機関誌『水の文化』46号
都市の農業

都市と里山・里海をつなぐ
NPO法人千葉自然学校

長寿社会の到来で、定年退職後のすごし方に注目が集まっています。特に長年、都市で生活してきた人にとって自然や農業と触れ合うことは大変魅力のあるものになっています。そうした都市住民と、人的支援を必要とする里山・里海側の人たちを結ぶNPO法人千葉自然学校のネットワークとシニアの活動についてうかがいました。

飯田 洋さん

特定非営利活動法人 千葉自然学校理事長
飯田 洋(いいだ ひろし)さん

1943年神奈川県葉山町生まれ。1972年中央大学卒業後、同年千葉県職員に採用。2002年総務部長、2004年千葉県庁退職。その後(株)幕張メッセ、(社団法人)千葉県経済協議会役員を経て、2009年より現職。

ネットワーク型の自然学校

私たち特定非営利活動法人千葉自然学校(通称NPO法人千葉自然学校。以下、千葉自然学校と表記)は、千葉県内における自然体験活動団体をつなぐネットワーク型の自然学校として、2003年(平成15)から活動を行なっています。

体験活動を通じて「人生を豊かに生き、支え合う力を育むこと」、「地域の資源を保全・活用し、次代に引き継ぐこと」、「ネットワークを充実させて地域の活性化を目指すこと」の三つを目的としています。

千葉県は里山・里海に恵まれた立地ながら、千葉駅から北側の東京に近い地域で生活をしている〈千葉都民〉といわれる市民と、自然豊かな里山・里海が広がる地域に住む市民の二面性を持つ県です。

例えば、私たちが茅葺き古民家〈ろくすけ〉をお借りして活動の拠点づくりをしている南房総市は後者にあたります。そうした地域は人口減少や高齢化によって森林や田畑の手入れが行き届かなくなったり、地域の祭りができなくなっているところも少なくありません。

都心寄りの人たちは自然との触れ合いを必要とし、里山・里海側の人たちは人的支援を必要としています。千葉自然学校は自然体験活動団体のネットワークをつくることで、双方のニーズをつなぐ役割を果たしています。

自然体験のみでなく、〈農ガキ〉という農業体験をする小学生対象のプログラムもあり、幼児からシニアまで年代別のプログラムがそろっているというところも、千葉自然学校の特色です。

また、大房岬自然公園、南房総市大房岬少年自然の家、君津亀山少年自然の家の三つの施設の指定管理運営を担い、自然豊かな活動拠点として活用しています。

  • 南房総市では、茅葺き古民家〈ろくすけ〉をお借りして活動の拠点づくりをしている。

    南房総市では、茅葺き古民家〈ろくすけ〉をお借りして活動の拠点づくりをしている。

  • 南房総市では、茅葺き古民家〈ろくすけ〉をお借りして活動の拠点づくりをしている。

健康で楽しく社会とつながる

千葉自然学校の中に、2012年(平成24)千葉シニア自然大学を開講したのは、急速に進む高齢化に対応するためです。

60歳で定年を迎えた人の多くは、まだまだ心身ともに健康で、これまでに培った知識や経験を生かして社会とつながることが求められています。世の中の役に立つことは、社会にとって有用なだけではなく、本人の生き甲斐となって第二の人生を生き生きすごすことにもつながるはずです。

私は今年で70歳。私の周囲の人たちを見ると、定年退職した直後は「少しゆっくりしたい」と旅行をしたり家で本を読んだりしたいと考えて過ごすのですが、1年もすると身体がむずむずしてくるのですね。受講者もそういう気持ちになったとき、たまたまうちのことを知って入ってこられた方がほとんどです。

開講日は、木曜日を基本として1年間で34日あり、36講座68単位ですが、卒業には48単位の取得が必要です。年間8万2000円(一括納入の場合7万8000円)の受講料を払い込んでいただくと2年間有効な68単位分のクーポン券を発行しますから、講座が受けられない場合にも融通が利くようにしています。

自然・環境をはじめ、生物、地質、生態、法制度、農業、自然体験指導、地域活性、健康といった幅広い分野の講座があります。自然・環境分野に地震と津波の科学の講座を追加するなど、時宜に応じた対応をしています。

関連施設で地元食材を

農業体験は非常に人気がありますし、農業・農地は大切で守っていかなくてはならないと多くの人が考えています。しかし農業の現場では、収入が低くて暮らしていかれないからと後継者が現われません。そこをどうしていくかが課題なのです。

