機関誌『水の文化』49号
変わりゆく養殖


ひとしずく(巻頭エッセイ)

「おらほのカキ」が奏でる
新しい食文化

仙台大学教授
特定非営利活動法人 東日本大震災こども未来基金理事長
高成田 享(たかなりた とおる)さん 

1948年(昭和23)岡山生まれ。東京大学経済学部卒業。朝日新聞社入社。アメリカ総局員(ワシントン)、経済部次長、論説委員などを経験。定年を機にシニア記者として2008年(平成20)1月から2011年(平成23)2月まで石巻支局長を務める。2011年4月から仙台大学教授。震災後2012年(平成24)2月まで、政府の東日本大震災復興構想会議の委員を務める。震災で親をなくした児童・生徒を支援する「東日本大震災こども未来基金」を2011年4月に立ち上げる。ネットメディア「JBpress」で水産業や食文化などの持論を展開。著書に『こちら石巻 さかな記者奮闘記〜アメリカ総局長の定年チェンジ』『話のさかな 高成田享と三陸おさかな探検隊』など。

 宮城県女川町尾浦は、三陸地方の典型的なリアス海岸で、島に囲まれた入江ではカキやギンザケの養殖が盛んに行われている。海を見渡すと、カキを養殖する筏(いかだ)が一面に浮かび、その合間にギンザケを飼育する生け簀が並んでいる。四年前の東日本大震災は、こうした筏や生け簀(す)をすべて流してしまったが、復興の槌音とともに、海辺の人々の営みである養殖もだいぶ復活してきた。

 そんな様子を見ようと、昨年末、ある漁師の船に乗せてもらい、カキの水揚げ作業を見た。筏から海中に垂らしたロープに付いたカキを機械で巻き揚げ、脱貝機でロープからカキをはずす。これが通常のやり方なのだが、この漁師は網を使ってロープのカキを引き揚げ、ひとつひとつを手作業で大小により分けていた。このあたりの養殖業は、カキの身を取り出して袋詰めにする「むき身出荷」なのだが、この漁師は単価の高い殻付きで出荷するため、殻が壊れないように大事に扱うとともに、大きなカキを選んでいたのだ。

 付加価値を付けるにはどうしたらよいのか、日本中の漁師も農民も頭を痛めている。この女川の漁師は「殻付きのカキ」にその答えを見つけたのだろう。欧米で生カキといえば、半身の殻の付いたカキにレモンをしぼり、ケチャップやホースラディッシュ(西洋わさび)を付けて食べる。これに白ワインがあれば、もう何もいらないという人が多いので、オイスターバーというカキ専門店もある。日本でも近年、こうした食べ方や料理店がふえてきたせいか、この漁師にも、もっと出荷量をふやしてほしいとの注文が来ているという。

 一個数百円の殻付きを食べるとなると、産地という情報が重要。「この産地のカキは芳醇で柔らかい感触が絶品」といった評判が大事だ。尾浦はどうなのだろうか、「ここのカキはうまいですか」と、言わずもがなの質問をしたら、「食べてみればわかる」とニコリ。引き揚げたばかりのカキをひとつ握ると、ナイフでこじあけ、試食をさせてくれた。口にいれた瞬間は、天然の海水ソースが浸みて塩辛かったのだが、カキの身をかじったとたん、口の中いっぱいに甘さが広がった。自然と出てきた叫びは「甘い!?」だった。

  東北でカキ養殖を営む漁師はみな「おらほのカキがいちばん」と言う。内湾の漁師は、柔らかな身のぷるんぷるんの食感を、外海の漁師は、引き締まった身のぷりぷり感をまず自慢。そのあとは、背後にある山を指して、「ここのカキは、あの山から流れて来る栄養たっぷりの植物性プランクトンを食べて育ったのだから、うまいのは当たり前」と、講釈を続ける。

 日本全体に目を広げれば、厚岸やサロマ湖が有名な北海道、三陸沿岸から松島湾にかけての「おらほのカキ」、三重の的矢湾、広島や岡山を拠点とする瀬戸内海、イワガキで知られる秋田の象潟(きさかた)や石川の能登半島、スミノエガキやシカメガキの有明海など、カキ自慢の産地は多い。シカメガキは戦後、米国に輸出されたのち現地で養殖され、クマモトの名で人気を得た。それならと、本家の熊本県はクマモトを復活させた。

 それぞれのカキには、その地域の山と川と海のハーモニーと、漁師たちの知恵と汗の物語が凝縮している。こうした物語とともに、各地のカキを味わう専門店も、これからはふえていく。添えるのは白ワインだけでなく、各地の地酒もある。殻付きのカキが創り出す新しい日本の食文化だ。

 カキに限らず、人々の知恵が織りなす養殖漁業には、それぞれの物語があり、新しい食文化の創造が控えている。私たちがその文化に魅入られるのは、もう運命だと言うしかない。東海に浮かぶ日本列島に住む私たちには、海洋民族の血が脈々と流れているのだから。





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