機関誌『水の文化』49号
変わりゆく養殖

養殖魚の味を変えた特産品「かぼす」

成長の度合いで分けたいけすから、注文を受けた数だけかぼすブリをすくう

成長の度合いで分けたいけすから、注文を受けた数だけかぼすブリをすくう

ここ数年、ゆずやみかんといった柑橘類をエサに取り入れた「フルーツ魚」が注目されている。もともとは身の変色を抑えるために開発された技術だが、生臭さを緩和して味を高めるものとして評価され、各地でブランド化が進んでいる。そのなかの代表例が大分県漁業協同組合の推進する「かぼすブリ」と「かぼすヒラメ」だ。特産品のかぼすを用いることで、どのような価値が生まれるのか。

大分県漁業協同組合

さっぱりした味わいの大分産ブランド魚

 大分市のショッピングセンター・トキハわさだタウン1階にある大分県漁業協同組合(以下、大分県漁協)の直販店「おさかなランド」では、およそ3年前から「かぼすブリ」と「かぼすヒラメ」を販売している。

 テレビや雑誌などメディアで取り上げられたことで全国に名が知られつつあり、県民にも「新しい大分のブランド魚」として浸透してきた。販売価格は切り身100g当たり、かぼすブリが400円ほど、かぼすヒラメが約900円とやや高めだ。

 店長の小米良(こめら)一郎さんは「年配の方は養殖に抵抗感をもつ方もいらっしゃいます。養殖魚が嫌われる最大の要因はエサからくる独特のくさみですが、かぼすブリ、かぼすヒラメともにそれが少ないんです」と語る。

 例えばブリの場合、そのときの漁獲量に左右されるものの、最近は天然ものが豊漁のため、養殖ものの方が高値だ。消費者は普通高値のものを高級と見なすことが多いと思うが、こと魚に関しては天然ものを優先する傾向が強い。

 ところが、かぼすブリは、養殖ものでありながらさっぱりとした味わいで、くさみも少ない。その違いは食べ比べてはっきりとわかる。かぼすブリは、普通の養殖ものよりもさらに高い値がついているが、小米良さんによると、かぼすブリに切り替える人が年々増えているそうだ。

「最初は『かぼすをブリにかけて食べるの?』と誤解している人もいましたが、生産過程やなぜ臭いが少ないのかをご説明して理解を深めていただいたようです。以前はブリよりもカンパチの方が売れ行きはよかったのですが、今はかぼすブリが逆転したといってもいいほど。かぼすヒラメには今後に期待しています」

 販売開始当初こそ、物珍しさに惹かれて買う人が多かったものの、リピーターは着実に増えているようだ。

 大分県で生まれたブランド魚は、どのように生産されているのか?
 まずは大分県臼杵(うすき)市にあるかぼすブリの養殖場に飛んだ。

  • 大分県漁協の直販店「おさかなランドわさだ店」に並べられたかぼすブリとかぼすヒラメの切り身と刺し身

    大分県漁協の直販店「おさかなランドわさだ店」に並べられたかぼすブリとかぼすヒラメの切り身と刺し身

  • おさかなランドわさだ店 店長の小米良一郎さん

  • 大分県漁協の直販店「おさかなランドわさだ店」に並べられたかぼすブリとかぼすヒラメの切り身と刺し身

大ベテランがうなったブリの脂質の変化

 臼杵市の重宝(じゅうほう)水産株式会社の従業員たちは、11月から4月にかけて、毎日朝早くからかぼすブリの出荷作業に追われている。

 沖に設置されたいけすまで船で移動し、出荷用に選別されたいけすから、注文を受けた分だけブリをすくう。市場に卸す、あるいは宅配便で送る分は船上で一尾ずつ活き締めにして血抜きし、陸に戻って県産ブランドを示すタグをつけて箱詰めする。関東エリアへの出荷も多い。航空便を使えば、その日の夜には築地などの市場に運び込むことができる。活魚のまま送る専用の活魚船や活魚トラックも用意されている。

