機関誌『水の文化』52号
食物保存の水抜き加減

保存食には「先人の知恵」が
凝縮されている

特集の冒頭として、保存食とはどのような経緯で生まれ、どんな種類があるのかを把握しておきたい。そこで食文化史にくわしい江原絢子さんに、主な保存食の種類と歴史、発展の経緯などをお聞きした。保存食は、飢饉への備えだけでなく、集落の祭礼などの行事食としての意味合いもあることがわかった。そもそも日本の風土は乾物をつくるのに適していない。だからさまざまな知恵と工夫が生まれたのだ。

江原 絢子さん

東京家政学院大学名誉教授
江原 絢子(えはら あやこ)さん

1943年島根県生まれ。お茶の水女子大学家政学部卒業。東京家政学院大学教授を経て現職。専門分野は、食文化史、食教育史、調理学。著書・編著に『和食と食育』(アイ・ケイコーポレーション 2014)、『家庭料理の近代』(吉川弘文館 2012)、『近代料理書集成』(クレス出版 2013)、共著に『おいしい江戸ごはん』(コモンズ 2011)、『日本の食文化史年表』(吉川弘文館 2011)、『和食とは何か』(思文閣出版 2015)などがある。

常温でも長くもつように工夫したのが「保存食」

保存食とは、長期間にわたり常温で置いておいても食べられるようにした食品のことをいいます。日に干したり、あるいは塩を使ったりして水分を抜くことで保存性を高めたものです。保存中は冷蔵庫に入れることを前提とした干物や漬物なども、現代では広い意味で保存食と捉える向きもありますが、本義からすれば保存食は常温で保存できることがポイントです。

冷蔵技術のないころは、常温で長く食べられる保存食は日常生活の必需品でしたが、最近では「要冷蔵の保存食」もあります。例えば、塩分控えめの梅干しなどはそうです。

梅干しは塩分濃度20%だと雑菌が繁殖せず常温で長期保存できます。ところが塩分の摂りすぎが体によくないと、近ごろは塩分10%以下の減塩梅干しが多くなりました。それには「要冷蔵」と書いてあります。

本来なら、長い年月どこに置いてあっても食べられるのが保存食なのですが、今は冷蔵庫に保管することによって、塩分濃度が低く水分が多く残っているような梅干しでも、雑菌の繁殖を抑えられるわけです。

漬物も減塩の要冷蔵が多くなっています。かつては塩分濃度が高く、7年くらい常温保存できるたくわんもありました。たくわんの場合、20日間ほど大根を天日干しし、ある程度水分を抜いてから塩をまぶして糠(ぬか)に漬けます。乾燥+塩蔵+発酵の合わせ技で保存性を高めたわけです。何カ月か置くと、ほどよい酸味が出て黄色っぽくなり、おいしいたくわんができあがります。今は、商品として流通しているものの多くは調味液に漬けて短時間で製造します。塩分濃度も低いから要冷蔵です。

塩分の過剰摂取は高血圧や脳出血の原因になるとされ、特に塩分摂取量の多い寒冷地では減塩運動が盛んになり健康増進が図られました。もちろんそれは悪いことではありません。塩分控えめの梅干しやたくわんができたのは冷蔵庫のおかげですが、冷蔵庫のなかった時代は、常温でも長期保存できる方法をさまざまに駆使しなければならなかったのです。

  • 『四季漬物鹽嘉言』

    たくわんや千枚漬けなど64種の漬物について書かれた『四季漬物鹽嘉言(しきつけものしおかげん)』。小田原屋主人が1836年(天保7)に著したもの。
    撮影資料提供:江原絢子さん

  • 江戸時代にはすでに漬物が普及していたことがよくわかる

    江戸時代にはすでに漬物が普及していたことがよくわかる
    撮影資料提供:江原絢子さん

  • 『四季漬物鹽嘉言』
  • 江戸時代にはすでに漬物が普及していたことがよくわかる

縄文時代から続く「水にさらす」知恵

日本の保存食の源流をたどれば、縄文時代の人々が食べていた木の実かもしれません。もともと乾物ですから放っておいても長くもちます。特に動物も植物も採れない冬には貴重な食料でした。