うちは地域の活性化、再生を目的につくったNPO法人ですので、さまざまな場面でその解決策を考えています。

例えば、千葉自然学校で指定管理運営している施設の食堂では、地元の食材を使っています。小さな力ですが、少しでも地域の農業が元気になるお手伝いができたらいいと思っています。

受講後の受け皿づくりを

今、佐倉に800坪の農園を整備して、都市住民向けの体験農園として運営していこうと計画し、2014年(平成26)3月開設に向け準備しています。現在はそこで千葉シニア自然大学の卒業生が5人、年間を通して農業の研修に励んでいます。

農業の講座では、農業専門技術員のOBの方に学問的裏づけのある講義をしてもらうほか、地元の農業者にも現場での指導をしていただいています。その他の講座についても、大学の准教授などによる最先端の知識や技術を学ぶことができ、多様な学びの機会を提供しています。

受講して終わりではなく、さまざまな可能性があることも千葉シニア自然大学の魅力だと思います。農業は特に魅力が大きいようで、ここで学んだあとで、地元に土地を借りて畑を始められた方もいます。

私は年金生活になった人たちが外に出たら、小遣い銭ぐらい稼げるようでなければダメだと思っているのです。千葉シニア自然大学ではそのための仕組みを一生懸命考えていて、受講が修了すると全国統一の自然体験活動指導者(NEALリーダー)の資格が取得できます。受講後に、資格を活かした自然体験活動の指導者の道が開けることもその一つです。

今日収穫した小糸在来大豆も加工場に1kg300円で買い上げてもらうことになっています。夏から数カ月かけて育ててきた対価として、わずかではありますが、みなさんの懐に入るようになっています。


  • 事務局長の遠藤陽子さん。

    事務局長の遠藤陽子さん。

  • 作業の合間のお茶の時間も楽しみのうち。

    作業の合間のお茶の時間も楽しみのうち。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。
    農産物直売所〈たんぼはうす〉の佐久間悦子さんに買い取ってもらい、加工品になる。

  • 小糸在来大豆の収穫風景。

    小糸在来大豆の収穫風景。

  • 事務局長の遠藤陽子さん。
  • 作業の合間のお茶の時間も楽しみのうち。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。
  • 小糸在来大豆の収穫風景。

シニア自然学校の連合体を

シニア自然学校は、大阪に20年の歴史を持つ老舗組織があります。その後、大阪に学んだ組織が名古屋にできました。そのほか神奈川や東京の組織とつながって、シニア自然学校の連合体をつくろうという動きが起こっているところです。

このようにシニア自然学校には、多くのことが求められ、大いに期待が集まっていることを感じます。

私はそれらの修了生が各地で元気で活動し、その活動の輪がじわじわと地域に広がっていくことを願っています。しかしそのためには、学んだ知識や経験を生かせる場所ができること、そうした活動の情報を提供する仕組みづくり、またコーディネートの機能を果たせることが不可欠です。千葉自然学校としては、それらの期待に充分に応えられるように努めなくてはならないと重責を感じているところです。

農業で生き生きと

シニアの人たちには元気でいていただきたい。また、楽しく学んでいただきたい。そして、それを社会につなげていただきたい。この三つが千葉シニア自然大学をつくった理念です。

「自分たちがつくったものを都市の人たちに届ける仕組みができるといいなあ」と思っていたところ、大豆を味噌に加工する施設などを木更津につくった人が現われました。退職金をはたいて農産物直売所〈たんぼはうす〉(木更津市十日市場)をつくった佐久間悦子さんは、もともと君津農業事務所の職員として4市の農家の生活改善を主に担当してきた人です。実は今日収穫した小糸在来大豆を買い上げてくれるのは、〈たんぼはうす〉なのです。

佐久間さん自らが、農業で第二の人生をスタートさせています。もちろん子どもの環境教育も大切ですが、これからは都市のシニア世代が第二の人生をどう生きるかが、社会にとって非常に重要な課題になるでしょう。

長寿社会になった今、自然との触れ合いや収穫の喜びは、高齢者が健康で生き生きと暮らすために役立っています。都市近郊農業は、暮らしと近い分、農業に目覚めた人が活躍する場となれるのではないでしょうか。

(取材:2013年12月3日)

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