機関誌『水の文化』50号
雨に寄り添う傘

ひとしずく
ひとしずく(巻頭エッセイ)

雨の音、傘の色

ひとしずく

詩人
高橋 順子(たかはし じゅんこ)さん

千葉県海上郡飯岡町(現・旭市)生まれ。千葉県立匝瑳高等学校卒業。東京大学文学部フランス文学科卒業。青土社などの出版社に勤務。1993年(平成5)10月、作家の車谷長吉さんと結婚。1998年(平成10)から2004年(平成16)まで法政大学日本文学科非常勤講師。主な著書に『水のなまえ』(白水社 2014)、『雨の名前』(小学館 2001)、『時の雨』(青土社 1996)などがある。

 雨が降りだすと、驚くことに街には、あっという間に色とりどりの傘がひらく。このごろ気象情報も精度を増していることがあるが、そういうのをチェックしなくても、雲行きが怪しいときは人は折り畳み傘を持って出るのだが、どうもふだんから携行している人もいるようだ。

 数年前トルコに行ったとき、現地ツアーガイドの男性は傘を持っていないと言っていた。じっさいかなりの雨でも彼は濡れて歩いた。でも雨はじきに止んで、カッパドキアの奇岩の間に虹がかかった。

 日本では自分の傘を持っていない人はまずいないだろう。湿気が多いので、髪や服が濡れてしまったら、乾くまで時間がかかって、みじめな思いをするからである。

 湿気といったら、息苦しい感じがするが、辺りに水分がたちこめているといったら、細胞にみずみずしさを与えてやれそうな気分がして悪くない。しとどに降る雨を室内から眺めていると、雨水が心の澱(おり)を流していってくれるような気さえする。私たちの心情にはよかれあしかれ、はっきり黒白をつけずに「水に流す」ことで、精神の安寧を得たいとのぞむものがあるようだ。もう一度すんなりやり直せるかもしれない、なんて思いながら、いつまでも雨を見ていたい。

 むかしはかさばって重たい、から傘をさしていた。竹の骨に紙を張って油をひいたもので、携帯には不向きなものだった。都会の子はもう蝙蝠傘(こうもりがさ)だったかもしれないが、田舎の子だった私は子ども用の番傘をさしていた。新しい茶色の番傘は表面の油が固まっていてなかなかひらけない。父がベリッとひらいてくれた音、油のきつい臭いなどが思い出される。雨の音がバチバチはじけて景気がよく、「行くぞ」という気になった。雨のほうでも楽しそうで――。

 いつだったか京都に行ったとき、土産物店でなつかしさのあまり、きれいな蛇の目傘を買ってきた。東京に帰ってから製造元を見ると、都内江東区ではないか。一人恥ずかしい思いをした。外国の人が日本土産に買っていくものだった。

 私は菅笠(すげがさ)をかぶって歩いたこともある。数年前、連れ合いと四国八十八ヶ所のお遍路をしたとき、大雨の中でも「 同行二人(どうぎょうににん)」などと墨書してある菅笠にレインコートで歩いた。雨の音しか聞こえない静けさもいいものだった。雨で濁った川のほとりを人間界を半分はみでているような、そんな気持ちで辿った。


雨でしとどに濡れた花。このしずくを美しいと思う心は皆同じなのだろうか



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