦してもらってもいいですね。
実は私は、小型植物工場装置にはこのような副次的効果が見込めるのではないか、と以前から感じていたのです。以前からこういうことが実現できるのではないかと考え、1982年(昭和57)ごろ既に雑誌記事を書いています。やっと、時代が追いついてきた思いがしてうれしく思います。
(取材:2013年12月3日)