 出荷作業を終えると、次はエサやり。再び船でいけすに向かう。船には冷凍した小魚と配合飼料とかぼすを撹拌してモイストペレット(水分を含んだ固形飼料)をつくる機械が備えられており、船から直接いけすにエサがまかれる。ペレットはかぼすの果汁が1%配合された特別なもので、かぼすブリの場合、出荷までにこのエサを30回与える基準がある。

「もともとブリの血合いの変色を遅らせることを目的に始まったのですが、話を聞いたときは『そこまでやらなくてもいいんじゃないか?』と思いました」

 そう話すのは重宝水産代表の佐々木兼照(けんしょう)さん。かぼすブリは赤身部分にあたる血合いの変色を抑えるため、2007年(平成19)に県の農林水産研究指導センターで研究が始められた。かぼすに含まれるポリフェノール、クエン酸、ビタミンCの抗酸化作用で血合いの変色を最大40時間遅らせることができたという(図)。

 その成果を受け、エサに配合されるかぼすの量や投与回数などが決められた。生産者が募られたものの、通常とはエサの種類が異なるうえ、いけすも分けなければいけないし、小口注文への対応も求められるので、どの生産者でもできることではない。そこで養殖歴45年以上の佐々木さんに声がかかった。

 キャリア豊富な佐々木さんだが、かぼすブリを初めて食べたとき、脂の質が変わっていることに驚いた。

「かぼすブリは氷見の寒ブリにも似た味わいです。さっぱりした口当たりは消費者に好まれるでしょう」

 当時はカンパチなど他の魚種の人気が高まり、ブリの市場が落ち込んでいたこともあり、佐々木さんはかぼすブリ一本でやる決意を固める。

「かぼすブリの売値は毎年着実に上がってきています。価値を認めてもらえたということですね」

 同社は2013年(平成25)6月に種苗業者から8万匹のブリのもじゃこ(稚魚)を仕入れた。そのうち約6万5000匹を2014年(平成26)11月から翌年4月までかぼすブリとして出荷する予定だ。

  • 生産者と二人三脚でかぼすブリの普及に努める大分県漁協経済事業部販売課課長の佐藤京介さん

    生産者と二人三脚でかぼすブリの普及に努める大分県漁協経済事業部販売課課長の佐藤京介さん

  • 豊富な経験を買われて大分県漁協からかぼすブリの生産を託された重宝水産代表の佐々木兼照さん

    豊富な経験を買われて大分県漁協からかぼすブリの生産を託された重宝水産代表の佐々木兼照さん

  • 大分県漁協下入津支店支店長の山本幹太さん。同業務係長の久壽米木啓壽さん。佐藤さんの右腕として生産現場を走り回る大分県漁協経済事業部販売課の下郡(しもごおり)祥平さん

    右から:大分県漁協下入津支店支店長の山本幹太さん。同業務係長の久壽米木啓壽さん。佐藤さんの右腕として生産現場を走り回る大分県漁協経済事業部販売課の下郡(しもごおり)祥平さん

  • 沖にあるかぼすブリのいけすに向かう重宝水産の社員と大分県漁協の職員。出荷には必ず大分県漁協の職員が立ち会い、作業を手伝う

    沖にあるかぼすブリのいけすに向かう重宝水産の社員と大分県漁協の職員。出荷には必ず大分県漁協の職員が立ち会い、作業を手伝う

  • 急所となる延髄を一瞬で切断して氷水のなかに入れて血抜きする。

    急所となる延髄を一瞬で切断して氷水のなかに入れて血抜きする。鮮度を保つための大事な作業だ

  • ひと目でわかるようにシールを貼った出荷用のトロ箱(魚箱)。

    船から水揚げされたかぼすブリ。まずは一尾ずつ計量し、タグをつける。ひと目でわかるようにシールを貼った出荷用のトロ箱(魚箱)。シール貼りも全員で行なう

  • 氷を敷いたトロ箱にかぼすブリを一尾ずつ入れ、さらに上から氷を載せて蓋を閉める。

    氷を敷いたトロ箱にかぼすブリを一尾ずつ入れ、さらに上から氷を載せて蓋を閉める。トラック便や航空便、宅配便などで出荷する

  • モイストペレットをつくる機械にかぼす果汁を投入

    モイストペレットをつくる機械にかぼす果汁を投入

  • 船体から突き出したホースでいけすにエサを投げ入れるとブリたちは我先にと群がる

    船体から突き出したホースでいけすにエサを投げ入れるとブリたちは我先にと群がる

  • かぼす投与による血合いの色の変化(重宝水産 かぼすブリ試験結果)