ただし木の実はあくが多いものがあり、あく抜きをするために水でさらし、粉状のでんぷんとして保存していました。トチノミのような苦みの強いものは、袋に入れ、重石を置いて川にしばらく浸し、水の流れによってあくを抜いたのです。多くのあくが水溶性であることを経験的に知っていたのでしょう。

私たちは今でもほうれん草をゆでたら水にさらします。17カ国の料理本を調べてみたら、ほうれん草をゆでたあと「水で洗う」としているのは日本と韓国だけでした。

水で洗うのは、あく抜き以外に急冷することで緑色をきれいに保つ目的もありますが、日本や韓国では、洗った後のほうれん草をそのままおひたしや和え物などに使います。水の安全性が保たれていなかったら、こうした調理法は発達しなかったはずです。日本のそうめんやそば、韓国の冷麺は、ゆでた後に水で洗い、そのまま食べます。日本のように、水が豊富で良質な国ならではの食文化といえるでしょう。

縄文時代には食料資源の範囲が狭かったからこそ、食べられる状態にするための工夫が発達しました。クルミやクリのようにそのまま食べられる木の実よりも、トチノミのように苦みや毒性があってなんらかの処理が必要なものの方が多かったと思います。特に毒性の強いものは加熱した後で水にさらし、でんぷんの形で保存していました。こうした調理・保存法は縄文時代から連綿と続いている食文化の知恵なのです。

祭礼の行事食として大切な役割も

食品のさまざまな保存法のうち、もっとも原始的で種類が多いのは、干すこと。すなわち乾燥です。

乾燥させればそのまま簡単に使えるものに昆布やわかめなど海藻類があります。平安京などの東西市場には、今より多種類の海藻の乾物が売られていました。大量でも軽く、運ぶのが簡単だったため重宝されたのです。

しかし日本は高温多湿な国なので、簡単には乾燥できない食品の方が多く、そのまま干しても乾物にしにくい。湿度の高い環境で水分を抜くには工夫が必要です。例えば切り干し大根やかんぴょうのように薄く細く切る。古くは神饌(しんせん)(注1)として用いられた熨斗鮑(のしあわび)(注2)もそうです。あわびを、りんごの皮をむくように細長いひも状にむき乾燥しました。

熨斗鮑のように、保存食は縁起物や婚礼・祭礼時の行事食としても重要な役割を果たしてきました。食料が乏しい時代、飢饉に備えて蓄えていただけではなかったのです。江戸から明治、大正時代くらいまでは、それぞれの行事ごとに必ず供される決まった料理が習わしとしてあったので、乾物にしたり塩漬けにしたりして、いつでも使えるように絶えず用意しておく必要がありました。

加熱してから乾燥させるのも方法の一つです。焼いてから干すと長くもちます。アユの焼き干しなどがそうです。アジの干物のように、普通魚は内臓を取り除き、開いて干しますが、煮干しやアユの焼き干しでは、加熱によって内臓もそのまま乾燥させます。

地域によっては凍結して乾燥させることもあります。例えば凍み豆腐(高野豆腐)は有名ですね。昔ながらの製法は、薄く切った豆腐を寒中の屋外に放置し、凍った豆腐を数個ずつ藁で束ねて軒下に吊るしておきます。夜間に凍った豆腐は昼間に溶け、水分が蒸発する。これを何回も繰り返して乾燥させるわけです。凍み芋といって、じゃがいもも凍らせて乾燥させる地域があります。冬に昼夜の寒暖の差が大きい地域で見られる保存食です。

乾燥と並んで多く見られる保存法が塩蔵と発酵。漬物のように両方合わせて保存性を高めるものが多く見られます。有名な「なれずし」もその一つ。魚をかなり強く塩漬けにして重石をかけて漬けた後、塩分をある程度取り除き、ご飯を詰め、さらに漬けこんで、よく発酵させます。三段の重石も夜中にふたごと吹っ飛ぶと聞きました。それくらい発酵力が強いのです。