    図 かぼす投与による血合いの色の変化(重宝水産 かぼすブリ試験結果)
    通常のブリに比べてかぼすブリは血合いの色の変化が遅い傾向が出ている。かぼすの効果があると考えられる。
    出典:大分県農林水産研究指導センター水産研究部調べ(大分県漁業協同組合提供)

  • 生産者と二人三脚でかぼすブリの普及に努める大分県漁協経済事業部販売課課長の佐藤京介さん
  • 豊富な経験を買われて大分県漁協からかぼすブリの生産を託された重宝水産代表の佐々木兼照さん
  • 大分県漁協下入津支店支店長の山本幹太さん。同業務係長の久壽米木啓壽さん。佐藤さんの右腕として生産現場を走り回る大分県漁協経済事業部販売課の下郡(しもごおり)祥平さん
  • 沖にあるかぼすブリのいけすに向かう重宝水産の社員と大分県漁協の職員。出荷には必ず大分県漁協の職員が立ち会い、作業を手伝う
  • 急所となる延髄を一瞬で切断して氷水のなかに入れて血抜きする。
  • ひと目でわかるようにシールを貼った出荷用のトロ箱(魚箱)。
  • 氷を敷いたトロ箱にかぼすブリを一尾ずつ入れ、さらに上から氷を載せて蓋を閉める。
  • モイストペレットをつくる機械にかぼす果汁を投入
  • 船体から突き出したホースでいけすにエサを投げ入れるとブリたちは我先にと群がる
  • かぼす投与による血合いの色の変化(重宝水産 かぼすブリ試験結果)

国産ならではの利点でヒラメの巻き返しを

 かぼすブリの成功を受け、大分県漁協は2011年(平成23)からかぼすヒラメの生産をスタートする。かぼすブリと同様、エサにかぼすの果汁を混ぜることで、香り成分であるリモネンがヒラメのえんがわや肝に蓄積し、養殖特有のくさみを消すのだ。

 佐伯(さえき)市蒲江(かまえ)地区にある森岡水産もかぼすヒラメを生産している。蒲江地区がヒラメの陸上養殖を始めたのは1981年(昭和56)のこと。代表の森岡道彦さんは父親が始めたヒラメ養殖を引き継いで今年で8年目だ。かぼすヒラメのエサは、自社で魚粉にかぼすを配合するもの、既製の乾燥ペレットにかぼすのエキスを染み込ませたものと2種類を用意。生育具合を見ながら使い分けている。

 森岡さんに養殖場を案内していただいた。ヒラメを養殖する通称「ヒラメ小屋」には生育状況で分けた水槽が所狭しと並べられている。水槽内の海水は一年を通じて循環させており、ヒラメのエサ食いをよくするべく水量や酸素濃度を絶えず調整するため電気使用料はかなりのもの。

「出荷基準となる700g以上に育つまで約10カ月かかります。出荷数の1割をかぼすヒラメとして出荷したいですね」

 森岡さんによると、国内の養殖業者の脅威は、2000年(平成12)ごろから日本に輸入されるようになった韓国産の養殖ヒラメだ。

「韓国産は安いので、国内市場の大部分を占めています。少し前まで35軒のヒラメ業者がありましたが、魚種を変えたり、廃業が相次ぎ、今は21業者です」と森岡さんは言う。

 ピーク時で約1900トンを誇っていた大分県産の出荷量が下降線をたどるなか、蒲江地区のヒラメ養殖を担当する大分県漁協下入津支店業務係長、久壽米木(くすめぎ)啓壽(けいじゅ)さんは「韓国産の養殖ヒラメの隆盛も鑑みると、かぼすヒラメという新たな付加価値をもったブランド魚の誕生は、県と養殖業者の念願でした」と語った。