なれずしは好き嫌いが激しいですが、先ごろ全国から研究者が50人ほど滋賀県に集まり、フナをはじめいろいろな魚のなれずしを試したところ、前に食べて「もうこりごり」と言っていた人が、お茶漬けにして、すっかり平らげていました。なれずしをまずいと感じるのは塩が足らず魚の生臭みが残っていることも原因の一つです。半年から1年、たっぷりの塩で漬けるなど、塩の量や塩出しの加減にコツがあるようです。

(注1)神饌
神に供える飲食物の総称。みけ、供物ともいう。新鮮で清浄な海川山野の産物や,酒、塩、水などを常に供える。
(注2)熨斗鮑
あわびの肉を薄くむいて干したもの。古くは儀式用の肴(さかな)に用いたが、後に祝儀の贈り物に添える風習となった。

稲作地帯ならではの「干し飯(いい)」と「焼き米」

何日もかけ徒歩で旅していた時代、保存食は携行食としても利用されました。

古くから持ち歩いたのは「干し飯」。炊いたご飯を天日干しして乾燥させたものです。カピカピに硬くなっているので、お茶やお湯と一緒に口のなかで溶かすように柔らかくして食べます。それほどおいしくはなかったでしょうが、庶民の旅にはもっとも手軽に持ち歩ける保存食でした。

明治時代末に書かれた子どもの日記を見ると、おやつについての記述があります。釜で炊いたご飯のお焦げをこそげ落として干すのが子どもの役割で、母親はそれを炒って少し砂糖を加え、「おこし」のような菓子をつくる。干し飯は子どものおやつにも利用されていたのです。

「焼き米」も旅のお供でした。日当たりが悪くてきちんと育たなかった米を、籾(もみ)のまま炒ります。カリカリになるまで炒ったら、バンバンと潰す。すると籾は軽いので風で飛ばされ、米だけが残る。これが焼き米です。パリパリしてなかなかおいしいもので、日本と同様に稲作が盛んなネパールの村では朝食や携行食に利用されてきました。

小麦栽培は、夏に乾燥する地域で発達し、稲作は多雨多湿の地域で発達してきました。小麦粉は、重量の5〜6割の水分を加えるか、水の代わりにミルクなどでも加えて練り、焼けばパンのような状態になりますが、米を飯にするためには、重量の1.5倍の水が必要です。乾燥した地帯でパンが発達し、水が豊富な日本のような地域で米を炊いた飯が発達したともいえるでしょう。だから、干し飯や焼き米のような保存食も生まれたわけです。

湿度の高い日本の風土では、小麦の栽培は適していないためにパン用のたんぱく質含量の多い小麦はつくれず、中力粉などになる小麦が栽培されました。特に水田が開けない山間部や灌漑設備の導入が難しい地域で栽培され、うどんや小麦粉製品が主食となりました。麺を季節の野菜とともにみそで煮込んだ山梨県の「ほうとう」や長野県の「おやき」などはその例です。

保存の方法 代表的な食べもの 製造方法や利点
干す 干し魚、干し大根、干し柿、昆布、干し肉、干し貝柱、干し芋、ドライフルーツなど 昆布やわかめなどはそのまま干す「素干し」、アジやイワシなどは塩(水)につけてから干す「塩干し」に大別される。水分を抜くことで軽くなり、運びやすくなる
塩を使う 漬物、梅干し、塩辛、荒巻鮭、潮鰹、イクラ、ハムなど 塩の「水分を抜く」性質を活かす。食材はもちろんのこと、付着する細菌からも水分を奪うので、保存できる期間が長くなる。
煙でいぶす かつおぶし、魚の燻製、燻製肉、ビーフジャーキー、ハム、サラミなど 煙でいぶすと表面に膜ができるため、雑菌の侵入を防ぐ効果がある。また、いぶすことで独特な香りも生まれる。
凍らせて乾燥させる 凍み豆腐(高野豆腐など)、凍みこんにゃく、凍み大根など 豆腐やこんにゃくなどを薄く切り、極寒期に屋外に干す。夜の間に水分が凍って表面に付着する。それが昼に溶けて蒸発する。これを繰り返して乾燥させる。
油やアルコールを使う 魚(イワシなど)の油漬け、果実酒(梅酒など)、粕漬け(奈良漬けなど) 干しても気温や湿度の関係で完璧に乾かず、水分が残る場合がある。そこで油やアルコールに漬けこみ、空気を遮断して細菌の繁殖を妨げる。
砂糖を使う ジャム、マーマレード、ゆべしなど 砂糖にも塩と同じように細菌から水分を奪う性質がある(糖度が高い場合)。果物に砂糖を加えたうえで火にかけて水分を蒸発させるとジャムになる。
酢を使う しめサバ、酢漬け(ピクルスなど)、マリネなど 酢を用いると食べものは傷みにくくなる。これは酢に含まれる酢酸が細菌の繁殖を妨げるから。
発酵させる 漬物、なれずし(フナずしなど)、チーズ、キムチ、ピータンなど 有益な微生物や酵素の働きによる「発酵」を活かしたもの。フナずしなどの「なれずし」のごはんは、食べるためでなく、発酵させるために使われている。

主な保存食の分類と製造方法
※ただし、現代では上記の方法を組み合わせた「複合型」の保存食が多くを占める
※瓶詰や缶詰など食べものを物理的に閉じこめてつくるものは省いた
出典:江原絢子さん監修『和の食文化 長く伝えよう! 世界に広めよう!(2) 食べ物を保存するということ』(岩崎書店 2015)、および『家族の命をつなぐ 安心! 保存食マニュアル』(ブックマン社 2011)、『栃と餅―食の民俗構造を探る』(岩波書店 2005)、『農家が教える 加工・保存・貯蔵の知恵』(2009 農山漁村文化協会)などを参考に編集部で作成

保存食の活用で多様な文化の認識を

保存食には、たんに食物を備蓄する知恵だけでなく、例えば魚の骨や内臓まで使い尽くすなど、自然から得られた恵みを余すところなく利用する知恵も詰まっています。飽食の時代に忘れてほしくないことです。

伝統的な保存食がすたれ、瞬間凍結や真空パックなど、新しい保存技術に取って代わられるのは時代の趨勢かもしれませんが、そこに込められた先人の知恵は、これからの時代に求められる持続可能性の観点からも、後世に伝えていく価値が大きいと思います。

その際、おいしさの違いを比較すれば伝わりやすいですね。保存食の乾物と生の食材では、味もうまみも異なります。生の椎茸と干し椎茸、生の豆腐と凍み豆腐ではまったく違う。むしろ別物と考えたほうがよいでしょう。献立の種類がもう一品増える、と捉えればよいのです。保存食は食品の幅を広げます。

最近は食育の一環で学校給食が大きく変わりつつあります。今は家庭でも便利なだしの素を使い、昆布やかつおぶしでだしをとることが少なくなりました。長野県のある中学校の給食では、きちんと元からだしをとっています。さらにカリカリに焼いて乾燥させた煮干しを仕入れて、1人当たり10尾くらいの量でメニューの一品に加えています。その時期にもっともおいしい煮干しがとれる産地から仕入れるのですが、驚くべきことに子どもたちは産地が変わると「今日から海が変わったでしょ?」と言うそうです。味の違いをきちんと認識するのですね。この中学校の卒業生たちは、大人になってからもだしをとって料理をつくるようになると聞いています。こうした取り組みが増えることも保存食の価値を伝えていくはずです。

全国で食べものや味の均一化が進むなか、保存食にはその地域独特なものが、まだかろうじて残っています。南北に長く、複雑な地形から生まれた多種多様な保存食に目を向けることで、それぞれの地域の文化や風土を大切にする機運が盛り上がるといいですね。

気候風土と人々の知恵から生まれた日本の乾物類

気候風土と人々の知恵から生まれた日本の乾物類 写真:アフロ



(2015年12月2日取材)

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