 ヒラメ、かぼすヒラメを取り巻く状況は厳しいものの、逆に養殖ならではの利点もある。

 かぼすヒラメの生産がスタートした2011年ごろから「クドア・セプテンプンクタータ」(クドア)という新種の寄生虫が問題になっている。クドアが寄生するヒラメを食べると食中毒を起こす可能性があるため、厚生労働省が有症事例として取り上げた。これに対して大分県はいち早く独自のガイドラインを定め、検査体制を整備し、クドア対策を講じた。

 下入津支店長の山本幹太さんは「対策は、まず仕入れる種苗がクドアの胞子を保有していないことが大事です。種苗を生産する方々には検査証明書を発行してもらいます。さらに養殖の過程でも、仕入れたロットごとにヒラメを顕微鏡で検査します」と話す。魚市場や量販店のバイヤーなどが管理体制を視察に来ることもある。

 味もさることながら、こうした問題に対処できることも「養殖魚の強み」といえそうだ。

  • 養殖場について説明する森岡水産代表の森岡道彦さん。ヒラメは底魚(そこうお)なので、養殖するには広いスペースが必要となる

    養殖場について説明する森岡水産代表の森岡道彦さん。

  • ヒラメは底魚(そこうお)なので、養殖するには広いスペースが必要となる

  • 養殖場について説明する森岡水産代表の森岡道彦さん。ヒラメは底魚(そこうお)なので、養殖するには広いスペースが必要となる

市場を独占するのではなく選択肢の一つとして

 かぼすブリとかぼすヒラメの販売は、大分県漁協が舵をとる。大分県漁協経済事業部販売課課長の佐藤京介さんは、今後についてこう話す。

「相場が変動するため、1年半から2年ほどかけて出荷するかぼすブリの目標を明確にするのは難しいですが、今は年間約7万尾出荷しているものを来シーズンには10万尾まで増産したい。かぼすヒラメは2万尾を出荷していますが、4〜5万尾まで拡大したいです」

 大分県漁協ではこの数年間、佐々木さんや森岡さんなど生産者とタッグを組み、販路拡大とかぼすブランドのPRに努めてきた。

「初めて東京へ売り込みに行ったときは認知度ゼロでしたが、大分フェアを催し、かぼすブリやかぼすヒラメをPRして徐々に知名度は上がってきました」

 イベントには生産者も積極的に参加し、今でも他県で催されるイベントは賑わいを見せる。最近では、2014年(平成26)11月に東京タワーで開催された大分フェア「おおいた地獄蒸し祭り」で、かぼすブリやかぼすヒラメの握り寿司が振る舞われ、盛況だったそうだ。外食産業とのタイアップも3年前からスタート。某有名寿司チェーンでは月ごとのイベントとして大分県フェアを開くが、その目玉食材がかぼすブリである。

 大分県漁協の使命は県産の魚介類を広めること。かぼすブリ、かぼすヒラメを旗頭に、県産品をいかに売っていくかに知恵を絞る。佐藤さんはかぼすブリでブリ市場を独占しようとは考えていない。大分県だけで年間170万尾のブリが出荷される。そのすべてをかぼすブリにするのではなく、消費者に選択肢の一つとして提示しているのだ。

「かぼすブリ、かぼすヒラメは、エサによって明らかに味が変わりました。天然ものとの比較ではなく、『新たに生まれた魚種の一つなんだ』と思っていただきたいです」

 重宝水産の佐々木さんも「畜産牛がエサで肉質を改善するように、養殖魚もこれから大きく変わるでしょう。可能性を秘めていると思いますよ」と笑った。

 脂ののった天然魚が好きな人もいれば、さっぱりとしたフルーツ魚を好む人もいるだろう。養殖vs天然という二項対立ではなく、日本酒を飲み比べてうんちくを語り合うような感覚で養殖魚も食べ比べてみる――。私たちはそんな楽しみ方をそろそろ始めた方がよいのかもしれない。


国土地理院基盤地図情報「大分県」及び、国土交通省国土数値情報「鉄道データ(平成25年)、高速道路時系列データ(平成25年)」より編集部で作図
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平26情使、第787号)



(2014年11月11~12日取材)

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